067・謁見後の馬車内にて
ヒィン
『転移の門』を潜り、城門堂に帰還する。
このあと、僕ら4人は冒険者ギルドに行き、ギルド長のケーシャンさんに今日のことを報告する予定だった。
「私の家の馬車で送ろう」
と、ダレイオス将軍。
ただ、彼も公務があるとのこと。
このままもう1度、天空城に戻るそうなので、僕らとは城門堂でお別れだ。
僕は言う。
「今日はありがとう」
「何、これが私の役目だ。若木殿……あ、いや、シーナ殿を陛下に会わせることができて良かったと思う」
「うん、僕も会えて良かった」
「そうか」
大きな将軍さんは、嬉しそうに笑った。
……うん。
きっと、彼もナイゼル様のことが好きなのだろう。
王国の将軍としての国王陛下への忠誠だけでなく、1人の人間としてナイゼル様のことを好ましく思っているように感じる。
(だって、僕も同じだし)
短い時間だった。
だけど、あの王様のことを僕も好きになった。
高貴な気品をまとい、容姿も美しくて、でも、穏やかで接し易い人柄の不思議な王様だった。
(……また会えるかな?)
簡単ではないだろう。
だって、一国の王様だし。
だけど、今度は友人として会えたらいいなと単純な僕は思ったんだ。
しばし、天空城を見上げる。
と、
ポン
レオナックさんの手が、僕の頭に置かれる。
(ん?)
彼女は笑う。
そして、将軍さんを見て、
「ではの、将軍。我らもギルドに戻り、今後の対応をケーシャンと話しておく」
「うむ、そうか」
「今日はよかったの」
「全ては、陛下のお人柄だ」
彼は苦笑する。
赤毛の美女も頷き、
「あとは、教会とどう話をつけるか……か」
と、呟いた。
王国所属の将軍さんは、何も言わない。
そして、
「皆、本日は大儀であったな」
「あ、うん」
「うむ」
「いえ」
「……ども」
「今後、何かあれば、このダレイオス・ガンターも力になろう。侯爵家にも、気軽に遊びに来てくれ」
と、明るく笑う。
(いやいや、気軽に行けないでしょ?)
僕は苦笑。
レオナックさんは笑い、クレティーナさんは頭を下げ、パルシュナは姉の陰に隠れながら気配を殺している。
そんな僕ら全員と、彼は握手する。
ギュッ
太い指と大きな手だ。
(凄く熱いな)
そして、表面が硬く凸凹している――鍛え抜かれた本物の武人の手だった。
――将軍。
王国を守る騎士の頂点。
たくさんの人々の命を守ってきた人物。
僕は、そのダレイオス・ガンターさんの大きな手から『何か』を感じ取るつもりで、しっかりと手を握り返した。
やがて、彼と別れ、僕らは馬車に乗る。
ゴトトン
車体が揺れ、車輪が回り出す。
窓の景色が動き出し、そして、城門堂の前でこちらを見送る大柄な将軍さんの姿が見えた。
僕は手を振る。
彼も大きな手を上げてくれた。
ふと視線を上げると、広がる青い空に、美しい天空城が悠然と浮かんでいた。
(…………)
僕は青い瞳を細める。
やがて、窓から身体を離すと、座席の背もたれに背中を預け、ゆっくりと息を吐いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「――しかし、今回は王家にとって重畳の結果となったの」
揺れる車内で、ふとレオナックさんが呟いた。
(ん……?)
僕と姉妹は、彼女を見る。
窓から天空城の方を見ていた赤毛の美女は、その視線を僕らの方へ――いや、僕1人へと向けてくる。
「のぅ、若木殿?」
「…………」
「おぬし、国王陛下を気に入ったであろう?」
「うん」
素直に認める。
彼女は苦笑し、
「護国の神樹を枯らしたフィーンレイド王国じゃが、その国王が若木殿には気に入られた。しかも、また会う約束までしよったの」
「うん」
「神樹の一族より許しを得て、更に未来を約束する。しかも、その証人には王国の官民両方の最高位とされる『将軍』と『金印』の称号の持ち主が揃っていたのじゃ」
「…………」
「これでは王国に対し、教会からも文句が出せぬ」
「ああ……」
「正直、フィーン王家も将軍も王国の重鎮どもも、国のため、神樹の若木と友好関係を築きたいと願っていたであろうが、よもや、これほどの結果を出せるとまでは思っておらなんだろう。今頃、狂喜乱舞しておるやも知れぬな」
と、笑った。
(そっか)
対外的には、そうなるのか。
王国民の姉妹も、
「なるほど」
「ふ~ん、そうなるのね」
と、頷いている。
僕は戸惑い気味に、
「僕はただ、ナイゼル様が好ましいと思っただけなんだけどな」
と、呟く。
なのに、勝手に意味がつけられる。
(世の中って、複雑だね)
僕の表情に、レオナックさんは苦笑する。
それから、
「陛下の気性は、そなたと馬が合うと思っておったがの」
「そう?」
「うむ。穏やかな御方じゃ。王として苛烈さが足りぬという輩もいるが、物腰に騙されておるだけで、決して心の弱き御方ではない。むしろ、逆じゃ」
「逆?」
「空中庭園には、陛下1人であったろう」
「あ、うん」
「普通は、園内に護衛を置く」
「あ……」
「一国の王じゃ。命を狙う者もいる。じゃが、陛下は周りの進言を退け、命を危険に晒してでも、『神樹の若木』だと呼ばれる少年と1人で会うと決断されたのじゃ」
「…………」
「ああ見えて心根は熱く、覚悟と共にある御方よ」
「うん、そっか」
僕は、あの優しげな風貌を思い出す。
でも、確かに、その金と銀の瞳は強い意思を感じさせる輝きを持っていた。
(王様……か)
重い責任と孤高の立場。
でも、逃げずに背負い、その重圧と向き合っている。
だから……。
僕は言う。
「うん、やっぱり僕、あの王様、好きかも」
「そうか」
レオナックさんも笑い、頷いた。
ポン
僕の頭に手を置き、少し強めに髪を撫でられる。
「まぁ、こちらとしても、これでフィーンレイド王国の後ろ盾を得られたと言える。シーナ自身、陛下に気に入られたようじゃし、教会の連中と会う前に使える手札が増えたと言えよう」
「あ、うん」
「しかし、最後は肝が冷えたが――」
と、彼女は、僕の隣の美女を見た。
え?
(クレティーナさん?)
視線が集まり、彼女自身、「私が何か?」と不思議そうな表情だ。
レオナックさんは苦笑する。
「突然、許可もなく陛下に対し発言しおって……寛容に許されたが、本来、周りに人がいたならば無礼な行いと処罰もあり得たぞ?」
(え、そうなの!?)
僕、唖然。
姉妹の妹も青褪めてしまう。
でも、当の本人は、
「私はただ陛下が勘違いをしているので、シーナのために間違いを正しただけです」
と、澄まして言う。
あ、愛が強い……。
嬉しいけど、
(でも、僕のために危険なことしないで欲しいなぁ)
と、思う。
僕の表情と視線に気づき、
「ふふ、大丈夫ですよ。もしもの時はこの国を捨て、シーナと共に生き易い土地へと逃げればいいだけですから」
「へ……?」
「おい、ティナ」
「わ、私は行きたくないわよっ!?」
笑う彼女に、僕らは慌てる。
(冗談……だよね?)
そんな僕の怯えを察したように、彼女は僕の身体を温めるようにギュッと抱き締めてくる。
ムニュン
お、お胸様が潰れる。
甘やかな匂いの中、彼女は、
「――大丈夫。私は、シーナとずっと一緒にいますから」
と、はにかんだんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(え、ええと……っ)
僕は、車内の空気を換えようと試みる。
あ、そうだ。
「あの、レオナックさん」
「む?」
「次は僕、教会の人たちに会うんだよね。その相手は、ナイゼル様の教えてくれた『聖女シャル』さんと『教皇マレナ』さんを指名すればいいの?」
と、疑問を口にする。
僕を抱くお姉さんも、腕の力を緩める。
僕と実の妹パルシュナと共に、レオナックさんを見た。
「一応の」
と、赤毛の美女は答える。
(一応?)
僕は、首をかしげた。
「交渉の窓口は冒険者ギルド長のケーシャンじゃ。指名はできる。じゃが、教会が応じるかはわからぬ」
「ああ……」
「面会を求める手紙は、枢機卿と大司教の連盟であった。そこに先の2名の名はない。つまり、教皇・聖女の派閥と枢機卿・大司教の派閥に分かれ、教会内の争いが起きている可能性がある」
「…………」
つまり、権力争い?
少女が「生臭ぁ……」と悪態をつく。
(うん……さすがに同感)
というか、
「教会って、誰が1番偉いの?」
「ふむ。アルド大陸全土で言うなら、『奉樹の神聖教会』の総本山がある宗教国家、『聖教国ラーマン』におわす『大教皇』であるの。そして、各国に1人ずつ『教皇』と『聖人』、あるいは『聖女』がいる感じかの」
「ふ~ん?」
僕は頷き、
「じゃ、枢機卿は?」
「教皇の補佐役、側近のことじゃな。大司教はその次、実務を取り扱う各地の司教のまとめ役……まぁ、総責任者じゃ」
「へ~?」
「フィーンレイドで言えば、教皇が1番偉く、次に枢機卿と聖女が並ぶ。そして、大司教か」
「で、2組に分かれ、争ってるの?」
「恐らくの」
首肯する赤毛のお姉さん。
と、僕の隣のクレティーナさんが息を吐き、僕の髪を撫でる。
困ったように微笑み、
「つまり、次の教皇になりたい枢機卿が、大司教を手下に手柄を得ようと、現教皇より先にシーナに会おうとした――ということでしょう」
「…………」
「全く浅ましいことです」
と、珍しく嫌悪を滲ませて言う。
レオナックさんも頷く。
「あとは、王国に対しての攻撃も兼ねてかの」
「攻撃?」
「王国は神樹を枯らした負い目がある。本来、王国より先にシーナに会い、王国への敵意を宿させ、あるいは何らかの言質を取り、神の名の下に王家を断罪し、結果、多額の寄付やら何やらを得る算段もあったのじゃろう」
「ええ……?」
「また、神樹の若木と友好になれば、発言力も増える。教皇の追い落としも可能かもしれぬ」
「…………」
何それ?
僕は仏頂面で、
「そんな人、僕、嫌いだよ」
「じゃな」
「うん」
「しかし、その場合、シーナは『神樹の若木』を名を騙った不届き者として処分され、頭の葉だけ抜き取られたかもしれぬの」
「へ……?」
「前に言ったろう、教会の闇は深い、と」
「…………」
き、聞いたけどぉ……。
(え、本当に、そんな短絡的に人を殺すの? 自分たちの権益のために?)
すでに充分な肩書と収入、あるはずなのに……。
人間って、業が深い。
少女が言う。
「生臭坊主の大物ね」
「うん、本当だね」
僕も同意しちゃう。
大人のお姉さん2人は苦笑し、やがて、レオナックさんが言う。
「ま、今回、フィーン王家と先に会えたゆえ、連中のその手は事前に防げたようじゃがの」
「あ、うん」
僕は頷き、
(そっか)
レオナックさん、僕の正体を知った頃、ずいぶん前から将軍さんに連絡し、根回ししてくれていたけど、このためだったんだね。
知らず、彼女に守られていたんだ。
僕は言う。
「ありがとう、レオナックさん」
「む?」
彼女は驚いた顔をする。
照れ臭そうに苦笑すると、赤毛の髪を少し乱暴にかく。
「ま、子供を守るは、大人の役目じゃ」
と、ぶっきら棒に言う。
(ふふっ)
そんな彼女に僕は笑い、姉妹も微笑んでいる。
コホン
赤毛の美女は、咳払い1つ。
そして、
「陛下の人を見る目が確かならば、やはり、教皇と聖女に会うのが吉じゃろう。ここから先は、我らが冒険者ギルド第3支部長のケーシャン・オーリアの手腕に任せるとしよう」
「うん」
「何、あの女ならば問題ない」
「そうだね」
このレオナックさんを『金印』まで、姉妹も『銀印』『白印』まで育てた手腕の人だものね。
(僕も信じる)
頷く僕に、彼女たちも頷いた。
僕は、自分の頭に触れる。
葉っぱの生える場所……その周辺を軽く撫で、息を吐く。
(ただ、葉っぱが生えるだけなのに……それだけで、周りの大人たちはみんな右往左往して、何だか大変なことになってしまうんだから、本当、おかしいよね)
世は無情だ。
と、隣のクレティーナさんの白い指が、
ツツッ
と、僕の触る場所を一緒に撫でる。
ん、くすぐったい。
見れば、彼女は優しく笑う。
「ふふっ」
楽しげな表情。
思えば、彼女だけはずっと、僕をただの『シーナ』として扱う。
その時、ふと王様の言葉を思い出す。
(…………)
僕は少しだけ甘えるように、彼女に身を寄せる。
すると、彼女は少し驚いた顔をすると、すぐに嬉しそうな表情になり、僕の体重を受け止め、抱き締めてくれた。
温かくて心地好い。
(ん……)
全てを委ね、僕はまぶたを閉じた。
ゴトゴト
馬車は、王都の通りを進んでいく。
車窓には街中の景色が流れ、やがて、僕らを乗せた侯爵家の馬車は、冒険者ギルド第3支部の美しい白塔の前に到着したんだ。




