071・人々の思惑と旅立ち
(3日後……出立は明日か)
その決定を噛み締め、僕は覚悟を固める。
パルシュナも、
「ついに来たわね」
と、緊張を滲ませた表情で呟き、年上の2人も頷いた。
他の人に聞かれるとまずいので、詳しい話は家の中でということになり、僕らは一旦、家のリビングに移動する。
家主のお姉さんがお茶を淹れてくれ、全員、席に着く。
お茶を1口。
(ん……いい香り)
多分、香草のお茶で気持ちも落ち着く。
僕の様子にクレティーナさんは微笑み、それから、表情を戻してレオナックさんを見る。
「面会の相手は?」
「教皇と聖女じゃ」
(ホッ)
僕らは息を吐く。
「我らの後ろには、冒険者ギルド、そして、フィーンレイド王国がいる。さすがに枢機卿・大司教派も強引なやり口はできなかったのであろう。こちらの要望通りじゃ」
「うん」
「あと、場所はやはり王都の外じゃな」
「あ、うん。そうだね」
確か、王都の北、古い神殿のあるオーガストの丘、だっけ?
「遠いの?」
「馬車で2~3日かの」
「へ~?」
「フィーンレイド王国で初めて『奉樹の神聖教会』の神殿が建てられた場所での。教会にとって最も歴史と格式のある大事な施設じゃ」
「そうなんだね」
僕は頷く。
隣に座る緑髪の美女が問う。
「やはり、フィーン王家の介入を嫌って……?」
「それもある。じゃが、それ以上に枢機卿・大司教派の横やりが入らぬ場所を選んだのであろうよ。何しろ、他に何もない岩だらけの荒野であるからの」
「ほぅ?」
「ま、場所は問題ない」
と言い、
「――むしろ、問題は道中かの」
そう、レオナックさんは続けた。
(道中?)
「今、言ったように周囲には何もなく、時に断崖のような場所も通る。もし、枢機卿・大司教派が強引な手段を取るとすれば、その辺じゃろう」
「……強引な手段」
「シーナの暗殺じゃ」
「!」
僕、背筋が伸びる。
姉妹も表情をしかめ、
「ありますか?」
「絶対とは言わぬ。じゃが、高確率で、ある」
「…………」
「何しろ王家に出し抜かれ、『神樹の若木』を手にするチャンスを失った。そして今、教皇・聖女派と若木の間に誼が結ばれようとしておる。そうなれば、派閥争いは決着じゃ」
「つまり、それを阻止したい、と」
「うむ」
と、僕を見る。
「それが最も単純で、1番効果的な方法じゃからの」
「…………」
姉妹も僕を見る。
僕は仏頂面で、
「……凄い迷惑」
「じゃの」
美しい師匠は苦笑した。
息を吐き、
「無論、教皇・聖女派もそれを心配し、対策をしておる」
「対策?」
「王国軍の介入を許可された」
「……へ?」
王国軍?
僕は青い目を丸くし、姉妹も驚く。
「オーガストの丘の古き神殿まで、シーナの護衛としてダレイオス将軍とその配下20名までの同行を認めるとある。つまり、暗殺対策じゃ」
「ええ~」
「まぁ」
「マジで?」
「教会側も本気じゃの」
と、赤い髪を揺らし、彼女は頷く。
手紙を持ち上げ、
「世間的にはシーナの件は秘密じゃからの。ゆえに先日の『護国の神樹』の調査報告を聞くため、調査を行った王国軍の将軍、そして、金印冒険者レオナック・オルンのパーティーを由緒ある神殿に招く……と、こじつけるそうじゃ」
と、紙面を揺らした。
(ほへぇ……)
僕は、唖然。
同い年の少女も驚いている。
そして、少女の姉は、
「なるほど。更に、今後の布石ですね」
「え?」
「わざわざ、王国の大将軍、金印冒険者を遠方の神殿まで呼びつけ、神樹の調査報告を確認する。現状、国内の魔物が増加している事実を踏まえれば、聡い者は『護国の神樹』に何かあったと察するでしょう」
「あ……」
「世間にも噂は広がる」
「…………」
「その下地を作った上で、『護国の神樹』が枯死した事実を公表する。民たちも心の準備ができている分、国内の混乱は多少なりとも抑えられるでしょう」
「…………」
「ならば、王国側も、将軍の同行を拒否する理由がありません。よく考えたものですね」
と、感心している。
(……そこまで計算して?)
思わず、僕とパルシュナは顔を見合わせてしまう。
赤毛の美女は頷き、
「王国も教会も、皆、必死なのじゃよ」
と、笑った。
必死……?
(ああ……うん)
今、フィーンレイド王国は『護国の神樹』を失い、危機的な状況にある。
本来、人同士の争いなんてしてる場合じゃない。
――まず、生き残るために。
そのために、王国も教会も、心ある人たちは必死で、今、人々が一致団結するために必要なことを最大限に、そして最短で行おうとしてるんだ。
(…………)
ギュッ
僕は、両手を握る。
……正直、暗殺は怖い。
でも、みんな、がんばってるなら、僕も怖さを我慢し、オーガストの丘の古き神殿に行こう。
僕は頷き、
「3日後、絶対、教会の人たちに会うから」
と、宣言する。
レオナックさんも「うむ」と頷いた。
一方、少女は肩を竦める。
そして、
ギュッ
僕の手を握り、
「はい。何があろうと私も必ずシーナのそばにいて、貴方を守ります」
と、年上の恋人さんも微笑む。
話はそれで終わり。
明日、出発ということで、本日の夕食は保存していた食材を全て使い切り、量も多いため、レオナックさんも夕食を共にもらうことになった。
楽しい晩餐の時間。
やがて、
「では、また明日の朝にの」
「うん」
「また明日」
「ばいば~い」
と、夜道を帰る彼女は見送る。
その後、家に入り、僕と姉妹もそれぞれの自室へ。
ベッドに入り、僕は目を閉じる。
しばらく眠れなかったけど、やがて、いつの間にか眠りに落ちていた。
そして、
チチッ チュンチュン
(ん……)
小鳥の声と共に、目を覚ます。
――遠い地にある古き神殿で教会の人たちに会うため、暗殺の危険を感じながらの旅が始まる、その朝を迎えた。
◇◇◇◇◇◇◇
「――お、来たの」
姉妹と家を出て、冒険者ギルドの1階フロアでレオナックさんと合流した。
僕らは、
「おはよう」
「おはようございます、レオ」
「おっはよ~」
と、朝の挨拶を交わす。
それに彼女も、
「うむ、おはようじゃ」
と頷き、笑った。
相変わらず『金印の冒険者』は注目の的で、周囲の視線を集めながら、僕らはギルドの駐車場へと移動することにした。
実は、侯爵家の馬車がギルドまで迎えに来てくれる予定なんだって。
だけど、
(あれ、ケーシャンさん?)
広い駐車場に着くと、そこにギルド長のお姉さんがいた。
見れば、後ろには僕らの担当ギルド員のイリオナさんもいて、他にも数人、ギルド幹部らしい人が集まっていらっしゃる。
驚く僕らに、
「ふふ、おはよう、みんな」
と、美人のギルド長さんは微笑む。
僕らも「おはよう」「おはようございます」と挨拶を返す。
そして、レオナックさんが問う。
「どうした、ケーシャン?」
「ふふ、見送りよ」
「ふむ?」
「もうすぐ、ガンター侯爵家から迎えの馬車が来るでしょう。一応、ご挨拶しておこうと思って、ね?」
「ああ……そういうことか」
レオナックさんは苦笑する。
(んん……?)
一見、ただの会話だけど、雰囲気的に何か裏がありそう。
と、隣のクレティーナさんが、こっそり教えてくれる。
「ケーシャン様のお言葉は、つまり、今回、シーナの護衛となる侯爵家に対して、冒険者ギルドから『しっかり守れよ?』と圧をかけるという意味なのですよ」
「…………」
な、なるほど。
(要は、念押しね?)
それも、僕を守るために……か。
うん、ありがたや。
見つめる僕の視線に気づき、見た目、とても穏やかそうなギルド長のお姉さんはニコッと笑った。
…………。
やがて、侯爵家の馬車が来る。
迎えの責任者らしい侍従さんは、居並ぶギルド長を含めたギルド幹部の面々に驚いた顔をし、ただ、貴族家の人らしくすぐに表情を平静に戻す。
(でも、顔色悪い……)
えっと、その、大変ですね。
何か可哀想。
やがて、その侍従さんはその圧に耐えながら、しっかりと一同にご挨拶される。
その後、
「では、どうぞお乗りください」
と、僕ら4人に、丁寧に乗車を促してくる。
(うん)
頷き、僕らは車内へ。
相変わらず、豪華な空間だ。
ギィ……
音を立て、馬車が動き出す。
窓から、見送ってくれるケーシャンさん、イリオナさんたちに手を振り、やがて、僕らを乗せた馬車は王都の大通りに入ると中央の貴族街へと向かう。
20分ほどで、ガンター侯爵家の邸宅へと到着。
(おお……!?)
屋敷前の広場に、騎馬がいる。
その数、20頭。
武装した騎士たちも並び、実に壮観だ。
(え……もしかして、この人たち全員、僕の護衛なの?)
え、本当に?
あまりの好待遇に、さすがのシーナ君も唖然である。
だけど、隣のお姉さんは、
「シーナは一応、王国の希望とされる『神樹の若木』ですから。まぁ、これぐらい当然でしょう」
と、納得した表情で頷く。
ほへぇ……。
王国騎士20人の中央には、一際、大柄な騎士がいる。
(あ、ダレイオス将軍だ)
先日の謁見との時と違い、今日は豪奢な甲冑にマントを羽織り、腰には長剣を提げ、手には長い斧槍を握った戦闘用の格好だった。
力強く、雄々しくて、
(うん、凄く格好いい!)
と、素直に思う。
赤い房のある兜を脇に抱えたまま、将軍さんは降車した僕らを見る。
大きく頷き、
「来たな」
「うむ。今日からよろしく頼む、将軍」
「ああ、任されよ」
ゴン
レオナックさんの言葉に、将軍さんは甲冑の胸を斧槍を握ったままの拳で叩く。
僕は、他20名の騎士を見る。
多分、王国最強の将軍が直々に選んだ精鋭の騎士たちなのだろう。
皆、強者の気配がある。
そして、やはり事情も聞かされているのか、全員、表情は変えないけれど、1番の護衛対象である『神樹の若木』――つまり、僕へと視線が集中していた。
おお……視線の圧が強い。
(こう、品定めされてる感じ……?)
でも、うん。
僕は、彼らを見返す。
姿勢を正し、
ペコッ
「皆さん、よろしくお願いします」
と、頭を下げた。
全員、一瞬、虚を突かれた顔をする。
僕は顔を上げ、笑う。
途端、騎士さんたちは全員、息を飲み、すぐに「はっ」とかしこまったように応じてくれた。
(わぁ、見事な唱和)
僕、びっくり。
将軍さんとレオナックさんは笑う。
姉妹の姉は『うんうん』と満足そうに頷き、妹は微妙そうな表情で僕を見る。
(ん、何?)
「アンタ……顔だけはいいのよ。本当、詐欺よね」
「…………」
はい?
(何それ?)
でも、なんか酷いこと言われた気がする……。
ともあれ、王国最強の将軍さんと精鋭騎士20名をお供に、これから僕はオーガストの丘の古き神殿を目指すことになる。
顔合わせも終わり、
「よし、全員、騎乗! これより出発する!」
『はっ!』
ザザン
将軍さんの合図で、全員、騎馬に乗る。
僕ら4人も、侯爵家の用意してくれた、先程とは別の旅用の馬車に乗り込む。
外装が鉄製になり、中も広い。
座席も長く、夜間はベッドにできる感じ。
ギィ……
その車輪が回り、旅用馬車も動き出す。
ダレイオス将軍を先頭に、馬車を囲む配置で前後に7頭ずつ、左右に3頭ずつ騎馬が並び、その隊列のまま、王都フィーンドリアの広い大通りへと入っていく。
(わ~、目立ってるね)
20名以上の騎士の大移動だ。
貴族街の中はもちろん、特に一般国民の集まる街中では、何事かと周囲の視線が集まっていた。
現在、車内の窓は全て、レース生地のカーテンで覆われている。
外から、僕らは見えない。
でも、
(何だかドキドキするね?)
まるで自分が芸能人にでもなった気分だ。
慣れているのか、レオナックさんは平然と座席に座っていて、逆にパルシュナは興味深そうにカーテン越しの窓からの景色を眺めている。
そして、クレティーナさんは、
キュッ
隣に座る、僕の手を握る。
彼女を見ると、ニコッと微笑む。
(…………)
これから2日間の旅は、命を狙われる可能性があり、教会の人たちと会えば、僕自身や王国の未来に大きな影響を与えることになるのだろう。
でも、今は……。
彼女の笑顔を見るだけで、心が安らぐ。
(……うん)
キュッ
僕も手を握り返す。
肩を合わせ、お互いの体重を預け合うと目を閉じる。
ゴトゴト
揺れながら、馬車は進む。
大好きな人の温もりを感じながら、僕らのオーガストの丘の古き神殿に向かう旅は始まった――。




