037・シーナの稽古
「まずは、我を真似よ」
レオナックさんはそう言うと、僕の前に立ち、自身の木剣を正面に構える。
スッ
綺麗な姿勢。
重心が整っているのか、凄く安定感を感じる。
剣先は、胸の上の高さ。
剣自体は、身体の中心線に真っ直ぐ沿っている。
(よし)
僕も構える。
こう、かな?
僕の構えを見て、師匠は頷く。
ん、合格らしい。
すると、
「次は、剣を上げ、落とすように振る」
と、構えを上段へ。
所作が美しい。
一切、ブレがない。
と、剣が落ち、
ヒュッ
木剣なのに空気が斬れた――とわかった。
(う、わ……)
背筋が震えたよ。
何、今の……?
構えは静止しているのに、剣だけ異常に速く、けれど、正確無比に真っ直ぐな線で振り抜かれた。
その美しさにゾクゾクする。
残心を終え、
「さぁ、シーナ」
「あ……う、うん」
促される。
1度、深呼吸し、集中する。
木剣を持ち上げ、
「えいっ」
気合と共に、振り下ろした。
ビュッ
(う……?)
剣先が重い。
ピタッと剣が止まらない。
地面スレスレで止まり、慌てて正眼に構え直す。
…………。
ど、どうでしょう?
師匠を見る。
彼女は「ふむ」と呟いた。
「悪くはない」
(お?)
僕は喜び、
「じゃが、無駄な力が入り過ぎじゃ」
「え……?」
「まず剣の握り。右手の親指、人差し指が要。他の指は支えと制御のためのもの。全部の指で、全力に握る必要はない」
「あ、う、うん」
「次、姿勢」
「…………」
「前足の爪先は、常に目標の方へ。重心も前後左右に平行移動させ、上下には揺らすな」
「うん」
「最後は意識じゃ」
「意識?」
「そなた、剣を振る時、何をイメージした?」
「え?」
何をイメージ?
(いや、何も……)
ただ、動作を真似ようとしてただけで……。
僕の表情から、彼女は察する。
そして、言う。
「剣を振る時は、常に何かを『斬る』イメージをしろ。ただ振るだけでは意味がない」
「あ……」
「動きと共に、意識も鍛えよ」
「…………」
「わかったの?」
「うん、師匠」
僕は頷いた。
彼女も満足そうに頷く。
「今は筋力が足りぬ。ゆえに、剣も身体も思い通りに動かぬじゃろう。じゃが、焦らずに繰り返していけ」
「うん」
「よし、今の剣技を反復せよ」
「うん!」
強く答える。
そして、木剣を再び構え、
(――敵は、小鬼)
と想像し、振った。
ビュッ
幻の小鬼が、斬られる。
同時に、
「続けよ」
「うん!」
師匠の声に、再び木剣を振る。
ビュッ
同じ動きを繰り返す。
シュボッ
何度も、何度も。
ボッ ビュン シュッ
でも、毎度、風切り音が違う。
軌道がズレる。
(難しい!)
それを痛感する。
そして、繰り返す内、肉体が悲鳴を上げ始める。
踏ん張る足が痛い。
剣を握る手が、振り抜く腕が、支える肩が軋む。
(~~~~)
歯を食い縛る。
見ている師匠の声も飛ぶ。
「1本1本、丁寧に!」
「うん!」
「素振りのための素振りをするな。斬るための素振りをせよ!」
「んっ!」
「よし、今のは良かったぞ!」
「……っ!」
段々、返事をする余裕がなくなる。
痛い、苦しい。
でも、集中。
1振り、1振りを丁寧に、目の前の小鬼を斬るつもりで振る。
(ぜっ、はっ)
息が辛い。
幻の小鬼を何十匹、何百匹倒したか。
もう……限界……。
と、思った時、
「止め!」
師匠から、停止の声がかかる。
(ぷはっ)
大きく息を吐く。
彼女は言う。
「1分、休憩じゃ」
「う、うん……はぁはぁ」
「その間は、我が剣を振る。目で見て、覚え、正しい動きを頭の中に焼き付けよ」
「え……?」
「行くぞ」
赤髪の美女は、木剣を構える。
(!)
途端、周囲の空気が変わる。
重く、静謐に。
美しい所作で木の剣が持ち上がり、霞むように振り落とされる。
ヒュッ
切断される空気。
実際に振ったから、わかる。
――神業だ。
ただ剣を振る、それだけの動作なのに、完成された何かだと感じる。
何1つ、無駄がない。
欠けた要素がない。
逆に余計な虚飾もない。
完全無欠、完璧な剣の技。
ヒュッ ヒュッ
彼女は――レオナック・オルンという赤髪の女の人は、それを再映像のように何度も繰り返していく。
でも、1度も乱れない。
永遠に、至高の剣技が続く。
ああ、凄い。
(この人は、どれだけの高みにいるんだろう?)
そう思った。
だから、震える。
自分の幸運に。
こんな凄い人が師であることに。
その姿を見て、僕は初めて師匠のことを、本当の意味で『師匠』だと認識したのだ。
◇◇◇◇◇◇◇
1分間の休憩が終わる。
目での稽古を終え、僕は再び木剣を振った。
ビッ ビュン
音は乱れる。
でも、心の中に指針ができた。
(レオナックさんの剣を……あの剣技を目標にするんだ!)
僕は集中する。
1本、1本、丁寧に。
心の中に師匠の姿を思い描き、自分に重ね、幻の敵を斬る。
無心に、斬る。
…………。
…………。
…………。
どれだけ時間が流れたか。
あれから何度か1分間の休憩を挟み、師匠と交代しながら素振り稽古を続けた。
僕は、木剣を振る。
ビッ ビッ
風切り音が安定してきた。
(はぁ、はぁ)
手足が重い。
関節などの各部が痛い。
息も苦しい。
でも、
(――何か、掴めそう)
そんな手応えがある。
だから、僕は無我夢中で木剣を振り続ける。
と、その時、
ズルッ
(!?)
突然、手の中で木剣が滑った。
振り抜いた勢いに負け、木剣がすっぽ抜け、遠い芝生の地面に飛んでいってしまう。
剣先が地面を弾き、芝草と土が散る。
ガララン
木剣が転がる。
師匠が「む?」と呟いた。
見物していたパルシュナも「も~、何やってるのよ?」と呆れた顔で言う。
同時に、
「シーナ!」
バッ
縁側に座っていたクレティーナさんが立ち上がった。
焦ったように、僕の方へと駆け寄る。
(え?)
驚く僕。
彼女は青い顔色で、
グッ
僕の両手首を掴み、左右の手のひらを上に向けた。
(あ……)
真っ赤だ。
皮膚が破け、血塗れだった。
多分、複数の豆が同時に潰れてしまい、その出血で木剣が滑ったのだろう。
理解した途端、
(あ……イタタタッ!?)
急に痛みが生まれる。
きっと、もっと前から痛かったはずだけど、集中し過ぎて気づかなかったみたいだ。
ひぃ~。
3人の女性陣も覗き込み、
「うわ、痛そ~」
「ふむ、派手に潰れたの」
と、表情をしかめる。
クレティーナさんは心配そうに言う。
「今日の稽古は、ここまでです」
「え?」
「さぁ、手を洗い、消毒しましょう。手当をしますので、こちらへ」
グイッ
と、家へ引っ張ろうとする。
わ、わ?
(ま、待って)
僕は慌てて、
「だ、大丈夫。まだやるよ」
と言う。
その宣言に、3人は驚いた顔をする。
心配性のお姉さんは、長い緑色の髪を散らして首を左右に動かした。
「いけません」
「でも」
「痛む手で剣を振っても、正しい型は覚えられません。何より傷から雑菌が入り、余計に悪化したらどうするんですか?」
「…………」
「さぁ、手当てを」
グイッ
また引っ張られる。
ち、力、強い。
僕は必死に抵抗し、
「だ、大丈夫だから!」
と、言った。
(目の前で何回もやってるのに、何で忘れるのかなぁ?)
と思いつつ、
ニョキ
頭に葉っぱを生やす。
太陽光を吸収し、光合成が始まる。
パアッ
2枚の葉が光り、
(――治れ)
念じると、
シュウウ……
両手の皮膚が再生し、傷が治っていく。
3人は目を見開く。
(ん)
約5秒で完治。
僕は頷き、
「ほら、ね?」
「…………」
「太陽があれば、僕、傷が治せるんだよ」
「…………」
「あと疲労も消えるし」
と、笑う。
クレティーナさんは、そんな僕の手首を握ったまま茫然としていた。
治った手のひらを凝視。
「…………」
やがて、自身の手を離し、その白い指が確かめるように僕の手のひらを撫でる。
僕を見て、
「……痛みは?」
「ないよ」
治ってるもん。
(あ、そうだ)
僕は思いつき、
「あの、もしよかったら、桶にお水、入れてもらっていい?」
「桶に水?」
「うん、食べるから」
「……は?」
「空腹だと力、出ないでしょ。でも、水があれば、僕には食事になるからさ」
「…………」
彼女は、僕を見つめる。
いや、よく見たら、他の2人もクレティーナさんと同じ表情だった。
(え、何?)
どうしたの?
3人の様子に、僕は戸惑う。
すると、少女が、
「アンタ、本当、反則ね……」
と、呟いた。
レオナックさんは苦笑する。
「そうか。いや、そうであったの」
「…………」
「しかし、怪我と疲労が消える、か。これは、思った以上に負荷を強めても良いかもしれぬな」
「???」
彼女は1人、何度か頷く。
やがて、顔を上げ、
「よし、シーナ。稽古を続けるぞ」
「あ、うん!」
当然だ。
木剣の柄の血を洗い流し、改めて握り直す。
ギュッ
(うん、痛くない)
頭の葉っぱも消す。
痛み、疲労、全てがない。
稽古を始める前と同じ状態で、でも、身体は動きを覚えている。
(よし、やるぞ)
剣を構える。
えいっ!
ヒュボッ
今までより鋭い音と動き。
僕は心身の健康を取り戻し、再び稽古に没頭する。
3人が、それを眺める。
でも、クレティーナさんはまだ茫然とした表情のままだった。
と、師匠が近づき、
「ティナ」
「あ……」
「桶に水を頼む」
「はい」
「気持ちはわかる。我も驚いた」
「…………」
クレティーナさんは答えない。
美しい紫色の瞳は、ただ無心に木剣を振る僕のことを見つめていた。
その視線を、レオナックさんも追う。
その紅い唇が笑みを生む。
静かな、でも、熱を秘めた声で、
「――シーナは、強くなるぞ」




