035・シーナの欠点
姉妹の家に到着した。
全員、庭の水道で、装備の泥や血の汚れを落とし、綺麗な布で水分を丁寧に拭き取る。
僕の旅服の汚れも、濡れた布と乾いた布で拭く。
折れた小剣は、
「再利用はできぬ。処分じゃな」
とのこと。
(……そっか)
短いお付き合いだった。
何だか申し訳ないような、寂しい気持ち。
やがて、全員、家に入り、各人の部屋――レオナックさんはもう1つの客間――で装備を外し、リビングに再集合した。
家主のお姉さんは、また若女将に変身。
割烹着を着け、
「では、夕食を作りますか」
「うん、手伝うよ」
「私も! 今日はやるわよ!」
と、3人で台所に立つ。
レオナックさんは微笑みながら、その様子を眺める。
すると、気を利かせたクレティーナさんが小さな果実酒の瓶を1つ、彼女に進呈した。
「食前酒にどうぞ」
「おお、すまんな」
赤毛のお姉さんは嬉しそう。
グラスで、1人晩酌を始めた。
(う~ん、お酒好きだねぇ)
と思いつつ、僕の方は夕食作りをがんばる。
今回は、お米担当。
冷水で洗い、研ぎを2度繰り返し、計算した水を張る。
で、30分~1時間、放置。
その間に、同じく冷水で各種野菜を洗い、
「はい、パルシュナ」
「オッケー」
手渡すと、少女が包丁でザクザク切っていく。
(へ~?)
意外と手際がいい。
皮を剥いたり、痛んだ部分を取ったり、飾り付けたり、実に上手。
僕の視線に、
「ふふん♪」
と、ちょっと得意げになったのはご愛敬。
若女将、もとい、クレティーナさんは微笑みながら、メインらしいお肉の方を調理する。
適切なサイズに切り、塩、胡椒で下味をつける。
やがて、一部の野菜を加え、フライパンで一緒に炒めていく。
他の野菜は、スープになる模様。
僕は、
(もういいかな?)
と、お米の鍋を火にかける。
10分ぐらいで沸騰させ、火を弱め、15分ぐらいしてから消火。
更に10分ぐらい蒸らす。
クレティーナさんは、肉と野菜の炒め物とコンソメスープを作りながら、隙間で果実の皮を向き、切り分ける。
クリームも用意。
やがて、料理が出来上がる。
パルシュナが食器を用意し、姉が各種料理を盛り付けていく。
(――うん、完成)
本日のメニュー、オーク肉と野菜入りの炒め物と根菜のコンソメスープ、炊き立て白米、デザートにフルーツ盛り合わせクリーム付きだ。
リビングのテーブルに運ぶ。
「おお、美味そうじゃの」
お酒でほんのり頬の赤いレオナックさんが目を輝かせる。
(うんうん)
僕もそう思う。
全員で食卓に着き、果実酒、果実水のグラスを持つ。
赤毛の美女がグラスを掲げ、
「皆、今日もよくやった。特にシーナはがんばったの。――では、今回のクエスト達成、無事の帰還を祝い、皆、乾杯じゃ!」
「あ、うん。乾杯」
「はい、乾杯です」
「かんぱ~い!」
チチチン
と、グラスを合わせる。
(ん、甘い)
甘口の果実水だ。
そして、全員で料理を食べる。
モグモグ
お米、少し焦げたのもあるけど、うん、芯もないし、悪くないんじゃないかな……と、自己採点。
3人も、普通に食べてくれている。
(よかった)
と、ちょっと安心。
他の料理は、もちろん美味しい。
クレティーナさんは、本当に料理上手なんだなと思う。
談笑しながら、お食事タイム。
姉妹は相変わらず、2~3人前、食べている。
ちなみに、レオナックさんの食事量は普通だけど、ただお酒のグラスが空く速度が早い。
(う~ん)
大食漢の姉妹に酒豪のお姉さん。
ま、いいか。
僕自身は、マイペースで食事する。
やがて、お皿の料理も減っていき、クレティーナさんが食後用のお茶を淹れてくれた。
至れり、尽くせり。
緑茶……かな?
ほんのり緑で、香ばしい匂い。
(ん……)
温かく、ホッとする味。
心地好い渋みが、口の中に残った料理の味をすっきりしてくれる感じ。
3人もお茶を飲む。
そして全員、吐息をこぼす。
和やかな団欒ムードだ。
そんな中、
「――さて」
と、レオナックさんが呟いた。
(ん?)
彼女は、静かな表情で僕を見る。
視線に何かを感じる。
瞬間、不思議な緊張が走り、僕は無意識に背筋を伸ばした。
姉妹も気づく。
赤髪の美女は、テーブルに湯呑を置く。
「シーナ」
「う、うん」
「今回のクエスト、よくがんばった。じゃが、同時にそなたの欠点も見えての」
「欠点?」
「うむ」
彼女は頷き
「その欠点、放置すれば死ぬかもしれぬ」
と、続けた。
◇◇◇◇◇◇◇
(死ぬかもしれないほどの欠点……?)
何だろう?
僕は戸惑う。
と、パルシュナが口を開く。
「でも、コイツ、1人で小鬼20匹を倒したわよ? 結果は出してると思うけど?」
「結果はの」
レオナックさんは頷く。
でも、言葉は続き、
「じゃが、内容が問題じゃ」
「内容……」
「小鬼を斬る中で、シーナは小剣を折った。なぜ、折れたと思う?」
と、聞かれる。
僕は、咄嗟に答えられない。
でも、代わりに、パルシュナが半笑いで言う。
「馬鹿力のせいでしょ?」
(あ……)
うん、そうだ。
あの時、確かに『光合成』で、全身の力が強くなってたもんね。
僕も、納得。
だけど、
「それは、理由の半分じゃ」
と、レオナックさん。
(半分?)
「あの小剣は中古ではなく、新品じゃ。量産品とは言え、普通、小鬼20匹を斬ったとしても折れはしないものじゃ」
「…………」
「じゃが、小剣は折れた」
「うん」
「その答えは、シーナが正しく使わなかったからじゃ」
「正しく?」
僕は、青い目を丸くする。
少女も驚き、僕を見る。
と、今まで黙っていた少女の姉が言う。
「剣の刃は正しい向きで当て、きちんと引かなければ斬れません。シーナは、それができていませんでした」
「…………」
「でも、実際、小鬼は斬られましたね?」
「う、うん」
「それは、実は斬ったのではありません。刃が正しく使われないまま、シーナが腕力で強引に裂いただけなのです」
「……え?」
「腕力が強い分、負荷は凄まじい。だから、あの小剣は折れました」
「…………」
僕は、言葉もない。
赤毛の美女は頷き、
「――つまり、シーナは剣技を知らぬ素人ということじゃ」
と、断言した。
(うん、確かにそうだけど……)
でも、今更だ。
「問題はの」
と、彼女は続ける。
「そんな素人が、小鬼20匹を倒せたという事実じゃ」
「え?」
「その事実が、認識を歪める」
「…………」
「素人ながらのその強さ。本来は称賛すべきものじゃろう。じゃがの、その強さはシーナ、おぬしの頭に『葉っぱ』が生えている時だけのものではないかの?」
「!」
僕はハッとした。
その反応に、彼女は「やはり」と呟く。
神妙に、
「しかも、その葉は、太陽の光がないと光らぬな?」
「う、うん」
バレてる。
でも、どうして?
僕の表情で察したのか、
「森を歩く時、日向と小蔭で光り具合に差があった。もしやと思うての」
と、あっさり言う。
僕は、唖然だ。
(何、その洞察力?)
この女の人、ただ強いだけじゃない。
状況から真実を推察する観察力も優れている――これが、王国最強の『金印の冒険者』ってことなのか。
気づいてなかった少女も、驚きの表情だ。
レオナックさんは確認する。
「光らぬ時は、力が出せぬ――違うか?」
「ううん、合ってる」
僕も正直に答える。
彼女は、嘆息した。
「やはりか」
「…………」
「シーナ、そなたの欠点はそれじゃ」
「…………」
「冒険者の活動は、多岐に渡る。その活動場所や時間は、地下の遺跡や洞窟、夜間など、太陽のない状況も多く、当然、その状況下でも魔物との戦闘などは起きうるものじゃ」
「うん……」
「じゃが、その時のそなたは、剣技を知らぬ素人の子供でしかない」
「…………」
責める声ではない。
でも、心に刺さる言葉だった。
パルシュナも「マジで……」と唖然と僕を見ている。
クレティーナさんは気づいていたのか、少しだけ痛ましげな表情をしていた。
赤毛の美女が言う。
「今日はようやった」
「…………」
「じゃがの、あれはシーナ本来の実力とは言えぬ。そして、自分を正しく認識せねば、いつかそなたは命を落としかねぬ」
「…………。うん、そうだね」
認めざるを得ない。
太陽の光。
それが、僕の強さ――光合成には必要だ。
夜間や洞窟、地下での活動を控えても、世の中、不測の事態はいくらでも起きるだろう。
もし、天気が急変し、太陽が雲に隠れたら?
予定よりクエストが長引き、夜が訪れたら?
僕は、無力になる。
(ああ、そうか)
ようやく、わかった。
――僕は弱い。
仮初の強さで、勘違いしていた。
そして、レオナックさんはそれを見抜き、だから、注意してくれたんだ。
(恥ずかしいな……)
赤面だ。
同時に、落ち込む。
3人は、僕を見つめる。
やがて、
「理解したならば、それで良いのじゃ」
と、少し優しく言われた。
僕は顔を上げる。
レオナックさんは笑い、頷く。
「その力は、大きな武器じゃ」
「武器……」
「武器ならば、使えば良い。ただ、武器の優れた力を己の力と勘違いしないことよ」
「あ……」
「正しく知り、使え。良いの?」
「うん」
僕は頷いた。
その通りだ。
(凄いな、レオナックさん)
大人として、先達として、僕を導こうとしてくれる。
本当に格好いい人だ。
クレティーナさんも優しく笑っている。
と、その妹が、
「でも、不安定な武器よね。正直、仲間として信用し辛いわ~」
と、ぼやく。
(う……)
相変わらず、鋭い言葉のナイフ。
赤髪の美女が苦笑する。
「武器は信じるな。シーナを信用しろ」
「コイツを~?」
「そうじゃ」
「無理よ。素人の子供なんて、もっと信用できないわ」
と、断言。
痛い痛い、心が痛い。
(本当、君、容赦のない子だね?)
僕、泣くぞ。
だけど、
「当然じゃ。じゃからこそ、素人ではなくす」
と、レオナックさんは答えた。
(え?)
「え?」
僕とパルシュナは目を見開く。
少女の姉が言う。
「忘れてはいけませんよ、パル? 今のシーナと同じ素人だった私たち姉妹を、1人前の冒険者まで鍛えたのは誰ですか?」
「あ……」
妹は、口を開ける。
豊かな赤い髪を揺らし、レオナックさんが頷く。
「休みは、まだ6日ある」
「…………」
「その間、シーナを鍛える。1人前とは言わぬが、まぁ、半人前ぐらいにはしてやろう」
「!」
僕は、青い目を瞠る。
(いいの?)
視線で問いかける。
王国最強の一角である美女は、頼もしく頷いた。
「我は厳しいぞ? 覚悟せよ」
「う、うん!」
ガタッ
椅子から立ち上がり、
「よろしくお願いします、師匠!」
ピシッ
と、深くお辞儀。
3人は目を見開き、「師匠?」と赤毛の美女が呟いた。
姉妹は顔を見合わせる。
そして、苦笑。
「よかったですね、レオ。可愛い弟子ができました」
「ふむ、まぁ良いが」
と、師匠は若干、微妙そう。
でも、その様子に、パルシュナはおかしそうに笑っている。
そして、僕を見て、
「ま、がんばんなさいよ、チビシーナ。稽古が辛いからって逃げたら承知しないからねっ?」
と、珍しく激励してくれる。
(もちろん!)
僕は頷いた。
自分自身の力、転生チートを抜きにした本当の実力を成長させるのだ。
気合の入った僕は、
ギュッ
両手を握り締める。
よ~し、
(絶対、強くなるぞ!)
と、その食卓の席で、固く心に誓ったんだ。




