058・帰還の途
4人で川沿いをしばらく進む。
すると、
(わ……?)
前方の崖の一部が崩れ、土砂が地面へと流れ落ちていた。
クレティーナさんも、その背中にいる僕も驚いてしまう。
ただ地盤が崩れたため、崖上までは土と岩の斜面になり、歩いて上まで行ける状態になっていた。
すると、
「これ、レオがやったのよ」
と、パルシュナ。
(え?)
少女の姉と共に、彼女を見る。
「谷底に降りれる場所が見つからなくてね。『道がないなら自分で作る』ってレオが、炎帝・魔爪斬で崖上の地面を崩したの」
「…………」
「…………」
「で、私ら、降りられたんだけど……」
嘘でしょ?
僕とクレティーナさんは、唖然と赤毛の美女を見つめた。
彼女は、
「急いでいたからの」
と、悪びれない。
(うはぁ……これが、金印か~)
破天荒な発想とそれが実行できる戦闘力――王国最強の冒険者っていうのは、本当にとんでもないね。
だけど、うん。
――急いでいたから。
何のために?
(僕らのためだよね?)
谷底に落ち、更に人喰赤鬼に先行され、僕らを心配したからこそこんな無茶を行ったんだ。
僕とクレティーナさんは、お互いの顔を見る。
すぐに、
「あはっ」
「うふふ」
と、笑い合ってしまった。
パルシュナは苦笑しながら肩を竦め、当のレオナックさんは僕らの視線に「む?」と小さく呟く。
視線を逸らし、
ガシガシ
少し乱暴に赤毛の髪をかく。
……あれ、照れてる?
(おや、珍しい)
やがて、彼女は息を吐き、
「ほれ、行くぞ」
「あ、うん」
「はい、レオ」
「へ~いへいっと」
僕らは答え、先行するレオナックさんを追いかけたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
土砂の坂を登る。
やがて、数十メートルの高さの崖上へと到着した。
「ふぅ」
クレティーナさんは息を吐く。
その背の僕は、
「ごめんね、重いよね」
と、謝る。
でも、彼女は振り返ると微笑み、首を横に振った。
「大丈夫。軽いですよ」
「でも……」
「羽根のように……とは言いませんが、重くはありません。私も鍛えていますからね」
「…………」
「それに」
「……それに?」
「シーナの重さは、何だか心地が好くて」
「…………」
「だから、大丈夫ですよ」
と、はにかむ。
(クレティーナさん……)
本心なのか、気遣われているのか、ちょっとわからない。
でも、
「……ありがとう」
僕はお礼を言う。
彼女は嬉しそうに笑みを深くし、頷いた。
そうして、僕ら4人は崖上の森を移動する。
やがて、2時間ほどすると、木々の向こう側に、無数の石造りの建物が見えてきた。
――1500年前、古代オーパィル魔法王朝時代の遺跡となった町だ。
ああ、
(戻って来れたね)
と、少し安堵する。
姉妹も息を吐き、レオナックさんは懐から竜笛を取り出す。
口に咥え、
ピィーン
甲高い音が響く。
すると、
トトトッ
1分もしない内に、3頭の狗竜が姿を現した。
(うん、よく訓練されてるね)
本当、感心だ。
3頭の竜は、
クルル
と、喉を鳴らしながら、甘えるように3人の女主人に頭を擦りつけている。
くぅ、可愛いのぅ。
3人も愛竜の頭を撫でてやる。
その後、水と餌を与え、荷物を積み込むと、全員、竜の鞍に跨った。
力の入らない僕は、
ギュッ
落下防止のため、クレティーナさんごと紐で巻かれてしまう。
(ぬぬ……)
鎧越しに、たわわを感じる。
仕方ないとわかっている。
でも、赤面だ。
僕の様子に気づき、クレティーナさんはどこか艶っぽくクスッと笑う。
でも、その美貌も少し赤い。
ドキドキ
お互い、鼓動も早い気がする。
やがて、
「――よし、皆、行くぞ」
と、レオナックさんが号令を出す。
僕らも頷き、
ドッ
狗竜の足は地面を蹴り、僕らは1500年前の古代遺跡の集う場所から出発したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
森の中を、狗竜は走る。
トトトッ
木々の根を跨ぎ、斜面を下り、小川を踏み越え、岩を跳び、広がる草木の世界を軽やかに駆けていく。
ふと視線を上げると、
(わぁ……太陽、沈みそう)
枝葉の隙間から見える空は赤から紫色に変わり、太陽は西の山々に隠れようとしていた。
もう、夜が近い。
先頭のレオナックさんも、金色の目を細める。
1度、頷き、
「ふむ、今日はここまでにするか。――皆、今夜はここで野営をするぞ」
と、宣言した。
…………。
狗竜を停め、荷物を降ろし、テントを張る。
薪を集め、焚火を熾す。
ボッ
炎が灯り、薄闇の森を照らす。
野営準備が全て終わった時には、すでに周囲は暗く、空は星空になっていた。
(間に合った~)
と、僕は安堵する。
頭の葉っぱは、すでに光を失っている。
しまうか。
シュッ
と、金髪の中に引っ込める。
焚火を囲み、皆で夕食を作り始める。
乾燥肉と保存の利く野菜、そして、水と固形調味料のキューブを鍋に入れ、全部一緒に混ぜていく。
調理は、姉妹が担当。
レオナックさんは周辺警戒。
僕は手足の力が入らないのでお休みだ。
(無念……)
と、調理しながら、
「しっかし、他の魔物、出なかったわね」
不意にパルシュナが呟いた。
(え?)
言われて、気づく。
ああ、そう言えば、昨日も今日も『人喰鬼』以外の魔物と遭遇していないね。
何でだろ?
(このゲートリム地方の山岳地は、元々、『護国の神樹』の加護が届き難い土地だから、それなりに魔物がいるって話だったのにね)
僕も首をかしげる。
すると、
「逃げたんじゃろうな」
と、レオナックさん。
(逃げた?)
僕らは、彼女を見る。
熟練の冒険者である赤毛の美女は、
「人喰赤鬼がいたからの。魔物の世界にも生存競争があり、元々この周辺に生息していた魔物は皆、奴を恐れて、その縄張りの外となる別の土地に移動してしまったのじゃろう」
「へぇ~、そんなことあるんだ?」
「うむ、稀にの」
と、頷き、
「じゃが、その脅威も消えた。数日の内に、この地を離れた魔物も戻ってくるじゃろう」
「…………」
「ま、一時の平穏じゃな」
「そっか」
永遠に魔物のいない土地。
なんて、そんな都合良くはいかないよね。
でも、そう考えると、魔物を退ける力を宿す『護国の神樹』っていうのは本当に凄い存在だったんだなぁと思うよ。
と、少女は肩を竦め、
「別に、今だけでもいいわ。移動も見張りも楽だから」
なんて言う。
(あはは……)
でも、確かに。
僕らも「そうだね」と同意し、一緒に笑ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて、夕食の煮込みスープも完成する。
いざ、実食。
と思ったんだけど、
カラン
(う……スプーン、落とした)
指先が震え、木製のスプーンを地面に落としてしまう。
駄目だ。
全然、力が入らない。
僕の様子に、3人も気づく。
「アンタ、マジ?」
「ふむ、相当、負荷の大きい力を使ったようじゃの」
と、2人が言う。
(うぅ……情けない)
人喰赤鬼を倒した時、『光合成』が生み出した力は本当に凄かったけど、今後はもっと使い所を考えないといけないね。
色々、反省である。
と、クレティーナさんが、
カチャ
僕の落としたスプーンを拾い、水で洗ってくれる。
(あ)
「ごめんね、ありがとう」
「いいえ」
彼女は優しく笑う。
そのまま隣に座ると、僕の持つスープの器にスプーンを入れる。
ゆっくり持ち上げ、
「さぁ、口を開けて」
「え?」
「今日は、私がシーナに食べさせてあげます。さぁ、あ~ん、を」
(あ、あ~ん!?)
僕は愕然。
彼女は甘く微笑み、
「あ~ん」
「……あ、あ~ん」
迷いつつ、僕は口を開く。
ハムッ
うん、美味しい。
でも、羞恥が強すぎて、正直、味なんかどうでもよくなる。
彼女は嬉しそうに、
「美味しいですか?」
「う、うん」
「ふふっ、よかった。では、もう1度、あ~ん」
「あ、あ~ん」
僕はまた、食べさせられる。
(うう……)
まるで、小さな赤ん坊みたいだ。
でも、クレティーナさんは善意でやってくれているのだし、僕自身、自力で食事ができないのは事実。
食事を諦めたり、足で水だけ飲むのも、周りが気を遣うだろう。
なので、食べるしかない。
あ~ん、で。
(……くぅ)
顔が熱いよ~。
同い年の少女は呆れ顔。
1番年上の美女は、苦笑しながら僕らの様子を眺めている。
そして、隣のお姉さんは、
「よく噛むんですよ、シーナ?」
「う、うん」
「ふふっ、いい子ですね、よしよし……」
「……っ」
「はい、あ~ん」
母性溢れる表情で、幸せそうに僕のお世話をする。
(い、いいんだ)
彼女が幸せなら……。
そんな感じで、僕の羞恥心も味わう食事の時間はしばし続いたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇
――夜も更ける。
全員、食事も終わり、やがて、就寝の時間となる。
レオナックさんは、
「今夜のシーナは、見張りはなしじゃ」
と、僕に命じてくる。
さすがに姉妹も――特に妹の方も――文句はない様子。
「ま、仕方ないわね」
「安静にしててくださいね」
「うん、ありがとう」
(そして、ごめんね)
僕も素直に甘え、テントの中で横になる。
やはり、相当、消耗していたらしく、気づいたら眠っていて、次に目が覚めたら朝だった。
おお……?
まるで、時間が飛んだ気分。
朝日が眩しい。
そして、
グッ
手を握ると、昨日より全然、指に力が入る。
本調子じゃないけど、今日はもう、自分1人で食事が食べられそうだった。
(うん、よかった)
と、安心する。
朝食の席で3人にも伝えたら、
「まぁ……そうですか」
と、クレティーナさんは表面上は喜びつつ、けれど、その表情と声にはどこか残念そうな雰囲気が滲んでいた。
(あはは……)
今朝も、あ~ん、したかったのかな?
ともあれ、今日の朝食は、自力で食べる。
やがて、食器の後片付けをし、テントを畳み、焚火を完全に消火して、狗竜の鞍に荷物を積み込む。
僕らも騎乗し、
「よし、行くぞ」
と、再出発。
3頭の狗竜は山林を駆け、山岳地からの下山を続ける。
やがて、
(あ……)
木々の隙間に、青い輝きが見えた。
――海だ。
眼下の地表に、海が広がっていた。
海面が陽光を反射している。
そして、その海に面した大地には、遠い港町マリンディアの姿が小さく見え、海上に砂粒みたいな漁船が何隻も出ているのもわかった。
僕は、青い瞳を細め、
「戻って来たね」
「はい」
クレティーナさんも穏やかに頷く。
その妹は、
「やっとか~」
と、息を吐いた。
先頭を行く赤毛の美女が振り返り、
「よし、あと少しじゃ。じゃが、最後まで気を抜くな。町に着くまでは油断せぬようにの」
「うん」
「はい」
「もう、わかってるわよ」
リーダーの言葉に、僕らは頷く。
あと、もう一踏ん張り。
遠くに見える、人々の暮らす安全な都市を目標に、最後の移動を行う。
――やがて、約2時間後、僕らの乗る狗竜は無事、港町マリンディアへと辿り着いたのだった。




