059・海の町での宴
「――へい、お待ち!」
ドドン
僕らの前のテーブルに、店員さんが海鮮料理の大皿を置いた。
大皿は大きな貝殻で、虹色の光沢を放つその内側には、何種類もの魚介の新鮮な刺身が大輪の花のように並び、中央には海老と蟹が豪快にド~ンとそびえていた。
(おお~!)
僕は、青い目を輝かす。
ここは、港町マリンディアの宿屋の食堂だ。
マリンディアに着いた僕らは、出発前の約束通り、今日はこの町に泊まり、美味しい海の幸を楽しもうということになったのである……やっほぅ♪
大食い姉妹も目を輝かす。
「うひょ~♪」
「これは美味しそうですね」
「うむ、そうじゃの」
頷くレオナックさんの手には、魚のヒレの入ったヒレ酒のぐい呑みがある。
キュッ
一気に飲み、
「うむ、旨い!」
と、至福の表情で熱い息を吐く。
う~ん、
(お刺身より、お酒の方がいいみたい……)
むしろ、料理はつまみ?
でも、レオナックさんらしいので、それもまた良しだろう、うん。
酒飲みお姉さんは、そそくさと2杯目を用意し始める。
ま、いいか。
僕と姉妹は、海鮮料理へ箸を伸ばす。
あ、この世界、ちゃんと箸もあるんだよ、びっくりだよね。
で、実食。
パクッ
「ん、美味い!」
「か~っ、口の中で溶けるわぁ」
「やはり、王都で食べるものとは鮮度が違いますね。味が全然違います」
全員、感動だ。
魚醤もあり、ワサビみたいな薬味もある。
普通に、前世日本を思い出す味。
(うん、美味しいよぉ)
懐かしさもあり、余計に食が進む。
ただ、さすが異世界。
普通の魚だけでなく、クラーケンの足の1本焼きとか、シーサーペントのかば焼きとか、魔物由来の料理もあったりする。
味は、
(う、美味ぁ……)
普通に美味しい。
旨味も強く、肉質も最高で舌も喜んじゃう。
そっか。
(魔物って、美味しいんだ)
僕、依頼とか関係なく、別の理由でも魔物を狩りたくなってくるよ。
パクパク
姉妹も凄い速さで平らげる。
結局、4人用の刺身の大皿は、おかわりで3回も運ばれてくることになったんだ。
うん、大満足だ~!
◇◇◇◇◇◇◇
4枚目の大皿も空になる。
さすがに全員、満腹で、追加はなし。
刺身以外にも、白米や潮汁など、色々な料理を楽しめた。
そして現在は、僕は昆布茶を、同い年の少女は緑茶を、大人のお姉さん2人はヒレ酒を飲み、食後のまったりした時間を過ごしていた。
(う~ん、美味しかった)
僕、幸せ。
昨日、あんな命懸けの戦いがあったのが嘘みたいだ。
不思議だね~。
なんて思っていると、
「昨日は、すまなかったの」
と、突然、レオナックさんが謝った。
(え?)
僕と姉妹はキョトンとする。
彼女はぐい呑みを手に、少し申し訳なさそうに笑っている。
グイッ
中身を飲み干し、ぐい呑みをテーブルに置く。
僕らに向き直り、
「――すまぬ」
豊かな赤髪を揺らし、頭を下げてきた。
へぇっ!?
僕は慌てて、
「ど、どうしたの、レオナックさん?」
「そ、そうよ、レオ」
「何を謝るのですか?」
と、姉妹も問いただす。
レオナックさんは頭を上げ、少し神妙な表情を浮かべる。
そして、言う。
「今回のクエスト、結果は上々じゃ」
「うん」
「しかし、中身を見れば、我の不手際があまりにも大きい」
「……ええ?」
不手際?
僕は、意味がわからない。
パルシュナも同じ表情だ。
でも、姉妹の姉は、何かに気づいた顔をする。
「もしかして、人喰赤鬼に2度も逃げられたことを気にしているのですか?」
と、聞く。
(え?)
驚く僕。
でも、赤毛の美女は頷く。
「うむ」
「……まぁ」
「本来、あれの相手は我がするべきものじゃ。しかし、不意を衝かれ、離脱を許した。結果、ティナとシーナが崖下に転落する羽目になったのじゃ」
「…………」
ああ~、うん。
(言われると、そうなのかもしれない)
でも、なぁ。
レオナックさんは続ける。
「2度目も同じく」
「…………」
「仕留めきれず、逃走を許した。そして、逃走した奴に遭遇した2人を、またも危険な目に遭わせた」
「…………」
僕らは、何も言えない。
と、彼女は、
「特にシ-ナには、負担をかけたの」
言いながら、僕を見る。
そして、
「――すまぬ」
もう1度、頭を下げた。
(う、う~ん?)
昨日、光合成の反動で動けない姿を見られてるし、真面目な人だから責任を感じちゃってるみたい。
姉妹も顔を見合わる。
僕は、少し考え、
「でも、冒険者って、危険なのは普通でしょ?」
と言った。
レオナックさんは顔を上げる。
姉妹も僕を見る。
僕は、言う。
「大変だったけど、でも、そんなの覚悟の上だし、物事何でも完璧にはいかないよ。だから、臨機応変に対応するのが大事で、そして今、僕らは全員生きてる」
「…………」
「だから、謝らないで」
「シーナ……」
「むしろ、褒めてよ。僕、結構、がんばったから」
と、笑った。
赤毛の美女は、金色の目を丸くする。
姉妹も頷き、
「ええ、シーナの言う通りですね」
「そうよね? ほら、私たちを褒めなさいよ、レオ」
「ティナ、パル……」
笑顔の姉妹に、レオナックさんは少し茫然となる。
3人で彼女を見つめる。
彼女は、
「そうか……」
と、息を吐く。
苦笑し、「少し酒に酔って、弱気になったのかもしれぬの」と赤毛の髪をかく。
そして、僕らを真っ直ぐ見返す。
力強い目。
僕らのリーダーは、
「――うむ、皆、よくやった。さすが、このレオナック・オルンの仲間たちじゃ」
と、褒めてくれた。
(うん!)
僕と姉妹も笑顔で頷く。
レオナックさんも明るく笑った。
超人的な彼女だけど、でも、やっぱり1人の人間なんだなって今の出来事で思ったよ。
だけど、
(レオナックさんには胸を張って、僕らを引っ張っていって欲しいな)
なんて、勝手なことも願っちゃう。
だから、
「はい、レオナックさん」
赤毛の美女の空になったぐい呑みに、お酒を注ぐ。
金色の目を丸くし、
「おお、すまぬな」
少し赤い顔で、彼女ははにかむ。
ぐい呑みを傾け、
グイッ
と、豪快に一口で飲み干すと、
「ぷはぁ」
明るい笑顔のまま、熱い息を吐き出したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
食事後、僕らは宿の部屋へと戻る。
大食い少女が、
「ふぅ~、食った食った」
ポン ポン
膨らんだ自分のお腹を叩き、ベッドに寝転がった。
(あはは、いい腹鼓)
その様子と見事な音色に、僕と年上のお姉さん2人も笑ってしまう。
借りた部屋は、4人部屋だ。
窓から外を見れば、
(わぁ、綺麗な夜景……)
魔光灯の灯りが煌めくマリンディアの夜の景色が見渡せ、空には美しい赤白2つの月と共に無数の星々が輝いていた。
港には、回転する灯台の灯りも見える。
真っ暗な海面に灯るのは、夜も働く漁船かな?
ザザァン
波の音が響き、海面には月と星々の光も反射している。
う~ん、
(絶景かな、絶景かな)
思わず、青い瞳を細めてしまう。
ふと気づけば、隣にクレティーナさんが立っていて、一緒に窓の外を眺めていた。
と、こちらを見て、目が合う。
クスッ
お互い、笑ってしまった。
ベッドの上のパルシュナは、自分のお腹を撫でながら、
「あ~、明日は王都なのね。まだ帰りたくないわ~。もっと海の幸、味わいたいわ~」
と、願望を嘆く。
(あはは……)
気持ちはわかるよ。
年上の美女2人も苦笑している。
でも、王都……か。
(…………)
そう言えば、
「ねぇ、レオナックさん?」
「む?」
僕の呼びかけに、赤毛の美女がこちらを見る。
僕は言う。
「あの、出発前に王国の将軍さんから手紙が届いてたみたいだったけど……あれは何だったの?」
「ぬ……?」
彼女は少し目を瞠る。
姉妹もレオナックさんを見る。
やがて、
「ふむ、そうじゃな。もう話しても良いか」
と、赤毛の美女はおっしゃる。
僕らを見て、
「あの手紙はの、ダレイオス将軍からの面会の要請じゃ」
「面会?」
「うむ。先日、シーナの『葉』に関して、冒険者ギルドから王国と教会に連絡を入れることになった。結果、遠からず、両者からの接触があると我とギルド長のケーシャンは睨んでおっての」
「あ、うん」
僕も頷く。
(確か前に、そんなこと言われたね)
そう思い出す。
「じゃがの。人は色々じゃ」
「…………」
「どの組織も一枚岩ではなく、必ず悪しき感情、そなたを利用しようという輩も現れる。じゃから、先手を打ったのじゃ」
「先手?」
「ダレイオス将軍に、先に事情を伝えた」
「…………」
「将軍は、高潔な人物じゃ。フィーンレイド王国への忠義も篤く、義を重んじ、王国第1軍団を率いる大将軍でもある。フィーン王家も信を置き、我も信頼と尊敬を抱く数少ない御仁じゃよ」
「へぇ……」
レオナック・オルンがそこまで言う人なのか。
僕も、興味が湧く。
「での」
「うん」
「ここからは、政治の話じゃ」
「政治?」
「うむ。実は今、王国の立場は危うい。特に、教会からの印象がの」
「……へ?」
僕は、唖然。
と、姉妹の姉が言う。
「護国の神樹を枯らしたからですか?」
「うむ」
(あ……)
正解するクレティーナさんに、レオナックさんは頷く。
「『奉樹の神聖教会』は、当然、護国の神樹への信仰も持つ。じゃが、大陸に何本かある神樹の1本を、人為的な犯罪とは言え、フィーンレイド王国は守れず、枯らしてしもうた。教会から見たその責は重い」
「…………」
「教会は、大陸中に広がるからの。各国とのパイプもある」
「…………」
「つまり、王国は各国に付け入られる汚点を得てしまったのじゃ」
「ええ……」
僕は困惑する。
(要は、神樹の管理不行き届き……ってこと?)
で、教会が怒ってる、と。
ベッドに仰向けの少女も「うへ~」とか唸ってる。
レオナックさんは、
「じゃからの」
と、金色の瞳で僕を見る。
「王国としては『神樹の若木』であるシーナを味方にしたいのじゃ」
「え、僕?」
「うむ」
「…………」
「ゆえに将軍を仲介者として、フィーン王家の方々がシーナと面会する算段をして欲しいというのが手紙の内容だったのじゃよ」
「王家……!?」
え、この国の王様と会うの?
(僕が?)
これには、姉妹も驚いた様子。
「利点もあるぞ」
「利点」
「まず教会じゃが、そなたの存在を喜ぶ者はいるじゃろうが、実は逆の者も少なくない」
「へ……?」
「本来、護国の神樹は語らず、動かず……じゃからこそ、教会としても自由に神や神樹の代弁者を名乗り、活動できる面があった。しかし、神樹の若木であるそなたは、自由に喋り、そして動き回れるじゃろう?」
「う、うん」
「それは教会の一部の連中にとって、都合が悪いのじゃ」
「…………」
ええ~……。
正直者の少女が「生臭坊主ぅ~」と揶揄する。
年上2人は苦笑い。
でも、否定はしない。
「じゃからの、シーナ」
「あ、うん」
「教会から自分を守るため、王国に恩を売り、後ろ盾にするのも悪くない。いや、身を守る手段として必要じゃと我は思う」
「…………」
「ケーシャンも、そのつもりじゃろう」
「ギルド長も?」
僕は驚く。
金印の冒険者は豊かな赤い髪を揺らし、「うむ」と頷く。
指を3本立て、
「今、シーナは冒険者じゃ」
「あ、うん」
「つまり、所属は『冒険者ギルド』であり、現時点で、そなたに関する権利、義務を1番有した組織となっておる」
「そう、なの?」
「一応の」
彼女は苦笑し、すぐ表情を戻す。
「での」
「うん」
「冒険者ギルドも、大陸中を股にかける国際組織じゃ。規模で言えば、教会にも劣らぬ」
「……うん」
「実は現時点でシーナの所有権を巡り、冒険者ギルドと教会は対立関係にあり、『神樹の若木』という重要な存在であればこそ、どちらも譲らぬ」
「ええ……」
「もし全面戦争になれば、お互い大きな被害が出る」
「戦争って……」
え、僕のために?
(本気?)
僕は疑うけど、レオナックさんの表情は真剣だ。
彼女は言う。
「無論、お互い、それは避けたい。そこで、フィーン王家という第3の勢力を用意したいのじゃ」
「第3勢力……」
「うむ。王国も、大陸ではそれなりに力のある国じゃからの」
「へぇ……」
「つまり、勢力の1つが無茶を通そうとすれば、他2つが敵となる。ゆえに皆、迂闊には動けぬ」
「三竦み?」
「うむ、それじゃ」
僕の確認に、彼女は笑った。
大きく頷き、
「こうして組織間の衝突を止め、かつシーナの安全を手に入れる。――これが、ケーシャン・オーリアの描いた図じゃ」
と、締め括った。
(はへぇ……)
僕は、何だか茫然だ。
ギルド長、本当に頭の良い人なんだね。
しかも、そのケーシャンさんの指示で、レオナックさんもそんな裏で動いてくれてたの?
なんか、嬉しくて申し訳ない。
僕は、
「あの……色々、ありがとう、レオナックさん」
と、お礼を言う。
彼女は驚き、すぐに苦笑する。
「構わぬ」
「…………」
「むしろ、大人の事情にそなたを巻き込む形じゃしの。こちらこそ、こうしたやり方しかできず、すまぬ」
「ううん」
僕は首を振る。
(元々は、僕1人の問題なんだし)
それでも助けてくれるのは、損得だけではなく、やはり彼女たちの善意もあればこそなのだから。
美人姉妹も、僕を見る。
妹の方が、
「アンタって、本当、人騒がせね?」
と、呆れたように言った。
姉の方は長い髪を揺らし、首を振る。
息を吐き、
「むしろ、騒ぐ周りが悪いのです。シーナはこんなにも可愛く、良い子なのに……」
そう嘆くように言う。
2人の反応に、僕は苦笑する。
レオナックさんは、
「面会の件、受けて良いの?」
「うん」
その確認に、僕は頷いた。
彼女も安心したように微笑み、「わかった」と頷き返してくれる。
僕は、もう1度、窓の外を見る。
綺麗な夜景。
そして、広がる夜空を眺めながら、
(王都に戻ったら、大変そうだなぁ……)
と、思いを馳せた。
そのあとは、4人でしばらく他愛もない雑談に興じる。
やがて夜も更け、僕らは部屋の明かりを消すと、各々のベッドに横になり、就寝することにしたんだ――。
◇◇◇◇◇◇◇
(……ん)
深夜、ふと目が覚めた。
寝たまま、薄目を開ける。
でも、見える室内は真っ暗で、窓から淡い月光だけが差し込んでいた。
ザザァン
遠く、波の音が聞こえる。
……何で目が覚めたんだろ?
わからない。
ただ、まだ眠い。
昨日の反動も残っていて、全身に怠さがあり、起きる気力もない。
(うん、寝直そ……)
僕は、まぶたを閉じる。
すると、
キシッ
(ん?)
何か、小さな音が聞こえた。
もう1度、薄目を開ける。
月光に照らされる室内に、1人の女性の姿が見えた。
あれ?
(クレティーナさん?)
僕は少し驚く。
隣のベッドに寝ていた彼女が起き上がり、白いワンピースの夜着のまま、窓から外を眺め出したんだ。
……どうしたんだろう?
お花摘み?
でも、
(なんか、雰囲気が違う)
月光に照らされる綺麗な横顔は、どこか愁いを帯び、何かを考えている表情だった。
白魚の指が紅い唇を触る。
何かを、確かめるように……。
「……ふぅ」
吐息を1つ。
月光を浴びる長く綺麗な緑色の髪が柔らかく揺れ、肩から流れ落ちる。
(…………)
何か悩みごとかな?
でも、声もかけ辛い。
その時、
クルッ
(!)
彼女が僕のいるベッドの方を振り返った。
慌てて目を閉じる。
自分でもわからないけれど、咄嗟に寝たふりをしてしまった。
何で……?
暗闇の中、あの人の視線を感じる。
ドキドキ
なぜか、鼓動も早くなる。
ト……ト……
足音が近づき、そして、彼女が僕を覗き込んでいると気配でわかってしまう。
空白の時間。
ザザァン
波の音だけが響く。
すると、
「……シーナ」
小さく、名を呼ばれた。
彼女の動く気配がして、僕の頭の横のベッドがギシ……と軽く軋む。
そして、
――僕の唇に、何かが触れた。
(え……?)
柔らかく、弾力のある感触。
ふわり……と、甘い香りがする。
え? え?
戸惑いつつ、僕は必死に寝たふりを続ける。
数秒で、その感触は離れた。
もう1度、ベッドが小さく軋み、あの人が少し離れた気配を感じる。
でも、視線は残る。
やがて、
ト……ト……
足音が遠ざかり、隣のベッドが軋み、やがて室内は静かになる。
寝たまま、僕は混乱。
(今の……まさか……)
でも、間違いない。
昨日、あの人を川から引き揚げ、人工呼吸した時の感触とそっくりだった。
つまり、
――キス、された?
僕が?
クレティーナさんから?
しかも、僕が眠っている間に、誰にも内緒の感じで……?
(…………)
嬉しさと戸惑いが頭の中で走り回る。
何で?
僕は、彼女が好きだけど、もしかして、あの人も僕のことを……?
まさか……。
いや、でも……。
色々考えるけど、結論は出ない。
ザザァン
静かな夜に、波の音だけが遠く響く。
まるで、夢の出来事。
夜空の月たちだけが証人で。
ドキドキドキ
僕の心臓だけが、ただ激しく鳴っている。
――最後の最後、思わぬ出来事がありながら、海の町マリンディアでの僕の夜は、こうして更けていったんだ。




