16話 今は堪えて
「ひどい」
今聞いた話は先輩社員からすると断れない脅迫的なものだった。家族の情報に詳しい時点でもはや人質を取ってるのも確かだし、なにより今の話でラインは超えたわね。
カメラを見ると、上司と先輩社員が部屋から出て別の場所へ向かおうとしていた。
私はカメラを操作して彼らの行き先を追いつつ、アリスとアカリに連絡を入れる。
「もしもし? 今何やってんの?」
『今か? いまは社長のありがた〜いお話を聞いてあくびしとる最中や』
アカリのやつ。ちゃんと潜入する気あるんでしょうね。
そんな悪目立ちするようなことばっかされたらすぐに叩き出されてもおかしくないわよ?
『その様子やとなんかあったんやな?』
「まあね。あんた達と一緒にいたあの先輩だけど、上司から脅されて渋々昇進を受ける事になったわよ」
『なんやて!? あの人自分から昇進するって決めてたのになんで渋々なんや』
「詳しいことは分かんない。ただ上司から渡された資料を見た瞬間に断っていたけど、どうやらあの人の家族の近くに会社の連中が張り付いてたらしくて脅されて受け入れてたのよ」
『チッ。ゲス野郎どもが。なんかあるとは思っとったけど、こない胸糞悪い事までしとったとは思いもせんかったわ』
声音から相当怒気がこもっているのが分かる。
アカリはすぐに人と打ち解けるぶん、知り合った人が嫌な目にあっている事が何よりも耐えられないらしい。
『先輩はどこや! 今すぐにウチが助けに行ったらな――!』
『ちょっとアカリ何やってんのよ! 今はまだオリエンテーション中よ!』
『離せやアリス! こないなとこでジッとしとったら先輩が――』
どうやら興奮して席を立とうとしたところをアリスに止められたらしい。アカリのすぐに助けに向かいたい気持ちもわかる。だけど任務が優先という事も理解しないといけない。
これはあの先輩社員だけの話じゃない。
この国の命運がかかった重大な任務なのだから。
「アカリ今は抑えて」
『はぁ!? お鈴ちゃんまでそない冷たいこと言うんか!? 薄情やな! そんなんで国を救うことなんか――』
「アカリッ! 今は任務が優先だ!」
怒鳴り返したのは離れた場所で会社の外を監視していたお兄ちゃんだった。
お兄ちゃんの耳にも同じインカムを装備している。
故に今のアカリ達との会話もしっかり聞こえていたはずだ。
その話を全て聞いておいて、お兄ちゃんはこの場で優先するべき事を見出していたのだ。
『ゆっきーまで。見損なったで!』
「見損なわれても仕方ない事を言ってるのはわかる。だけど今は抑えてくれ。俺たちだってその人を助けたいとは思う。だけどこれは任務なんだ! 国の、より多くの人たちを助けるための大事な!」
『そ、そないな事……言われんでも』
アカリも理解はしているようだけど、今目の前で苦しんでる人を助けたいという優しい気持ちがせめぎ合ってるんだろう。それでも――
「堪えて! 今だけでいいから。奴らの居場所さえ分かれば絶対に助けに行けるはずだから! お願いそれまではどうか!」
しばらくの沈黙。インカム越しにアカリの荒い呼吸音が静かに響く。その震えるような呼吸の後に、一際大きく息を吸ったかと思えば。
『分かった。ってかそんなん言われんでも分かっとったけど、ごめん。ウチの覚悟が甘かった。お鈴ちゃんとゆっきーの言う通りや。ここは大人しく我慢する事にする』
「ありがとうアカリ。このチャンス絶対モノにしてみせるから」
『頼むで』
画面で二人の動向は今もチェックできている。
8階フロアからエレベーターに乗り込むのが見えた。
急ぎカメラをエレベーター内部に切り替えると、上司の男がフロアを決めるボタンをいくつも不規則な順番で押し込んでいた。
『6、5、6、6、1、5、4……鈴芽ちゃんこれメモっといた方がいいよ』
『分かった! でもどうして?』
『このタイミングで意味もなくボタンを押しまくる必要なんて理由は一つでしょ。それにこういうのは俺が生きてた時に見た洋画でよくやってたギミックにそっくりなんだよね』
なるほどそう言う事なら、私は急いでさっき大気が言った番号の順番をメモしていく。
メモし終えてエレベーターが止まると二人はフロアへ降りたのだが――
「二人の反応が消えた!?」
「どう言う事だよ鈴!」
「分かんない! でもどこにも二人の姿がないのよ!」
マップに記されていた先輩社員の赤い点、と上司の黒い点が消えたのだ。それもエレベーターの中から一瞬で。
カメラを切り替えて全フロア確認してみるも二人の姿はどこにも見つける事ができなかった。
『なるほどね。鈴芽ちゃんここでカメラとマップの睨めっこしても無駄だよ』
『どう言うことよ!? これも洋画で見た展開そっくりだっての?』
『いや冷静に考えてみてよ。エレベーターで複雑な操作をして階層を決めた時点で、本来存在するフロアに向かうんじゃなく秘密の場所に向かった可能性が考えられない?』
そう冷静に言われるとそうかもしれない。
なにぶんこんな大きな会社なんだ。隠しフロアの一つや二つあってもおかしくはないはず。
『だったらここは二人に任せるべきじゃない?』
『そうか。そうね!』
私は急いでインカムに触れてアリスとアカリに連絡を入れた。
「二人とも今いい?」
『大丈夫よ? 今オリエンテーションが休憩時間に入ったところだから。その感じだと何か掴めたみたいね』
「ええ。でも私たちからはこれ以上追跡するのは無理そうなの。だからここからは二人にお願いしたいんだけど――」
『おっしゃ! そう言うことやったら問題あらへんで! なぁ?』
『ええ! なんでも言って。私たちはそのためにここに入り込んでるんだから!』
本当に頼もしい味方だ。
私はさっきエレベーターで見た上司の行動とメモした番号を二人に伝えた。
二人は話を聞いた後、ホールから出てエレベーターに急いで向かうのだった。
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