8話 打ち明ける時
き、気まずい……。
病室に入ってからというもの、私はお兄ちゃんに全部打ち明けるって決心したっていうのに、いざ口を開こうとしたらどうしようもない怖さが募って喉から声を出すことができなかった。
そんな私は今もベッドの上で窓の外を眺め続けるお兄ちゃんの前に置いた椅子に座って俯いていた。
完全に意識が回復するまでこの病室を使っていいってことでここに居させてもらっているけど、意識が回復した今、早めにここを出たほうがいいはず。それにこの後のこともあるから、より早く打ち明けないといけない……。
それなのに……。それなのに……。
「はぁぁぁぁ……」
どうしてこう意気地がないのかな……。自分で自分が嫌になるわよ。
『やっぱり俺が話そうか?』
『それはダメ!』
大樹が話すのは何か違う気がする。いや、一部は正しいのかもしれないけど、最初は私が打ち明けるべきだと思う。大樹の出番はそれから。
「すぅ……はぁ……」
よし! 話す。話すわよ! 今、今!
「「あの!」」
「「あっ」」
お兄ちゃんと口を開いたタイミングが重なっちゃった。
「悪い。鈴が先でいい」
「あ、うん」
先を譲られたからにはもう迷ってる暇はない。
「あのね! 私、お兄ちゃんに言ってなかったことがあるの」
「言ってなかったこと……」
真面目な顔をこっちに向けてくる。
どこからどうやって話すか考えてたんだけど、緊張で全部吹っ飛んじゃった。
「私ね。少し前からもう一つの人格っていうか魂っていうか、そんな存在が……え? 生まれちゃって……」
合ってる!? この表現で合ってるの!?
『大丈夫! 多分……多分合ってる!』
なんとも頼りない励ましだこと。
ええいもう、言っちゃったもんは仕方ないし! このまま言っちゃえ!
「まあその人格っていうか、今のもう1人の私なんだけど、それがおっさんでね? 名前を大樹って言うんだけど――」
「ちょっと待ってくれ! おっさんが生まれた? もう一人の人格がおっさんだって!? それってファンタジアの奴らに植え付けられた洗脳によるものじゃなくてか?」
「う、うん。多分……」
『多分ってなんだ!? 鈴芽ちゃんひどいよ! 俺はあんな胡散臭い連中から生まれた存在じゃないってのにさ!』
『悪かったわよ! でも今は黙ってて! 考えた内容がまた飛んでっちゃう!』
「その様子的に今も自分の中の人格と話してるのか?」
私が頭を抱えて大樹に声を掛けている様子から、お兄ちゃんがそうではないかと察したようだった。
「そ、そうね。今の私の説明が納得できないって言われちゃって」
「なんて言ってたんだ?」
「俺はあんな胡散臭い連中から生まれた存在って言われて酷いって」
「プッ……! なんだそれ」
「ははっ。おかしいよね? でも私の中にいる大樹の言う通り、こいつはあの連中から生まれた存在じゃないわ。それは私が保証する」
「そう……みたいだな。もし奴らの洗脳による人格だとしたら、もっと前から鈴の体を使って悪事に手を染めてたはずだし……」
冷静になって第三者的に考えてみればそうね。
こいつが今まで悪さをしなかったおかげで、お兄ちゃんからの疑いは晴らすことができたみたい。
「その話が嘘か本当かは俺からみれば微妙な変化だけでよく分からんけど、でもそうだな。鈴がババアのことを俺と同じように呼んでたあたりから違和感はあったんだ。ほら鈴。お前、ババアのことずっとおばあさまって呼んでたろ?」
「それは今でもそう呼んでるけど……」
癖だからね。今までずっとそう呼んでたから、体に染みついちゃっていまさら別の呼び方なんてできっこないもん。
「それにお前、今まで人と積極的に絡もうとしなかったろ? それがつい最近になって、アリスにアカリと、果ては自衛隊の人たちと交流を深められるまでになってるじゃんか」
「あー。そう言われたら確かにそうね」
大樹の人格が芽生える前は、私はいつも一人だった。
友達を作ろうにも九条家の存在がチラついて作ることができなかった。もしこの人たちが私の監視役で置かれてたとしたら? 私のことが嫌いなあの一家が嫌がらせで、友達を作った途端に何かしてきたとしたら?
そう思って私はずっと一人だった。
だけど、それは大樹が来てから一転した。
っていうか、そう考えていられないほどまで私の人生がねじ曲げられてしまった。
『ご、ごめん……』
『別に嫌ってわけじゃないわ。むしろ私の方こそありがとうって言いたいぐらいよ』
まあ、特別強化実習生になってからというもの、授業についていくのがめっちゃ辛いんだけどね。
「確かに今の私は大樹が居てくれたからこそ、友達を作る勇気を持つことができたわ。ってか自然とそうなってたっていうほうが正しいかも」
「そうか。ならその人には俺からも感謝しないとな」
「え?」
「だってそうだろ? たった一人、辛い人生を歩んできた妹に、明るい道を指し示してくれたんだからさ」
「あ……」
そっか。そうだよね。今まで気持ち悪いオタクのおっさんとしか思ってなかったけど……。
『ちょっと?』
いつも私のことを考えてくれたり、助けてくれたりしたんだもんね。今までちゃんと感謝の言葉を言ったことなかったかも。
『もしもーし。最初の気持ち悪いオタクのおっさんは失礼じゃないかな〜? ねえ〜?』
こういう、ねちっこいところのせいで感謝が薄れるけどね。
『俺への感謝ってその程度なの?』
『うん』
『ひ、酷い!』
でも感謝してるのは本当よ。ありがとね。
「大樹がお兄ちゃんからそう言ってもらえて嬉しいって照れてるわよ」
「まじか。だったら良かった……」
「こうして間接的に話すのもなんだし、直接話してみる?」
「で、できるのか?」
どうやらお兄ちゃんは、私と大樹が自由に交代できることまでは知らなかったみたい。
どうりで不審がってたわけだ。もし強制的に体を乗っ取られていたと考えてたなら、私でも怪しいって思っちゃうものね。
「できるわよ? それにここからの話はやっぱり私がするより、深く理解してる大樹がしたほうがいいかもだしね」
「な、なら頼む……」
緊張し始めるお兄ちゃんをよそに、私は魂の中で半ベソかいてる大樹と入れ替わることにした。
ごめんなさいって。流石に言いすぎたから。
「ぐす。初めましてだね。鈴芽ちゃんのお兄ちゃんの雪也くん」
「い、入れ替わったのか? なら今俺の目の前にいるのは――」
「そうだよ。さっき鈴芽ちゃんが紹介してくれたオタクのおっさんこと、日向大樹だよ。よろしくね」
そうして俺と雪也は初めて言葉を交わすこととなった。
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