069・伝承の魔族
「待たせたの」
夕刻、約束通り、レオナックさんが家に来てくれた。
手には、大きな袋があり、
「今日は、滅多に手に入らぬ『翡翠鱗竜』の竜肉を持ってきた。遠慮なく食うが良いぞ」
「へ~、竜肉?」
「うひょっ、マジで!?」
「まぁ、よく手に入りましたね?」
と、僕らは驚く。
特に姉妹の反応は大きくて、もしかしたら、前世のシャトーブリアンみたいな高級お肉なのかなと思ったり。
赤毛の美女は笑う。
「金印の伝手での」
「ふふっ、ですか」
「さっすが、レオナック・オルン! よくやったわぁ」
と、2人は喜ぶ。
僕は聞く。
「高いの?」
「ふむ……1人前3000~5000リドはするか」
「!?」
30万~50万円!?
4人で、120万~200万円。
(ひぇぇ……レオナックさん、奮発し過ぎ!)
ようやく僕も驚愕だ。
彼女は苦笑し、
ポンポン
その手で、僕の頭を叩く。
「今後、忙しくなりそうじゃからの。英気を養うために、今回だけじゃ。次はあまり期待するでないぞ」
「うん。でも、ありがとう」
「ふふっ」
僕のお礼に、彼女も笑う。
やがて、調理を開始し、料理上手なクレティーナさんは「やはり、ステーキにしましょう」と決断された。
うん、異論なし。
妹も「こんないい肉なら、当然よね!」と納得である。
緑髪のお姉さんには、超高級お肉に集中してもらい、僕と少女は付け合わせの野菜をバターで炒めたり、白米を炊いたり、コーンポタージュを作ったり、他の調理をがんばる。
その間、お肉購入者様は、
「んん……旨いっ」
と、料理の完成を待つ間、1人で持参のお酒を楽しんでいた。
やがて、その料理も完成。
全員、リビングの食卓に着き、手を合わせる。
そして、
「いただきます」
と、実食だ。
まずは、やはり主役の竜肉から。
ドキドキ
緊張と期待を宿しながら、フォークを刺し、ナイフを当てる。
(ほわ……柔らかっ)
抵抗がなく、簡単に切れる。
ジュワ
滴る肉汁が保熱用の鉄板で焼ける。
脂の溶ける上品な香りが広がり、その見た目は表面には火が通り、中は赤身の残るレアな感じ。
1切れ、口に運ぶ。
ハム
「っ……!」
溶けた!
噛んでないのに溶けた。
口内に肉汁が溢れ、けれど、不思議としつこさはなく、ただ旨味だけの脂が広がっていく。
でも、噛むと、濃厚な赤身の旨さがある。
力強く、繊細な味。
本来、矛盾する2つの要素がなぜか味わえる。
(竜肉、凄い……!)
肉の固さや余計な筋とか一切なく、ただただ『お肉が美味しい』を味わうための食材だった。
僕、感動。
僕だけでなく、姉妹も同様の表情で。
その様子に、
「ふふ、その顔が見れただけで、奮発した甲斐があったわ」
と、赤毛の美女は笑う。
貴族さえ頭を下げるという『金印の冒険者』は、すでに何度か食べたことがあるらしい。
彼女は味より、僕らの反応を楽しんでいるみたい。
でも、いいよ。
「お肉、凄く美味しい! ありがとう、レオナックさん!」
「本当、最高だわ!!」
「買いたくても、まず竜肉自体が手に入りませんからね。この子たちにも良い経験をさせてくれて感謝します、レオ」
と、僕らはお礼を言う。
彼女は、少し目を丸くし、
「ふっ……そうか」
と、少し照れ臭そうにはにかんだ。
そのあとも、全員で最高級のお肉様や他の料理を楽しんだり、また、お礼代わりに3人で彼女にお酌したりして、その日の楽しい晩餐の時間は過ぎていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
食後は、お茶の時間だ。
(ふ~、お腹一杯♪)
家主の美人お姉さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、僕は息を吐く。
3人も満足気。
美味なる竜肉を食べた余韻で、今はまったりした時間が流れている。
僕ものんびり……。
だからかな?
ふと、未来のことを考えてしまう。
(今度、教会の人たちと会って、僕は、自分が『神樹の若木』だと認定してもらわないといけないんだよね?)
じゃないと、王国が大変らしい。
3人のいる国だもの、僕も何とかしたい。
でも、
(神樹の若木……か)
転生時、夢で見た光る巨木……そして、現実の枯れてしまった灰色の巨木を思い出す。
僕は、呟く。
「僕も……殺されるのかな?」
「え?」
「む?」
「は?」
(あ……)
独り言のつもりが、聞こえてしまったらしい。
驚き、3人は僕を見る。
(あはは……)
バツが悪い僕は、誤魔化すように笑う。
だけど、3人の視線は変わらない――特に、クレティーナさんは問い質すような視線を僕にぶつけてくる。
う……圧が強い。
彼女に弱い僕は、素直に言う。
「その……『護国の神樹』って人為的に枯らされたんでしょ?」
「はい」
「なら、もし僕が『神樹の若木』だって認定されたら、同じように枯らすというか、誰かに殺されそうになるのかな……って、ふと思っちゃって」
「……シーナ」
彼女は驚いたように僕を見る。
両手を伸ばし、
ギュッ
(わ?)
僕を強く抱き締めた。
「そんなこと、このクレティーナが許しません。大丈夫。私が必ず守ります。だから、貴方は大丈夫ですよ、シーナ」
強く言われ、髪を撫でられる。
(クレティーナさん……)
その思いが嬉しい。
僕も、つい青い瞳を伏せてしまう。
一方で、彼女の妹、パルシュナは1番年上の赤毛の美女を見る。
彼女は、
「ふむ、可能性はあるのか」
と、呟いた。
途端、僕を抱くお姉さんは「レオ」と非難するように彼女を睨む。
でも、レオナックさんは冷静に、
「いや、考えねばならぬことじゃ」
「ですが……」
「ティナの気持ちはわかる。じゃが、教会関連の方に目が行き、すっかりと忘れていたが、確かに『神樹』を狙う不届き者は存在したのじゃ」
「…………」
「その警戒もし忘れてはならぬ」
と、強く断じる。
『金印の冒険者』の真剣な言葉に、僕らの心も引き締まる。
少女が口を開く。
「でも、犯人、まだわかってないんでしょ?」
「うむ」
厳しい顔で頷く、レオナックさん。
「護国の神樹を枯らした大罪人じゃ。王国、教会、共に調査し、犯人を捕まえようと全力で捜索しておるじゃろう。じゃが、何かしら判明したという情報はまだ入っておらぬ」
「そう」
「やはり、人間ではないやもしれぬの」
「……マジで?」
パルシュナは、幼い美貌をしかめる。
僕は頷く。
「あの時、僕の投げた石がアイツのお腹を貫通したんだ」
「…………」
「普通なら、きっと致命傷だよ? だけど、倒れた途端、アイツ、霧みたいになって消えちゃって……死体もないし、多分、逃げられたんだと思う」
「……うへぇ」
少女は、実に嫌そうだ。
うん、僕もヤダよ。
(本当、何だったんだろう、アイツ?)
実に謎だ。
すると、年上の美女2人は顔を見合わせ、何か考えを確認するように頷き合う。
「もしかすると――」
「――『魔族』、か」
と、口にした。
(魔族?)
何それ?
また異世界の定番らしい種族が出てきたぞ。
少女も、
「魔族? あの伝承の?」
と、驚く。
伝承?
不思議に思いつつ、僕は素直に聞く。
「魔族って何?」
「太古からの人類の敵です」
と、クレティーナさん。
(人類の敵……太古からの?)
目を丸くする僕に、レオナックさんは頷き、
「大昔、神々が人類を守るため、のちに『護国の神樹』と呼ばれる巨大な木々を生やしたことは教えたであろう?」
「あ、うん」
「それは、何から守るためじゃ?」
「…………」
(まさか?)
僕は気づく。
赤毛を揺らし、彼女も頷く。
「そう、『魔族』と呼ばれる存在からじゃ」
「…………」
「無論、魔物の脅威もあったが、それ以上に、高い知能と強靭な肉体、高度な魔法を使いこなす生命体が存在したらしい。その生命体にとり、人類は玩具であり、奴隷であり、食料でしかなかったそうじゃ」
「…………」
「残虐な上位生命体、それが『魔族』――教会の聖書にも記される邪悪な存在じゃ」
「…………」
ゴクッ
僕は、唾を飲む。
(この世界に、そんな奴らがいたの?)
驚き、恐怖の感情が湧く。
と、そんな僕を抱きながら、緑髪のお姉さんが口を開く。
「ですが、魔族は絶滅したと聞きます」
「え?」
「世界に現れた『神樹』たちの加護により、魔族は大きく弱体化し、個として劣りながら数に勝る人類の反撃に遭い、徐々に追い詰められ、やがて、長い年月の果てに絶滅したというのが一般的な説です」
「そう、なの?」
「はい。少なくとも、1500年前の古代オーパィル魔法王朝時代にはいなくなっていたと古代の資料から判明しています」
「へぇ……」
少し安心。
(……いや、待て)
僕は気づき、問う。
「その魔族が、犯人?」
「可能性ですが」
「…………」
「歴史の通り、魔族は自分たちを排した神々を憎み、神樹の存在を疎ましく思っています。かつての繁栄を取り戻そうとする『魔族の生き残り』がもし存在するとしたら――」
(あ……)
僕も理解する。
「――神樹を、枯らす」
僕の答えに、クレティーナさんは「はい」と頷いた。
それを聞き、妹は渋い表情だ。
赤毛の美女レオナックさんは、椅子の背もたれに深く寄りかかり、足を組み直す。
息を吐き、
「ただの推測じゃがの」
「…………」
「無論、証拠もない。全く別の反神樹主義、反神論者の犯行である可能性もある。じゃが、巨大な竜を使役し、肉体を霧散させ、人知れず神樹も枯らしてみせた。――その異常な能力の高さは、やはり『魔族』を連想させるものじゃ」
「……うん」
「王国、教会も似た推測をしとるじゃろう」
「そっか」
僕は頷いた。
「もし本当なら、人間同士で内輪揉めしてる場合じゃないのにね」
「そうじゃな」
レオナックさんは苦笑し、
「じゃが、そうできぬのが、人間というモノよ」
「…………」
「個人個人、大切なものは違い、その優先度は他人の大切なものを後回しにする。結果、破滅が待とうと譲ることはできぬのじゃ。悲しいことじゃがの」
「……そう」
何だか悲しい。
僕の様子に、クレティーナさんは心配そうな顔をしてくれる。
一方、パルシュナは唇を尖らせる。
「ふんっ! 別に種族で敵味方が決まる訳じゃないんだから、当然でしょ?」
「…………」
「アンタは甘すぎんのよ、馬鹿シーナ」
プイッ
言うだけ言って、顔を逸らす。
言い方は悪いし、心は痛いけど、確かに正論だ。
そして、甘い僕のためを思って、嫌われ役になってもそれを教えようとする彼女の優しさが胸に染みる。
(うん)
「そうだね。ありがと、パルシュナ」
「…………。ふんっ」
素直になれない彼女は、ずっと横を向いたままだ。
美女2人は苦笑。
やがて、
「まぁ、本当に魔族の生き残りがいたとしても、さすがにシーナを狙い、王都内で仕掛けてくることはあるまい。枢機卿派も何かをしようとしても、あまり人目がある場所では難しかろう」
「あ、うん」
「警戒は必要じゃが、必要以上は要らぬ」
「……うん」
「家には、ティナもパルもおる。我も毎日顔を出す。相手が誰であれ、簡単には手を出せぬよ。だから、あまり心配するでないぞ?」
「うん、わかった」
僕は頷いた。
姉妹も、妹の方は横を向いたままだけど、姉の方はしっかり頷いてくれる。
そして、赤毛の美女は、
「ま、数日は自宅待機じゃ。その間、また稽古をつけてやろう」
「え、本当?」
「本当じゃとも」
頼もしく頷く。
(し、師匠……!)
僕は、青い目を輝かせる。
「世の中、敵はおる。じゃが、負けぬ強さがあれば問題ない。さぁ、明日から鍛え、より強くなるぞ、シーナ!」
「うん、師匠!」
僕は、全力で頷いた。
美人の師匠も嬉しそうに笑う。
その様子に、美人姉妹は顔を見合わせる。
「はっ、単純ね」
と、妹は肩を竦める。
そして、姉の方は紫色の瞳を細め、
「ふふっ……。ですが、やはり、そうした表情をしている方がシーナは素敵ですね」
と、何だか安心したように微笑んだ。




