最終話 大魔道士は迎えに行く 前編
ターニャによって拐われ半年、マースは屋敷に軟禁されていた。
勇者として旅する中、ターニャが見つけた屋敷は数十年前に、ある国の王が王妃の目を盗み妾達と逢瀬を楽しむ為に作られた物だった。
その王国は滅び、屋敷の存在も忘れられていた。
なぜなら周囲には幾重にも隠蔽魔法が施され、見つから無かったのだ。
ターニャは屋敷にマースを閉じ込め、逃げられない様に屋敷の周りに結界を張った。
魔力の乏しいマースが逃げる事は不可能。
食料はターニャが変装し、近隣の街で購入していた。
当初は激しい抵抗をしたマースだったが、ターニャの懸命な釈明を一応は理解した。
しかし、それは全て手遅れだった。
もうマースの心にターニャはいなかったのだ。
絶望するターニャは大量の血を吐いた。
彼女の身体は既に限界だった。
マースはそんなターニャを看病した。
食事から介助、下の世話まで。
それは愛情からでは無い、ターニャが死んでも屋敷の結界は消えない。
『閉じ込められたままでは食料がいずれ尽きる。
そうなっては飢え死にしてしまう』
そんな打算からだった。
「もう体調は落ち着いたみたいだな」
自作の薬湯をターニャの部屋に運ぶマース。
ターニャはベッドから上半身を起こし、薬湯を受け取った。
「マースの作ってくれたポーションのお陰かしら」
薬湯を一気に飲み、慈しむ笑顔でマースを見るターニャ。
一時の錯乱は治まり、本来の優しい姿に戻っていた。
「そんな訳は無いと思う、勇者の力だろ」
ターニャにマースは素っ気なく返す。
実際マースが作ったポーションや薬湯だけであの状態になった人は救えない。
勇者のターニャだから助かったのは事実だった。
「そろそろ出してくれないか?」
マースは何百回と繰り返して来た言葉を言った。
「出たらあの女の所に帰るんでしょ?」
「当たり前だ」
頷くマース。
以前のターニャはその言葉に発狂していたが、この日は違った。
「どうして?もうマースは私を愛してないの?...」
「愛していたさ」
「マース...」
「でも今はハーメラを愛してる。
もうターニャを愛する事は出来ないんだ」
「私は今もマースを!」
ターニャが手にしていた薬湯の器が激しく揺れた。
「...もう遅いんだ、お前だって分かってるだろ。
もう俺達は終わったんだ」
空の器をターニャから受け取り、マースは立ち上がる。
「それは姦淫のせいよ、何度も言ったじゃない!」
悲痛な言葉。
いつものマースなら無視して部屋を出るが、ターニャ様子がいつもと違う事に気づいていた。
振り返りったマースはベッド脇に置いてあった椅子に座り直す。
「...俺は呪いでこんな姿から全く成長しなくなっちまった。
力はガキのままだし、魔法も使えない」
「そうよ、だから私はマースを守りたかったの」
マースの言葉にターニャは昔を思い出していた。
「お前は俺が単独で外出する事を禁止した。
1人買い物に行く事すらお前は許さなかった。
そしてヘカン達の言葉に乗ったお前は一緒に冒険に行く事すら禁じたんだ」
「...だって」
「留守番を言いつけられた俺が外に出ず、家で何をしていたか分かるか?」
マースの言葉に必死で記憶を辿るターニャ。
思い起こせば、その頃ターニャは自分のパーティーに夢中で、マースが何を考えていたか考えた事が無かった。
「...それは私の言いつけを守って」
「外に出られなかったんだ!
5年以上お前と一緒だったんだぞ?
1人で何をしていいか分からない、金も無い、俺はずっと装備の手入れや料理をするしか無かったんだ!」
「...知らなかった」
「そうだ、お前は知ろうとも思わなかった。
それでも俺は信じていたんだ、ターニャは俺を愛してるとな」
「愛してるよ、それは本当なの!」
「無理だ...あの時、俺はお前への愛は無くなった」
「...あの時?」
「お前が怪我をした時...」
『止めて!!』
そう叫びたいターニャは必死で堪えた。
ヘカンに抱かれ、絶望したマースの目。
全てが死にたい程の悪夢の記憶。
「その時俺はギルドに頼み込んで金を借りた。
外に出る恐怖よりお前を失う方が怖かったんだ。
そんな俺に、お前は...」
「....ごめんなさい」
うつむくマースにターニャは謝るしか出来ない。
1人家に取り残されたマースの苦悩を分かろうともせず、自分本意な行動を取り、ヘカン達に騙された過ちを今更ながら知ったターニャ。
「パーティーから逃げたした俺に待っていたのは厳しい現実だったよ」
「現実?」
「ああ、誰からも必要とされない。
ギルドで仕事の依頼を受けても断られる。
パーティーのメンバーに募集しても馬鹿にされるか...俺の身体目当てだった」
「そんなの....」
マースの悲痛な告白。
ヘカン達によってターニャが淫蕩に耽ってしまった地獄のような時、マースも地獄を彷徨っていた。
その事すら聞かないでマースと元の関係に戻ろうとしていた自分の浅はかさにターニャの胸は締め付けられた。
「そんな俺を救ってくれたのがハーメラだった」
「ハーメラが?」
マースから出た思わぬ名前にターニャの胸がざわめき立つ。
「『弟子にしてくれ』
俺の無茶なお願いにハーメラは快く頷いてくれたんだ」
「そんなの下心よ!
マースを自分の物にしたかっただけに決まってるわ!!」
「分かってたよ」
マースはターニャの言葉をあっさり肯定した。
「え?」
「そんなの分かってたさ、沢山の奴等からそんな目を向けられてきたんだ」
「それじゃなぜ?」
「それだけじゃないって分かったからだ。
ハーメラは本気で俺を心配してくれた。
魔力の無い俺を、何の力も持たない俺を...」
「それくらい私だって...」
『私だって心配していた』
そう言いたかったターニャ、しかし言葉が続かない。
「ハーメラは俺に知識を授けた。
魔力の無い俺に出来る薬やポーションの作り方を。
美味しい料理を作りたい俺の為、一緒に食べ歩きもしてくれた」
「ハーメラはそんな事を...」
「そして何より、ハーメラは俺が1人街に出てポーションを売り歩く様言ってくれたんだ。
俺が作ったポーション、自分の力で稼ぐ、これは本当に嬉しかった。
何度も危険な目に遭ったけど、ハーメラは必ず助けてくれたしな」
「...もういいわ」
嬉しそうなマースにターニャが呟いた。
「分かった、それじゃ」
マースが出ていき、部屋には静寂が戻る。
堪えていた涙がターニャの頬を濡らした。
「...敵わないな」
しゃくりながらターニャが呟く。
それはハーメラに対して、敗北を認める言葉だった。
翌日、ターニャはギルド本部に手紙を出した。
[マースは無事です、私達は此処に居ます。]
手紙には地図と隠蔽魔法の外し方、結界の解き方等が詳しく書き込まれていた。




