043・過保護なお姉さん
(あれ……?)
10回ほど『魔力纏い』の練習をした時、ふと違和感を覚えた。
チクッ チクッ
頭が痛い。
いや、耐えられないほどじゃないんだけど、軽い頭痛だ。
ズキン
うっ、今のは痛かったぞ。
思わず表情をしかめ、
「シーナ?」
目の前にいるクレティーナ先生は、すぐに異変に気づいてしまった。
見守る師匠、そして、パルシュナも気づく。
「む?」
「あ、来た?」
「はい、魔素欠乏症ですね」
と、美人先生。
(え、魔素欠乏症?)
この頭痛が?
驚く僕を、クレティーナさんは支えながら座らせる。
微笑み、
「大丈夫。まだ初期症状です」
「う、うん」
「血中の魔素濃度が減っただけです。呼吸している内に、自然と大気中の魔素を吸い、回復していきますよ」
「そっか」
すぅはぁ、すぅはぁ。
僕は、深呼吸を繰り返す。
と、先生は苦笑なさる。
「焦らずに」
「え?」
「あまり早く呼吸していると、今度は血中の二酸化炭素が減り、過呼吸になってしまいますよ」
「あ……」
「ゆっくり、いつも通りに」
「うん」
僕は頷く。
クレティーナさんは、自分を背もたれにするように僕を抱える。
ムニュン
(ほわ……)
後頭部が最高級クッションに埋もれる。
ほ、本当、大きいね。
しかも、柔らか~♪
痛みも焦りも忘れてしまう。
美人先生は安心したように微笑み、妹の方を向く。
「パル」
「ん?」
「『魔素水』の小瓶を1本、持ってきてください」
「え、コイツに使うの?」
「ええ、早く」
「マジで~?」
言いながら、少女は廊下に消える。
(???)
しばらくすると、パルシュナは100ccぐらいの容量の青い透明の小瓶を手に戻ってくる。
姉に「はい」と渡す。
受け取り、
「さ、シーナ。飲んでください」
「え?」
「魔素の溶けた水です。胃腸からも魔素を吸収できるので、回復も早くなりますよ」
と、僕の手に握らせる。
(へ~、そうなんだ?)
まじまじ見つめ、
「ん、ありがとう」
と、礼を言い、小瓶の封を外す。
透明な水だ。
ゴクッ
と、飲む。
(……味はしないね。普通の水みたい)
そんな感想。
だけど、効果は如実で、
(あれ?)
飲んで数秒で、本当に頭痛が消えた。
僕は、目を丸くする。
「落ち着いたようですね、よかった」
と、笑うクレティーナ先生。
レオナックさんも「ふむ」と頷き、パルシュナは「あ~あ」と呆れたように言った。
同い年の少女は、僕を見る。
「1本、300リド」
「え?」
「アンタが今、飲み干した奴の値段」
「…………」
さ、3万円!?
(ええ、僕、今、そんな高い飲み物を飲んじゃったの?)
僕は愕然。
でも、クレティーナさんは柔らかく長い髪を揺らしながら、首を横に振る。
優しく微笑み、
「シーナのためなら、安いものです」
「…………」
いや、絶対、安くないと思う。
今更だけど、
(やっぱり、このお姉さん、僕に過保護だ……!)
と、確信する。
いや、嬉しいんだけど。
でも、気をつけないと、僕、この人にとんでもない負担をかけてしまう気がする。
僕、この人が好きだ。
だから、好きな人に迷惑かけたくない。
負担になりたくない。
(これから注意しよう!)
うん、と、1人頷く。
ジッ
と、見上げる。
見つめられ、お姉さんは「?」という表情をする。
ジ~ッ
「???」
「…………」
「あ、あの……シーナ?」
視線に戸惑い、なぜか彼女の頬が少し赤くなる。
僕は息を吐き、首を振る。
そして、
「ありがとう、もう大丈夫」
「あ、は、はい」
「クレティーナさんの献身に応えられるよう、僕、がんばるからね!」
と、宣言する。
彼女は驚いた顔になる。
レオナックさんも金色の目を瞬き、パルシュナは唇を尖らせる。
(よし、やるぞ)
僕は立ち上がる。
彼女は眩しそうに瞳を細め、
「はい、シーナ」
と、嬉しそうに笑った。
◇◇◇◇◇◇◇
――魔力を練る。
何度も、何度も……弱い流れを集め、大きくし、全身に満たす。
魔素欠乏症は、何度も起きた。
その度に、稽古は中断。
(すぅ、はぁ……)
と、落ち着いて呼吸する。
そして、過保護なクレティーナさんは「魔素水を」と妹に呼びかけ、僕は慌てて制止したりした。
さすがに何度も飲めないよ。
で、代わりに、
「では、横になりましょう」
「え?」
「心臓への負荷も減り、全身の血流が楽になります。その方が回復も早いですから」
「あ、うん」
「では、どうぞ」
ポンポン
正座した自分の膝を叩くお姉さん。
(え、膝枕?)
僕は唖然。
妹は呆れ、師匠は苦笑である。
一瞬、断ろうと思ったけれど、その気配だけで何だか凄く悲しそうな顔をされたので、素直に従うしかなかった。
ええ、うん。
(あ、温かくて柔らかい~)
至福の枕です。
彼女も嬉しそう。
「ふふっ」
飼い犬を撫でるように、頭を撫でられました。
そのまま数分、そして、再び練習だ。
成功率は、高くない。
あまりに上手くいかない時は、クレティーナさんに手伝ってもらう。
ドキドキ
毎回、顔が熱くなる。
そんな風に、練習を1日中繰り返す。
結論、
「ふむ、1分が限界か」
僕の『魔力纏い』の持続時間だ。
(うぬぅ……)
正直、3分が目安なのに悔しい。
今日1日で、何とか『魔力を練る』ことはできるようになった。
でも、持続しない。
すぐ乱れ、揺らぎ、魔力は霧散してしまう。
パルシュナは、
「やだぁ、才能ないわね~」
と、楽しげに笑う。
お、おのれ……。
でも、姉の方は、
「1日の練習でここまでできるなら上出来でしょう。この先は、日々の積み重ねだと思いますよ」
「ふむ、そうじゃな」
と、レオナックさんも同意する。
(うん、そうだね)
毎日、練習しよう。
そして、より繊細な魔力操作、持続時間の延長を目指すんだ。
と、そんな僕に、
「ですが、シーナ」
「ん?」
「練習は、決して1人ではやらないように」
「え……」
「急性で重度の魔素欠乏症になった時は、本当に危険なんです。私が付き添いますから、必ず声をかけてくださいね?」
「…………」
「ね?」
ズイ
端正な美貌を近づけてくる。
あ、圧が強い。
僕は「う、うん……」と頷くしかなかった。
彼女もようやく笑う。
妹の方は肩を竦め、レオナックさんは苦笑する。
そして、窓を見る。
「雨もやんだか」
(え?)
あ、本当だ。
空は夕焼けで、まだ雲は多いけど雨は止まっている。
芝生の水滴が夕日の光を反射し、庭は宝石を散りばめたように煌いていて、とても綺麗だった。
思わず、青い瞳を細める。
そんな僕に、
「明日は晴れそうじゃ」
「うん」
「今日まで、よくがんばったの」
「?」
レオナックさん?
突然の労いに、僕は戸惑う。
姉妹も、彼女を見る。
4日間、師匠を務めてくれた赤髪の美女は、笑う。
トン
僕の胸に人差し指を置き、
「明日が稽古最終日じゃ」
「え?」
「明々後日がクエスト当日じゃからの。明後日は休養日とする必要がある」
「あ……」
「だからの、明日はシーナの全力を出させる」
と、言う。
(全力……?)
僕は、目を瞬く。
レオナックさんは頷く。
そして、
「『光合成』を使い、今日までに覚えた剣技を全て試してみよ。素の自分との違いをよく実感するが良いぞ」
と、告げたんだ。




