070・実践せよ、魔力纏い
王様と会った翌日となった。
今日も、朝からレオナックさんは僕と姉妹の家を訪問してくれる。
「ほれ、今日は魚じゃ」
「まぁ」
「うひょ~♪」
「マリンディアの遠洋で昨晩獲れたばかりの金剛角クジラの生肉じゃ。刺身でも行けるぞ」
と、本日もお土産付き。
(わ~)
嬉しいけど、こう毎日だと、ちょっと申し訳ないかなぁと思ったり。
家主のお姉さんもそう感じたのか、
「連日、すみません」
「構わぬ。子が増え、食費も増えたであろう? 少しは足しにせよ」
「まぁ……ふふ、感謝します」
「うむ」
頷く、赤毛のお姉さん。
増えた子――つまり、僕である。
(い、一応、生活費は払ってるんだけどなぁ)
先日の人喰鬼のクエスト報酬から500リド、生活費として約5万円ほどお渡ししている。
ちなみに最初は、
「いえ、シーナは私が養うと決めましたので、そのようなお金は――」
「いやいや、お金のけじめはしっかりと――」
「いえいえ」
「いやいや」
と、受け取り拒否されて、しばらく押し問答になったんだよね。
呆れた妹が、
「いいじゃん、もらいなよ」
「まぁ、パルまで」
「コイツにだって、男の意地ってあるでしょ? 安い面子だけど、一応、守ってあげたら?」
「…………」
(い、言い方~っ!)
でも、いい援護射撃なのは確かで……。
だから、僕もコクコクと頷く。
結局、それでクレティーナさんも「仕方ありませんね……」と受け入れてくれて、無事、生活費を渡すことができたんだ。
あと余談だけど、この世界は電気、水道、ガスの代わりに『魔石』を用いるらしく、それを照明や水道、コンロなどに填め込んで使用するので、光熱費はその交換費用って感じなんだ。
(まさに異世界だね)
と、知った時は、僕も新鮮な喜びを感じたものである。
閑話休題。
本日のお土産は保冷庫にしまい、本来の目的が始まる。
目的――そう、稽古だ。
レオナックさんはお土産の他に木剣なども持ち込み、僕らは庭へと集まる。
まずは、準備体操。
入念に身体をほぐす。
ほぐしながら、
「毎日、やっておるか?」
「もちろん!」
師匠の言葉に、僕は頷く。
クエスト以外の日は、毎日、晴れの日も雨の日も、木剣の素振りを欠かしたことがない。
実際、この間のクエストで実力不足を実感したし、
(もっと強くならないと!)
という気持ちは強いんだ。
だから、木剣を構え、
ビュッ
師匠の前で、1度、剣を振る。
「むっ」
「どう?」
「うむ、励んでいたようじゃの。初めて振るった時とは比べ物にならぬわ」
と、笑った。
(あは)
王国最強の冒険者である師匠に褒められた。
素直に嬉しい。
姉妹の姉も微笑み、妹は「けっ」と面白くなさそう。
赤毛の美女は頷く。
「ふむ、鈍りは見えぬな。ならば、今日はいきなり実戦稽古とするかの」
「うん」
「そして、もう1つ」
「?」
「今日は『魔力纏い』を使え」
え?
(魔力纏いを?)
驚く僕に、
「実戦で動きながら『魔力纏い』を行うは、通常とは違った思考と技術が必要になる。今日の稽古では、その難しさを知れ」
「う、うん」
「よし、やるぞ」
「うん、わかった」
稽古開始の宣言に、僕は大きく頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇
芝生の庭で、僕らは向き合い、互いに木剣を構える。
ピィィン
独特の緊張感。
空気が引き締まり、見守る姉妹も呼吸を殺し、周囲の雑音が遠くなる。
(魔力を纏え……!)
僕は集中する。
身体の中、弱々しい力の流れを感じる。
集まれ……。
流れ、全身に満ちていけ……。
さぁ、速く……!
たどたどしくも、体内を魔力が流れ、徐々に速く、太く、手足の末端まで広がっていく。
スゥ……
木剣の軽さが減る。
視界が広がり、意識が鮮明になる。
(――うん)
さすがに『光合成』ほどじゃないけど、自分の身体能力が強化されたのを感じる。
正面の師匠が、薄く笑う。
クッ
木剣が動き、隙ができる。
(誘ってる)
と、理解しつつ、その誘いに従い、僕は一気に踏み込んだ。
ドッ
地面を蹴る。
強化された脚力は、土と芝草を吹き散らし、僕の身体を一気に前方へと運んだ。
「やっ!」
木剣を振る。
ボヒュッ
赤毛の美女は、軽くかわす。
(!)
反撃の剣が来る。
――速い。
でも、強化された動体視力が捉え、同じく強化された反射神経が対応する。
ガキィン
受けた。
強い衝撃。
けれど、魔力を纏った筋肉、骨格は、しっかり師匠の木剣の威力を殺す。
「えいっ」
「!」
強く押し返す。
「やっ! たぁっ!」
ビュッ ボッ ガィン
師匠に向け、連続で木剣を揮っていく。
でも、さすが、王国最強の『金印の冒険者』である師匠だ、1発も当たらず、華麗に回避し、受け流される。
ただ、反撃はない。
(?)
しないのか、できないのか?
わからないまま、むしろ、僕は夢中で師匠が攻撃する隙を与えないよう、必死に木剣を振り続けた。
と、その数秒後、
(う……?)
全身の力が徐々に弱まる。
魔力が抜ける。
霧散する。
あ……あ……まずい。
強化が途切れ、木剣の速度、威力が落ちた――途端、師匠の木剣がついに反撃に動いた。
(受け――)
ドゴン
「ぐはっ」
受けた木剣は、けれど、先程と違い威力を消し切れず、木剣ごと僕の脇腹に命中して、僕の小さな身体は吹き飛び、芝生の上をゴロゴロと転がってしまう。
げはっ、がはっ。
(い、息が……!?)
衝撃で横隔膜が痙攣し、呼吸ができない。
目尻に涙が滲み、
(!)
その僕の目の前で、師匠が上段に構えた木剣を僕へと振り下ろした。
――死……っ!
思わず、硬直。
でも、木剣の先は僕の鼻先3センチで停止した。
弾けた風圧が、前髪を揺らす。
(…………)
ドッ ドッ ドッ
死を実感し、心臓の鼓動が激しい。
青褪める僕を、赤髪の美女レオナック・オルンは金色の瞳を細め、静かに見下ろしている。
木剣を引き、
「ふむ、約30秒か」
「……え?」
「魔力纏いの持続時間じゃ。平常時の半分、動きながらじゃとこれほど短くなるとは……やはり、魔力の練り方が足りぬの」
「…………」
「まぁ、よい」
彼女は、息を吐く。
僕は必死に呼吸を戻す。
見守っていた姉妹は、僕に過保護な姉が「ま、魔素水を……!」と家に戻ろうとするのを、妹が「あれぐらい大丈夫よ」と服の裾を引っ張り、止めている。
木剣を支えに、立ち上がる。
美人の師匠は言う。
「まずは違いを体感することが大事じゃ」
「うん……」
「動けば呼吸の量も増え、血流も速くなる。当然、体内の魔力も多く減る。その分、練り方を強め、余計な消費を抑えねばならぬ。今後の課題じゃ」
「うん」
「それと、切り替え」
「切り替え?」
「魔力を全身に常に展開していては、すぐに魔力が切れる。時に使わず、必要時のみに使う。そうすることで、魔力纏いの継戦時間を伸ばすのじゃ。つまり、瞬時に切り替えるだけの魔力操作の速度も大事になる」
「…………」
「魔力を練る強度、速度、その向上が必要ということじゃ」
「うん、わかった」
僕は頷いた。
魔力纏いは、約3分が限界という。
それ以上は、体内の魔素が欠乏し、脳や内臓に損傷を与えたり、最悪、命を落としかねないのだとか。
ちなみに僕は、現状、1分しかできない。
でも、レオナックさんの言うように瞬時の切り替えが可能なら、その1分間を細かく分け、戦闘時にはより長く、1分以上だって戦い続けることが可能になる。
更に、その戦闘中、呼吸によって大気中の魔素を補充していれば、理論上はもっと長い時間、『魔力纏い』を使えるはずだ。
もちろん、
(――言うは易し、行うは難し)
だと思うけど。
でも、多分、
(目の前の師匠は、それを実践できるんだよね?)
だからこそ、当たり前のように語るし、弟子の僕にも伝えている。
僕は息を吐く。
心を整え、正面を見据えた。
木剣を構え、
「もう1度、お願いします」
「うむ」
師匠は笑い、頷く。
そして、表情を戻して木剣を構える。
「魔力に意識を向ければ、剣技が雑になる。逆も然り。常に剣と魔力、己の肉体と精神の全てを最大限に研ぎ澄まし続けろ」
「はい!」
僕は強く答える。
グッ
先程より集中し、体内の魔力を集める。
速く、太く、しっかり練る。
(もっと、もっと……!)
その時、
「――遅い」
ビュッ
(わっ!?)
師匠が先に動き、木剣が飛んでくる。
慌てて防ぐ。
ガィン
弾き、構え直し、魔力を――、
「止まるな」
「っ」
ガキィ
「動きながら魔力を練れ。全身に流し、即座に纏え。呼吸の仕方に注意し、決して乱すな」
「っ……っ……!」
「これは光合成の使えぬ状況で、そなたの命を助けるための大事な技術となる。――全力で学び、しかと覚えるのじゃ!」
「っ、はい!」
ガィン ガガァン ゴィン
必死に答え、喰らいつく。
魔力と剣技と肉体操作と精神集中、全てを同時に並列で行う。
(頭が焼ける……!)
でも、必要なこと。
急には無理……なんて言い訳はしない。
絶対、覚える。
強くなる。
――あの時、人喰赤鬼との戦いで『光合成』がなければ、あの人は死んでいた。
もし、光合成が使えなかったら……?
(……っ)
あんな絶望、2度と嫌だ。
だから、強く……強くなる!
「やぁああっ!」
自分自身を鼓舞し、吠える。
必死に全身に魔力を流し、僕は目の前の赤毛の戦士へと懸命に木剣を揮った。
◇◇◇◇◇◇◇
バキィン
レオナックさんの力強い剣に弾かれ、僕は地面を転がった。
……今日、何度目だろうか?
「はぁ、はぁ」
木剣を支えに、必死に立とうとする。
でも、
「よし、今日はここまで!」
(あ……)
赤毛の美女の通りの良い声が稽古終了を告げ、僕の膝から力が抜けた。
ドサッ
尻もちをつく。
(つ、疲れたぁ~)
集中力が切れ、途端、全身に脱力感と疲労感が広がっていく。
赤い髪を揺らし、師匠は笑う。
「うむ、最終的には1分以上、動き回りながら『魔力纏い』を持続できるようになったの。よくがんばったぞ、シーナ」
「あ、ありがとう」
褒められた。
嬉しい。
(でも、一般的な平均は3分なんだよね。まだまだ、がんばらないと……!)
満足はできない。
僕の様子に、彼女は頷き、
「また明日も来る。教会関係者と会う日までは、毎日、魔力纏いの稽古を重点的に行うぞ」
「うん、わかった」
「よし」
グイッ
僕の手を掴み、軽々立たせてくれる。
(わぁ)
凄い力。
これも、彼女の魔力纏いの力? それとも単純な素の筋力なのかな?
(よくわからないね)
でも、いいさ。
目の前に、レオナック・オルンという目標がいる――その事実は変わらない。
うん、
(いつか同じことができるようになってやるぞ~!)
と、野望を燃やす。
そんな僕らの方へ、姉妹もやって来る。
「大丈夫でしたか、シーナ?」
「あ、うん」
僕は頷く。
でも、
ジ~ッ
紫水晶の瞳が僕を見つめる。
美貌を少ししかめ、
「顔色が白いですね」
「え? そう?」
「はい。やはり、体内の魔力を大分消費したようです。今、魔素水を持ってきましょう」
「へ……?」
魔素水は、1本3万円の水だ。
(いやいやいやっ)
僕は慌て、妹のパルシュナも呆れた顔をする。
ペシッ
姉に裏手で突っ込み、
「もうっ、姉上、過保護すぎ」
「パル……。ですが、シーナに何かあったら」
「あのね~? 魔力纏いすれば、誰だって多少の顔色悪くなるわよ。しっかりしてっ、姉上?」
「ですが……」
と、まだ迷うお姉さん。
すると、
「――魔素水は禁止じゃ」
と、成り行きを見ていたレオナックさんが言う。
(え?)
僕らは、彼女を見る。
赤毛の美女は木剣を片手に、もう一方の手を腰に当てる。
息を吐き、
「魔素水を使えば、確かに早く楽になるがの」
「では――」
「じゃが、それに頼れば、シーナの肉体の大気中の魔素を吸収する機能が弱くなる。将来的に、苦しむのはシーナぞ?」
「う……」
その指摘に、クレティーナさんはたじろぐ。
悔しげに唇を結び、
「……はい」
やがて、項垂れるように頷いた。
僕は苦笑する。
年上の恋人さんである彼女を正面から見る。
ギュッ
両手を握り、
「ごめんね。でも、心配してくれてありがとう、クレティーナさん」
「シーナ……」
「その気持ちは、凄く嬉しかったよ」
ニコッ
と、笑った。
途端、彼女の美貌が赤くなる。
(お?)
握った手も、急に熱くなった。
綺麗な長い髪で表情を隠すように俯き、「は、はい……」とか細く恥ずかしそうな声で返事をしてくれた。
(う~ん、可愛い)
僕、ほっこり幸せ。
レオナックさんとパルシュナは顔を見合わせ、1人は苦笑、1人はため息をこぼす。
そんな感じで、今日の稽古は終わった。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日、翌々日も師匠の宣言通り、魔力纏いの稽古が連日行われた。
ガッ ガァン ギィン
魔力を纏ったまま、木剣を振る。
(は……ふっ!)
呼吸。
集中の分配。
剣技と魔力の同時操作。
何となく、感覚がつかめてきた感じがして、少しずつ持続時間が増えていく。
一般的な数値は、約3分。
魔力纏いの有無を細かく切り替えながら、ようやくその目標値に到達したのは、稽古を始めて3日目の夕方だった。
見守るクレティーナさんにそれを教わり、
(よぅしっ!)
僕は、拳を握る。
ついに、スタートラインに辿り着いた。
まだ、平均値。
でも、僕にとっては大事な1つの目標だった。
そんな僕に、
「うむ、よくやった」
と、レオナック師匠も金色の瞳を細め、褒めてくれる。
(えへへ)
うん、素直に嬉しい。
クレティーナさんも優しく微笑み、妹の方は……あ~、渋い顔で「けっ」とか言っている。
ま、彼女はいいさ。
でも、成長してる――その実感ができるのはやる気にも通じる。
(うん、明日もがんばるぞ!)
と、熱い思いでそう思った。
だけど、
カランカラン
(ん?)
来客を報せる玄関の鐘が鳴った。
誰だろう?
家主のお姉さんが対応に出る。
しばらくして、庭に戻ってきた彼女の手には、1通の手紙があった。
彼女は言う。
「郵便の配達員でした」
「へ~?」
「ただ速達で、封蝋は冒険者ギルドの紋章です」
「ギルドの?」
僕らは驚く。
緑の髪の美女は、レオナックさんを見る。
「2時間前に出された手紙で、恐らく、レオがこの家にいることも承知でケーシャン様が郵送してきた物のようですね」
「ふむ?」
「まだ開封していません」
と、手紙を渡す。
リーダの赤毛の美女は受け取り、封蝋を確認する。
ペリッ
爪で封蝋を剥がした。
中には便箋が2枚。
その紙面の文章を、金色の瞳が追い、
「ほう?」
と、短く呟いた。
表情と雰囲気が、少し引き締まったように感じる。
「……レオナックさん?」
僕は、声をかける。
姉妹も注目している。
結んだ赤い髪を揺らし、彼女は手紙から顔を上げた。
金色の瞳が、僕らを見回す。
その場の空気を、静かな緊張感が満たしていく。
そして、紅い唇が開き、
「――教会の連中と会う日が決まった。日時は3日後の正午、場所は王都の北にある古き神殿のあるオーガストの丘。王都の出立は明日の朝となるぞ」




