068・計画通り
「まぁまぁ、そんなに上手くいったのね」
パン
ケーシャンさんは両手を合わせ、嬉しそうに笑った。
冒険者ギルドに戻り、ギルド長室で今日、フィーンレイド国王様と謁見した時のことを伝えたら、こんな反応を返されたんだ。
(え~と?)
彼女、凄く嬉しそう。
僕は戸惑うんだけど、レオナックさんは苦笑し、
「そなたの計画通りじゃな」
(え、計画?)
僕と姉妹は赤毛の美女を見、そして、美しいギルド長を見る。
彼女は、悪戯っぽく笑う。
「そうね。シーナ君の性格なら、陛下と馬が合うと思ったのよ」
「…………」
「でも、予想以上ね」
と、僕を見る。
「シーナ君があまりに素直でいい子だから、陛下も本気で気に入ってくれたのだと思うわ」
「…………」
そ、そう。
あまりに真っ直ぐ言われ、少し赤面しちゃう。
隣でクレティーナさんが『うんうん』と頷き、更に隣のパルシュナは微妙な仏頂面だった。
ギルド長は、
「これで、陛下は決まりね」
キュッ
呟き、何かを握る仕草をする。
にこやかに笑っているんだけど、何だかその水色の目が怖い。
彼女は顔を上げ、
「でも、一線は引きましょう」
「一線?」
レオナックさんが聞き返す。
亜麻色の髪の美女は頷き、
「『神樹の若木』が友好を結んだのは、王国ではなく国王陛下個人である――としましょう」
「ふむ?」
(王様個人?)
僕は目を瞬く。
「王国の偉い人たちはすぐ勘違いをするから、そんなことがないようにしたいの。主導権は、あくまでこちらが握る。そして、シーナ君に友好的な陛下に権力を集めて、色々、便宜を図ってもらいましょう」
「…………」
「要は、王国内の余計な派閥争いを消すの」
と、片目を瞑る。
(あ、うん)
なるほど、と、僕は驚く。
金印、銀印の美女も頷き、白印の少女も目を瞠っていた。
「確かに、良い案じゃ」
「はい、その方が陛下も動き易いでしょう。シーナも守れます」
「そ、そうね」
「でしょ?」
ケーシャンさんも笑う。
と、彼女は1本、指を立てる。
「でも、もう1つ」
「?」
「教会への牽制もあるの」
「牽制?」
僕らは驚く。
ギルド長は亜麻色の髪を揺らして頷き、
「王国が護国の神樹を枯らしたことに対し、教会は拳を振り上げたわ。好機でもあるし、もちろん、信仰からの単純な怒りもあるでしょう」
「う、うん」
「だけど、神樹の若木が王国を許した。その場合、振り上げた拳は行き場を失うわ」
「…………」
「それ、良くないの」
「ないの?」
「ええ。体面もあるし、感情面でも問題が出る。最悪なのは、無関係の場所に振り下ろされること。被害を受けるのは、ただ立場が弱い何も悪いことをしていない人たちになるわ」
「…………」
そう、なの?
僕には、よくわからない。
でも、ケーシャンさんの瞳には、真実を語っている迫力があった。
美女2人も難しい顔である。
唯一、パルシュナだけが僕と同じ感じ。
頭の良いギルド長は言う。
「だから、ね? フィーンレイド王国は許されていない、ただし、王国の王は罪を償う機会を与えられた、という形にするの」
「あ……」
「そうすれば、教会も無理に感情を抑え込まないで済む」
「…………」
「王国の今後を見張っているぞ、という名目が生まれ、体面を保ちながら感情をある程度満たし、振り上げた拳をきちんと下せるの。要は、敢えて王国を責める口実を残しつつ、若木と国王が友好的なので実際は何もさせないってことね」
と、彼女は笑い、人差し指を斜めに傾ける。
(へ、へぇ?)
凄い、色々考えてるのね?
何となく理解できるけど、正直、僕、付いていけないや……。
僕の表情に気づき、
「つまり、こやつは、教会の暴走を起こさせないようにしたいのじゃよ」
と、レオナックさん。
あ、なるほど。
(そう言われると、わかり易いかも)
僕は頷き、同じようにパルシュナも理解した表情を浮かべていた。
美しいギルド長は、
「ふふっ」
と、照れたように笑う。
その時、クレティーナさんは何かに気づいた顔をして、赤毛の美女の方を見る。
(ん……?)
どうしたの?
レオナックさんも視線に気づく。
「どうした?」
「あ、いえ……」
「?」
「もしかしたらですが、今回のシーナと陛下の友好の証人には、貴方も含まれますよね?」
「うむ、そうなるの」
「つまり、冒険者ギルド第3支部所属の『金印冒険者レオナック・オルン』が証人になったという事実が関係各所に伝わるのですよね」
「あ……」
レオナックさんは、ハッとした。
(え、何?)
意味がわからない。
でも、彼女は、穏やかに微笑んでいるギルド長を見る。
「おぬし、やったな?」
「うふふ」
頬に手を当て、ケーシャンさんは笑う。
僕は、答えを求め、クレティーナさんを見る。
彼女は気づき、
「現状、神樹の若木であるシーナは、レオナック・オルンのパーティーにいます」
「あ、うん」
「そして、彼女は第3支部所属の冒険者です」
「うん」
「また、今回、神樹の若木と陛下の友好の証人になり、対外的に、レオナック・オルンはシーナ関連で大きな影響を持つ人間なのだと王国と教会など周囲にも認識されました」
「うん」
「それは、同じ冒険者ギルド内でも同様です」
「え?」
ギルド内?
僕は、青い目を丸くする。
美しい銀印冒険者であるクレティーナさんは言う。
「――要するに、今後、シーナ関連の全てはレオナック・オルンが所属する『第3支部のギルド長』が窓口となってしまうということです」
第3支部のギルド長?
(ケーシャンさん?)
僕は、彼女を見る。
ニコッ
亜麻色の髪を揺らし、彼女は乙女のように笑う。
レオナックさんが嘆息する。
「つまり、他支部の横やりを潰したのじゃ」
「え?」
「神樹の若木関連じゃ。他支部のギルド長も若木を手に入れ、権益を得たいと画策する者もいたじゃろう。じゃが、ケーシャンは今回、我を使いその流れを潰したのじゃ」
「え?」
「じゃろ?」
と、彼女もギルド長を見る。
ケーシャンさんは、
ペロッ
可愛く舌を出し、
「だって、シーナ君を自分の支部に移籍させろって打診、多かったんだもの」
「…………」
「特に、金印2人が在籍してる第1支部のギルド長とか、何度断ってもしつこくて……仕方ないから、レオナックちゃんに既成事実を作ってもらったの」
僕、唖然。
(え、打診とかあったの?)
他支部から?
僕らの視線に、彼女は笑う。
「でも、もう大丈夫。今回の件で陛下と王国に恩も売れたし、それでフィーンレイド国内の冒険者ギルドの実権は半分以上、私が握ったと同じだから。これ以上、シーナ君を煩わせることは起こさせないわ」
実権、半分以上って……。
姉妹の妹も驚きの表情だ。
そして、姉の方は、感服したというように紫の瞳を伏せている。
で、レオナックさんは、
「この女狐め」
「うふ」
「王国、教会、ギルド、そして、我らも全て、その手のひらで転がしたか」
「でも、誰も損してないわ」
「まぁの。当初の計画通り、全てが丸く収まるじゃろう。じゃが、その裏側で1番得したのは誰じゃ?」
「うふふ」
彼女は答えない。
ただ、にこやかに、清楚な笑みを浮かべている。
(…………)
これが、ケーシャン・オーリア――僕らのギルド長か。
綺麗な花には、棘がある。
頼もしく、怖く、でも、魅力的で。
僕の視線に、
「前に言ったでしょ? 第3支部の子はみんな私の子供も同然なの。だから、シーナ君も必ず守ってあげるからね」
と、甘く笑ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
賢人のギルド長との話は続く。
「教会の呼び出しの手紙は、枢機卿・大司教の連名であったが、今からでも教皇・聖女派閥にできるか?」
「ええ、もちろんよ」
レオナックさんの問いに、彼女は頷く。
一拍、間を置き、
「むしろ、絶対そうしないと駄目」
「ふむ?」
「私も独自の情報網を持っているけれど、枢機卿は有能だけれど権力欲が強い人物だわ。多分、シーナ君も道具としか見ないでしょうね」
「そうか」
僕らは渋い顔だ。
事前に言われてたけど、
(本当に、そういう人が偉い立場にいるんだぁ……)
と、遠い目になる。
いや、むしろ、そういう人だから、偉い立場までのし上がれたりするのかな?
クレティーナさんも口を開く。
「教皇と聖女は、どんな人たちなのですか?」
「祖母と孫、かしら?」
「祖母と孫?」
「年は離れているけれど、2人とも仲が良いの。そして、教皇マレナ・クインタールは温和な人柄よ。人望もあり、正しい判断を下せる善人だと言える。ただ、その分、敵も多いわ。――側近の仮面を被った枢機卿みたいにね」
「…………」
「聖女シャルは、その護衛に近いわ」
「護衛?」
「王国教会一の神聖魔法の使い手で、神殿騎士さえも手玉に取る武力を持つの」
「神殿騎士を……」
「ええ。レオナックちゃんとどちらが強いかしら?」
と、赤毛の友人を見る。
僕と姉妹も視線を向けてしまう。
(え……聖女様って、そんなに強いの?)
レオナックさん本人は「ほう?」と興味深そうに金色の目を輝かせていた。
ギルド長は、
「教皇には聖女がいる。だから、あの枢機卿もずっと大人しくしてるの」
と、教えてくれた。
(なるほど。だから、護衛……か)
僕らも頷く。
「わかった、ケーシャン。何とか、教皇・聖女派閥と話し合いができるように調整してくれ」
「ええ、任せて」
「頼む」
この場で、1番2番の年上の美女たちは頷き合う。
(うん、頼もしい)
僕も、
「お願いします」
ペコッ
と、頭を下げた。
ケーシャンさんは目を丸くし、すぐ「ふふ、がんばるわ」と自分の柔らかな胸をポヨンと叩いた。
安心し、僕らも笑う。
その時、
(あ……そう言えば)
と、僕は、ふと思い出した。
「あの」
「ん?」
「今はまだ『護国の神樹』が枯れたこと、公表されてないんだよね?」
「ええ、そうね」
「いつするの?」
と、聞く。
全員、興味があったのか、ケーシャンさんを見る。
美しいギルド長は、
「そうね……王国内の魔物は増えているし、隠し通せはしないでしょう。近く、王国から発表されると思うわ。ただし――」
「ただし?」
「ただし、シーナ君と教会が話し合いしてからね」
「え、そうなの?」
僕は、青い目を丸くしちゃう。
彼女は、
「ええ、むしろ絶対よ」
と、繰り返す。
「もし『護国の神樹』が枯れたと公表したら、国中が恐怖し、混乱するのはわかるでしょう? だから、王国も単体では公表しない。必ず、希望を添えるわ」
「希望?」
「…………」
ギルド長は答えず、
ジッ
と、薄い水色の瞳で僕を見つめる。
(あ……)
「僕?」
「そう」
彼女は笑った。
「『護国の神樹』は枯れた、でも、代わりに王国には『神樹の若木』が存在している。――それをセットにしてしか、公表は不可能よ」
「へぇ~」
「もちろん、シーナ君は何の責任は負わないわ」
「あ、うん」
「実際、神樹の代わりも求めない。でも、事実としてそれが必要なの。あとは、聞いた人が勝手に都合良く解釈してくれるもの。そして、人が希望を持つには、それで充分なのよ」
「…………」
そういうもの?
僕にはわからない。
(でも、頭の良いケーシャンさんが言うのなら、そうなのだろう)
と、思う。
そして、僕でもわかること。
「つまり、僕は教会と話し合い、正式に『神樹の若木』だと認定されないといけないんだね? そして、王国も公表するためにそれを待っている、と」
「ええ、そうよ」
彼女は感心したように僕を見て、頷いた。
嬉しそうに、
「ふふ、よくできました」
と、両手を合わせ、褒めてくれる。
う、う~ん、
(本当、お母さんみたい)
クレティーナさんとはまた違う感じで母性的な人だね。
水色の瞳を細め、
「なので、ここからは私のお仕事。シーナ君が教皇・聖女派閥と会えるように、しっかり交渉しておくわね」
「うん、お願いします」
「はい、お任せされました」
と、彼女は笑い、
チラッ
今度は、レオナックさんを見る。
「で、レオナックちゃん」
「何じゃ?」
「王国の後ろ盾を得た以上、交渉は成立すると思うの。でも、多分、そのあとが問題かも」
「そのあと?」
一瞬、怪訝な顔をし、
「ああ、枢機卿か」
「ええ、十中八九、妨害があるわ。もし教皇・聖女派閥と会えば、その派閥は大きく力をつける。枢機卿は立場を失いかねない。だから、強硬策を行うかも……」
(強硬策?)
僕は、首をかしげる。
と、
ギュッ
隣のクレティーナさんが僕を横から抱き締めた。
(え、何?)
僕は戸惑い、
「――シーナの命を狙う、か」
と、赤毛の美女が静かに言った。
…………。
……え?
僕の命を、狙う?
(な、何だって~!?)
唖然となる僕、そして、同い年のパルシュナ。
僕を抱くお姉さんは、やり切れない表情で、強く、僕を抱く腕に力を込める。
ギルド長は瞳を伏せ、
「ええ」
と、肯定した。
「枢機卿の性格を考えると、信仰よりも自分が大事。王国の混乱も関係ないわ。もしもの時は、他国に赴任し、フィーンレイド王国を捨てるつもりもあるでしょうから」
「ふむ、そうか」
「シーナ君、守ってあげて」
「当然じゃ」
王国最強の1人、金印の冒険者は力強く頷く。
(レ、レオナックさん……)
姉妹も頷き、
「私のシーナには、指1本触れさせません」
「ふんっ、一応、コイツは私の後輩だし? 先輩としちゃ守らない訳にはいかないわね!」
姉は氷の声で、妹は熱く言う。
…………。
みんな……。
(どうしよう、胸が苦しいよ)
3人の思いが嬉しくて、ありがた過ぎて、ジーンと痺れている。
僕の様子に気づき、
「は? 何、アンタ、泣いてんの?」
「な、泣いてないよ!」
パルシュナが呆れ、僕は目元を擦り否定する。
そして、全員で笑ってしまった。
その後、もう少しだけギルド長室での話は続き、今後、身辺には気をつけること、姉妹の家にレオナックさんも毎日顔を出すことが決まり、話し合いは終わった。
「じゃ、がんばるわね」
退室時、見送るケーシャンさんはそう力こぶを作る。
交渉担当は彼女。
少しでも早く、有利に成立させ、安全を確保したい所である。
僕も、頭を下げる。
「色々ありがとう、ケーシャンさん」
「うふふ」
その頭を撫でられる。
(ん……)
僕も、つい青い瞳を細めてしまう。
やがて、僕ら4人はギルド長室を本当に退室し、第3支部の白い塔をあとにする。
塔前の通りで、
「今日は、我もそなたらの家に泊まるか」
と、赤毛の美女が言い出した。
(お?)
「あら、いいですね」
「本当!? いいじゃない、泊まりなさいよ、レオ」
と、姉は軽く驚き、妹は喜ぶ。
レオナックさんも笑い、
「1度、我も住宅塔に帰り、そのあと、そなたらの家に向かうとしよう。いい肉と酒を持っていくゆえ、夕飯は頼むぞ?」
「ふふ、お任せを」
「ドンと来なさい! あと、肉、多めにね!」
「うむ。あい、わかった」
と、3人は笑い合う。
(……うん)
きっと、僕の安全のため。
だけど、レオナックさんと一緒の時間を増やせるのは、素直に嬉しかった。
僕も言う。
「レオナックさんが来るの、楽しみにしてる。待ってるね」
伝え、笑顔を作る。
彼女は僕を見る。
どこか眩しそうに金色の瞳を細め、
「む……そうか」
と、頷いた。
珍しく、少し照れたように見える。
(気のせいかな?)
ともあれ、再集合を約束し、僕らは1度、この場でレオナックさんと別れる。
「ではの」
「うん」
「またあとで」
「なるべく早く来なさいよ~?」
手を振る赤毛の美女の姿が、やがて、曲がった通りの先に遠ざかり、人並みに消える。
しばし、その場で見送る。
緑髪のお姉さんが、その長い髪を揺らして僕らを振り返り、
「では、私たちも帰りましょうか」
「うん」
「そうね」
その言葉に、年下の僕らも頷く。
やがて、美人姉妹と談笑しながら、僕は『姉妹の家』へと王都の広い道を歩いていったんだ。




