065・いざ、天空城へ
「おお……っ」
王国の将軍さんは、大きく目を見開く。
驚きと感心の混じった声を漏らすと、僕の頭に生えた2枚の葉っぱを凝視した。
パァッ
太陽光を吸収し、葉っぱが光る。
ただ室内だからか、光り方がいつもより弱い気がする。
(う~ん?)
熱い力――聖気の発生も、若干、弱い感じ。
将軍さんと昔からの知り合いであるレオナックさんは、彼の驚く様子を面白がるように見ている。
僕も、彼に言う。
「これでいい?」
「ああ。……だが、本当に、葉が生えるのだな」
「うん」
僕は頷く。
レオナックさんは呆れたように、
「じゃから、そう報告したであろう?」
と、口にする。
将軍さんも苦笑して、
「人間、自分の目で見なくては、なかなか信じられぬことも多いからな。だが、確かにこの目で確認させてもらったぞ、シーナ殿」
「あ、うん」
「しかし……」
「?」
「何やら、貴殿の雰囲気が変わったな」
「え?」
雰囲気?
僕は首をかしげる。
「武威をぶつけた私に対し、緊張すら消えたようだ。そして、泰然とした佇まいからは静かな自信も感じる」
「…………」
そうなの?
でも、多分、
(聖気の力かな?)
葉っぱから体内に、熱い力が流れている。
いつもより弱いけど、でも、感情が落ち着き、全身には自覚できるほどの力が湧いていた。
指を開き、握る。
ギュッ
これで、石も砕けるのだ。
将軍さんは目を細め、
「まるで、存在そのものが大きくなったかのようだ。1度、手合わせを願いたいぐらいだな」
と、武人らしく笑った。
(……やだぁ)
王国で1番の将軍さんなんでしょ?
レオナックさんの時みたいに、力を技術で抑え込まれてしまう気がするよ。
その赤毛の美女は、
「別の機会にせい。今は、陛下との謁見が大事であろう?」
と、窘める。
将軍さんは数秒、沈黙。
やがて、大柄な肩を落とし、「仕方がないな」と残念そうに呟いた。
やれやれ……。
ふと見れば、隣のクレティーナさんも息を吐き、目が合うとお互いに苦笑してしまった。
ちなみに更に隣の少女は、自身の存在を消すように無言である。
銀髪の将軍さんは、
ジッ
と、僕を見る。
そして、
「葉は生えるが魔物ではなく、人語を解す知性もあり、相手との調和を好む理性もある。ならば、陛下との謁見も問題はないだろう」
と、口にした。
(あ……うん)
軽口を聞きつつも、しっかり査定はしてたみたい。
そりゃ、そうか。
だって、将軍だもん。
国王様を守るのもお仕事で、危険性のある『何か』を会わせる訳にはいかないもんね。
金印の美女は確認するように、
「では、すぐに?」
「ああ、このまま王城に向かう」
将軍さんは宣言した。
(ついに、か)
僕も頷く。
同じく、赤毛の美女も、姉妹も頷く。
彼は、そんな僕らを見回し、
「ただし、今回の謁見は非公式なものだ。むしろ、陛下と個人的に会う形となる。場所も謁見の間ではなく、人の来ぬ中庭となるであろう。――それで構わぬな?」
「あ、うん、いいよ」
「よし」
パン
彼は、自身の太い膝を叩く。
席を立つと執事を呼び、「すぐに馬車の用意を」と指示を出す。
僕らを振り返り、
「では、全員、参ろうか」
と、力強く言った。
◇◇◇◇◇◇◇
豪華な馬車に乗り込み、侯爵家を出る。
ドッドッドッ
4頭引きの馬車の他、護衛の騎兵2騎を伴い、王都フィーンドリアの中心を通る大通りを北へと向かう。
真北にあるのは、美しいフィーン湖だ。
その湖上の空中には、天空城――神聖フィーンレイド王城が幻想的に浮かんでいる。
(綺麗だな……)
僕は、青い目を細める。
やがて、馬車が停まる。
東西南の大門から続く、3方向から集まる大通りの中心点。
そこには、円形の建物が鎮座していた。
(何の建物だろう?)
見つめる僕。
すると、将軍さんが、
「城門堂だ」
「城門堂?」
「うむ。あの内部には、天空城へと通じる小型の『転移の門』が置かれていてな。それが、唯一、天空城へと行く方法なのだ」
「へぇ……」
僕ももう1度、城門堂を見る。
結構、大きい。
前世のドーム球場ぐらい?
建物の周囲は鉄柵で覆われ、巡回の兵士が何組も行き来している。
なるほど、
(警備も厳重だ)
きっと、王国で1番厳重なんだろう。
入り口となる門前で、侯爵家の御者が兵士に書類を渡し、馬車は城門堂の敷地に入る。
駐車場に停め、全員、降車する。
そして、徒歩で建物内へ。
入るとすぐ、1人1人個室に通され、身元確認、手荷物検査、服の下に何か隠していないかまで、徹底的に調べられる。
女性陣を服の下は、女の兵士さんが担当し、調べていた。
また、これらのチェックは、将軍さんも例外ではない。
(うわぁ……本当、厳しい)
僕、少々、唖然。
やがて、当たり前だけど、全員、無事に検査を通り抜けた。
あ……。
パルシュナ、げっそりしてる。
(お疲れ~)
と、半分苦笑し、半分同情しちゃう。
やがて、城門堂の兵士さんに案内され、建物の奥へと連れていかれた。
通路の先に扉がある。
扉の前には、鎧兜で大盾を持ち、腰にも帯剣した完全武装の王国騎士2名が立っていた。
兵士が報告し、騎士たちが左右にどく。
そして、
ギィィ
重そうな音を立て、扉が開いた。
(あ……)
扉の先には広間があり、その中央に1基の門があった。
――『転移の門』だ。
大きさは5メートル程で、街中にある物よりずっと小さい。
でも、門の各部には精緻な彫刻が施されていて、まるで芸術品のような美しさと神聖さを感じさせたんだ。
兵士の1人が、
「開門します」
と、宣言する。
途端、門の内側に、光の水面のような膜が生まれた。
ヒィィン
綺麗な輝き。
僕らは数秒、それを見つめ、
「では、参ろうか」
と、将軍さんが言い、先陣を切って光の膜に入っていった。
(あ……)
大柄な姿が消える。
続いて、レオナックさんが堂々と歩き出す。
ヒィン
その姿も消えた。
残されたのは、僕と美人姉妹の3人のみ。
すると、
ポポン
「では、私たちも行きましょう」
と、僕とパルシュナの背中を軽く叩き、クレティーナさんが優しく微笑んだ。
(あ、うん)
僕と少女は、一瞬、顔を見合わせる。
そして、頷き合う。
ギュッ
年上のお姉さんが、僕らの手を握る。
3人一緒に、光の膜に飛び込んだ。
ヒィィン
(ん……)
瞬間、目を閉じ、そして、肌に触れる空気の温度が変化する。
少し、寒い。
僕は、青い目を開けた。
「あ……」
目の前に、大きな将軍さんと赤毛の美女の背中が見え、更にその奥に、純白の美しい建物の外壁が輝いていた。
建ち並ぶ尖塔。
煌びやかな屋根と揺れる王国旗。
(…………)
背景には、ただ青い空だけが広がる。
強く吹き抜ける冷風は、自分たちが今、かなりの高所にいることを実感させ、同時に心身を自然と引き締めさせた。
ギュッ
無意識に、唇を結ぶ。
――神聖フィーンレイド王城。
この王国の中枢であり象徴たる巨大な建造物は、今、僕らの眼前に圧倒的な迫力を伴いそびえていた。
◇◇◇◇◇◇◇
しばし、その威容を見上げる。
隣のクレティーナさんを挟んで反対にいるパルシュナも、茫然とした表情だ。
先を行く将軍さんが、
「こちらだ」
と、声を出す。
(あ、うん)
ハッとなり、僕らはあとに続く。
将軍さんの大きな背中は、王城の入り口である大扉に向かう。
その扉の前には警備の騎士が3人ほど立っていて、上司となるダレイオス将軍が近づくと直立不動で敬礼をし、将軍さんも敬礼し返している。
二言三言の会話。
やがて、扉が開く。
ゴゴォン
重く、低い音が響く。
扉を抜け、城内に入ると、美しいエントランスが広がる。
天井は遥か高く、半球状だ。
正面の壁には国章の描かれた巨大な旗が飾られ、広間の中央には剣を掲げる大きな像――あとで聞いたら、初代国王様らしい――が雄々しく建っている。
(ほわぁ……)
思わず、口が半開き。
と、間を置かず、
「レオナック・オルン様御一同ですね」
身分の高そうな女官さんが現れた。
一礼し、
「奥にて、国王陛下がお待ちしております。これより、皆様をご案内させていただきます」
「うむ、頼む」
赤毛の美女は、鷹揚に応じる。
(おお……)
元貴族でも、今は平民の冒険者。
でも、『金印』の称号ゆえか、立場はレオナックさんの方が上みたい。
ふ~む、
(王国で3人しかいない『金印』って、本当に凄い存在なんだね)
今更、驚いてしまう。
やがて、女官さんの案内で城内の廊下を歩く。
道中、お城勤めの文官さん、武官さんとも何回かすれ違う。
皆、姿勢が正しくて格好いい。
まさに『上級社会の人々』って感じ。
ちなみに、僕らの歩く廊下は幅も広く、何本もの柱が建ち並び、意匠を凝らしたステンドグラスの窓からは7色の光が差し込んでいる。
(もう、夢の世界だ……)
本当に凄いね、天空城。
やがて、階段などを登り、とある廊下の途中で女官さんが止まる。
廊下の先には、2名の騎士が立っていた。
(ん……?)
今まで目にした他の騎士たちより、鎧が豪華で美しく、強そうな雰囲気を感じる。
あ、もしかして、
――近衛騎士。
ふと、そう気づいた。
つまり、国王様直属の精鋭騎士――多分、間違いないだろう。
そして、女官さんが振り返り、
「この先に、国王陛下がいらっしゃいます。どうぞ、お進みください」
と、僕らに深く一礼する。
ここから先、彼女は行けないらしい。
僕は、
「案内してくれて、ありがとうございました」
と、頭を下げた。
女官さんは少しだけ笑ってくれ、すぐに表情を戻す。
ダレイオス将軍が頷き、
「では、参ろう」
案内を引き継ぎ、先へと歩き出す。
女官さんが見送る中、将軍さんは近衛騎士たちと目礼を交わすと、間を抜けて、廊下の奥へと進んでいく。
僕らもあとに続く。
ジッ
左右から、近衛騎士たちからの視線を感じる。
国王陛下に何かあれば、女子供であろうと容赦はしない――そう伝える無言の圧があった。
(……うん)
さすが、近衛の忠誠心。
怖いけど、頼もしい。
僕は前を向いたまま、足を進めた。
数十メートル進むと、
フワッ
風と草花の匂いを感じ、唐突に視界が開けた。
(あ……)
――庭園だ。
お城の中なのに、外と通じる草木の庭園が広がり、奥の花壇では色とりどりの花々が麗しく咲いていた。
小鳥が歌い、風に木々の梢が揺れる。
庭園の奥には、白いガゼボがあった。
そこに人影が見える。
人数は、1人だけ。
お茶を飲んでいたその人影は、持っていたカップをソーサーに戻し、穏やかな所作で立ち上がる。
ガゼボから、陽光の下へ出る。
キラッ
長い赤髪の頭上で、金色の光が煌めいた。
――王冠だ。
気づき、僕は息を飲む。
将軍さんも、あのレオナックさんもその場で膝をつき、首を垂れる。
(!)
僕と姉妹も、遅れて跪いた。
ドクン ドクン
鼓動が早くなる。
その人物は静かに歩み寄り、僕の見つめる芝生の地面に黒い影が入り込んだ。
目の前にいる気配。
その人物は、
「――やぁ、よく来てくれたね。そうかしこまらなくて構わないよ。皆、面を上げてくれ」
落ち着いた、甘い声。
その言葉に従い、顔を上げる。
太陽の光を浴び、穏やかに微笑む男の人がそこにいた。
目が合う。
あ……オッドアイだ。
深く澄んだ瞳は、片方が金色で、片方が銀色だった。
その異色の瞳を細め、彼は笑みを深くして、
「――初めまして、神樹の若葉殿。余は、フィーンレイド王国第12代国王、ナイゼル・ファロア・ディ・フィーンレイドⅣ世という。どうか、お見知りおきをしておくれ」




