6話 狂い出す兄
鈴の奴、どうしても秘密を話すつもりはないらしい。
家で意を決して聞いてみたが、なにも知らないと言ったようだった。いや……もしかするとそう暗示をかけられているのか?
「あー! ダメだな。気を紛らわせようとしてるのにどうしてもダメな方向にものを考えてしまう!」
せっかく自然溢れる緑の多い自然公園に来たってのに……。同じ桜場の街にある町民に愛されるランドマーク的な場所で、今日は休日ということもあり人もそれなりに居た。
そんな人々とすれ違いながら歩き続けること数分。
歩けば気が紛れるかと思いきや、一層頭が冴えてしまって憂鬱だ。
この気分をどうしたら良いのやら――
「桜場市民の皆さん! おはようございます。我々はファンタジアです。皆さんは先の我が党代表の話をお聞きになりましたでしょうか!――」
こんな所にもファンタジアの下っ端党員がご大層に演説してやがる。こいつらも代表達がなにをしようとしてるのか知ってんのか?
俺は演説近くのベンチに腰掛けて一通り聞いて様子を見ることにした。
数分ここで過ごしてみると驚いたことに、こいつらの話に興味を持った市民が徒党を組んで奴らの話に「そうだそうだ!」と拳を掲げ出したんだが……。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 皆様の温かいご声援がある限り我々は決して! 決して諦めることはありません!」
「おお! いいぞ!」
「日本に平和を! 戦い続ける毎日に終わりを!」
パチパチパチパチ、と市民が感動のあまり拍手して応えてる。その胡散臭すぎる光景に吐き気が込み上げてくるのは俺がまだ正常な考えが持てているからか?
「馬鹿みたいだ……」
「ん? そこの君? 今なんて言ったのかな?」
「うげ! どうして俺の声が聞こえんだよ……」
木の台に乗っていたファンタジアの党員が降りてズカズカとこっちに向かってくる。
周りに居た市民……いや野次馬が奇異の目を俺に向ける。この場に俺の味方なんていないのだけは確かだ。
「少し話をしようか?」
その誘いが、とても恐ろしいものに感じた。
声か? 話し方がか? それとも周りの人々を巻き込んで醸し出されているこの空気感か? はたまた全てかもしれない。
まるで怪しい宗教の勧誘のようで俺は急いでこの場を走り去ることにした。
「君!」
呼び止められようがなにをされようが俺は止まらなかった。途中で野次馬達が俺の体を押さえつけようとしてきたけど力いっぱい振り解いた。
まるでゾンビだ。奴の話を聞いた奴らも洗脳されてんのか?
いやいや……それはないだろ! 奴はただの下っ端だ。ケリーの洗脳やら鈴と先生の会話やらを聞いてしまったから最悪の方にしか今は考えられなくなってんだろ!
しっかりしろ! と自分自身を叱りつけ俺は心休まる場を求めて街の中を走り回った。
だが、行く先々にファンタジアの党員が演説をしていて気が休まるどころかより一層不安を掻き立てられた。
これは異常だ。この世界は異常だ! 鈴も先生も……もしかしたらアリスやアカリも――
そんな最悪な考えが頭の中をぐるぐる駆け巡りながら、最後に行き着いたのは俺と鈴の暮らすマンションだった。
――――――――――――――――――――――――
バタンと家の扉が開かれてお兄ちゃんが帰宅したようだった。この場にアリスとアカリはいない。
猫カフェを堪能した後、各自解散になって各々作戦の指示を待つ間に体を鍛えようと考えたからだ。
聞いた話をお兄ちゃんにもしてあげなきゃ。
そう思ってお兄ちゃんが今に入ってくるのを待つとすぐに扉が開かれた。
「おかえり! お兄――」
「鈴……」
様子がおかしかった。いや昨日からそう思ってはいたけど、違和感程度に収まっていた。
にも関わらず今、私の目の前で血相をかいた様子のお兄ちゃんは明らかにおかしいと言える雰囲気が漂っていた。
「俺……俺ぇ……」
『鈴芽ちゃん……お兄ちゃんだけど明らかにおかしいよ? これってさ――』
『うん。ケリーとイズナが来た時の生徒達と似た感じがするわ』
目が血走っているという表現が正しいか近いだろう。
息も荒く飢えた野犬のように見える。
「お兄ちゃん! どうしたの? おかしいよ!?」
「おかしいのは鈴だ! いやこの世界も……何もかもがおかしい! おかしくておかしくてみんなどうかしてるッ!」
気でも触れたのかお兄ちゃんは飛び込むように私の腕を掴み押し倒してきた。いつもの様子なら天に昇るほど嬉しいはずの状況だけど、今のお兄ちゃんからは胸がときめかない。というかときめける余裕がない!
「離して! どうしたの! 何があったの!! 私の何がおかしいってのよ!」
「お前の中にいるのは誰なんだ! 先生が妹でこの世界が作り物!? なんなんだよ!」
「ど、どうしてそれを……」
『鈴芽ちゃん! 今はそれよりこの状況をなんとかしないと!』
ハッとしてお兄ちゃんの力に抗おうとしてみたが、単純な力だとまったく歯が立たない。かと言ってここで戦機を出してお兄ちゃんをより刺激するのもかえって危険だ。
どうすれば――
『ごめん、変わるよ!』
「え……」
私の意識が遠のいていく。これは大樹と入れ替わる時に感じるいつもの感覚だ。
俺は鈴芽ちゃんと入れ替わりお兄ちゃんの拘束から抜け出そうと藻掻いてみるが、確かに鈴芽ちゃんの思ったとおりとんでもない力だ。男女に力の差があるとはいえこれほどまでの力は流石におかしい。
でもそんな男でも唯一の弱点がある!
「でいっ!」
「ぎゃっ!」
足を拘束しなかったのは爪が甘かったねお兄ちゃん。
俺は膝で思いっきり金的を蹴り上げお兄ちゃんを退け反らせた。自分でやっといてなんだけど……おぉう。痛そう……。
全力で蹴り上げたからかお兄ちゃんは泡を吹いて気絶してくれた。起きてから暴れられても困るから俺は家の中にある布をロープ状に編み込んで手と足を拘束することにした。ふぅ。これで起きた時に暴れ出しても問題はないだろう。
『にしてもお兄ちゃんがどうして私たちの秘密を知ってたの?』
『俺たちだけじゃない。茜と沙織さん、ましてや世界の真実まで……そうか。今思えばここ最近のお兄ちゃんの様子が変だったのはきっとその真実を聞いてしまってからなのか』
この世界での生活に染まりすぎた弊害だな。油断した。きっと日常のどこかでお兄ちゃんに独り言、もしくは茜との会話を聞かれたんだろう。
『どうすんの?』
『どうするもなにも――』
このまま隠し通すのはかえってお兄ちゃんを混乱させてしまう可能性が高い。離してもそうなる可能性もあるけど……。だとしてもお兄ちゃんは鈴芽ちゃんに何か隠し事をされていることをずっと気にしてたし――
『話してあげよう。起きてからね』
こうなるとは想像もしていなかった。
俺の油断が招いた問題だ。説明するのは当然のことだ。
にしても様子がおかしかったのは秘密にしてたって理由じゃないはず。
『これって絶対奴らの仕業よね』
鈴芽ちゃんも気付いたらしい。そうだよね。この症状は洗脳を受けた生徒達の暴走と似てるところがあったもんね。
そう当たりを付けてはお兄ちゃんにどう説明しようか悩むことになった。
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