038・基礎
稽古は続いた。
師匠曰く、
「苦しさの中で剣を振る経験も必要じゃ」
とのこと。
基本、光合成の回復は使わないで、疲労したまま木剣を振る。
ただ、
(痛っ)
時々、剣技の失敗をする。
木剣の重さに負け、手首を捻ったり、足首を曲げてしまったり、また肘や膝の関節を痛めたりと怪我もしてしまう。
集中はしてるつもり。
でも、し続けるのは難しく、ふと抜けてしまうのだ。
(ああ……そっか)
これが、レオナックさんの言う経験か。
疲労状態でいかに集中を保てるか、正しく剣技を出せるか、心の修行である。
怪我した部位は、赤く腫れる。
本来は、稽古中止。
でも、
(――治れ)
パアッ
葉っぱを生やし、光らせれば、あら、不思議。
すぐ治る。
で、稽古続行可能なのだ。
レオナックさんは笑い、
「普通は怪我させないように指導するのじゃが、その辺、そなたは遠慮せず、強度を高められるので良いの」
「…………」
そ、そうですか。
(かなり、きつめの稽古なのね)
と、今更、自覚。
でも、いいさ。
その方が、早く強くなれる。
実際、光合成で回復すると、肉体強度も上がっている気がする。
筋トレと同じ。
筋組織を破壊し、あえてより強く、太い筋組織として再生させる――僕は、その再生作業を数秒で完結させてしまえるのだ。
今は、まだ腕とか細いけど、
(いつか、ムキムキになるぞ!)
と、野望を抱く。
ちなみに、クレティーナさんは、
「私としては、今の可愛いシーナの方が好きですが……」
「…………」
そ、そ~お?
よ、よし、程々にしよう。
まだ子供だし?
筋力よりも、技術と速さを重視した肉体を目指そう。
(うん、やるぞ)
と、やる気をもらい、僕はまた木剣を振り続けるのだ。
…………。
…………。
…………。
やがて、日が暮れる。
太陽が、西の街並に消えかけている。
桶の水を食べたりして、ほぼ休みなく稽古をしてきたけれど、さすがに光合成の限界時間である。
夕暮れの空を見て、
「よし、今日の稽古はここまでじゃ!」
と、師匠が告げる。
(ぷはっ)
僕は、木剣を下ろす。
最後はかなり長時間、剣を振り続けた。
全身が熱く、汗まみれで、呼吸は荒く、心臓は早鐘みたいに鼓動している。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ドサッ
膝の力が抜け、地面に座り込む。
つ、疲れたぁ~。
そんな僕に、レオナックさんが笑い、
「今日は、よくがんばった」
クシャクシャ
汗まみれの僕の金髪を、その手で少し乱暴にかき回した。
(わっ?)
僕は驚く。
彼女は言う。
「今日、そなたは1つの剣技を覚えた。――じゃが、それは今後、全ての剣の基礎となるものじゃ」
「基礎……?」
「うむ」
頷き、彼女は自身の木剣を構える。
美しい正眼の構え。
木剣が上がり、
ヒュッ
完璧な動きで、真下へと振り落ちる。
と、次の瞬間、
ヒヒュン
下から斜めに斬り上げ、更に真横に剣が走った。
(――――)
僕は息を飲む。
流れるような動き。
一切の無理や淀みがなく、見惚れてしまうほどだった。
残心から、構えを解く。
僕を見て、
「剣を振る角度は違う。だが、基本は同じじゃ」
「…………」
「肉体操作、力加減、変化はあるが、ただの応用じゃ。基礎となる剣技さえ覚えておれば、全てできるようになる」
「全て……」
今の剣技も?
(僕が、使えるようになる?)
ドクン
鼓動が跳ねる。
自身の可能性を見せられ、何だか胸が熱くなった。
彼女は頷き、
「明日も鍛えるぞ、シーナ」
「はい、師匠!」
僕は、全力で答える。
レオナックさんも笑う。
そんな師弟の様子を、見守る姉妹もどこか微笑ましそうな表情で眺めていた。
――こうして僕、シーナの稽古初日は終了した。
◇◇◇◇◇◇◇
太陽が完全に沈む。
今夜は、レオナックさんもレヴィン姉妹の家で夕食を取っていくことになった。
「ま、今日ぐらいはの」
と、僕を見る。
(わ~い)
師匠も一緒だ。
よ~し、今日の夕食作りもがんばるぞ。
で、姉妹と台所へ。
手伝い中、野菜を水洗いしながら、ふと思う。
あれ?
(僕、水、食べてれば良いのでは……?)
食材、必要ないよね。
その方が食費かからないし、調理の手間もかからないし、なんて気づいてしまう。
手が止まる僕に、姉妹も気づく。
「シーナ?」
「どしたの?」
聞かれ、
(あ、うん)
と、事情を話す。
すると、2人は呆れた顔をした。
パルシュナが言う。
「アンタ、馬鹿なの?」
「え?」
「1人暮らしならいいけど、今、私らも一緒に住んでんのよ?」
「…………」
「1人、水だけで、私ら普通に食事? やめてよ、その光景想像するだけで、めっちゃ食事が不味くなるわ」
「…………」
た、確かに?
傍目には、虐待みたいか。
クレティーナさんも優しく笑う。
「せっかく同じ家に暮らしているのですから、食卓を囲む時は、皆、同じものを食べましょう」
「…………」
「私たちは今、家族ですから」
「家族……」
僕は、青い目を丸くする。
彼女は、穏やかな眼差しで僕を見つめる。
妹の方は、
「ふん、私は嫌だけど~」
と、横を向く。
嫌だけど。
でも、受け入れる――言外の声を感じる。
(…………)
馬鹿なことを思ったな、と、僕はさっきまでの自分の考えを改めることにしたのだった。
やがて、料理も完成。
本日は4人で、リビングで食事だ。
ちなみに調理中、レオナックさんは1人リビングで先に食前酒を楽しんでいた。
(酒豪ぉ~)
さすが師匠だ。
で、全員で夕食を頂く。
本日のメニューは、肉と野菜の炒め物、厚切りステーキ、バターライス、海鮮サラダ、アイスクリームといった感じ。
ハグッ モグモグ
(うん、美味い!)
いいお味だ。
やはり、水とは違う。
いや、水も美味しいんだけど、でも、前世の名残りか、口から食べるのはどこか一味違うのだ。
あと、周りを見る。
(うん)
姉妹と師匠がいる。
美味しそうに食べている周りの人がいると、より美味しく感じる。
家族、か……。
(えへへ)
何だか、心の中がくすぐったい。
そうして、4人で談笑しながら食事する。
話題はやはり、今日の稽古。
で、僕は聞く。
「そう言えば、3人とも違う武器だけど、やっぱり剣も使えるの?」
と、好奇心で。
3人は僕を見る。
赤い髪を揺らし、レオナックさんが頷く。
「うむ。『剣』は全ての武器の基本となる物じゃからの」
「基本?」
「世に多くの武器はあるが、1番多く使われるのはやはり『剣』じゃ。攻守に万能であり、万人に扱い易いとも言える。各国の騎士も使用する基本武器じゃしの」
「は~、そっか」
僕は感心。
姉妹も言う。
「私たちも、レオから最初に習ったのは『剣』ですよ」
「そうだったわね」
と、2人で頷く。
へ~?
(でも、今は違う武器なんだ?)
何で?
そう聞くと、
「ふむ、『利用目的』と『自身の戦い方』にあった武器を選んだからかの」
と、師匠。
(利用目的と自身の戦い方?)
僕は一瞬、目を瞬く。
赤毛の美女は、
「我の場合は『金印』ゆえ、大型の魔物討伐を依頼されることが多くての。結果、分厚い肉や骨、鱗を砕く破壊力を求め、『戦斧』を使うようになった」
「へぇ……」
対大型魔物用、か。
(なるほど、つまり、威力重視なのね?)
と、理解する。
姉妹の方も、
「私は、自身の戦法に合わせてですね」
「戦法?」
「日々の戦いの中、私は半径2メード程なら、他の誰より速く動ける自分に気づきました。なので、同じ長さの『槍』で遠い間合いから安全に、かつ確実に有利に戦えるようにしましたね」
「へぇ~、そうなんだ?」
「ふふ、瞬発力だけならレオにも負けません」
と、緑髪の美女は笑う。
うん、その笑顔から自信と自負を感じるよ。
(格好いいな)
妹の方も、
「私は、まだ子供だしね」
「え?」
「大人に比べたら身体が小さいし、だから、軽くて扱い易い『短剣』を選んだの」
「うん、そっか」
頷く僕に、
ヒュッ
手にした食事用ナイフを鋭く向ける。
薄く笑い、
「短剣の間合いは短いわ。けど、その分、相手の懐に入ったら絶対に負けないわよ」
と、宣言する。
(おお……)
彼女からも、強い自負心を感じる。
なるほど。
全員、自分を知り、その戦い方を確立してるんだね。
(凄いなぁ)
素直に感心だ。
師匠は、僕を見る。
キュッ
グラスの酒を飲み干し、
「まぁ、シーナはしばらく『剣』を使い続けよ」
「え?」
「先も言ったが、剣は基本じゃ」
「…………」
「学ぶ内、武器の理が見えてくる」
「理……」
「形状、長さ、重さ、全てに意味がある。要は特性じゃ。まず剣のそれを理解し、実感した時、初めて違う理を持つ武器を選ぶこともできるようになろう」
「うん」
僕は頷き、
「全ては、基本の上に、だね」
と、言った。
レオナックさんは、金色の瞳を丸くする。
すぐに笑い、
「うむ、そうじゃ」
と、楽しげに頷いた。
剣技を学んでいる時もそうだけど、物事、軸が必要になる。
全ての基準点。
だから、判断できる。
(今日の稽古も、その軸を作る作業だったんだなぁ)
無数の剣技。
その基準となる軸の技。
何も知らない僕に、彼女はそれを与えようとしてくれたのである。
師匠を見て、
「僕、これからも稽古、がんばるよ」
と、言う。
3人は、少し驚いた顔をする。
「そうか」
レオナックさんは笑い、
クシャクシャ
その手が、金色の僕の髪を撫でる。
パルシュナは肩を竦め、クレティーナさんは優しく頷いている。
やがて、食事も終わる。
食事後、しばらく談笑したあと、
「では、また明日の」
と、師匠は帰宅。
僕と姉妹は、去っていく背中を玄関で見送る。
そして、パルシュナも、
「ふぁ~、じゃ、私も寝るわぁ」
と、大欠伸。
暗い廊下を、自室へ歩いていく。
その背に、
「うん、おやすみ」
と、声をかける。
振り返らず、片手を振る少女。
やがて、姿が消える。
最後に残ったのは、僕と緑の髪の大人っぽいお姉さんだけだった。
そのお姉さんは、
「シーナ」
「ん?」
「剣の稽古は楽しいですか?」
「え?」
突然、聞かれた。
少し驚き、
「うん、楽しいよ」
と、素直に答える。
彼女は、優しく微笑む。
その白い手を伸ばして、僕の両手を握る。
(…………)
手の表面には、タコがある。
今日、できたもの。
『光合成』で何度も回復している分、すでに、かなり固い。
彼女の指先は、それを撫でる。
瞳を伏せ、
「きっと、シーナは強くなります」
「…………」
「ただ……今はいいですが、強くなることを目標にしないでくださいね」
「え……」
思わぬ言葉に、僕は驚く。
綺麗な紫水晶の瞳。
それが、僕を見る。
「――何のために強くなるか、それが大事です」
静かな声。
でも、何かを伝えたい声だ。
(…………)
僕も、彼女を見つめ返してしまう。
だけど、クレティーナさんはすぐにニコッと笑うと、僕の手を離した。
1歩下がり、
「では、おやすみなさい、シーナ」
と、言う。
(あ、うん)
僕も頷き、
「おやすみなさい、クレティーナさん」
と、答えた。
彼女はもう1度、笑みを深くすると、廊下を去っていく。
その背を見送る。
(…………)
何のために、強く……。
僕は、自分の手を見る。
クレティーナさんに撫でられた指の感触が、まだ残っていた。
ギュッ
その手を握る。
(――今日は、ゆっくり休もう)
で、明日も稽古だ。
そして、もっと強くなる。
階段を登り、自室のベッドへ。
ポフッ
横になる。
眠気はすぐに訪れた。
ただ……。
その暖かな闇の中で、クレティーナさんの言葉が不思議と僕の心の中には残っていたんだ――。




