040・クレティーナの槍
申し訳ありません、いつもの更新時間に遅れてしまいました(汗)。
本日の更新、第40話です。
よろしくお願いします。
日が暮れ、稽古2日目が終わった。
結局、僕の木剣がレオナックさんの触れることは、1度もないままの終了である。
(くそぅ……)
少し悔しい。
でも、これが現実だ。
シュゥゥ……
太陽が残っている内に、回復する。
葉っぱを光らせながら、
(今日、何回、回復したんだろう?)
と思ったり。
うん、もう覚えてないや。
実際、光合成がなかったら、何回か死んでいたかもしれない。
稽古、厳しい。
強くなるって、大変だ。
本日もレオナックさんは、このレヴィン姉妹の家で夕食を食べていくとのこと。
怪我を治した僕は、
(よし、料理、手伝おう)
と思ったけど、
「今日は構いません」
と、クレティーナさんにやんわりお断りされる。
(え?)
僕は、青い目を瞬く。
彼女は、
「シーナは、お風呂へどうぞ」
「…………」
「汗を流すのもそうですが、それ以上に心を休めてください。今日は、そちらの方が疲れているでしょうから」
「あ……」
驚く僕。
そのお姉さんは、優しく微笑む。
(……見抜かれてるなぁ)
怪我は治せても、心は治せない。
木剣で殴られ、骨を折られる痛み、恐怖の記憶はずっと残っている。
僕は、息を吐く。
クレティーナさんは、本当に自分のことを見てくれているんだな……と、少しくすぐったい気持ちだった。
「うん、ありがとう」
「はい」
僕らは笑い合う。
その様子に、レオナックさんも微笑んでいる。
一方、姉妹の妹の方は、「ふん、軟弱な心ね」と肩を竦めている。
(はいはい)
ということで、お風呂を頂く。
ザパァ
温泉、最高。
目を閉じると、今日の出来事が思い出される。
…………。
全然、通じなかったな。
当たり前だけど、僕の木剣は当たらず、レオナックさんの木剣は面白いように当たって、一方的にやられるだけの展開だった。
まぁ、最後、少しだけ考えるより先に身体が動くようにもなったから、
(少しは成長してるのかな?)
と、思えるけど。
でも、まだ駄目だ。
パシャッ
顔にお湯をかける。
もちろん、痛みや恐怖の記憶は残っている。
でも、負けない。
負けたくない。
(うん、明日は、もっとできるようにがんばろう!)
よし!
僕は、湯船の中で気合を入れる。
熱い湯に浸かりながら、何度もイメージトレーニングし、やがて、少しのぼせながらお風呂を上がったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「――強いって何だろう?」
夕食時、僕は呟いた。
全員、食事の手を止め、僕を見る。
パルシュナが言う。
「何、急に?」
「いや、ふと思って。今日1日、強くなろうと思ってたからさ」
「ふ~ん?」
「パルシュナは、何だと思う?」
と、聞く。
バクッ
彼女は、分厚いステーキ肉に噛みつく。
肉汁が滴る。
嚙み千切り、咀嚼しながら、
「生きる確率を上げる力でしょ」
と、言った。
ムグムグ ゴクン
飲み込み、
「弱ければ、死ぬわ。世の中、そうできてるの。だから、みんな、強くなろうとするんじゃない」
「…………」
なるほど。
(確かに、間違ってない気がする)
僕は頷く。
年上の2人は、顔を見合わせる。
レオナックさんが苦笑する。
「強さにも種類はあるが」
「ん?」
「まぁ、最もわかり易い強さは『暴力』じゃな」
「…………」
「暴力は、自分の願望を叶える有効な方法じゃ。善悪問わず、の」
「善悪問わず……」
「人々の安寧と平穏を守るため、騎士などが揮うのは善性の暴力じゃろう? 強き悪に立ち向かうため、弱き善が集まり、生まれたのが国家じゃしな」
「…………」
「善性の暴力を、人は『武』と呼ぶ」
と、武人の美女は言う。
(武……武力か)
彼女は笑い、
「我は『武』が好きぞ」
言うと、手にしたお酒のグラスを傾け、
ゴクゴク プハッ
と、息を吐いた。
(う~ん、幸せそう)
王国最強の1人であるレオナックさん――その自然体の姿に、僕は青い目を細めてしまう。
そして、最後の1人を見る。
目が合い、クレティーナさんは微笑む。
そして、
「強いの意味はわかりませんが」
と、前置きし、
「ただ、家族を守るために強くありたいとは思います」
「家族」
「はい」
彼女は頷く。
そして、妹と年上の友人を見る。
(ああ、うん)
僕は納得。
すると、その端正な美貌がこちらにも向く。
ん……?
(え? あ……)
その視線の意味を、ようやく理解する。
驚く僕に、
ニコッ
クレティーナさんは柔らかく笑う。
僕は、つい赤面してしまう。
(――不意打ちだ)
いや、もちろん嬉しいんだけど、でも、何だか居た堪れないような気持ち。
あ~、顔が熱い。
…………。
でも、強いの意味も色々だね。
3人全員、僕より強い人で、だけど、思う『強さ』は微妙に違うみたいだ。
じゃあ、
――僕が思う『強さ』は?
(…………)
何だろう?
今は、正直、わからない。
本当に強くなったら、その意味もわかるのかな?
強く……。
自分の手を見る。
剣ダコがある手。
きっと昨日より今日の僕の方が強くなっているはずで、明日は、もっと強い僕になるだろう。
(いつか……)
わかる日が来る?
強いの意味、強くなる意味、が。
ギュッ
幼い手を握る。
そんな僕の様子を、3人が見ている。
と、赤髪の美女が、
「シーナ」
「ん?」
「明日も実戦稽古を行う」
「あ、うん」
「じゃが、明日は我だけではなく、ティナとパルの2人とも戦ってもらうぞ」
と、言った。
(え?)
僕は驚き、姉妹も「え?」「へ?」と目を丸くする。
確認するように、
「私たちがシーナとですか?」
「マジで?」
「うむ」
3人のリーダーである美女は頷く。
僕を見て、
「我の剣だけでなく、様々な武器や使い手の特性を知れ。――その『強さ』の違いを、しかと体験するが良いぞ」
と、楽しげに言ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
日付が変わり、朝が来る。
稽古3日目だ。
(むにゃむにゃ……今日もがんばるぞ~)
目覚めた僕は、目を擦りながらベッドから起き上がった。
階下で、姉妹と朝食。
やがて、
カランカラン
玄関の鐘を鳴らし、レオナックさんが来訪した。
「おはよう、レオナックさん」
「おはようございます」
「おっはよ~」
「うむ、皆、おはようじゃ」
と、挨拶。
そして、全員で庭に集合する。
本日のレオナックさんは、いつもの木剣だけでなく、木製の槍と短剣2本も用意していた。
(おお、姉妹用だね)
姉妹は、それぞれの武器を取る。
ヒュッ ヒュオン
軽く試し振り。
ちなみに、姉妹の服装は、姉は長い髪を緩い三つ編みにし、薄手のシャツとロングスカートの普段着のままだ。
妹は、半袖シャツとハーフパンツ。
眼鏡を外し、紫色の髪はうなじの辺りで結んでいる。
僕も木剣を握る。
(ん……馴染む)
2日間、ずっと握り続けてきたもんね。
で、まずは準備運動。
そして、赤髪の美女が言う。
「今日はまず、ティナと戦ってもらう」
「うん」
「槍の間合いは遠い。その違いを体感するが良いぞ」
と、笑う。
(へ~? そんなに違うの?)
少し楽しみ。
でも、槍使いの当人は、
「本当にやるのですか?」
と、あまり乗り気じゃなさそう。
(あれ?)
レオナックさんは言う。
「当然じゃ」
「はぁ……」
「何じゃ、シーナのためぞ?」
「はい。ですが、可愛いシーナを叩き、痛い思いをさせるかと思うと……」
と、頬に手を当て、吐息をこぼす。
(あら……)
優しいお姉さん。
師匠は、
「おぬしな……」
と、呆れる。
妹の方も、同様の表情だ。
僕は苦笑し、彼女を見上げる。
「僕は大丈夫」
「シーナ」
「だから、お願い、クレティーナさん。僕と稽古して?」
と、頼んだ。
彼女は数秒、葛藤の表情を見せる。
やがて、
「わかりました。貴方が望むなら」
と、頷いてくれた。
(よかった)
これで稽古できる。
でも、本当、優しい人だね。
ただ、少~し僕に過保護な気がしないでもないけれど……気のせいかな?
ま、いいや。
ザッ
僕と彼女は、芝生の庭で対峙する。
距離は、約3メートル。
お互い、武器を構え、
「よし、始め!」
と、師匠が合図した。
僕は、正眼に木剣を構え、クレティーナさんを見据える。
(…………)
彼女は半身になり、木製の槍を水平に構えながら、穂先だけを僕に向けていた。
僕からは、穂先しか見えない。
お互い、距離は遠い。
相手が動かないので、僕は前に出る。
1歩、踏み出し――、
トン
瞬間、胸に穂先が当たった。
(――え?)
彼女の姿勢は変わらず、槍だけが伸び、その木の穂先が僕の心臓の位置に届いていた。
え、何これ?
僕は、唖然。
目の前の美女は、静かな表情だ。
槍が引く。
唖然としたまま、僕は突かれた自分の胸を触ってしまった。
(……っ)
ようやく、意味を理解する。
師匠が笑う。
「死んだの、シーナ」
「う、うん」
「よく覚えておけ。それが槍の間合いぞ」
「…………」
これが……?
(こんなに遠いの?)
剣じゃ、絶対に届かない距離である。
反則だ……。
しかも、今更だけど、クレティーナさんは最初から、僕からは槍の長さがわからないような構えをしている。
おかげで余計、目測もできない。
ゴクッ
これが、槍使いの槍術か。
いや、驚いてばかりもいられない。
(――僕は、この間合いの内側に入らないと攻撃できないのだから)
集中しろ。
覚悟を決め、行くぞ。
グッ
唇を引き結び、僕は再びクレティーナさんに挑みかかった。
…………。
…………。
…………。
約2時間、粘った。
でも、1度も、僕の剣はクレティーナさんに届かなかった。
(うぐぐ……)
悔しい。
何度挑んでも、槍に押し返される。
回り込んでも、槍の穂先は彼女を中心にして、常に僕に向き続け、逃げられなかった。
何回も槍を弾き、前に出ようとした。
でも、
シュッ
(あ……)
弾かれた槍は即引かれ、また僕の正面に置かれる。
引かれる前に距離を詰めたくても、彼女自身も素早く後方に下がるので、どうしても追いつけない。
打つ手がない。
しかも、
トン
彼女の槍は、凄く優しい。
木製の穂先は、柔らかく僕の胸や腹部に当たり、そのあと、グッと押し返されてしまう。
繊細な技術だ。
おかげで、怪我もない。
だけど、
(だからこそ、余計に心の方が傷つく……!)
気遣われてる。
戦う相手に、だ。
つまり、本気で戦う価値もない、と思われている。
わかってる。
僕が弱いのだ。
強さに差があり過ぎるのだ。
わかってるけど、
(辛い……っ)
骨折した方が、まだマシだ。
だから、
ドッ
自分から踏み込み、身体で強引に槍を弾く。
「!」
その時だけ、彼女は驚いた顔をした。
痛いけど、
(――よし)
槍の横を抜け、僕の剣の届く間合いに入った。
剣を振る。
と、その寸前に、
トン
(え?)
弾いた槍が回転し、石突部分が僕の胸に当てられた。
グン
押され、押し戻される。
(あ……)
驚きと共にバランスを崩し、後ろに転んでしまう。
ドタッ
尻もちをつく。
彼女を見上げる。
その時にはもう、木製の槍は更に回転し、再び穂先が前に戻っていた。
元の間合い。
最初の状態だ。
(…………)
理解する。
槍は、遠い間合いが主戦場。
だけど、間合いを潰された時の対処法も、ちゃんとあるのだ。
(あはは……)
僕は馬鹿だ。
間合いは関係なかった。
どの距離でも関係ない。
ただただ、想像以上に僕は弱くて、そして、彼女は強かったのだ。
(そうだよ)
思えば、彼女は普段着のまま。
しかも、動き辛いロングスカートで。
よく見れば、彼女の立ち位置も、最初からほぼ動いていなかったのである。
――完敗。
その2文字が頭に浮かぶ。
僕の様子に、目の前の槍使いの美女も気づく。
穂先を下ろし、
ニコッ
と、微笑む。
(ああ……)
柔らかな風が、その長い髪を揺らす。
太陽の光を背負い、輪郭が淡く輝く彼女は、本当に強くて美しい人なんだなと思ったんだ。




