018・姉妹の過去
僕が見つめる中、レオナックさんは静かに語る。
「今は立派じゃが、元々あの姉妹は『貧民街』の出身での」
「貧民街?」
「うむ。9年前、大型魔獣に滅ぼされた隣国からの難民じゃと聞いておる。親もなく、姉妹だけで2年ほど、日々、食う物に困りながら、1日1日を生き延びれるかどうかの生活をしていたそうじゃ」
「…………」
あの姉妹を思い出す。
2人とも美人で、姉は気品があり、妹は元気があり。
(でも、貧民街の子……)
今の姿からは想像もできない。
赤毛の美女は言う。
「生きるため、盗みもしていた」
「…………」
「7年前か、姉の方が路上で我の財布を盗もうとしての。ぶつかられ、手を伸ばされた瞬間、我はその指を折った」
「折……っ!?」
「こう、ポキ……との」
自身の人差し指を反対側に軽く曲げながらおっしゃる。
このお姉さん、怖っ。
青くなる僕に、
「それが、あの姉妹との出会いじゃ」
「…………」
「姉妹とも、痩せぎすのボロボロでの。最初は官憲に突き出すつもりじゃったが、気紛れに手を貸し、冒険者登録をさせ生き方を教えてやった。まさか、あれほどの才があるとは思わなんだがの」
「才?」
「姉は7年で『銀印』になった。普通、1つの昇印には3~5年かかると言われておる」
「へぇ……」
「妹も12の歳で『白印』じゃ。とんだ掘り出し物じゃの」
と、楽しげに笑う。
その様子を見ながら、
(このお姉さんも、意外と世話好きなのかも……?)
と思ったり。
「じゃからの」
「?」
「当時の自分を思い出し、シーナを放っておけなかったのかもしれぬ」
「あ……」
「辛い過去は消せぬ。じゃが、昔の自分を助ける代償行為として、ティナは今、そなたを助けたいのではないかの」
「…………」
そっか。
(ある種のトラウマ……)
意識的か無意識かはわからないけど、それゆえの優しさなんだ。
レオナックさんは言う。
「幼い妹を抱え、必死に生きた。じゃが、ティナの内心は誰か助けてくれる大人を求めておったのじゃろう。そして今、あやつは、そなたにとってのそうした大人になりたいのじゃ」
「…………」
なんか、言葉がない。
いつも優しく笑うクレティーナさん。
でも、
(裏では想像もつかない大変な過去があったんだね……)
思わず、吐息が漏れる。
そんな僕を眺め、
コト
レオナックさんはグラスを手にする。
果実酒を1口、喉に流し、
「あるいは単純に、シーナのような幼い男がティナの好みだっただけかもしれぬがの」
「……へ?」
「見目が可愛らしいからの、おぬしは」
と、明るく笑う。
からかわれてる?
(ああ、うん、重い空気を察して気を遣ってくれたのか)
優しいね。
この人も、いいお姉さんだ。
僕も笑い、
「クレティーナさんは、レオナックさんに会えてよかったね」
「…………」
彼女は目を丸くする。
苦笑し、「そうか」と短く答えた。
照れたように、グラスを空にする。
僕はすぐ、その透明なグラスに酒瓶の果実酒を注いでやった。
「おお、すまぬな」
「ううん」
赤毛の美女は笑う。
美味しそうにお酒を飲む姿に、ふと、
(クレティーナさん、もしかしたら、昔のレオナックさんが自分にしてくれたことを僕にしてくれてるだけなのかも)
と、思った。
優しさの継承。
僕もいつか、クレティーナさんにもらった恩を別の誰かに返す日が来るのかな?
(――なんてね)
そうこうしていると、姉妹の姉が食堂に戻ってきた。
僕は笑顔で、
「あ、おかえり」
「ふふ、ただいま、シーナ」
彼女は柔らかく微笑む。
赤毛の美女も、
「ふむ、戻ったか。パルの様子はどうじゃ?」
「ベッドに寝かせたら、すぐに寝息を」
「そうか」
「慣れないお酒に酔ったのでしょう。あの子も、シーナの前で格好つけたかったのかもしれませんね」
(え、そうなの?)
僕は青い目を丸くしちゃう。
大人2人は楽しそうに笑っている。
そして、
「2人とも楽しげでしたが、何を話していたのですか?」
と、問われる。
1番年上の美女は、グラスを傾けながら淡々と、
「ま、世間話をの」
「ほう? 世間話」
「なんか、クレティーナさんが年下の男の子が好みなんじゃないかって言ってたよ」
「おい、シーナ」
「まぁ」
彼女は口に手を当て、驚く。
レオナックさんは暴露した僕を困ったように睨んでくる。
(あはは、ごめんなさい)
僕は笑いながら、目線で謝る。
2人とも優しいから、つい……ね。
そんな僕を見て、
「ええ、そうですね。シーナみたいな素敵な男の子でしたら、きっと好きになってしまうかもしれませんね」
と、甘く微笑む。
(う~ん、大人の余裕~)
からかうつもりが、簡単にやり返される。
でも、内心、
ドキッ
とした。
と、白い手が僕の髪を撫でる。
「ふふっ」
飼い犬を可愛がるような手つき。
なんか、気持ちいい。
でも、
(この頭に『葉っぱ』が生えるなんて知っても、可愛がってくれるのかな?)
と、ふと思ったり。
…………。
…………。
…………。
その後も2人の美女の会話を聞いたりしながら、やがて、僕らは食堂をあとにしたんだ。




