073・襲撃
馬車の中で一夜を明かし、朝が来る。
(ん……太陽だ)
窓から光が差し込み、見れば東の荒野に朝日が昇ろうとしていた。
うん、綺麗だね。
僕らが寝ている間も、馬車は騎士隊の護衛を受けながら走り続け、現在は山岳地へと入ったようである。
大地は岩肌で、植物がない。
…………。
頭に葉っぱが生えるからか、少し寂しい気持ち。
同乗する3人も目を覚まし、
「ふむ、山道に入ったか」
「ここからですね」
と、年上美女2人が言葉を交わす。
(ここから?)
僕は首をかしげる。
クレフィーナさんが気づき、
「ここから、古き神殿のあるオーガストの丘までは、ずっと山道を進みます。道中の道は狭く、また村や町などが付近にないため、旅人や馬車も滅多に通りません」
「……えと?」
「つまり、襲撃に最も適した環境なんです」
「!」
僕は目を見開く。
(そっか)
僕が教皇、聖女と会うと都合が悪い枢機卿・大司教派の人たちにとって、仕掛けるならこの先の道がベストなんだ。
うわ、緊張してきたよ。
少女も、
「やだわ~」
と、表情を嫌そうにしかめ、言う。
赤髪の美女は、
「まぁ、将軍もいるし、我らもおる。そう簡単に手出しはできんよ」
と、笑った。
う~ん、頼もしい。
そして、馬車は山の街道を登っていく。
道幅は狭く、馬車と騎馬が並ぶのが精一杯で、途中、車両同士がすれ違うための空間が何箇所か設置されているぐらいだ。
道の外は、荒れた岩の大地か、岩の崖だ。
道の外には出れない。
ゴトトン
(おっとっと……っ)
凹凸もあり、振動も激しい。
そんな山道を登り、3時間程かけて山の上部にまで来ると、
(わぁ、いい眺め)
森林と川と草原の大自然の景色が見下ろせ、遠くには青い海が見えた。
雄大な景色。
上方の青い空には、白い雲が流れている。
馬車と騎士隊は、連なる山の尾根沿いの道を進み、このままいくつかの山々を越えていくつもりのようだ。
「今日の夜か、明日の未明には着くじゃろう」
と、レオナックさん。
つまり、あと十数時間かな?
(その間、身を守れれば、無事、教会の人たちと会えるんだね)
なかなか不安と緊張の時間になりそうだ。
今の所、冥界犬と遭遇した以外、特に問題は起きていない。
徹夜しているだろう将軍さん、騎士隊の皆さんは、けれど疲れた様子も見せず、馬車を守る隊列のまま、毅然とした姿を見せてくれている――それが本当に心強い。
2度、トイレと小休止を行い、午後になった。
(おわぁ……)
道の片側が、大きな谷になった。
大地に亀裂が走ったみたいな大きな谷で、太陽の光が届かないのか、下の方は真っ暗である。
まるで、地獄の入り口みたい……。
どうやら、急斜面の山の途中に作られた道らしい。
道を外れ、滑落しないよう、馬車も騎士隊も速度を落として慎重に進んでいく。
パルシュナが窓から外を眺め、
「これ、落ちたら死ぬわね」
と、呟く。
(え、縁起でもないことを……)
やめてよね?
と、その時だった。
ガタン
(!?)
馬車が急停止した。
僕とパルシュナは座席から落ちそうになり、年上の美女2人が慌てて支えてくれる。
レオナックさんが窓を開け、
「何事か?」
と、問う。
近くの騎士が「落石です」と返答。
(落石?)
どうやら、道の先を大きな岩が塞ぎ、進めなくなっているとのこと。
現在、将軍さんと他数名の騎士が、岩をどかそうと前方に移動しているそうで、しばらく待って欲しいとのことだった。
あらまぁ。
(僕、葉っぱ出して、手伝った方がいいかな?)
と、思ったり。
その時、ふとレオナックさんの表情に気づいた。
何だか険しい顔。
ガシャッ
と、彼女は突然、車内に置いてあった愛用の『魔炎の戦斧』を握った。
(え?)
驚く僕らに、
「全員、武器を取れ」
「え?」
「馬車が停まった。もし襲撃するならば、今が絶好の機会じゃ」
「あ……」
僕らはハッとなる。
「落石が自然現象ならば良いが、人為的な場合、かなり不味い状況じゃ。不測の事態に備え、全員、装備を整えておくのじゃ」
「う、うん、わかった」
僕らは頷く。
(本当なら大変だ)
外套を羽織り、古樹の霊剣を装備する。
手荷物も手繰り寄せ、
ガタタン
と、再び車体が揺れた。
(え、何?)
驚く耳に、車外から、
「落石だ!」
「気をつけろ、奥に人がいる!」
「敵襲、敵襲!」
「落石を回避しろ、馬車を落とすな!」
と、騎士たちの声がする。
(ええっ!?)
ほ、本当に襲撃が来た!?
慌てて窓から見ると、大小無数の岩が斜面を下り、僕らの馬車へと落ちてくる。
騎士隊が動き、馬車を急発進させる。
ゴトトッ
車体が揺れる。
(おわわっ)
騎士隊は馬車の側面に入ると、数人がかりで盾を構え、落石を弾いて進路を変え、馬車を守ってくれている。
そして、斜面の上には、15人ぐらいの人影がある。
奴らは大きな岩を押し、僕らの方へと転がしてくる。
こ、こら~!
僕の怒りも空しく、彼らの手は止まらない。
ドガッ ガァン
騎士の何人かが、岩を受け損ね、落馬する。
(あ、馬が……!)
残された馬が落石の直撃を受け、急斜面の崖を転がるように滑落していった。
谷底の闇に消える。
(っ……!)
馬車の周囲は大混乱だ。
レオナックさんが舌打ちする。
「ちっ、将軍は何をやっておる!?」
と、窓の外へ叫ぶ。
騎士の1人が落石を弾きながら、
「前方でも落石と共に30人規模の襲撃者が現れたと報告が……! 将軍以下、騎士7名が交戦中、すぐに戻られると思いますが、数分間は我々と分断をされてしまいます!」
「ぬぅ!」
赤毛の美女は唸る。
完全に計画的な襲撃だ。
騎士隊は、落石に対処している。
けれど、後手を回っている感じは否めない。
(でも、仕方ない)
どんなに備えても、完全な未来予測などできないし、どこかで後手になるのは当然で、むしろ、その上で対処し切れるかが重要になるんだ。
今は、その瀬戸際。
レオナックさんが言う。
「我らも参戦する」
「!」
「落石は我が弾く。ティナは『魔法の槍』で上の連中を狙え」
と、槍使いの美女を見る。
彼女は「はい」と頷いた。
レオナックさんの金色の瞳は、今度は僕とパルシュナを見る。
「シーナは、身を守るのを第一に考えよ」
「う、うん」
僕は頷き、
「パルはシーナを守れ。最悪の場合は、2人で馬車を離れ、この戦場を離脱しろ」
「っ、わかったわ」
少女も頷いた。
(え? 離脱?)
驚く僕に、
「奴らの狙いはシーナじゃ」
「…………」
「シーナさえ守れれば、我らの勝ちよ。騎士たちも不利な状況に囚われることなく、自由に動ける」
「…………。うん、わかった」
僕も頷く。
(正直、1人で逃げたくない)
でも、今は感情を抑える。
レオナックさんも頷き、
「よし、行くぞ、ティナ」
「はい」
年上の美女2人は、馬車の外へと飛び出した。
赤毛の美女は、即、騎士隊の前に出て、
「ぬん!」
ドガァン
炎を宿す戦斧を一振り、巨大な落石を粉砕し、火の粉と共に周囲に破片を散らす。
騎士たちも「おおっ!」と感嘆する。
彼女と騎士隊が馬車を守る中、
「――貫け、白き流星槍!」
キィン
緑の髪をなびかせ、クレティーナさんが3本の『光の槍』を空中に生み出し、斜面の上の岩を落としている人影たちに向け、射出する。
空中に美しい光の線が走り、
パキィン
(!?)
人影に直撃する寸前、『光の壁』に弾かれた。
3本の『光の槍』は砕け、消失する。
見れば、『光の壁』の奥で数人の人影が両手を突き出し、その各人の手には錫杖のような杖が握られていた。
(何あれ?)
驚く僕の横で、
「ちっ、防御魔法だわ」
「え?」
「あの杖は、教会の神殿兵が持つ霊杖なの。障壁を張る神聖魔法を使ってるんだわ」
「ええ……」
僕は唖然。
パルシュナは不快そうに、
「アイツら、自分たちが教会関係者であることを隠す気もなさそうね。全滅狙い……? それだけ本気で私らを――ううん、アンタを殺す気だわ」
「…………」
本気で、僕を……。
(僕、何もしてないのに……そんなに殺したいの?)
その悪意が、酷く怖いと感じる。
と、少女は言う。
「シーナ、葉っぱ出して」
「え? あ、うん」
言われ、
ニュッ
僕は、頭から2枚の葉っぱを出す。
「もしもの時は、馬車捨てるから。いつでも出られるようにして。で、全力で奴らの見えないところまで走って逃げるわよ」
「うん、わかった」
「うし」
少女も頷き、窓の外の戦況を見守る。
僕らの馬車に対する落石は続き、レオナックさんと騎士隊が必死に防ぐ。
その岩を落としてくる連中に、クレティーナさんも何度も『魔法の槍』を放っているけれど、今だ防御魔法は崩せていない。
現状、膠着状態だ。
(でも、将軍さんが戻れば……きっと、状況は好転する)
今は、それまで辛抱だ。
そう、自分を励まし、
ゾクッ
(!?)
瞬間、訳の分からない寒気を感じた。
その感覚に弾かれ、背後を振り返る。
視界の中――急斜面の暗い谷間がある真上の空中に、小さな『影』が浮かんでいた。
「は……?」
僕は、青い目を丸くする。
――人だ。
灰色のローブを纏い、薄い笑みの口元だけが見える人影が、何もない空中に滞空し続けていた。
その姿に、背筋が凍る。
(アイツ……護国の神樹を枯らした奴だ!)
見た目も同じ。
そして、それ以上に、同質な邪悪の気配を感じる。
窓の外、遠い空中で、奴は灰色のローブの隙間から右手をこちらに向けて、音もなく伸ばす。
チチチッ
黒い光が集まる。
(――やばい)
何かわからない。
わからないけど、あれは、絶対にやばい何かだと感じる。
だから僕は、
シャッ
車内で古樹の霊剣を抜き、全力で『光合成』を始めた。
2枚の葉が、強く光る。
「ちょ、シーナっ!?」
驚くパルシュナ。
でも、返事をする余裕もない。
奴の手にある黒い光点を中心に、周囲の空間が渦を巻くように歪んでいる。
(っ、早く――)
剣に力を流し込み、青い剣身が眩く光る。
と、少女も、ようやく僕の見ている窓の外に気づく。
「え……何、アイツ?」
青褪め、
「レオ、姉上、反対の空に何かいるわ! 何かまずい感じっ!」
と、全力で叫ぶ。
車外で、2人の女冒険者と騎士たちも驚く。
「何っ!?」
「あの者は……っ!」
驚愕し、正体に気づく。
だけど、2人が何かしようとしても、今からじゃ間に合わない。
だから、
(僕が――)
ガン
光合成の脚力で、馬車の扉を蹴り破り、外に出る。
奴は笑い、右手を大きく開く。
キュン
瞬間、黒い光弾が僕らに射出される。
同時に僕は、光る『古樹の霊剣』を思い切り振り下ろし、三日月のような光の剣閃を放った。
奴と僕の中間距離で、闇と光の力がぶつかる。
キ――
一瞬、光と闇が混ざり、
キュドォオオン
次の瞬間、2つの力が膨張し、耐え切れなくなったように大爆発を起こした。
(っっっ)
視界が白黒に染まる。
爆風が僕を吹き飛ばし、馬車の車体を横転させる。
騎士たちが地面に転がる。
落石が逆に斜面を登っていく。
衝撃で大地が砕け、大小の破片が吹き飛び、土煙が放射状に広がり、山の斜面にある道は押し潰されるように崩れ出した。
(く……っ!)
やはり、か。
あの黒い光弾が直撃してたら、全員、一瞬で消し飛んでいただろう。
まさに、間一髪。
2人の美女も、斜面にへばりつくように爆風を耐えている。
横転した車内から、出てくる少女の姿も見える。
3人全員、無事だ。
それに安堵し、だけど、僕は、
ズザザザッ
(くっそぉ……!)
爆発で崩れた道の土砂に巻き込まれ、谷間への急斜面を落ちていく。
とても抜け出せない。
「シーナっ!」
気づいたクレティーナさんが悲壮な顔で僕に手を伸ばし、一緒に滑落しそうな彼女をレオナックさんが必死に押さえていた。
その2人の姿も、ぐんぐん遠ざかる。
視線を上げる。
青い空に1人、灰色のローブを纏う人影は楽しげに笑っていた。
ヒュウッ
と、突風が吹く。
灰色のフードが外れ、その顔が見えた。
――青い肌と銀色の髪をした、とても美しい青年だった。
一瞬、状況も忘れ、見惚れるほど。
奴は笑う。
フードを被り直し、更に上空へと上昇すると、その姿は流れる白い雲の中へと消えてしまう。
僕は、歯を噛み締める。
(その顔、覚えたぞ)
絶対、忘れてやるもんか。
いつか、絶対、やり返してやる……!
そう誓いながら、
ザザザザァッ
僕の姿は、太陽の光も届かぬ暗い谷底へと落ちていったんだ。




