032・追跡
(ん……)
周囲は木々の世界だ。
転生した時の森と比べ、木々の背は低く、普通な感じがする。
でも、何だろう?
(なんか……落ち着く)
頭に『葉っぱ』が生えてるからかな?
周囲の植物たちも、不思議と自分を歓迎してくれているように感じられたんだ。
トッ トッ
3頭の狗竜は、ゆっくり森を進む。
やがて、
「ふむ。ここが目撃された場所か」
と、竜が止まった。
周囲を見るけれど、土と草と木々があるだけの場所――魔物の姿は現在なかった。
全員、狗竜の鞍を降りる。
(よっ)
僕も、地面に着地。
パルシュナが言う。
「さすがにいないか。……探索しないと駄目ね」
「ですね」
姉も頷く。
そして、僕を見る。
「シーナ」
「ん?」
「ここから小鬼を探します」
「あ、うん」
「ですが森は広いので、闇雲に探しても見つかりません。なので、まず痕跡を探します」
「痕跡?」
「はい」
頷き、彼女は地面にしゃがむ。
(?)
何かを探すように、ゆっくりと視線を巡らせ、
「ありました」
(え?)
彼女は立ち上がると、槍の石突部分で地面を示した。
土に、小さな窪みがある。
「足跡です」
「えっ?」
これがっ!?
僕は唖然。
だって、ほんの少し地面が凹んでいるだけ。
幅だって、数センチ。
(こんなの、普通、気づかないよ)
でも、レオナックさんもパルシュナも「ふむ、そうじゃな」「見つかったわね」と納得した顔をしている。
ええ~……。
呆ける僕に、
「冒険者は、狩人でもあります」
「…………」
「魔物の痕跡を見つけ、追い、魔物を発見し、狩る。――そうした技術、知識も必要になりますよ」
「……うん」
僕は頷き、彼女を見る
「わかった」
と、もう1度、言った。
クレティーナさんも微笑む。
そして、
「足跡は続いています。どちらに進んだか、わかりますか?」
と、聞かれた。
(ええっと……)
僕も地面を見る。
土の上には、無数の凹凸がある。
どれが足跡か、判然としない。
ただ、足跡と似たような窪みが、ある程度、等間隔に茂みに続いている……ように思う。
僕は指差し、
「あっち?」
「正解です」
クレティーナ先生は微笑んだ。
(ほっ)
僕、安堵。
彼女の槍の石突が、今度は茂みの草を示す。
「見てください。ここ、枝が折れているでしょう?」
「あ、うん」
「小鬼が通った跡です」
「へ~?」
「魔物を追う時は、地面だけでなく、周辺の草木の状態も確認しましょう。色々情報が残されていますから」
「うん」
僕は頷く。
と、レオナックさんが、
「見つからぬ時は、まず水場を探すとよい」
「水場?」
「川、池、湖。魔物も生き物じゃから、生きるために水分を必要とする。水場の周辺では、高確率で痕跡が見つかろう」
「はぁ~、そっか」
勉強になるね。
(さすが、先輩)
僕は、2人の冒険者を尊敬の眼差しで見てしまう。
と、同い年の少女も、
「追う時には、風向きにも注意するのよ」
「風向き?」
「なるべく、風下から追うの。じゃないと、匂いで魔物に気づかれることも多いから」
「え、そうなの?」
「そうなの。奴らの鼻は、人間より敏感よ」
「……そっか」
「下手すると、待ち伏せされて奇襲を受けるわ。で、負傷して、クエスト失敗する赤印冒険者、いっぱいいるのよ」
「そうなんだね。うん、注意するよ」
僕は頷いた。
彼女は肩を竦め、
「は~、素人の面倒見るのは大変ね~」
とか言う。
(……の、割には、結構、得意げに見えるよ?)
内心、苦笑し、
「ごめんね。でも、パルシュナがいて頼もしいよ」
と、伝える。
彼女は、
「…………。そ、そう?」
と、一瞬だけ嬉しそうな顔をした。
気づいたのか、年上の美女2人は少女の後ろで声を出さずに苦笑している。
彼女は、
「ま、仕方ないわね!」
と、ツ~ンとそっぽを向く。
う~ん、
(本当、ツンデレだな~)
と思いつつ、「うん、よろしくね」とお願いした。
そして、少女の姉が、
「では、痕跡も発見しましたし、シーナを先頭に追跡を開始しましょうか」
と、言い出す。
(あ、僕、先頭?)
驚き、そして、思い出す。
確か、僕がどこまでやれるか知りたい、とか言っていたっけ。
つまり、
(今回のクエストは、ある種の試験でもあるのか)
今更、理解する。
3人の視線が集まる。
僕は、深呼吸。
「わかった。でも、今、誰もいないし、葉っぱも出していい?」
と、確認する。
姉妹は、リーダーの美女を見る。
彼女は頷く。
「よかろう。それもシーナの能力じゃ」
と、許可してくれた。
(よかった)
僕は安堵し、
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて――」
と、頭に意識を向ける。
ニョキ
金色の髪の中から、2枚の葉っぱがYの字のように生えてきた。
ん……。
太陽の光を感じる。
キラキラ
無意識に光合成が始まり、自然と葉が光る。
3人の視線を感じる。
「ふむ……」
「本当、変な葉っぱね」
と、2人が呟き、
「ですが、とても綺麗です。まるで天使の輪のようで……」
と、1人が言う。
(…………)
少し照れ臭いな。
僕は、誤魔化すように笑い、
「じゃ、行くね」
と、宣言すると、彼女たちの先頭に立ちながら、草の茂みの方に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
3頭の狗竜はその場に残し、僕らは森の中を進んだ。
狗竜は頭がいい。
主人の指示があれば待機し、笛を吹けば戻るよう訓練されているとか。
(凄いね)
感心し、安心して森を歩く。
歩きながら、
(やっぱり、『葉っぱ』は凄いなぁ)
とも感じる。
足が軽い。
目がよく見える。
全身の感覚が鋭敏になった感じ。
おかげで、さっきまでわかり辛かった足跡などの痕跡も、はっきり認識できている。
(ここは……うん、こっちだね)
迷いなく進む。
後ろの3人も、少し驚いた表情だ。
「覚えが早いですね」
「ふむ。もう少し迷うかと思うたが……」
「さ、最初だけでしょ」
と、声がする。
しばらく進むと、痕跡が消えた。
足跡も、踏まれた草も、折れた枝もなくなってしまう。
(えっと……)
どうしよう?
困っていると、
「ここを起点に、範囲を広げて、また周囲の痕跡を探しましょう」
と、美人先生の教え。
僕は頷き、探す。
すると、
――こっちだよ。
(え?)
声を感じた。
人ではない、草木の声だ。
――もっと先。
――葉の冠の王様、もっと右を向いて。
――足跡、あるよ。
3人を振り返る。
でも、やはり聞こえてない感じ。
「?」
と、僕を見る。
僕は再び前を向き、草木の声に従ってしばらく進んでいく。
――そこ、足元。
(あ……)
茂った草の陰に、足跡があった。
痕跡だ。
(やっぱり、チートだね)
僕は笑う。
周囲の草木も喜んでいる気がする。
3人を振り返り、
「あったよ」
と、言った。
彼女たちは、顔を見合わせる。
「この短時間で、よくわかりましたね?」
「ふむ、迷いなく見つけたようじゃが……どうやった?」
と、聞かれる。
僕は素直に、
「周りの草木が教えてくれた」
と、笑う。
そして、周囲の植物の声が聞こえることも説明する。
3人は驚き、
「ずるぅ~」
と、パルシュナが唇を尖らせた。
美女2人は、
「凄いですね」
「ふむ、それも葉の能力か」
と、感心してくれる。
(本当、便利だよね)
チートがなかったら、痕跡探しももっと時間がかかってただろうな。
僕は笑い、
「じゃ、行くよ?」
「はい」
「うむ」
「ちぇ……もっと苦戦しなさいよ」
最後の少女の言葉に、彼女以外の全員が苦笑してしまう。
(ごめんね)
そして、僕らは再び痕跡を追い、森を進んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
探索は順調だ。
痕跡は、時々、消えてしまう。
でも、草木の声もあり、再発見は容易かった。
風も、
(うん、風下だ)
幸い、運も味方してくれているみたい。
だけど、途中で気づく。
(あれ……?)
僕は足を止め、周囲を見回す。
後ろに続いていた3人も足を止め、僕の様子を見守る。
――うん、間違いない。
僕は確信する。
「シーナ?」
クレティーナさんが僕を呼ぶ。
でも、表情には試すような気配があった。
僕は言う。
「足跡が増えた」
「…………」
「最初は1匹だった。でも、ここから多分、3~5匹になってる。きっと、そっちの茂みから合流したと思う」
「……ふふ、正解です」
彼女は笑った。
(やっぱり、わかってたんだ)
僕が気づくか、見守ってたんだね。
彼女の後ろでは、レオナックさんが「うむ」と頷き、パルシュナが「ちぇ~」とつまらなそうに両手を頭の後ろで組んでいる。
クレティーナ先生は頷き、
「ええ、その通りです」
「…………」
「目撃情報にあった通り、小鬼は群れで活動します。今回の規模は、推定20~30の群れでしょう」
「30……」
「見てください」
トン
槍の石突が、地面を示す。
「小鬼が合流し、一方に歩いています。つまり――」
「つまり?」
彼女は僕を見る。
一拍置き、
「――この先に、巣があるのでしょう」
(!)
魔物の巣。
ドキッとした。
人間を襲う危険な生物、それが30匹も集まる場所がこの先に……。
ゴクッ
少し緊張してきたよ。
彼女は言う。
「追跡は正しかった――ということです」
「う、うん」
「本番はここから」
「…………」
「このまま巣を見つけ、小鬼を全て駆除しましょう。それが、今回のクエストの1番の目的です」
「うん」
僕も頷いた。
そうだ、それが目的だ。
(よし、やるぞ)
気合を入れ直す。
そんな僕に、クレティーナ先生は微笑む。
後ろの美女と美少女も、何も言わずに僕のことを見守ってくれている。
そして、追跡を再開する。
慎重に。
周囲の気配にも気を配りながら、森を行く。
…………。
…………。
…………。
やがて15分後、美人先生の予想通り、僕らは『小鬼の巣』を発見した。




