049・港町と山々への出立
3頭の狗竜に乗り、王都内を移動する。
到着したのは、都内に現存する7基の『転移の門』内の1基――ただし、前回、使用したクォレンの街とは別の場所に通じる門だった。
門前には、人も車両もいっぱい並んでいる。
まだ早朝6時前なんだけど、
(さすが、王都だよね)
と、感心してしまう。
そんな風に眺めていると、やがて、管理の王国兵さんが「開門!」と大きな声で告げた。
ヒィィン
門の魔力が発動し、門の内側に水面みたいに光の膜を生み出した。
並んだ車両が順番に、その中に入っていく。
やがて、僕らの番だ。
(ん……)
思わず、目を閉じる。
全身が、薄い何かを通り抜けた感覚。
そして、目を開け、
(――あ)
僕は驚いた。
――海だ。
門を抜けた先に、青い大海原が広がっていた。
さざ波の音。
潮の匂い。
海上には、大小複数の船影が見え、海岸には石造りの巨大な港があり、巨大なクレーンや荷運びの馬車、亀車などがたくさん行き来していた。
振り返れば、街の景色が広がる。
大きな街だ。
転移の門から、奥に大通りが伸びている。
道沿いに並んだ建物の外壁は、赤、黄、青など、カラフルで、窓辺やベランダに綺麗な花などが飾られていた。
凄く綺麗な景色。
見た感じ、レストランや宿屋、商店が多そう。
南国風の街路樹が並んだ大通りには、行き交う人々と車両も多くあるようだ。
(へぇ~)
と見ていると、
「ここは、王国で1番大きな港町の『マリンディア』と言います」
同じ鞍上のお姉さん。
(マリンディア?)
振り返る僕に微笑み、
「見ての通り、漁業が盛んで、魔法で冷凍した海産物が王都フィーンドリアにも運ばれ、たくさん売られていますよ」
「わぁ、そうなんだ?」
僕は頷く。
もう1度、街を見る。
現地の人なのか、日に焼けた肌の人も多く、街全体に活気を感じる。
(うん)
「素敵な場所だね」
「ふふ、そうですね」
僕の感想に、彼女も笑った。
またクレティーナ先生曰く、ここは王国南東に位置しており、1年中温暖な気候なので、王都の富裕層の避寒地にもなっているとか。
(ほぉ~、面白いね)
街自体は、細長い感じ。
で、街の向こう側には、緑の山々が見えている。
すると、
「我らの目的地は、あの山々じゃ」
と、その山岳地の方を指差し、先頭の狗竜に乗るレオナックさんが教えてくれた。
あの山々……。
(あそこに、3匹の人喰鬼がいるんだ……)
リーダーの美女は言う。
「目撃情報があった場所までは、約1日半で着く。道中は野営となる。現着したら周辺の痕跡を見つけ、魔物を探して狩るぞ」
「うん、わかった」
「はい」
「了解よ」
僕らも頷く。
すぐ、この綺麗な街を出ないといけないのが名残惜しい。
(でも、仕方ない)
気持ちを切り替える。
そんな僕の表情が見えたのか、
「討伐後、時間があれば、帰路にマリンディアに宿泊して海の幸を味わうこともできよう」
「え?」
「…………」
「あ……う、うん!」
僕は、大きく頷いた。
弟子の反応に、レオナックさんも笑い、頷く。
姉妹も顔を見合わせ、
「やばっ、気合入っちゃうわ!」
「ふふ、では、がんばりましょう」
と、笑みをこぼした。
やがて、僕らは街の北側にある大門に到着する。
20分ほど並び、手続きを済ませる。
街の外へ出ると、整備された街道を北上し、やがて、数時間後、道を外れて緑の草木に覆われた山々の中へと突入したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
山々が連なる地形。
標高は、多分、500~1000メートル級かな?
茂る緑の木々の途切れた空間からは、海の景色と遠いマリンディアの街の全景が見えていた。
(高いな~)
酸素も少し薄い気がする。
山の緑は豊かで、急斜面も多い。
谷間には河川の流れる場所もあり、狗竜の長い足で浅瀬に踏み入り、対岸に渡ったりもした。
そうして、半日。
太陽が西の山にかかる。
「よし、今日はここで野営じゃ」
と、川が見える丘で、レオナックさんが宣言した。
竜の足が止まり、
(ふぅ)
僕は、息を吐く。
その様子に、クレティーナさんが微笑み、
サワッ
僕の金色の髪を撫でる。
「お疲れ様でした、シーナ」
「あ、うん。クレティーナさんも」
と、僕も笑う。
全員、竜を降り、テントを設営する。
薪を集め、焚火を起こすと、金属棒の三脚を作り、チェーンで鍋を吊るす。
川の水を沸かし、 干し肉などでスープを作る。
あとは、乾燥パン。
食事の準備ができた頃には、完全に日が沈んでいた。
(…………)
さらば、太陽。
再び、朝が来るまで『光合成』スキルは使えなくなった。
不安~……。
でも、
「はい、シーナの分ですよ」
「あ、ありがと」
「熱いので、飲む時は気をつけてくださいね」
「うん」
と、優しいお姉さんが、完成したスープのお椀を渡してくれる。
その妹は、
「パン、かった~」
と、文句を言いながら、ブチチッと豪快に噛み千切っている。
丈夫な歯だね?
その様子に、レオナックさんも笑いながら、自分のスープを飲んでいた。
(……うん)
信頼できる3人がいる。
だから、大丈夫。
食事の温かさもあり、胸の不安はゆっくり消えていく。
ふと見上げれば、
(わ、星空だぁ)
前世の日本ではなかなか見られないだろう数の星が煌めき、夜空を埋め尽くしている。
少し怖いぐらいだ。
パチッ
焚火が爆ぜ、火の粉が舞う。
周りでは、大人の美女2人と美少女1人が談笑している。
(……あはっ)
なぜだろう?
つい笑ってしまう。
明日、危険な魔物との戦いが待っているのにね。
と、僕の様子に、
「シーナ?」
クレティーナさんが気づき、首をかしげる。
綺麗な長い髪が、
サラッ
肩からこぼれ、焚火に照らされながら流れていく。
(うん、美人さん)
僕は首を振る。
「ううん、何でもない」
「……そうですか?」
「うん。ただ、少し明日のことを考えていただけだよ」
と、答えた。
彼女も頷く。
「そうでしたか」
「うん」
「緊張していますか?」
「多少はね」
「そうですか。ですが、適度な緊張は良いことです。その状態を大事にしながら、明日に臨みましょう」
「うん」
その助言に、僕も頷く。
レオナックさんは微笑ましそうで、パルシュナは肩を竦める。
(そう言えば……)
ふと思い、
「この辺の山って、人喰鬼以外にも魔物はいるの?」
と、聞く。
3人は意表を衝かれた顔をする。
そして、
「いるの」
と、レオナックさんが認めた。
(そっか)
頷く僕に、
「このゲートリム地方の山々は、元々、『護国の神樹』の加護が届き難い場所での。昔から、それなりの数が生息しておる」
「え?」
加護が届き難い?
(そんな場所、あるの?)
驚き、
「あ。もしかして、ここ、護国の神樹から遠い場所なの?」
と、思いつく。
でも、姉妹の姉が、
「いえ、むしろ、距離的には王都フィーンドリアよりも近いかもしれません」
「ええ……?」
僕は困惑だ。
妹の方が、
「馬鹿ね。距離は関係ないわよ」
「ないの?」
「ないの」
と、断言された。
レオナックさんが苦笑し、教えてくれる。
「魔法学者の説じゃがの。地面の下には、『霊脈』と呼ばれる目に見えぬ霊的な道が張り巡らされているそうでの」
「霊脈?」
「うむ。ま、人の血管みたいなものよ」
「血管……」
「護国の神樹は、その霊脈に『聖気』を流し、周辺の大地に加護を与えておるらしい」
「うん」
「じゃが、霊脈も太さや密集度に差があるらしくての」
「あ……」
その物言いに、僕も理解する。
「もしかして、その差が加護に影響する?」
「うむ、そのようじゃ」
彼女は褒めるように笑い、頷いた。
クレティーナ先生も言う。
「王都フィーンドリアは、特にその霊脈が太く密集した土地に造られました。もちろん、フィーン湖という水源や農耕地としても便利で開拓し易い平原であったことも理由なのですが」
「へぇ~?」
面白い話だね。
と、妹も口を開く。
「ま、加護が1番強いのは、やっぱり神樹のある『青き豊穣の森』なのよ」
「あ、うん」
「でも、教会は『神樹』を神聖視しているから、その森を『聖地』と定めてしまったの。だから、開拓なんかは宗教上の理由で禁止されてるの。もししたら、大陸中の教会が敵になるんだから」
「そうなの?」
「そうなの。だから約250年前の建国当時、その時の王様も、王都の位置を今の場所に決めたらしいわ」
「へぇ~?」
色々、理由があるんだね。
僕は頷き、足元の地面を見る。
(じゃあ、ここは霊脈の細い、少ない場所なのか)
で、魔物もそれなりにいる、と。
周囲を見る。
焚火の照らす範囲外は、全て、真っ暗な森の景色だ。
…………。
い、いないよね?
今、近くには。
だけど、この山々の中には、確実に生息はしているらしいから。
(……油断できないぞ)
カチャ
無意識に、腰の『古樹の霊剣』の柄を触ってしまう。
3人は笑う。
「大丈夫。近くに気配はありませんよ」
「そ、そう?」
「ええ。もしいたら、狗竜たちも反応しますし、私たちも今は特に感じません」
と、クレティーナさん。
見れば、3頭の竜は森の木に繋がれたまま、のんびり足元の草を食んでいる。
その姿に、少しだけ肩の力が抜ける。
同い年の少女は、
「アンタ、臆病ね~」
と、からかうように笑う。
(うぐぐ……)
僕らの様子に、レオナックさんも笑みをこぼす。
そして、
「よし、食事を終えたら、皆、寝るぞ。夜間の見張りは3交代で、シーナはティナと共に見張れ」
「あ、うん」
「はい」
「4交代じゃないのね。ま、新人じゃ仕方ないか~」
と、少女は僕を見る。
くっ、
(新人ですみませんね~)
その馬鹿にするような憐れむような視線に、僕は内心、不貞腐れてしまう。
……ま、いいや。
クレティーナさんと一緒だもんね。
彼女を見ると、
「一緒にがんばりましょう、シーナ」
「うん!」
笑ってくれるお姉さん。
僕も笑顔で頷く。
好きな人の言葉ですぐ機嫌が直る、単純なシーナ君であった。
…………。
で、夜の見張りだ。
慣れない僕は1番手の配置となった。
2番手だと睡眠が途切れるし、3番手ではそれまで緊張で眠れないかもしれないというお姉様方の配慮である。
(本当、ありがたや)
実に優しい人たちだ。
そんな訳で、1番手の僕とクレティーナさんは、一緒に焚火のそばで見張りを行う。
焚火の光が届かない場所は、完全なる暗闇だ。
視界は利かない。
その分、物音や闇に光る目など、細かい気配を探る。
ドキドキ
少し緊張する。
背後のテントでは、仲間2人が就寝中――つまり、僕らを信じて、命を預けてくれているのである。
(その信頼を裏切らないぞ!)
と、気負う。
ちなみに周囲の音も探るので、会話はなし。
でも、
キュッ
代わりに、クレティーナさんが僕と手を繋いでくれていた。
(…………)
その指から伝わる。
――私もいますから大丈夫、心配しないで。
そんな想いが。
何も言葉は口にしない。
でも、時折、強めに手を握られたり、指先で手のひらを撫でられたりして、その気遣いが色々と伝わってくる。
ふと、隣の彼女を見る。
視線に気づき、
ニコッ
その人は優しく微笑む。
(……うん)
僕も何だか安心し、笑ってしまう。
やがて、約3時間の見張りを無事に終え、2番手のレオナックさんと交代する。
テントに入り、
(すやぁ……)
毛布をかけたら、即、眠ってしまった。
寝入る寸前、隣に横になったクレティーナさんが微笑ましそうに僕のことを眺めていたのが印象的で、それが最後の記憶である。
やがて、何事もなく朝が来る。
(ん……太陽、最高!)
朝日が眩しい。
テントをしまい、野営道具を片付ける。
全員、狗竜に乗り込み、
「よし、出立じゃ!」
リーダーである赤髪の美女の指示で、僕らは更なる山の奥地へと向かったんだ。




