066・フィーンレイドの国王
(……この人が、王様)
国王ナイゼル様は、穏やかな雰囲気の方だった。
厳つい王様ではなく、ただ侵し難い高貴な空気を纏い、神聖さを覚える程に美しい男の人だった。
外見は若く、30代と思う。
長い赤髪に、右目が金、左目が銀のオッドアイである。
ふと、
(赤髪と金目は、レオナックさんと似てるかも?)
と、感じた。
彼女は元公爵家、やはり、王家の血と遠い繋がりがあるのかもしれない。
彼は笑みと共に、
「さぁ、皆、立ってくれ」
「あ、はい」
「ふふ、まずはあちらに座り、茶でも飲もう。今日のため、良い茶葉を用意してあるんだよ」
と、白いガゼボに促す。
国王陛下のお誘いだ、僕らも当然、従う。
綺麗な椅子の席に着く。
(え……?)
ナイゼル様、何と自ら茶器を使い、お茶を淹れ始めた。
僕らは唖然。
将軍さんも慌てて、
「陛下」
「いいんだよ」
王様は笑う。
「茶は、余の趣味だ。そして、今日は公務ではなく、そなたの友人を招いたつもりでいる。どうか、やらせておくれ」
「……はっ」
「ありがとう、ダレイオス」
平服する大男に、高貴な方は穏やかに微笑む。
(…………)
なんか、不思議な王様だ。
偉そうな雰囲気がまるでない。
むしろ、
(僕、この王様、好きかも……)
と、単純に感じてしまう。
やがて、王様は全員分のお茶を淹れ、各人の前のテーブルに置いてくれる。
「さぁ」
促され、
(よし、いただきます)
僕が先陣を切った。
カップの水面は、緑茶みたい。
口をつけ、
コクッ
一口、飲む。
ん……いい香り。
口の中にフワリと広がり、柔らかく喉の奥に流れていく。
湯温も熱すぎず、冷めすぎない――適温だ。
僕は、彼を見る。
「美味しい」
「そうか」
王様は、嬉しそうに笑った。
その笑顔に、僕も一緒に笑ってしまう。
それで緊張感のあった空気が緩み、他の皆もお茶を飲み、味に驚いたり、王様を褒めたりする――その様子に、ナイゼル様はまた嬉しそうだった。
王様も自身の淹れたお茶を飲み、納得したように頷く。
カップを持ったまま、
「昔の余は、病弱でね」
と、言った。
(え?)
全員の視線が集まる。
「生まれつき、心の臓が弱くてね。幼い頃、宮廷医に20歳まで生きられぬと言われた」
「20歳……」
「生来のものだ。教会の魔法でも治せぬ」
「…………」
「常に死と隣り合わせの日々だったが、ある時、乳母と侍女が手を尽くし、『護国の神樹』の葉を手に入れ、煎じて飲ませてくれたのだ」
「神樹の葉を?」
僕らは驚く。
将軍さんは知っていたのか、1人だけ表情が変わらない。
王様は頷く。
「結果、余はこの年まで生きられている」
「へ~?」
「それ以降、左目が銀色になってしまったのだが、それも神樹の加護と慈悲を与えられた証であるのだろう」
と、左目の下を触る。
僕を見て、
「おかげで、40歳となる来年も迎えられそうだ」
と、笑った。
来年、40歳……?
「え、若っ!?」
見た目と10歳ぐらい違う。
思わず驚き、レオナックさんに「これ」と窘められてしまう。
あ……相手は王様だった。
慌てて、
「ご、ごめんなさい」
「よいよい。来年、城下では余の生誕祭も開かれる。王都全体が賑わうので、ぜひ楽しんでいっておくれ」
「へ~、生誕祭?」
「美味しい物もいっぱい食べられる」
「わ、楽しみ」
「ふふ、そうか」
僕とナイゼル様は笑い合った。
他の4人は顔を見合わせ、何とも言えない表情をしている。
と、金と銀の瞳が、ジッと僕を見つめる。
「シーナ殿、だったね」
「あ、うん」
「そなたは『神樹の若葉』を生やした者だと聞いている。本当かい?」
「うん、本当だと思う」
「思う?」
「僕自身、自覚はないんだ。けど、周りが言うから」
「……ふむ」
「葉っぱ、見る?」
「見せてくれるか?」
「うん」
僕は頷く。
青い瞳を伏せ、
(んん……出ろ)
と、頭に意識を向ける。
ニョキッ
元気よく、2枚の葉っぱが頭頂部から飛び出した。
彼は、
「おお……」
と、オッドアイの目を見開く。
王城内だけど、ここは中庭だ。
空から太陽の光も差し込み、僕の葉っぱはそれを吸収して、より綺麗に強く輝いた。
パアアッ
葉っぱの光が周囲を照らす。
ナイゼル様は、
「ああ、間違いない……幼き頃に命を救われた、この余が見間違えるはずもない。その輝く葉は、まさに『神樹の若葉』そのものだ」
と、声を震わせた。
カタッ
彼は、席を立つ。
(ん?)
皆が見つめる前で、フィーンレイド王国の王様は、突然、僕の前に来ると片膝をついた。
へ……え?
僕は唖然となり、周りも驚く。
「陛下!?」
「何を……お立ち下さい!」
と、将軍さん、レオナックさんが言う。
でも、ナイゼル様は動かない。
跪いたまま、
「――神樹の子よ。神々に賜りし『護国の神樹』を枯らしたこと、フィーンレイドの民を代表し、深く謝罪申し上げる」
と、言い出した。
(え、あ……)
そうか。
王国は、神樹を守れなかった。
僕が神樹の『若葉』なら、つまり、その親を守れなかったということ。
(ええと……)
僕は言う。
「大丈夫」
「…………」
「悪いのは、枯らした奴だし。それに、王国にはまだ僕がいるから」
「若葉殿……」
彼は、顔を上げる。
僕は苦笑し、
「いや、僕自身は何もできないけど、対外的にはまだ『神樹の若木』が生き残ってるって言えるでしょ? だから、いいかなって」
「…………」
「あと、僕自身は、きっと人間だし」
「人間……?」
「うん。ただ、頭に神樹の葉っぱが生えてるだけの」
「…………」
「だから、謝らないで、王様」
キュッ
僕は彼の手を握り、立たせる。
見つめ、
「――ね?」
と、笑いかけた。
ナイゼル様は息を飲む。
3人の仲間も目を見開き、
ガタッ
(ん?)
気づけば、今度は王様ではなく、ダレイオス将軍が立ち上がり、僕の前で跪いた。
ええっ?
大柄な将軍さんは、
「やはり、シーナ殿は『神樹の若木』に違いなく……っ!」
と、平服する。
(ええと……?)
突然のことに、僕は困惑。
すると、パルシュナが唇を尖らせ、
「……アンタ、顔だけはいいのよ、顔だけは」
と、呟く。
(何のこっちゃ?)
僕は、首をかしげる。
年上の美女2人は、困ったように笑う。
そして、美形の国王様は、そんな僕と3人の様子を眺め、それから、ようやく穏やかに微笑まれた。
静かに頷き、
「――そうか。きっと、そなたは人々と和を結ぶ、優しい『神樹の若木』なのだね」
と、口にされたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
話のあと、僕らは庭園を案内された。
(綺麗だなぁ)
葉っぱのある者同士、庭園の植物たちもきちんとお世話され、みんな喜んでいると感じる。
また、この空中庭園は区画ごとに魔道具で温度管理されているそうで、四季の花々が1年中咲いているのだと王様自ら説明してくれた。
ちなみに、
「薬花、毒花もある」
「え……毒?」
「毒も、使い方次第では薬になるものだからね。昔、余が病弱だったのもあって、今でも咲いているのだよ」
「へぇ~?」
感心する僕に、王様は優しく笑った。
そんな僕ら2人を、レオナックさんとレヴィン姉妹、将軍さんの4人が少し離れた後ろで見守っている。
ヒラヒラ
(あ、蝶だ)
羽根が7色に光っている。
異世界っぽ~い。
王様曰く、
「受粉のために、庭園で飼っている子だよ。本来は、北部のみに生息する珍しい種だそうだ」
「そうなんだ?」
見ていると、
ピト
(お?)
僕の頭の葉っぱに止まる。
おいおい、僕は花じゃないから蜜は出ないよ?
でも、可愛い。
ほんにゃり笑う僕の頭で、蝶は輝く羽根をゆっくり開閉し、何だか休憩しているみたいだった。
その様子に、王様は金と銀の目を細める。
そして、
「若木殿」
「ん?」
彼を見る。
拍子に蝶は飛び立ち、木々の向こうに消える。
ナイゼル様は真面目な表情で、
「――『奉樹の神聖教会』には気をつけてもらいたい」
と、告げた。
(え?)
青い目を丸くする僕に、穏やかな気性の王様は静かに言う。
「教会は、大きな組織だ」
「…………」
「だが、その分、同じ信仰を持ちながら相容れぬ考え方をする者も多くてね。その一部は、唾棄すべき思考を持つ。けれど、分母の数が多い分、一定数の権力、発言力、影響力を有してしまう」
「…………」
「それは若木殿の害となる」
確かな警告の言葉。
優しく穏やかな王様が、でも、今は一国の王として、高貴で静かな威厳と共に『神樹の若木』へと語りかけている。
僕は、少し考える。
政治の世界だ。
王国が教会と僕を引き離そうとして、悪口を言っている可能性もある。
簡単には信じない。
(でも……)
ナイゼル様の瞳には、真摯さがあった。
そして、心から僕を心配する憂慮の輝きも……これが演技なら、僕、人間不信になっちゃうかもしれない。
僕は聞く。
「その人たちは、どんな考え方なの?」
「若木殿を認めない」
「…………」
「正確に言えば、若木殿の頭に生えた『神樹の若葉』は認め、けれど、人間部分は認めない。ゆえに、若木殿を殺し、死体から『聖なる葉』のみを抜き取って教会で保全しようと考える」
「…………」
「その方が教会の権威を守れるからね」
王様は淡々と言う。
(ああ……)
僕は天を仰ぎ、でも、彼は続ける。
「ただ、別の理由を持つ者たちもいる」
「別の?」
「『神樹』は神聖で偉大でなければいけない。人と同じであってはならない。不可侵の、矮小な自分たちでは理解できぬ遠大な思考を持ち、自分たちの信仰を捧げるに相応しい理想を体現した存在でなければならない」
「…………」
「盲目的信仰ゆえの暴走と言えるのだろうね」
「…………」
「そして、権益目的でない分、余程、厄介だ。心変わりさせることがほぼ不可能なのだから」
と、嘆くように首を振る。
……僕は、言葉もない。
自分の理想の形じゃないから認めない、許さない、存在を消す。
(人間って、業が深い……)
前世で言う児童虐待やストーカー殺人などと似たような感情なのだろうか……?
深く、ため息が漏れる。
と、その時、
(あ……)
会話が聞こえていたのか、僕の方を心配そうに見ている緑髪のお姉さんが目に入った。
近くには、赤髪と紫髪の2人もいる。
(…………。うん)
落ち込む必要はなかった。
人間全体の話じゃない、世の中、悪い人もいるけど、良い人もいっぱいいるのだ。
僕は顔を上げる。
「王様」
「ん?」
「その教会の中で、王様が信じてもいいと思える人はいる?」
「!」
聞かれた王様は、2色の瞳を見開く。
僕の思いを理解してくれたのか、すぐに穏やかに微笑む。
「いる」
「…………」
「聖女シャル、そして、彼女の後ろ盾であるフィーンレイド教皇マレナ・クインタールの2人は、そなたの力となってくれると余は思う」
「……聖女?」
僕は、目を瞬く。
教皇は、教会の1番偉い人だよね?
でも、聖女とは……?
(異世界の定番の名称だけど、設定は皆、違うから、この世界の聖女の定義を知りたいよね)
と、僕はナイゼル様を見る。
彼は頷き、
「その国の教会で1番神聖魔法の扱いに長けた者に与えられる称号だね。男性の場合は『聖人』、女性の場合は『聖女』――どちらも各国に1人ずついるんだよ」
と、教えてくれる。
(へぇ~?)
そんな感じか。
「2人の派閥は、柔軟な思考があり穏健派でね。教会の権威も最低限しか使わないから、王国としても友好的にしている」
「うん」
「ただ、善性が強くてね」
「?」
「悲しいけれど、人は弱いもの。澄んだ水に住めぬ魚たちは大勢いる。教会内では大半は中立派だろうけれど、権益を重視する者たちからは目の仇にされている現実もあるんだよ」
「…………」
僕は、若干、遠い目。
ああ、うん。
(パルシュナ曰くの生臭坊主たちか)
王様は、少し哀しげに笑う。
そして、
「これが余の知るフィーンレイド王国の教会の実情だね」
と、締め括った。
僕は頷く。
「わかった。ありがとう、王様。教会の人と会う時は、その聖女様と教皇様と話すようにしてみるよ」
「うん、そうするといい」
その言葉に、彼も微笑む。
…………。
そんな風に会話をしながら、僕らは美しい庭園の散策をしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
その楽しい散策も一段落着いた頃、庭園に1人の文官さんが現れ、「陛下、そろそろお時間です」と告げられた。
ナイゼル様は深く息を吐く。
「そうか。わかった、ありがとう」
と、頷いた。
一国の王である以上、仕事はたくさんあるみたい。
僕らを振り返り、
「今日は、良き時間を過ごせた。皆、大儀であったね」
「はっ」
「勿体なきお言葉」
と、レオナックさん、将軍さんが平伏する。
姉妹も地面に跪く。
(えっと……)
僕も、した方がいいかな?
一瞬、迷ったけれど、その前に彼は僕へと向き直り、柔らかに微笑んだ。
「若木殿」
「あ、うん」
「色々と話せ、そなたの人となりを知れたことを嬉しく思う。またいつか、このような時間を持ちたいものだ」
「…………」
社交辞令?
いや、多分、違う。
(この人、本気で言ってくれてる)
そう感じた。
余人の入らぬ場所でお茶を自ら淹れ、友人と飲み、美しい庭園で時を過ごす――きっと、そう言うのが大好きな人なのだと思えた。
だから僕も、
「うん、僕もまた王様のお茶を飲みたい」
「そうか」
笑って言うと、彼も嬉しそうだった。
と、その時、
「――陛下」
突然、クレティーナさんが声を発した。
(え?)
今まで黙って見守ってくれていた彼女が急に王様を呼んだことに、僕だけでなく全員が驚いている。
陛下も、静かに振り返る。
穏やかな声で、
「何か?」
と、問いかけた。
そんな自国の王様を、真っ直ぐに見つめ、彼女は言う。
「――この子の名は、シーナです」
(え……?)
僕はキョトンとする。
今更なことで、意味がわからない。
王様も、他の皆も同じ表情で、でも、彼女は続ける。
「確かにこの子の頭には『神樹の葉』が生えているかもしれません。ですが、それだけです。この子の名は『若木』ではなく『シーナ』……どうか、そのことをお忘れなきようにお願い申し上げます」
と、頭を下げた。
草の地面に、長い髪の毛先が触れている。
(…………)
僕は息が止まった。
全員、驚いた表情だ。
やがて、
「……そうか」
「…………」
「いや、そうだね。その通りだ。教えてくれてありがとう」
と、王様は頷いた。
平服する美女を、静かに見つめる。
「余は、フィーンレイド国王だ」
「…………」
「だが、国王である前に、余もナイゼルという名の1人の人間である。多くの者はそれを忘れてしまうのだが、我が王妃だけはそれを忘れぬ」
「…………」
答えず、彼女はただ深く頭を下げる。
王様はもう1度、頷き、
「クレティーナ・レヴィン」
「はっ」
「どうか、これからもシーナ殿のそばにいてやっておくれ」
「はい、必ず」
彼女は迷いなく、即答した。
驚いている僕を、王様はゆっくり振り返る。
優しく笑い、
「シーナ殿」
「あ、うん」
「彼女のこと、どうか大事になされよ」
「…………。うん!」
僕は、大きく頷いた。
そして、言う。
「――ありがとう、ナイゼル様」
赤髪の男の人は、大きく目を見開く。
やがて、笑い、
「ああ……余にとって、今日は本当に良き出会いの日だったようだね」
と、嬉しそうに呟いた。
僕らは笑い合う。
そして、ナイゼル様は次の公務のため、空中庭園をあとにする。
僕以外は跪き、その背を見送る。
(…………)
僕は振り返る。
視線の先で、緑の髪を地面にこぼしながら膝をつく美女がこちらの視線に気づき、顔を上げる。
紫水晶の瞳と目が合い、
……ニコッ
僕の大好きな人は、こちらに柔らかに微笑みかけてくれたんだ。




