039・心は折れない
稽古2日目――今日も朝からレオナックさんが来てくれた。
全員、庭に集合。
入念に準備運動したあと、
「よし、今日は防御を学ぶ」
と、師匠。
僕は「うん!」と頷く。
お互い木剣を構える。
「昨日の剣技を、我に打て」
「…………」
えっと、いいの?
練習用の木剣だ。
だけど、かなり固く重い。
当たれば、打撲どころか骨折、最悪、死んじゃうこともありそう。
と、見物人の姉の方が、
「シーナ」
「ん?」
「現状、レオにまともに剣を当てられる人物は、フィーンレイド王国に1人もいません」
「え……」
「同じ『金印』でも、ほぼ無理です」
「…………」
マジで?
僕は、目の前の赤髪の美女を見る。
彼女は笑う。
「で、あるな」
ひぇ……。
クレティーナさんも微笑み、「遠慮なくどうぞ」と促した。
(そっか)
考えたら、『光合成』状態の僕でもあしらわれたもんね。
心配ないか。
考えを改め、覚悟を決める。
人を攻撃するのは、少々、怖いけど……でも、強くなるためだから。
(やるぞ!)
僕は、木剣を構え直した。
美人師匠は、片手に木剣を下げたまま、自然体で立っている。
僕は踏み込み、
ヒュッ
上段から木剣を振り落とす。
同時に、赤い髪がなびき、彼女は半身になりながら、木剣の先を斜め下に向けたまま持ち上げた。
木剣がぶつかり、
シュルン
(へ?)
手応え、なし。
僕の剣先は、彼女の木剣の表面を滑り、地面に落ちる。
「受け流し」
彼女は言った。
僕は、唖然。
レオナックさんは笑い、
「もう1度じゃ」
「う、うん」
僕は頷き、再度、木剣を振る。
ヒュッ
今度は彼女の木剣は動かず、半歩下がった。
(!?)
当たる!?
思った瞬間、鼻先を木剣が抜ける。
…………。
また、唖然。
彼女は、
「見切り」
と、笑った。
今、剣先と鼻まで数センチしかなかった。
僕は、ゴクッと唾を飲む。
師匠は言う。
「もう1度じゃ」
「う、うん!」
再々度、促され、僕は木剣を構えた。
踏み込み、
ヒュッ
木剣を振り落とす。
瞬間、彼女は前に動き、
バキィン
(ほわっ!?)
木剣で、僕の木剣を弾いた。
強い衝撃で僕の手から木剣が飛び、見物していたパルシュナの前の地面に落ちる。
少女は「のひょっ!?」と驚いていた。
無手の僕に、
「弾き」
と、師匠は言う。
肩に木剣を当て、表情を崩す。
「と、まぁ、基本は3種じゃ」
「3種……」
「うむ。受ける、避ける、弾く。受けは、木剣での防御。避けは、木剣を使わぬ回避。弾きは、木剣での反撃じゃ」
「うん」
「次は攻守交替。やってみよ」
「うん、師匠!」
僕は頷く。
クレティーナさんが「はい、シーナ」と落ちた木剣を渡してくれる。
「ありがとう」
木剣を受け取る。
そんな僕に、レオナックさんは木剣を構える。
上段に持ち上げ、
「まずは、受け流し。――行くぞ」
と、告げる。
ヒュッ
直後、鋭く、でも、彼女にしては加減された攻撃が落ちてくる。
(今、見たように……!)
僕は慌てて、斜めに剣を上げる。
ゴッ
強い衝撃。
(……っ)
必死に力を込め、落ちてくる木剣を斜めに滑らせる。
お互いの剣が止まる。
くぅ……手が痺れた。
赤い髪の美女は、少し驚いた顔。
「ふむ、上出来じゃ」
「え?」
「初手ゆえ、流し切れず、当たると思うておったが……」
「…………」
「やるの、シーナ」
「ど、どうも」
と、会釈。
(え、当たると思ってたの?)
僕、怪我するじゃん。
彼女はあっさりと、
「怪我しても、治るしの。遠慮はせぬ」
「…………」
酷い。
いや、最短で強くなるためだし、実は理に適ってるけど。
(でも、酷い)
シーナ君の胸中は複雑だよ。
師匠は笑い、
「受け流しは、相手の重さをずらすため、必ず自身の身体を横にずらせ。今のは、ただの『受け』に近い」
「…………」
「そなたは小さい。圧で潰されるぞ」
「う、うん」
「受ける木剣の角度にも気をつけよ。浅ければ、流せぬ。深ければ、自身に当たる。適切な角度を覚え、意識せよ」
「わかった」
僕は頷いた。
覚悟を決める。
(レオナックさんは、間違いなく強い人だ)
その教え。
なら、多少の負傷も受け入れる。
いや、稽古なんだから、痛いことも当たり前だろう。
甘い考えは捨てよう。
(よし)
僕の表情を、彼女も見つめる。
笑い、
「よし、次は見切りじゃ」
「うん!」
師匠の言葉に、大きく頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇
レオナックさんは、僕の前で両手を伸ばし、木剣を真横に構える。
そして、言う。
「これが、我の間合いじゃ」
「間合い」
「うむ。これ以上は、攻撃が届かぬ。言い換えれば、この距離を保てば、そなたに攻撃は当たらぬ」
「あ、うん」
「ギリギリに立て」
「うん」
剣先まで、鼻先5センチの距離。
彼女は、
「――動くな」
言い、木剣を上段に構える。
鋭く、剣が落ち、
ボッ
(――――)
風圧が、顔全体に強く当たった。
木剣の先は、鼻の前を通り抜け、地面スレスレまで抜けている。
……もし。
もし当たれば、
(――死んでた)
そう感じる威力だった。
ゾゾッ
遅れて、恐怖が来る。
「見切りは、恐怖との戦いじゃ」
「…………」
「反面、成功した時には、相手に大きな隙が生まれ、絶大な反撃の好機となる。言うなれば、攻撃のための防御じゃ」
「うん」
「慣れれば、左右にも避けられるぞ」
スッ スッ
実演し、半身になりながら横に動く。
(ん、ああ動くのか)
見て、覚える。
レオナックさんは笑い、
「最後は、弾きじゃ」
「あ、うん」
「前に出て、木剣に木剣を当てる。理屈は単純じゃ」
「うん」
「大事なのは、相手の力が万全に乗らぬタイミングで、自身の力を充分に乗せた剣を当てること。さすれば、相手の体勢は崩れ、自然と弾ける」
「わかった、やってみる」
「よし」
僕らは、木剣を構える。
レオナックさんの木剣が上段に動き、一瞬、止まる。
(――今)
彼女の剣先が動く。
同時に、僕は踏み込み、交差するように自身の木剣を当てる。
バキン
甲高い衝突音。
(ぐっ)
レオナックさんの木剣は後方上空に弾かれ、半歩、下がる。
僕は、踏み込んだ位置のまま。
彼女は、目を丸くする。
「――見事」
賞賛の言葉。
何か『思わず出た』って感じの声だった。
(ふぅ)
僕は、息を吐く。
彼女は、ジッと僕を見る。
「そうか」
「?」
「そなた、目が良いの」
「え?」
「全ての防御において重要じゃが、相手の初動を読むのが実に上手い。これは、天性の才か……」
「…………」
凄く感心した顔。
(えっと……)
思わず、姉妹の方を見る。
姉の方は嬉しそうに『うんうん』と頷く。
同い年の妹の方は、僕が褒められたのが嫌なのか、渋~い表情だった。
……何でよ?
僕は、再びレオナックさんを見る。
彼女は言う。
「光合成がなければ、ただの子供と思うたが……これは、嬉しい誤算よ」
「…………」
「シーナ」
「うん?」
「ここからは、実戦形式で行く」
「実戦?」
僕は驚く。
彼女は頷き、
「好きに攻撃し、好きに防御せよ」
「…………」
「今のそなたは、真綿が水を吸収するようじゃ。型ではなく、実戦の中で学び、覚えてみせよ」
「う、うん」
「無論、気づいた点は指導するぞ」
と、笑う。
その金色の目が輝いている。
――期待。
僕の成長に?
(…………)
彼女の熱が伝わったのか、自然と胸が昂る。
僕は頷き、
「うん、お願いします、師匠!」
「うむ」
彼女も大きく頷いた。
(よ~し)
やるぞ、おー!
◇◇◇◇◇◇◇
気合は充分。
でも、気合だけで技術の差は埋まらなかった。
ガッ ゴッ
(ぐへっ)
師匠の木剣が、何度も僕を打ち据える。
痛い。
めっちゃ痛い。
多分、かなり加減してくれていると思うけど、全然、当たらないし防げない。
「止まるな、シーナ」
「うっ」
「本物の敵は、そなたの手足が折れようと構わず襲ってくる。負傷しても動き続けよ!」
「う、うん!」
ガキッ
直後、脇腹に直撃。
(あ、やば)
肋骨、折れた――そう直感する。
でも、動く。
よろめきながら、態勢を整え、木剣を構える。
師匠は笑う。
そして、追撃。
バキィン
木剣が弾かれ、足で足を蹴られ、地面に押し倒された。
首に、彼女の木剣が当たる。
「死んだの」
「うぅ……」
痛みと悔しさ、両方だ。
レオナックさんは木剣を引き、
「治療せよ」
「……うん」
僕は、葉っぱを出し、光合成で回復する。
シュゥゥ……
痛みが消え、体力も戻る。
(ふぅ)
でも、記憶は消えない。
激痛、恐怖、情けなさ、絶望感、様々な負の感情が心に残る。
師匠は言う。
「筋は良い」
「…………」
「今は見て、頭で考え、身体を動かしている。じゃが、やがて、見たら考えずに動ける」
「……反射?」
「そうじゃ」
彼女は頷く。
僕に手を出し、引き起こす。
グッ
手を繋いだまま、
「今は、1歩遅れる」
「…………」
「しかし、慣れれば追いつく。今は、その慣れの段階じゃ」
「うん」
「よし、続けるぞ」
手を離し、
ポン
軽く胸を叩かれた。
――心も鍛えよ。
言外の激励も聞こえた。
技術は負ける。
でも、心だけは負けるな。
彼女の視線と表情が、僕にそう伝えてくる。
(うん)
僕は頷き、木剣を構える。
…………。
…………。
…………。
何度も叩かれた。
骨も折れた。
自分の手足が、関節以外で曲がっているのは初めて見たよ。
悲鳴が出た。
涙も出た。
でも、
(泣き言だけは言うもんか)
と、歯を食い縛る。
強くなる。
強くなるんだ。
そう、自分に言い聞かせる。
でも、
――何のために?
痛みと苦しさの中で、そんな疑問が浮かぶ。
酷い苦痛だ。
そうまでして、なぜ、強くなりたいのか。
(生きるため)
そのために。
前世とは違う危険な世界。
目の前のレオナックさんは、人類の最強格。
でも、異世界の生物全体で見たら、きっと最強ではないだろう。
そんな世界で生き延びるためには……。
…………。
本当に?
彼女より弱い人もたくさんいる。
でも、生きてる。
本当に、強さが必要?
わからない。
バキン
悩む顎を、下から木剣が打ち上げた。
ドタッ
仰向けに地面に倒れる。
視界が揺れる。
(止まるな、動け)
頭が命じる。
――でも、何のために?
頭の中で、別の声が言う。
力が抜ける。
その時、
(あ……)
心配そうに僕を見ている『あの人』が視界に入った。
不安げな美貌。
両手を祈るように、胸の前で組んでいる。
美しい緑色の髪が風に揺れ、その紫水晶の瞳は、ただ真っ直ぐに僕のことを見つめていた。
「シーナ」
震える声が僕の名を紡ぐ。
(…………)
ググッ
僕は、木剣を支えに立ち上がった。
わからない。
でも、立とう。
――今はただ、クレティーナさんの前で情けない姿を見せない。
それでいい。
美人のお姉さん。
その前で、格好つけたいのは、男の子の本能だ。
(うん、まだまだ)
ギュッ
木剣を構える。
心は折れない。
師匠は、嬉しそうに笑う。
僕は、
「やぁああ!」
木剣を振り上げ、再び挑みかかった。




