010・黒竜との戦い
ブオッ
赤毛の女冒険者が、戦斧を振り被る。
迫る彼女に対して、黒い竜は巨大な前足を持ち上げ、叩き潰すように足裏を落とした。
(ちょ……っ!?)
僕は焦る。
レオナックさんが潰される未来を幻視する。
けれど、
「――ぬん!」
ガギィン
弧を描いた戦斧が、下から竜の足裏にぶつかり、
ボパァン
爆炎を発生させながら、大きく弾き返していた。
その威力は凄まじく、黒い竜の上半身が持ち上がり、驚いた顔でたたらを踏みながら辛うじて踏み止まっていたほどだ。
(…………)
え、えええ……っ!?
何、それ?
戦斧は炎をまとい、彼女はそれを振り回しながら、次々と黒い竜に叩きつけていく。
ボパァン ガシャン
ぶつかるたび、爆炎が散り、鱗が砕ける。
す、凄い……。
人間が、自分の10倍もある竜と正面から戦っている。
僕は、唖然。
その様子に、
「見たか! これが金印の冒険者、炎帝レオナック・オルンの実力よ!」
と、パルシュナが笑う。
僕も興奮し、
「うん、凄い!」
と、何度も頷く。
少女も満足そうで、
「パル、私たちも行きますよ」
「オッケー、姉上!」
姉の言葉に、2本の短剣を構え直す。
タタン
姉妹も、竜の方へ駆けていく。
僕は周囲を見て、
(あ、あそこ)
安全を確保しようと、近くの倒木の裏へ避難した。
ちなみに、駝鳥みたいな3頭の竜は、自発的に安全圏の森の奥へと逸早く避難している。
(う~ん、頭いいね)
と、感心。
そして、美人姉妹も接敵する。
クレティーナさんは槍を構え、「貫け、白き流星槍!」と光の槍を飛ばし、竜を砲撃する。
ドン ドォン
命中し、その部位の鱗が散る。
妹の方も、
「雷鳴、瞬閃!」
バチチッ
左右の手にある短剣が紫色に放電し、彼女の髪が舞い上がる。
次の瞬間、
タン
少女が霞むような速さで走った。
ギギィン
(おおっ?)
まさに、雷の如く。
落雷のような速度で竜の足を斬りつけ、その部位に激しい火花を散らす。
放電が、空中に残っている。
けど、
「かったぁ……!」
少女が痛そうに呟く。
黒い鱗には深い傷が刻まれている――けど、砕けてはいない。
当然、下の肉も負傷はない。
だけど、
「怯むな、続けよ!」
リーダーの赤毛の美女が命じる。
ボパァン
彼女も、炎の戦斧で攻撃を継続中だ。
少女も「わかってるわ!」と叫び返し、再び神速の攻撃を繰りだした。
…………。
3人の女冒険者が、竜と戦う。
剣と魔法が飛び交う。
まさに、冒険ファンタジーの光景が目の前で繰り広げられている。
(――凄いや)
素直に感動する。
でも、憧れだけでは済まない。
竜の反撃で、周囲の木々が吹き飛ぶ。
大地が抉れる。
巨大な足の爪が、太く長い尾が、鋭く硬い牙が、1度でも当たれば、彼女たちを絶命させる威力で揮われているのだ。
ドォン ゴガァン
衝撃で、空高く土砂が舞う。
(うわっ)
バラバラ
木片や小石が僕にも降り注ぐ、痛い痛い。
頭だけは、手で守る。
そんな状況の中、
(ん……?)
視界の隅で、フードを被った人物が目に入る。
最初の位置から1歩も動かず、目の前の戦闘を他人事のように眺めている。
口元には不気味な笑み。
(…………)
思わず見ていると、
スゥ
全身を覆うローブ生地の合わせ目から、枯れ枝みたいな右手を出した。
手のひらが、黒い竜に向く。
ヒィィン
右手に黒い光が灯る。
(……何だろう?)
それ以外、何もしていない。
でも、
(――何かを感じる)
僕の感覚が、不思議とそう訴えていた。
その時、突然、手の向けられた先にいる巨大な竜の全身から黒い煙がボシュッ……と噴き出した。
(え……?)
ジュウウ……
砕けた黒い鱗が、裂けたピンクの肉が再生し始める。
(はあっ!?)
僕は、青い目を剥いた。
今まで、3人の女冒険者たちが必死に積み重ねてきたダメージが、ほんの十数秒で消滅してしまった。
姉妹も驚く。
「ちょ……嘘でしょ!?」
「まさか、再生能力ですか!?」
と、動きが止まる。
赤毛の美女は、
「手を止めるな! 再生するならば、それ以上の速度で肉体を破壊してやれば良い! 集中を切らすでない!」
ドッ ボパァン
炎の戦斧を叩き付け、再び鱗を砕く。
姉妹も頷く。
と、その時、
ボコッ
竜の長い喉が膨らんだ。
鱗の隙間、皮膚の内側から光が漏れる。
レオナックさんが気づく。
「火炎吐息じゃ! 全員、障壁を張れ!」
「!」
「くっ」
全員、武器を前に構える。
炎と光と雷の壁が、彼女たちの正面に生じる。
僕も慌てて、倒木の陰に隠れる。
直後、
ボバァアン
黒い竜の大きく開いた口から、真っ赤な炎の奔流が広範囲へと吐き出された。
3人の障壁が、竜の火炎を受け流す。
(アチチ!?)
距離があるのに、僕まで熱波が届く。
竜の火炎吐息が終わる。
倒木から、僕は顔を出す。
周囲の地面は広範囲に焼け焦げ、白い蒸気が上がり、枯れた木々は砕け散って、森のあちこちで残り火が赤く燃えていた。
(…………)
凄い惨状。
これが……竜、か。
なるほど、異世界最強の存在としてよく描かれる理由がわかる。
本当に凄い生物だ。
3人を見る。
全員、生きてる。
けど、動きは鈍く、肩で息をしていた。
直撃は避けても、高熱でやられたのかもしれない。
リーダーである赤毛の女冒険者には、まだ余裕が見えるけれど、姉妹の方……特に妹の方が限界そうだった。
「くっそ……」
「パル、しっかり!」
膝をつく妹を、姉が励ます。
仲間の様子に、レオナックさんも厳しい表情だった。
一方で、
ニタリ
フードの人物は、邪悪な笑みを深めた。
明らかな暗い愉悦。
(――――)
見た瞬間、僕の感情が膨れ上がる。
ああ、うん。
――気づいてるぞ?
原理はわからない。
(でも、お前が竜の傷を治したんだろう?)
ザッ
僕は、立ち上がる。
黒い竜は無傷。
一方、3人の女冒険者は疲労困憊している。
このままだと、彼女たちは殺されてしまうだろう。
その場合、
――必然的に、僕の未来も危うい。
僕だけ見逃されるとは思えない。
きっと、あの竜に殺される。
もし仮に『光合成』の力で竜から逃げれたとしても、案内人の彼女たちがいなければ、今度は森からの脱出が厳しくなってしまう。
最悪、永遠に森の迷子だ。
あの3人と僕は今、一蓮托生。
だから、
(――僕が、アイツを倒そう!)
覚悟を決めると、
ニョキッ
この頭の上に、輝く2枚の葉っぱを生やした。




