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15話 可哀想な人

 マークされた赤い点――アリスとアカリから黒い点が一つ離れていくのが機材の画面に映し出されていた。

 さっきまでの先輩社員との会話もインカムで聞こえていたからあの先輩社員がこれから上司のところへ昇進の話を受けに行く所だろうことは分かる。

 となると二人はオリエンテーションを受けに別室へ向かうのか。

 画面上では進行方向に講堂が一つあった。黒い点が多数とその場所の広さ的にどうやら二人以外の社員もそのオリエンテーションに参加するみたいね。

 


「お兄ちゃん動いたわよ。例の社員が」


「了解。外に変わった動きはなしだ」

 


 二日連続外から中に死塚達がやって来る気配はない。

 完全に中に閉じ篭っているのか、はたまた別の場所にいるのか?

 別の場所――もしそうなるとこの潜入も無駄足という事になるけど……。いやいや。来栖さん達が調べた情報でこの場所が一番潜伏してる可能性が高いって言ってたんだから信じないと。

 必死に探すも見つからない分、焦りが不安を呼び寄せてくる。こうしてる間にも奴らは着実に動き始めてるってのに。

 私は黒い点だった先輩社員のマークを黒から赤へ変更する。するとその先輩社員の周囲の音や着崩れ、かつかつと靴の音がインカムから聞こえてきた。


 

「鈴。どうだ?」


「待って。今例の人の音を拾い始めたとこ……。でもおかしいわね。さっきまでの周りのうるささが一切ない。静か過ぎる……。服の擦れる音と、靴の音しか聞こえないんだけど」


 

 さっきまで聞いてたアリスとアカリに仕掛けられた機械からは周りの社員の挨拶やどうでもいい話し声が少なからず聞こえていたというのにだ。

 これはいよいよか? そう思えるほどあきらかな社内の変貌ぶりに私は先輩社員の歩く場所を画面で見る。


 

「今いる場所が9階管理責任者ルーム。ふぅん……。まさに上司が居そうな部屋って感じね」


「てかまんまの部屋名だな。それ以外に変なところは?」


「マップ上では無いわね」


 『表示を切り替えたら? ここにもカメラは設置されてるでしょ』


 

 確かに。私は大樹に言われるままキーボードを操作して画面を切り替えていく。ただこれが面倒だった。

 全10階全フロア分のカメラをハッキングしてるだけあって、その数がめちゃくちゃに多い。画面の端にどこの場所のカメラか表示されてはいるものの。簡単に目的の場所のカメラに辿り着くのは困難だ。

 


 『急いで! 早くしないと肝心な話を聞き逃しちゃうよ』


「分かってるわよ! うっさいわね!」

 


 怒鳴り声をリアルに漏らしてしまい、お兄ちゃんが驚いたのかこっちを見てくる。


 

「ごめんごめん。大樹の馬鹿がうるさくて」


「あー。感覚はわかんないけど鈴も大樹さんも大変だな」


 

 全くね。脳内で急かす大樹の声を聞き流しつつカメラを次々に切り替えていく。

 高速連打の果てについに目的の部屋のカメラの画面に辿り着いた。

 


「あった!」


 

 そこには先輩社員と上司? のような四十代ぐらいの男の姿の二人だけが映し出されていた。

 部屋には他にもデスクはあるが、その二人だけ。なんとも内緒話をこれからしますと言った雰囲気に私は期待が膨らむ。

 


 『主任。私……この間の話を受けようと思うんです』


 『おおっ! 本当かね。うんうん。君なら受けてくれると思っていたよ。なら早速手続きを始めようじゃないか』


 

 言ってその上司は、机の上にあった資料を先輩社員に手渡す。この人がここに来るのが分かっていたか既に用意されていた事に私は首を傾げる。

 


 『これ……この人が昇進を受ける音が分かりきってたみたいな感じだね』


 『うん……。用意周到というか、なんていうとそんな感じよね』


 

 これだけでも雰囲気は怪しいものだった。

 とりあえず続けて映像を見る事にするのだが――

 


 『君? お家族さんとはうまくいってるのかね?』


 『家族……ですか? ええ。つい先日娘が七歳の誕生日を迎えまして。妻と三人で小さな誕生日会を開いたところですよ〜』


 

 先輩社員のなんとも穏やかな癒しトーク。ほんとこの人が不憫でならない。もし本当にこの会社が裏で犯罪者と繋がっていて、この後その話の片棒を担がされるかと思うと胸が……かなり痛む。

 


 『うんうん。七歳か。それはさぞ大変だろうね。教育費とか色々嵩むものも増え始めているだろうに』


 『ええ。本当にそうですよ。家のローンもまだまだ残ってるので私がここでしっかり働かないと……』


 『だったら君はこの話を受けて良かったと私は思うよ? ん? 書けたかね?』


 『はい!』

 


 先輩社員が資料を書き終えたのか、上司に一枚の紙を手渡した。内容をしっかり把握してから書いていたから、あの紙自体には怪しい点はなかったみたい。

 上司はその紙をいそいそとファイルに閉じて机の中に保管し始めた。

 


 『じゃあ次にこれから君が担当してもらう仕事についてなんだが……今渡した資料を見てもらってもいいかね?』


 『これですか?』

 


 束になった用紙を上司に確認し、そうだと頷かれる。

 先輩社員はその紙の束をペラペラと流し見するのだが――最初は期待が溢れたような顔だったが、それが一転し曇った表情に染まっていく。

 


 『こ、これが私の仕事ですか!? こんなの、この会社で!?』


 『おっと。この話から降りるなんて言わないでくれよ? 契約書にはサインしたじゃないか』

 


 不安を滲ませた先輩社員に上司が冷たくそう言い放った。映像では上司の表情は見えなかったが、その声だけでどれほど冷たいものかが伝わってくる。


 

 『【エリミネーター】の死骸を使用した人体実験に薬物増産。それにファンタジアに供給って……これは許されていい話なんですか!?』

 


 そんなはずないでしょ。とはここから言っても届かない。それに対して上司は「何か問題があるのかね?」とただそれだけを呟くのみだった。


 

 『君ね? 会社は常に先を見通して動くものなのだよ? これからこの国は大きく動き始める……。現政権のような停滞した状況から一気に時代が進むのだよ? 許す許されない話ではないのだ。これはね? リスクを負ってでも達成しなければならない命題なのだよ』


 『だったらこの話は降ろさせてもらいます! 私にこんな真似できません!』

 


 そう言って資料を上司のデスクに叩きつけるようにして先輩社員が部屋から去ろうとしたのだが――

 


 『奥さん。今日はご近所さんと食事会なんだってね』


 

 上司が去り際の先輩社員にただそう言った。

 先輩社員はドアノブに手をかけたところで動きが止まった。


 

 『な、なんでそれを……』


 『この会社にはね。友人がそれはもう多いんだよ。確か君の自宅近くにもお得意様が住んでたはずなんだがね? その人がそう言ってたんだよ』


 『は、はぁ?』


 

 先輩社員は明らか動揺した様子だった。胸の服を握りしめ、息が焦りで浅くなっているようだ。

 


 『あなたは……この会社は私の家族を人質にとるおつもりなんですか!?』


 『人聞きが悪いね〜。ただ聞いただけの話じゃないか。別にこの話を降りても構わないのだがね? まあ精々夜には気をつけることだよ? うん』


 

 下衆め。この人の家族を人質にとっておいてなんて白々しい! 離れて聞いている分、助けることもできない。

 アカリとの会話からしてこの人は絶対にいい人だし、この上司のそんなやり口が私はどうしても許せそうにない!

 だけど悲しいかな、先輩社員は悔しそうにさっきの叩きつけた用紙を手に取り――

 


 『さっきの発言は取り消します――この話、受けさせてもらいます』

 


 ただそう。何もかも諦めたようにそう答えていた。

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