061・初めてのキス
「ただいまぁ!」
少女が元気に玄関の扉を開ける。
僕とクレティーナさん、パルシュナの3人は、3日ぶりに自分たちの暮らしの基点となる我が家に帰ってきた。
玄関から中を見て、
(うん、なんか安心する)
命懸けの討伐クエストのあとだからかな?
室内の景色、空気が本当に安らげる空間だと感じられたんだ。
皆で室内履きに履き替え、リビングへ。
「んしょ」
ドサッ ドサッ
僕らは、買い物袋をテーブルに置く。
実は、3日間留守だったので、帰りの道中、食材などをお店で買い物してきたんだよね。
クレティーナさんが笑い、
「2人とも、お疲れ様でした」
「うん、クレティーナさんも」
「ふふ、はい」
僕らは笑い合う。
パルシュナも「疲れたわ~」と同じようにぼやく。
そのあと、全員で手分けして、食材を床下の保冷庫にしまう。
そして、
「パルもシーナも、1度、部屋に戻り、荷物を片付けたらお風呂に入りましょう。まずは旅の疲れと汚れを落としてしまいましょうね」
と、家主のお姉さん。
僕と少女は顔を見合わせる。
「うん」
「そうね」
「ええ。そのあとは、夕食の用意といたしましょう」
「うん」
「は~い」
僕らも頷く。
クレティーナさんも微笑み、
「では、行動開始です」
パン
と、手を叩いた。
◇◇◇◇◇◇◇
3日ぶりの自室だ。
暮らし始めて長くないけど、
(でも、懐かしく感じるよ)
野営の時とは違い、ここは自分にとって安全な空間で、安心できる場所なのだと自然と感じてしまう。
人の感覚って、不思議だね。
キィィ
窓を開け、空気を入れ替える。
「ん……」
いい風だ。
僕の金色の髪が柔らかく揺れる。
目の前には、王都フィーンドリアの景色が広がり、午後の太陽が青空に輝いていた。
しばし、眺める。
(よし)
気持ちも入れ直し、僕はリュックを部屋の隅に降ろすと、腰ベルトの金具から『古樹の霊剣』も外し、横に置く。
旅服も脱ぎ、着替える。
玄関先で埃は落としたけど、あとで丁寧に汚れを落とそう。
あ、剣の手入れもしなきゃ。
(帰ってからも、忙しいぞ)
と、その時、
コンコン
部屋の扉がノックされた。
(ん?)
「は~い」
返事をすると、
「シーナ、私です」
「クレティーナさん?」
「はい。今、パルが先にお風呂に入りました。30~40分かかると思いますので、そのあとシーナが入ってください」
「あ、うん、わかった」
僕は答える。
わざわざ、知らせに来てくれたのか。
扉の向こうの彼女へ、
「教えてくれてありがとう、クレティーナさん」
「いいえ」
彼女のはにかむ声が返る。
そして、廊下を去っていく気配を感じる。
(……いいなぁ)
お姉さんの気遣いや一緒に暮らしているんだという実感があり、何だか心がほっこりする。
同居、最高!
…………。
その後、僕は庭に出ると、雑巾やブラシで旅服やリュックの汚れを落としたり、綺麗な布と油で丁寧に剣の手入れを行う。
時間は、あっという間に流れる。
(あ……もう40分、経つかな)
ふと気づく。
室内の時計を確認し、うん、42分経ってる。
もう大丈夫かな。
頷き、僕は部屋に戻ると、装備や手入れ道具を片付ける。
替えの肌着を手に、
(よし、お風呂だ~!)
と、僕は、この家の地下にある温泉へと向かったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
脱衣所に入る。
(パルシュナ……いないね?)
よかった。
誰もいない室内に安心する。
一応、外から声もかけたし、返事もなく、鍵も開いてたから入ったんだけどね。
(さて)
僕は服を脱ぐ。
タオル1枚を手に、すっぽんぽんで、いざ浴室へ。
ガララ
扉を開いた途端、湯気が広がる。
硫黄っぽい匂い。
うん、温泉だ。
岩盤を繰り抜いたような浴室で、僕は笑いながら、蛇口のお湯を桶に注ぐ。
ジャババ
水温が響く。
桶の水面を見つめていると、
ガララ
(ん……?)
もう1度、扉の開く音がした。
振り返ると、
「――ふふっ、お邪魔します、シーナ」
(ふぁっ!?)
そこに、タオル1枚で、豊満な身体を隠したクレティーナさんが立っていた。
な、な、何事っ?
僕、慌てて股間を隠す。
彼女は、ほんのり上気した顔で微笑み、
「今日は、背中を流しに来ました」
「え、へ?」
「今回のクエストでは、何度もシーナに助けられてしまいましたからね。少しでも、その恩返しをしたくて」
「え……あ……う」
恩返し?
言われても、でも、意味が浸透しない。
目が、奪われる。
…………。
真っ白な肌。
大人の女性らしく、胸とお尻が豊満に膨らみ、白い足も長く、腰はキュッとくびれている。
長い髪は今、お団子で。
白いうなじに見えるおくれ毛が艶めかしい。
タオルで乳房の先や股間など、大事な所は隠している。
だけど、
(タオル、小さい……!)
いや、大きすぎなのだ、お胸様の方がっ。
白いふくらみの大半は丸見えで、むしろ、微妙に色々隠されている分、余計にいやらしく見えてしまう。
(はわわわわ……)
僕の様子に、
クスッ
彼女は艶っぽく、嬉しそうに微笑む。
「さぁ、座って」
「う?」
「まずは、髪を洗ってあげますね」
グイ
大人のお姉さんに押さえられ、僕は強制的に石床に着座する。
(あ……うん)
なんか、捕食される側の動物の気分。
なぜか逆らえない。
頭にシャンプー液をかけられ、白い指で優しく金髪を洗われる。
あ……気持ちいい。
緊張はしてる。
でも、もういいや、と、受け入れる気分にもなってきた。
「かゆい所はないですか?」
「う、うん、気持ちいいよ」
「ふふ、そうですか」
彼女も笑う。
やがて、お湯を優しくかけられ、泡を落とされる。
そして、
「次は背中ですね」
と、今後はタオルに泡をつけ、僕の背中を擦ってくれる。
コシコシ
優しく、丁寧に。
彼女の献身的な心を、凄く感じる。
たまに、その細い指が背中の肌に触れ、
ドキン
その度、僕の鼓動も強くなってしまう。
と、その時、
「――ごめんなさいね」
不意に、クレティーナさんが謝った。
(え?)
「急に、こんなはしたない真似をして」
「…………」
「誤解しないでくださいね。私も、男の人と同じお風呂に入るのは初めてなんです」
「……そう、なの?」
「はい」
彼女は、はにかむ。
静かな声で、
「ただ……シーナに恩を返したくて」
「…………」
「私は、今日までずっと、シーナに助けられてばかりです。だから、私からも何かをしたくて……それで、男の人はこういうことを喜ぶと聞きましたから、それで」
と、恥ずかしげに言う。
あ~、うん。
(嬉しいよ。嬉しいけど……極端すぎるかも?)
と、思ったり。
その時、気づく。
背中に触れる彼女の指が、少し震えてる。
(…………)
そっか。
青い瞳を伏せ、
「ありがとう」
とだけ、僕は答えた。
彼女なりの精一杯の思いが、とても嬉しかった。
僕のお礼に、クレティーナさんは一瞬、動きを止める。
僕は苦笑し、
「でも、凄く恥ずかしい」
と、正直に。
だって、僕、今、顔、真っ赤だよ。
彼女は驚いた様子で、そして、小さく笑う。
「……実は、私もです」
秘密を暴露するように、小声でおっしゃる。
あはは……。
僕らはお互い、小さく笑ってしまった。
ザパァ
やがて、背中の泡をお湯で洗い落とされる。
(よし)
「じゃあ、今度は僕の番だね」
「え?」
「今度は僕が、クレティーナさんの髪と背中を洗ってあげる」
「え、いえ、私は……」
「僕に恩があるなら、拒否権な~し」
「まぁ……」
目を丸くするクレティーナさん。
やがて、諦めたように、
「わかりました。では、お願いしますね」
「うん!」
苦笑して受け入れる彼女に、僕も頷いた。
まず、彼女の髪を洗う。
お団子を解き、シャンプー液をかけ、泡立てる。
長く、艶やかな緑色の髪は、泡がなくても指通りが滑らかで、触っているだけで気持ちが良かった。
「ん……」
彼女も時折、小さく声を漏らす。
それに、ちょっとドキッとする。
やがて、ゆっくりお湯をかけ、泡をしっかり落としたら、次は背中だ。
泡立てたタオルで擦る。
(ん……思ったより広いね)
大人の女性っぽい。
元々、前世でいう海外の女の人みたいにクレティーナさんは背が高く、手足も長くて、逆に僕自身が子供な分、余計に大きく感じるのかもしれない。
なんか、頼もしいな。
そして、魅惑的で美しい。
僕は、その珠の肌を傷つけないよう、優しく丁寧に擦る。
ザパア
最後にお湯をかけ、泡を落とす。
そのあとは、一緒に湯船へ。
チャポッ
広い湯船に、2人並んで座る。
(ふぅ……)
お湯の熱さに、息が漏れる。
ふと隣を見れば、彼女も目を閉じ、切なげな吐息をこぼしていた。
プカッ
大きな胸が、お湯に浮かぶ。
(…………)
僕、赤面。
慌てて、視線を逸らす。
いけない、すぐ、のぼせそう。
と、その時、
キュッ
お湯の中で、クレティーナさんの指が僕の手を握り、指同士を絡ませてきた。
僕は、目を見開く。
でも、お互い、前を向いたまま。
僕も、彼女の指を握る。
そして、
「……あのね? 僕……クレティーナさんのこと、好きだよ」
ふと、口にしていた。
(え、何言ってるの?)
頭の冷静な部分が、そう驚く。
だけど、なぜか今、口にするのが自然なことに思えたんだ。
ギュッ
繋いだあの人の指に力が入る。
数秒の沈黙。
やがて、
「――私も……シーナが大好きです」
と、答えが返った。
静かな、でも、確かな熱のこもった声。
(…………)
そっか。
喜びと安心と、恥ずかしさと嬉しさと、色々な感情が湧き上がる。
チャポッ
と、彼女の美貌が僕を向く。
視線が絡まる。
潤んだ紫水晶のような瞳がとても綺麗で……それが近づき、ゆっくりと伏せられる。
そして、
チュッ
唇が、重ねられた。
僕も動かず、素直に応じる。
(ああ……うん)
心が、満ちる。
――この日、僕とクレティーナさんはお風呂の中で、初めて本当の意味でのキスを交わしたんだ。




