31.6#いっきとうせん!
もう目と鼻の先まで、馬車の大群が迫ってきていた。
遠距離から魔法を放ってこないのはありがたい。
こちらを舐めているのか、あるいは単に様子を見ているだけなのかはわからない。
不思議と心は落ち着いていた。
やるべきことが明確に決まっているからかもしれない。
死なないこと。
そして、目の前の連中を全員ぶちのめすこと。
私は大剣に魔力を滾らせ、横一文字に薙ぎ払った。
「火焼壁!!!」
眼前に、炎が巨大な壁となってせり立つ。
炎そのものに大層な威力はない。
だが、目眩ましとしては十分すぎる。
私は大剣を大きく振りかぶり、自ら作り出した炎の壁へと突っ込んだ。
壁を通り抜けざま、すれ違う馬車の御者台ごと大剣で強烈に叩き斬る。
木っ端微塵に砕け散る木片の景色が、まるでスローモーションのように見えた。
足に魔力を流し込み、次なる馬車へと地を蹴って跳ぶ。
おっさんの戦い方の見よう見まねだ。
あの人ほど滑らかで上手くはないけれど、今の私にはこれで十分だ。
先頭を走る二頭の馬の間を俊敏にすり抜け、魔力を込めた大剣を頭上から振り下ろして御者台ごと荷台を叩き割る。
弾け飛ぶ木片の破片が顔を掠め、御者台の男の体がゆっくりと倒れていく瞬間まで、鮮明に視界に映っていた。
戦闘の真っ只中にいながら、驚くほど周囲の状況が立体的に見えている。自分でも少し不思議な感覚だった。
すぐさま足の魔力を解放し、その反動を利用してさらに前へと跳躍する。
正面から男たちが四人、思い思いの武器を構えて飛びかかってくるのが見えた。
「くたば……」
剣を掲げた男が叫び終えるより早く、私の繰り出した大剣の横薙ぎが四人の体を一閃した。
鮮血が吹き荒れる前に横へと跳んで回避する。周囲にはまだ無数の気配がある。
だがそれ以上に、上空から三個の火球が落下してくるのが見えた。
「先にこっちを処理っと!!」
魔力を纏わせた大剣を一振りすると、襲来した火球はあっけなく掻き消えた。
刃へさらに高密度の魔力を流し込んでいく。
周囲から同時に飛びかかってくる三人分の魔力反応を正確に探知する。
「豪火裂刃灰塵斬!!!!」
紅蓮の炎を爆発的に纏った大剣による回転斬りが、空間ごと敵三人を叩き斬った。
猛烈な熱風と風圧によって、周囲にあった馬車の瓦礫までもが遠くへ吹っ飛んでいく。
一振で馬車を叩き割り、すれ違いざまに二人、三人と斬り伏せていく。
昔の私なら、相手の力を正面から受け止めて力任せに押し返していた。
けれど今は違う。足が存分に動く。
縦横無尽に戦場を駆け回ることができる。
広範囲の魔力探知で常に敵の位置を把握しながら、次々と迫る馬車を粉砕し、飛びかかってくる兵を斬り捨てていった。
これなら五分なんて余裕で持たせられる。
そう高を括った、まさにその矢先だった。
「死ねや!!」
頭上から巨大な大剣が迫る。
咄嗟に己の大剣を前へ突き出し、刃で受け止めた。鼓膜を刺すような甲高い金属音が鳴り響く。
こいつ、気配と魔力を殺すのが上手い。
直近まで近寄られるまで気付けなかった。
受け止めた相手の大剣の威力を横へ受け流す。
その回転の勢いを殺さず、男の胴体を切り伏せるために体をひねって渾身の一撃を叩き込んだ。
男も咄嗟に大剣を構え直して防御姿勢を取ったが、差し出された大剣ごと、その胴体は真っ二つに両断された。
危ない、絶対に気を抜いちゃ駄目だ。
男の上半身が地面に落ちるのすら見届けず、すぐさま横へ跳んで体勢を整える。
リアから貰った、私があれこれ我儘を言って作ってもらったこの大剣が無ければ危なかった。
今のは純粋な武器の質の差に救われたに過ぎない。
「まだまだ!!」
己の慢心を振り払うように、激しく声を張り上げた。
眼前の二人を一瞬で叩き切り、背後から忍び寄る一人を容赦なく蹴り飛ばす。
魔力探知の感触でわかるが、敵はまだまだ大勢いる。
百人ぶった斬ろうが、私は絶対に止まらない。
一体何台の馬車をぶっ壊し、何人の敵を斬ったかも判然としなくなった頃、凄まじい速度で迫る火球の存在に気付くのが一歩遅れた。
大剣で振り払おうにも間に合わない。ここは耐えて受け止めるしかない。
私は歯を食いしばり、左腕で顔を覆った。
しかし、一向に届かない衝撃を不思議に思い、ゆっくりと腕を下ろす。
「五分だ」
目の前に立っていたのは、リュウの大きな背中だった。
「悪かったな。前言撤回させてくれや。そこそこじゃねーな。さすがトールのお気に入りだわ」
周囲の至る所で、激しい落雷が次々と発生し始める。これはゴウの魔法か。
「怪我ねーか?」
「無い!じゃあ、あと五分暴れるか!」
「だな!俺もやりたくてウズウズしてたとこだ!」
リュウはそう言い捨てるや否や、視界から消えたと錯覚するほどの超スピードで敵陣へと突っ込んでいった。
人がまるで軽石か何かのように空へ吹っ飛んでいく様子が、ここからでもハッキリと見えた。
その時、私のすぐ近くに誰かが着地した。
「ロゼッタさん、大丈夫ですか!?」
巨大なハンマーを抱えたゴウが心配そうに問いかけてくる。
「余裕!」
「あんまり無茶しないでくださいよ!まだここに到達してない別の小隊も、そろそろ来そうです!」
「じゃああと五分、お互い絶対死ぬなよ!」
コクリと頷いたゴウは、すぐさまハンマーを片手に戦場へと跳び去っていった。
跳んでいった先からは、無数の雷撃と共に地鳴りのような振動が地表を伝って伝わってくる。
この先どれほどの小隊が押し寄せてこようが、この二人がいれば、あと五分どころか何時間でも持ちこたえられそうだ。
再び足に魔力を流し込み、敵の渦中へと飛び込んで一閃する。
次から次へと斬り捨てていくが、ようやく手に馴染んできたこの大剣には刃こぼれ一つついていない。
体もまだまだ動く。
自分がさらに強くなれたという実感を肌で感じながら、私はひたすらに大剣を振るい続けた。
人が空を舞う景色の中、雷と炎が戦場を苛烈に彩っていく。
迫る敵の姿がまばらになってきた頃、背後から馬車が猛スピードで走ってくる気配を感じ取った。
私の横で急停車すると、御者台のソーマが声を張り上げる。
「乗れ!」
その言葉と同時に、私は一躍して御者台へと飛び乗った。すぐさま馬車が再び地を蹴って走り出す。
「もう10分経ったのか?」
「正確には12分だな。サキから連絡があった。どうやらあっちも何かトラブルがあったようだ」
馬車を巧みに操りながらソーマが答えた。
トラブルという不穏な単語に、一瞬ピクリと心が反応したが、すぐに思い直す。
「まぁ、おっさんがいるなら大丈夫だろ」
私は御者台に腰を下ろし、大剣を背中へと収めた。
「随分、信頼してるんだな」
リュウとゴウの元へと馬車を急がせながら、ソーマがボソッと呟く。
「やるときはやるおっさんだからな」
「そうか」
その言葉に小さく笑みを浮かべたソーマを見て、この男が笑ったところを初めて見たな、と私は思った。
馬車が止まり、待ち構えていたリュウとゴウが乗り込んでくる。
荷台に乗ろうとしたゴウに向かって、リュウが叫んだ。
「ゴウ、こっちだ!上だ!」
荷台の上に跳び乗ったリュウを追いかけ、身軽な動きでゴウも屋根の上へと登っていく。
「こっからは迎撃戦だ!ロゼッタちゃんはソーマと代われ。俺とゴウは迎撃する!ソーマは馬車守れよ!」
「よっし!振り落とされんなよ!」
私は手綱を引き継ぐと、一気に馬を走らせ始めた。すぐさま最高速度まで加速させる。
「翔ぶが如く!!目指すは転移門!!突っ走るぞ!!」
荷台の屋根の上で、リュウが高らかに叫んでいる。
陽動作戦は無事にうまくいった。
あとは転移門までの道のり、追撃してくる敵を振り払いながら突っ切るだけだ。
トラブルだろうが何だろうが、しっかりやれよ、おっさん。
手綱を握りしめる手に、ぐっと力が込もった。




