017・宿の食事
「あ~、さっぱりした!」
少女は笑うと、首にかけたタオルで濡れ髪を擦った。
お風呂上がりである。
一緒に入った姉も同様に、こちらは丁寧にタオルで挟むように長い髪の水分を吸わせている。
「ふふ、そうですね」
笑う美貌は、ほんのり赤い。
……むむ。
(2人とも、色っぽい)
大人なお姉さんはともかく、妹も顔は良いので少しドキドキする……それが悔しい。
ここは、宿屋で借りた客室だ。
4人部屋で、ベッドが4つ、大きなテーブルとソファーもあり、調度品なども上質そうな品ばかり。
そして、部屋に荷物を置くと、姉妹は即、宿の共同浴室に向かったのである。
赤毛の美女曰く、
「あの2人は、風呂好きじゃからの」
とのこと。
荷物番で姉妹と交代をし、風呂から先程戻ってきた彼女もソファーに座りながら、冷やしたエールをジョッキで飲んでいる。
「ぷはっ、美味い」
と、至福そう。
(う~ん、こっちは酒好きかしら?)
ともあれ、僕もお風呂を頂いた。
男の共同風呂は、10人ぐらいが入れる大きさで、僕含め3人が湯船に浸かっていた。
1人は人間さん。
もう1人は獣人で、人間型の犬さんだ。
(不思議な光景だ~)
と、異世界風呂を満喫したよ。
ちなみに、浴室内には照明が灯り、蛇口を捻れば水もお湯も出せたりした。
意外と文明力高い。
あとでクレティーナさんに聞くと、照明は『魔光灯』という魔力由来の物、水やお湯は『魔石』から出しているとのことだ。
まさに、異世界技術。
(凄いなぁ)
と感心していると、
「田舎者ぉ」
と、例の妹がとからかってきたけどね。
……ぐぬぅ。
(ま、いいさ)
異世界文明に疎いのは確かだし、感動しているのも本当だから。
ちなみに、客室の照明も魔光灯である。
本当、明るい。
その天井の照明器具を見上げていると、
「あら、シーナ」
「ん?」
「まだ髪が濡れていますね。ちゃんと乾かさないと風邪を引きますよ?」
ギシッ
ベッドに座っていた僕の隣に、あのお姉さんが座る。
(わ、近い!?)
すぐ目の前だ。
石鹸の香りがして、湿った緑の艶髪がしっとり揺れる。
「動かずに」
コシコシ
僕の髪を、手ずからタオルで拭いてくれる。
おお……。
め、目の前で、風呂上がりで胸元の開いたままのシャツの隙間から、魅惑の白い谷間が覗いていらっしゃる。
ユサユサ
重そうに揺れる。
(い、いかん)
紳士な僕は、目を閉じる。
一般的には、髪を拭かれる心地好さに目を閉じているみたいだろう。
…………。
なんか、犬っぽい?
自分の存在に疑問を感じ始めた頃、ようやく彼女の手が止まる。
最後は、白い指が髪を梳き、
「ん、乾きましたね」
と、上気した美貌が微笑んだ。
ドキン
い、色っぽいよ~。
僕は何とか「あ、ありがとう」と答えられた。
彼女も満足そうに頷く。
そして、
「ほら、パルももっと丁寧に。私が拭きましょうか?」
「あ、お願い、姉上~」
「もう」
困ったように言いつつも、今度は妹の髪を拭くお姉さん。
……うん。
(クレティーナさんって世話好きだね?)
実に『姉』っぽい。
そうこうしている間に、窓の外の日が暮れる。
赤さを越えて、紫の夜空だ。
家々の照明や通りの街灯も点き、空の暗さと対照的に地上の光が満ちていく。
綺麗な夜景だ。
光が強い分、対比で黒い部分が影絵の街みたいで少し幻想的。
(いいなぁ)
何となく眺めちゃう。
と、その時、
「ふむ、そろそろ食堂で飯にするかの」
「はい」
「賛成~!」
リーダーの提案に、姉妹は賛同する。
3人とも立ち上がり、
「さぁ、シーナも」
クレティーナさんが微笑み、僕に手を伸ばした。
その白い手を見つめる。
(…………)
頷き、
「うん」
キュッ
彼女の手を握ると、僕もベッドから立ち上がり、一緒に客室をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
食堂は1階だ。
宿に宿泊する人が集まるため、結構、混んでいる。
店員に案内され、4人席へ。
「適当に頼む。あと、食前酒もの」
と、レオナックさん。
店員さんも了承し、去っていく。
しばらくして、先にお酒だけが届く。
グラスも4つあり、彼女は酒瓶を傾け、全員分のグラスに注ぐ。
(え、僕も?)
未成年飲酒だ。
大丈夫かな?
でも、姉妹も何も言わないので、異世界の……というか、この国の法律では問題ないのかもしれない。
3人がグラスを持つ。
流れで、僕も。
レオナックさんの金色の瞳が、全員を見る。
「皆、ご苦労じゃったの」
と告げる。
姉妹は頷く。
「報告はまだじゃが、クエストは達成した。そして、全員、無事である。今宵を祝おう。――乾杯じゃ」
「乾杯」
「かんぱ~い!」
「あ、うん、乾杯」
カチチン
1拍遅れて、僕もグラスを合わせる。
で、お酒を1口。
(ん、甘口だ)
果実酒かな?
爽やかな酸味と香りがして、飲み易い。
姉妹は半分ほど飲み、赤毛のお姉さんは一気に飲み干すと、空の自分のグラスに再度自ら注いでいる。
(うわばみさん?)
酒豪のお姉さんらしい。
何だか上機嫌で、パカパカとグラスを開けていく。
やがて、料理が届く。
豪快な肉料理と野菜サラダ、海鮮パスタ、白いパン、果実のシャーベットもある。
(おお、美味しそう)
レオナックさんは店員さんに、更に1本、お酒を注文する。
姉妹は食事に入る。
僕も、ナイフとフォークで、
パクッ
(ん、美味しい!)
食べたお肉は柔らかく、口の中で上質な脂が溶け、あっという間に消えてしまう。
何だ、これ?
凄く美味い。
前世の料理にも負けてない気がする。
(ああ、うん)
転生したけど、前世の知識無双とかできないと理解したよ。
でも、いいんだ。
僕には『葉っぱ』あるし。
これから、この力でいっぱい活躍してやるんだ。
…………。
できるかな?
ま、今は考えない。
(だって、料理は美味しいし、美味しいは正義だから)
モグモグ
僕は、夢中で料理を食べる。
その時、ふと同じように食べているパルシュナと目が合った。
お互い、手が止まる。
そして、競うように食べ始める。
(ま、負けるか)
その様子を、年上の2人は驚き、苦笑すると、最後は微笑ましそうに眺めていた。
ちなみに、
「か、勝ったわ」
「ま、負けた」
先に完食した勝者は、少女の方でした。
無念……。
ま、でも、美味しかったよ。
残ったデザートぐらいは、ゆっくり食べよう。
と思っていると、
「ほら、シーナ。頬についていますよ」
「え、あ」
キュッ
クレティーナさんに、布巾で口元を拭かれた。
(うわ、恥ずかし)
赤面しつつ、
「あ、ありがと」
「いいえ」
彼女は柔らかく微笑む。
妹の方は、何だか悔しそうに僕らを見つめ、「む~」と頬を膨らませる。
逆転勝利?
いや、もう勝ち負けはいいか。
僕とパルシュナはデザートのおかわりをし、あとは、ゆっくりと食事タイムとする。
大人たちは、果実酒を楽しむ。
まったりした時間。
やがて、
「う~、眠いわぁ」
と、少女のまぶたが下がってきた。
(おや?)
見れば、顔が赤い。
お酒のグラスは空っぽだ。
もしかしたら、緊張の糸が切れ、今日の移動の疲れも出てきたのかもしれない。
姉が優しく妹に問う。
「先に部屋に戻りますか?」
「うん……」
「わかりました。――レオ、シーナ、すみませんが、妹を部屋まで送ってきます」
と、僕らに言う。
僕らは頷き、
「うむ、わかった」
「うん。――おやすみ、パルシュナ」
「うっさいわ~」
姉の肩を借りながら立ち上がり、シッシッと手を払うように動かす少女。
目は半分閉じている。
姉は苦笑し、
「ほら、行きますよ」
「……へ~い」
と、仲の良い姉妹は食堂をあとにした。
その背を見送る。
そして、残された僕は、赤毛の大人な美女と2人きり。
クイ
彼女は、グラスを空にする。
僕は酒瓶を手に取り、果実酒を「はい」と注いでやる。
目を丸くし、
「お、すまんな」
と、笑うお姉さん。
うん、美人だねぇ。
僕も笑う。
そして、食堂の出入り口を見ながら、
「パルシュナ、大丈夫かな」
と、呟いた。
彼女は「ふむ」と呟き、
「ティナがいるしの。問題あるまい」
「うん」
「うむ」
「……ええと、レオナックさん、あの2人とは付き合い長いの?」
と聞く。
数秒考え、
「そうじゃな。7年ぐらいか」
「へ~?」
「出会ったのは、ティナが今のシーナと同じぐらいの年齢の時かの」
「そっか」
昔のクレティーナさん、少し興味ある。
でも、聞いていいかわからない。
代わりに、
「あの、聞いていい?」
「ふむ、何じゃ?」
「クレティーナさんって、昔から世話好きだったの?」
「む?」
僕の口調に何か感じたのか、彼女は酒を飲む手を止めて、僕を見る。
僕も見返す。
ずっと疑問だった。
「――あの人、何で出会ったばかりの僕に、あんなに良くしてくれるの?」
と、言葉を続ける。
だってさ?
(僕、怪しいよね)
森に1人でいて、記憶喪失で、何かを隠していて……正直、奇妙な子供だと自分でも思う。
突き放しても、普通だよ。
命の恩人?
義理堅いから?
理屈はわかる。
けど、何となく、納得できない。
(だって、たった1度、槍を投げただけだし……むしろ、森からの脱出を助けてもらったのは僕の方だし?)
恩返しが強すぎる。
なぜ?
裏はない……と思う。
それは感じる。
でも、そんな善人なの?
最初、警戒して槍を向けられたぐらいなのに?
(本当、わからないよ)
いい人だと思う。
ご縁は大切にしたいと思う。
でも、
「優しい理由がわからないから、時々、不安になる」
と、心情を吐露した。
こんなこと口にするのも、お酒のせいかもしれない。
あるいは、目の前の彼女の雰囲気かな?
落ち着いた、頼れる大人の雰囲気。
姉妹をよく知るリーダーのその赤毛の美女は、黄金の瞳でしばらく僕を見つめる。
数秒、思案し、
「――ふむ。ティナがおぬしに優しい理由は、きっと代償行為であろうな」
と、口にした。
……代償行為?




