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最終話 大魔道士は迎えに行く 後編

「行くのかハーメラ?」


 隠蔽魔法を解かれ、現れた一軒の屋敷。

 その建物を包囲する一団の中から歩み出たハーメラに心配そうなアレクが尋ねた。


「ええ」


「まだ身体だって本調子じゃないんだろ?

 それにお前...」


 半年前、ターニャからの手紙を受け取り、ギルド本部は精鋭部隊を屋敷に派遣した。

 屋敷から出てきたターニャは言った。


『ハーメラを呼んで』


 その言葉を受けハーメラが屋敷に着いたのは更に半年後だった。

 それには訳があった、彼女の胸には小さな赤ちゃんが抱かれていたのだから...


「大丈夫、この子はマースの子よ。

 早くお父さん(マース)に会いたいわよね」


向こう(ターニャ)がお前と交渉したいって話だが、やっぱり強行突破した方が」


「ダメよ、万が一ターニャがマースに危害を加える可能性だってあるし」


「まあそうなんだが」


 ハーメラの言葉に歯切れが悪くなるアレク。

 彼は今回の指揮をギルド本部から任されていた。

 出来れば被害を出す事無く終わらせたい、しかし乳児を連れたハーメラを行かせるのには反対だった。


「もう無茶はしないから」


「分かった、もう止めねえぞ」


「ごめんなさい」


 ハーメラはアレクに頭を下げた。

 プライドの高かったハーメラ、以前なら考えられない変化だ。

 ハーメラはアレク達から離れ、静かに屋敷の敷地内に足を踏み入れた。


「やっと来たのね」


「ええ、お待たせ」


 ハーメラが玄関前に着くと扉が開き、ターニャが姿を現した。


「...子供が出来てたんだ」


 ターニャはハーメラに抱かれて眠る赤ちゃんを見ると何とも言えない顔をした。


「マースとのね」


「分かってるわ」


 静かに微笑むハーメラにターニャは毒気を抜かれ、高まっていた緊張が解けるのを感じていた。


「マースは?」


「こっちよ...」


 ターニャは屋敷内にハーメラを案内する。

 罠では無いか?

 そう思われても仕方ない。

 しかしハーメラは警戒する事無くターニャに続いた。


「随分と雰囲気が変わったわね」


 ターニャの後ろ姿にハーメラが呟く。

 前回の様な殺気は全く感じられない。

 胸で静かに眠る赤ちゃんがそれを証明していた。


「....少しだけ良いかしら?」


 ターニャが振り返り呟く。

 約束では、このままマースの待つ部屋に直行するはずだった。


「大丈夫、約束はちゃんと守るから」


「分かった」


 ターニャの真剣な表情にハーメラは頷く。

 何をされても今のターニャには遅れを取らない、一目見た瞬間から感じていた。


「座って」


 ハーメラは大きな部屋に案内される。

 ここは食堂の様だ。


「何か飲む?」


「結構よ、持ってきたから」


 ハーメラは持参の鞄から水筒を取り出す。

 中身は母乳がよく出る様に自分で調合した特性の薬草茶だった。


 水筒からお茶を一口啜り、ターニャに向き直る。

 口の中が乾いていたハーメラ、一つ大きな深呼吸をした。


「で、話って?」


「この一年の話よ」


「聞かせて」


 ハーメラを前にターニャは静かに語り始めた。

 拐った最初の半年間、体調を崩したターニャをマースがいかに自分を助けてくれたかを。


「...そうだったの」


 動揺する事無くハーメラが頷いた。

 ハーメラから嫉妬は感じられない、

 それどころか、ホッとした様な笑みを浮かべていた。


「...どうして?」


「何が?」


「どうして何も言わないの!

 私はマースを拐って閉じ込めた、それなのにマースは一生懸命に介助してくれたんだよ?」


「だって、そうしなきゃマースは自分が助からないと考えたからでしょ?」


「それは...」


 あっさりとマースの考えを言い当てたハーメラ。

 穏やかな言葉にターニャは怯む。


「あれだけ薬を乱用したらそうなるわよ。

 貴女が狂死しでもしたらマースは自分で逃げられないから」


「ごめんなさい!」


「ターニャ?」


 ターニャは突然頭を下げる。

 ハーメラはターニャの予想外な行動に唖然とした。


「言われた通りだった。

 私の自分勝手で失ったのに、貴女から大切なマースを...」


「済んだ事でしょ」


「...ハーメラ」


「もう戻らないの、それは残りの半年で分かったでしょ?」


「...そうね」


 半年前マースの真意を聞き、ようやく理解したターニャ。

 それからの半年は穏やかな時間だった。

 しかしマースの心にあるハーメラの存在に打ちのめされる時間でもあった。


「これからどうする気?」


 ハーメラはゆっくり尋ねた。


「どうにもならない、私はギルドに拘束されるだけよ」


「そうね」


 ターニャはハーメラ以外誰も傷つけはしなかった。

 しかしマースを拐い、ハーメラの家に火を放った。

 それだけで充分な重罪だった。


「勇者の力に溺れたばっかりに私は...」


 涙を流すターニャ。

 力に溺れ、自分を見失い、結果全てを失ったのだ。


「泣かないの」


 そんなターニャにハーメラは語り掛けた。


「私もよ、なまじ魔力があったばかりに無茶やってマースを守れなかった」


「でも、それは...」


「マースを奪われてやっと分かった。

 ターニャ、貴女の気持ちがね」


「私の気持ち?」


「ええ、身を割かれる悲しみよ。

 この子が居なければ私は貴女と同じ途を歩んでいたでしょうね」


 ハーメラは胸に抱く我が子を優しくあやした。

 赤ちゃんはいつの間にか目を覚まし、笑っていた。


「良いな...」


 赤ちゃんを見つめるターニャが呟いた。


「ターニャ、貴女はまだやり直せる。

 確かにマースを失ったけどね」


「無理よ」


「無理じゃない、今の貴女ならきっと」


 優しく微笑むハーメラと赤ちゃんの目にターニャは固まってしまった。


「ゆっくり考えなさい、そろそろ行くわね」


 ターニャを残し席を立つハーメラ。

 マースの気配は感じていた。

 隣の部屋に居る愛しい人の気配を。


「...マース」


 マースの居る部屋の扉に手を掛ける。

 結界は難なく外れ扉が開いた。


「ハーメラ!!」


 中から飛び出したマース。

 一年振りの再会。

 ハーメラと抱き合おうとしたが、胸に抱かれていた赤ちゃんにマースも固まってしまった。


「....あのハーメラ」


「何?」


「この赤ちゃんって...まさか」


「貴方の子供よ」


「そんな...まさか...」


 あまりの驚きにマースは頭が追い付かない。

 しばらくハーメラと赤ちゃんを交互に見ていた。


「男の子よ、まだ正式な名前は無いの」


「そうなのか?」


「ええ、二人で決めたくって」


「...ありがとう」


 マースがそっとハーメラと赤ちゃんを抱き締める。

 ハーメラより背丈の低いマースだが、違和感は無かった。


「行きましょマース」


「ああ」


 並んで部屋を出る三人、ターニャは黙って見つめていた。


「ターニャ」


 マースが静かに声を掛けた。


「何?」


「元気でな」


「え?」


 思いもよらないマースの言葉。

 何が起きたかターニャは理解出来ない。


「ターニャ、私は貴女の罪を問わない。

 だからやり直しなさい」


「ハーメラ...そんな私は」


「良いでしょマース?」


「ハーメラが良いなら」


 頷き合う二人にターニャの目から再び涙が溢れた。

 屋敷を出たマース達。

 一年振り開放されたマースは大きな伸びをした。


「家に帰ろうか?」


「ごめんね、家は無いの。

 この一年、ギルド本部に住んでたから」


 申し訳無さそうにハーメラが言った。


「それって...どういう事?」


「色々あったのよ。

 そうだ、新しい家を作りましょ。

 子供部屋も居るし」


 何でもない事の様に笑顔のハーメラ。

 釣られてマースも笑う。


「新しい家か、楽しみだ」


「マースの食堂も一緒にどう?」


「良いの?」


「もちろん、そうと決まれば早速行きましょ」


「どこに?」


「新しい家を作る場所探しに」


「そうなの?」


「ええ、旅はこれからよ!」


 明るく笑うハーメラに赤ちゃんも笑い、マースの笑い声も響いた。


 そして数年後、一軒の食堂が開店した。

 美味しい料理を安く提供する店はたちまち評判となり、毎日の様に大勢の客が訪れ店は繁盛した。


 その中に笑顔で食事を楽しむ勇者の姿も時折見られたのだった。


おしまい。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >「ターニャ、私は貴女の罪を問わない。 でも家は弁償させたいですね……。
[一言] うむ大団円。 元と今の和解か。 勇者様も回復して何より。
[良い点] 3回読んで気づきました(すみません) 題名が2重掛け ですごい! 最初は逃げるためのに恋人と旅出る だけど  最終話は ハピーエンド(安住の地)へ恋人と旅に出る  なんですね。 だから勇者…
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