054・生命を救え
(う……?)
意識が戻った。
一瞬、混乱し、すぐに状況を思い出す。
(はっ!)
ガバッ
身体を跳ね起こし、周囲を見れば、川岸の砂利に僕の身体は打ち上げられていた。
川の周囲は森で、奥にそびえる崖の岩壁が見える。
上を見ると、崖上は遥か彼方。
(……あそこから落ちたのか)
下が水とは言え、よく生きてたね?
あまり高いと、水面ってコンクリート並みの固さになるって話だし、よく五体無事で……あれ?
そこで思い出す。
慌てて、お腹を見て、
(傷がない)
と、気づく。
あの時、人喰赤鬼の爪に貫かれたのに……。
パアアッ
頭では、葉っぱが輝いている。
(あ、そっか)
光合成の回復か。
自己防衛機能があるのか、負傷状態だと意識がなくても自動で回復してくれるみたい。
便利だね~。
さすが、チート。
そう思った時、僕はふと、自分より大事なことを思い出した。
あの人は……?
繋いでいたはずの手には、今、何もない。
え? え?
慌てて周囲を見て、
(!)
少し離れた川辺の砂利に、長い緑髪を水に濡らしながら、彼女が打ち上げられているのを発見した。
うわぁ!
僕は必死に駆け寄る。
「クレティーナさん!」
しがみつくように、身体に触れる。
冷たい……!
ゾッとする体温の低さ。
幸い、上半身は地上に出ているけれど、下半身はまだ水面下だった。
慌てて引き摺り、全身を引き上げると仰向けにする。
意識もないようで、
(あれ?)
大きな胸も上下に動いていない。
息……してない?
え、嘘嘘?
慌てて、整った鼻の下に指を置く。
だけど……呼吸を感じない。
その事実を知った瞬間、僕の全身から血の気が引いた。
(嘘だ!)
「クレティーナさん、クレティーナさん! 起きて!」
ペチペチ
頬を叩く。
身体を揺らす。
でも、彼女は目覚めず、全身から力が抜けたまま。
まさか、本当に死……?
バチン
嫌なことを考えた自分の頬を、自分の手で張り飛ばす。
(諦めるな!)
僕は、彼女の鎧を脱がす。
胸に耳を当て……っ……鼓動がない。
くっ!
僕は、彼女の心臓の上に両手を重ねるように乗せ、体重をかけて繰り返し押す。
グッ グッ
駄目だ、駄目だよ。
落下の時、彼女は僕を強く抱き締めていた。
今ならわかる。
あれは、固い水面との衝突から、僕を守ろうとしてのことだったんだと。
だから、彼女にはより多くの衝撃がかかって、きっとそのダメージが大きくて、こんなことに……!
(うぅぅ……っ)
涙が滲む。
泣くな、シーナ!
泣いてる暇なんてない!
僕は、彼女の顎をあげ、喉の気道を真っ直ぐ伸ばさせる。
(ごめんね)
謝り、口を重ねる。
柔らかく、冷たい唇の感触。
その間から、息を吹き込む。
そして、再び心臓マッサージを行い、また唇を重ね、長く息を吹き込むことを繰り返していく。
(頼むよ、光合成!)
パアアッ
頭の葉っぱも光らせる。
胸を押す間、全力で回復の力も流し込む。
生きて!
生きて、生きて……!
戻ってよ!
「――お願い、クレティーナさんっ!」
涙声で強く叫ぶ。
その時、
ドクン
胸に置いた手のひらから振動が伝わった。
(!)
ハッとする。
ドクン ドクン
最初は弱く、けれど、段々と力強く、継続的に鼓動が返ってくる。
口元が動き、
カハッ
彼女が水を吐いた。
慌てて、その白い首を横に向ける。
ボタタ……
大量の水がこぼれ、
「う……」
まぶたが痙攣すると、やがて、その紫水晶のような瞳が薄っすらと覗いた。
生き返った……。
その様子を、僕は茫然と見つめた。
プチ
僕の中で何かが切れた。
「うわぁぁん、クレティーナさぁ~ん!」
思わず、彼女に抱き着く。
大声で泣きながら、目覚めたばかりの彼女に縋りつき、「よかったっ、よかったっ!」と馬鹿みたいに同じ言葉を繰り返した。
彼女は視線を動かし、
「シーナ?」
と、掠れた声で呟く。
少し不思議そうな表情で。
でも、すぐに優しく微笑むと、横たわったまま、その白い手で僕の金色の髪を優しく撫でてくれたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
目覚めたクレティーナさんは、最初、少し混乱した様子だった。
「ここは……?」
と、戸惑った表情で。
まるで、自分がどこにいるのか、今まで何をしていたのか、わかっていないみたいだった。
(記憶の混濁かな?)
無理もない。
一時的にとはいえ、仮死状態だったんだ。
なので、僕は色々と説明する。
すると、
「ああ……」
と呟き、切れ長の紫の瞳に理解の光が灯る。
うん、思い出したみたい。
そして、
「そうですか……。私はまたシーナに命を助けられたのですね」
と、息を吐く。
僕を見ると、申し訳なさそうに微笑んだ。
僕は、首を振る。
「ううん」
「…………」
「水に落ちた時、クレティーナさんが僕を守ってくれたんだよね。だから、僕も今、生きてる」
「シーナ……」
「お相子だよ」
と、笑った。
(きっと、僕らはお互いを助け合ったんだ)
そんな僕の思いを感じてくれたのだろう、クレティーナさんもようやくいつものように笑い、頷いてくれた。
そして、槍を支えに彼女は立ち上がる。
濡れた長い髪が重そうだ。
崖を見上げ、
「あの高さで、お互い、よく命がありましたね」
「うん」
「人喰赤鬼はどうなりましたか?」
「んと、わかんない」
僕は首を振り、
「あの時、僕らを蹴り飛ばしたから、まだ崖の上にいると思うけど……」
「そうですか」
彼女も頷く。
崖上には、レオナックさんとパルシュナがいた。
もしかしたら、すでに2人があの老獪で腹の立つ猿鬼の魔物を倒してくれてるかもしれない。
でも、
(逆の可能性もあるよね)
…………。
いや、いやいやっ。
ない、きっと大丈夫。
悪いことを考えると本当になりそうで、僕は大丈夫と信じることに決めた。
隣の美女も、何も言わない。
代わりに、
「わかりました。まずは崖上に戻り、レオたちとの合流を目指しましょう」
「うんっ」
提案に、僕も頷く。
クレティーナさんは川の方を見る。
「ただ、大分、流されましたね」
「あ、うん。そうだね」
確かに。
谷間の川は広く、岸の近くは流れが緩やかだけれど、中央部分はかなりの速さだった。
何百メートル……あるいは、何キロ、流されたかな?
(戻るのも大変そう)
と、クレティーナさんは服の襟から手を入れ、胸元を探る。
ムニッ
大きな胸がたわわに潰れ、
(わ……)
それを直視してしまった僕は、慌てて視線を外す。
服の中から手が戻ると、その指には首から紐でかけられていたらしい金属の細い笛が摘まれていた。
(あ、狗竜を呼ぶ笛だ)
と、僕は気づく。
竜笛の端を、彼女の唇は軽く咥える。
ピィーッ
長く甲高い、滑らかな音色。
それは周囲の森と崖に木霊し、川の流れる音にも負けず、長く反響した。
(来るかな?)
2本足の竜の姿を探し、待つ。
…………。
でも、15分経っても、変化なし。
何も来ない。
「駄目ですね。やはり、遠すぎるようです」
と、お姉さん。
僕も「そっか」と頷いた。
少し残念。
だけど、しょうがない。
「じゃあ、歩く?」
「そうですね。崖上に登れそうな場所を探しながら、上流の方に向かいましょう」
「うん、わかった」
素直に応じる僕。
彼女も少し嬉しそうに笑う。
お互いの手を繋ぎ、僕とクレティーナさんは川岸の砂利の中を歩き出す。
僕は、空を見る。
まだ青く、明るい。
太陽を浴びて、
パアアッ
頭の葉っぱは、今も光っている。
(うん、光合成の力が使える内に、何とか日暮れの前には2人と合流したいな)
そう思う。
と、その時、
(ん……?)
クレティーナさんが僕の方を見ていた。
見返すと、
「あ……」
彼女は慌てて、視線を外す。
(?)
何だろう?
彼女は何気ない風を装っているけど、何となく、僕の口元を見ていた気がする。
気のせいかな?
(ま、いいか)
と、前を向く。
隣のお姉さんも前を向いたまま、一緒に歩いていく。
でも、
「…………」
歩きながら、彼女は無意識なのか、自分の唇を触っていた。
何かを確かめるように。
思い出すように。
そして、
「……っ」
ポッ
突然、白い頬が赤く染まった。
体温が上昇したのか、繋いだ大人の女性らしい指まで熱く感じる。
何だ何だ?
僕は少々困惑だ。
彼女はこちらを見ない。
ただ、己の唇に触れたまま、
「私が……シーナと……」
と、うわ言めいた、多分、独り言らしい小声が漏れる。
んん~?
(まだ記憶が混乱してるのかな?)
少し心配。
その分、僕がしっかりしよう、うん。
ギュッ
握った指に力を込める。
途端、クレティーナさんが一瞬、ピクンと身体を跳ねさせる。
何だか、歩き方もぎこちないような……?
(???)
そんな少しおかしな様子の緑髪の美女と一緒に、僕は崖の上を目指して谷間の川岸を移動していったんだ。
ご覧頂き、ありがとうございました。
今後の更新時間なのですが、当面は19時過ぎにする事にしました。曜日は月、水、金と今まで通りで変わりません。
今後もシーナ達の物語を読んで貰えたら嬉しいです♪
どうぞ、よろしくお願いします。




