31.3#かべはぶっこわすもの!
「よし、サキから連絡きた」
大きく伸びをするリュウを見ながら、隣のゴウも立ち上がった。
大剣が背中にあるのか確認するのが癖になっていた私は、背中にある大剣の重みを感じながらリュウに視線を向けた。
「しかしほんとに壁を壊せるのか?魔力反発は抜きにしてもかなり厚いんだぞ、この壁」
「ロゼッタちゃん、まーだ疑ってんの?まぁ今からぶっ壊すから慌てず見とけよ」
そう言うと、リュウは右腕をグルグルと振り回し始めた。
「ソーマ!馬がビビるからちょっと離れててくれや!」
御者台に座るソーマは無言のまま頷くと、馬車を操って壁から距離を取った。
「……ロゼッタさんなら、魔力反発が無かったらこの壁壊せますか?」
隣にいるゴウが静かに耳打ちしてくる。
「んー……まぁ、一人分通れるくらいなら。馬車が通れるようになるまでと言われると難しいかもしれないな。ゴウならいけるか?」
「俺は厚みがわからないのでなんとも……」
ゴウはそう言いながら、腕を組んで壁を凝視している。
穴があくほど勇者たちの伝記を読んで、リュウの凄さは知っている。
拳でドラゴンをぶっ飛ばし、その落下したドラゴンによって街が半壊した話や、拳一つで数多の魔法攻撃を打ち消す逸話など、いくらでもあった。
それが今目の前で見られるのかと思うと、身体がゾクッと震えた。
「んじゃ、やるか」
馬車が十分に離れたのを確認したリュウは、スタスタと壁に向かって歩いていった。
壁の前に立ち、右拳を左手に叩きつけて気合いを入れる。
途端に、爆発的な魔力量がリュウから溢れ出た。
ゴウやおっさんの魔力も凄まじかったが、これは頭一つ分抜けている。
リュウ越しに見える景色や壁の輪郭が揺らいで見えるほどの圧だ。
……こんな人間がいるのか。
ゾクゾクする高揚感が、私の全身を駆け巡っていった。
リュウは拳を構えた。
「『爆』」
その言葉と共に、周囲に漂っていた魔力が右拳へと一気に収束していく。
ここ最近、私自身がずっと練習していたからこそよくわかる。
綺麗で無駄のない魔力の流れだ。
振り上げられた拳が、壁に叩きつけられる。その瞬間、壁は言葉通り爆散した。
目の前から吹っ飛んでくる瓦礫に、私は思わず腕で顔を覆う。
天高く跳ね上がった瓦礫がパラパラと降り注ぐ中、リュウはその凄惨な景色を背にしてこちらを見ながら笑っていた。
「な?ぶっ壊せたろ?」
無邪気な笑みを浮かべる顔にはまったく似合わない過激な背景に、私は絶句して言葉が出なかった。
「……ヤバいっすね……」
隣のゴウも呆気にとられたように呟いている。
人一人どころか馬車が三台並んで通れるのではないかと思うほど、そこに壁だったものは跡形もなく消失していた。
「だから言ったろ。まったく、こっちのヤツらは話聞かねーんだから」
ボヤくリュウを横目に、話を聞いていないのではなく信じられないだけだと言い返したくなったが、言葉を飲み込んだ。
「そんで、お前ら魔力抑えてんだろ?ちょっと見せてみろよ」
「わかりました」
ゴウはそう言うと、緊張を解くように体を緩めた。
途端に、周囲へゴウ独特のバチバチと弾ける雷の魔力が漂い始める。
「いいね!なかなかやれそうだなお前!」
リュウは機嫌よくゴウの肩をバンバンと叩いている。
か弱い声で小さく「あざす」と返事をするゴウが珍しく、ついじっと顔を見てしまった。
「よし、そのままもうちょい解放して魔力放出させてろ!」
「え?あ、はい……」
リュウの指示に、ゴウは素直に魔力をさらに引き上げていく。
「んで、ロゼッタちゃんも解放してよ」
「いや、私は抑えてない」
「なに!?これが全力ってことか!?」
リュウは目を見開いて、私の頭から足元までを失礼なくらいじっくりと見てきた。
その瞳には、私の魔力量に対する隠しきれない不安が映っている。
「んー……あ、そうか。こっちの人だったな、ロゼッタちゃんは……んじゃ、その大剣持って魔力溜めてみろ」
私は言われた通り、背中から大剣を引き抜いて構えた。
大剣の身へ馴染ませるように、自身の魔力を流し込み、溜めていく。
「まぁ、そこそこだな!トールのお気に入りって言うからちょっと期待してたわ」
そう言い捨てると、リュウは軽く笑いながら、破壊した壁の向こうへとスタスタ歩いていってしまった。
その背中に、正直なところ少し苛立ちを覚えた。
召喚者と呼ばれている異世界の連中と比べれば、私の魔力が劣っていることくらい百も承知だ。
けれど、あの小馬鹿にしたような態度は釈然としない。
「ロゼッタさん、顔怖いっすよ」
「え?あ、ごめんごめん」
ハッと我に返ると、ゴウが心配そうな面持ちでこちらを覗き込んでいた。
「なにやってんだ、お前らもこっち来いよ!」
崩れ去った壁の向こう側から、リュウが早くしろと言わんばかりに声を張り上げた。
その声につられて、ゴウはリュウの元へと歩き出した。私も大剣を納めないまま、ゴウの後を追う。
「それで、陽動って言われてますけど、具体的にどうするんですか?」
ゴウは呑気に頭を掻きながらリュウに問いかけた。
「そうだな。めんどくせーこと考えんのは苦手なんで、ざっくり言うぞ。ここで10分持たせる。その後突っ切る。以上」
そう言うと、リュウは先ほど壁を破壊した時と同じレベルの凄まじい魔力を再び解放させた。
目の前から津波のように溢れ出てくる膨大な魔力を真正面から受け流しながら、私は吹き飛ばされないよう足に力を込める。
「えーっと……ここまで敵をおびき寄せて陽動して、その後、馬車で迎撃しながら転移門の方へ移動……であってますか?」
「そう、それそれ!お前、仕事できるタイプだな!いいぞ!」
リュウは無邪気に笑いながらゴウの肩を組んだ。
規格外の魔力を持つ二人が楽しそうにしている。
「サキの話だと、転移門付近に小隊を組んでる連中がいる。そいつらをある程度、俺らの魔力でここまで引きつけて潰す」
大雑把な計画だったが、陽動なんてものはこれくらいでいいのだろう。
下手に細かい計画を立てたところで、現場では自分たちの足枷にすらなりかねない。
「まぁ、ロゼッタちゃんはソーマと一緒に馬車でも守っといてくれや。ゴウ、お前はこっち来い」
すっと前線へ出ようとするリュウの背中に対し、私の口から自然と言葉が零れ落ちていた。
「私一人で、五分持たせる」
「……なに?」
リュウが足を止め、振り返る。
「だから、私一人で五分持たせる。残りの五分だけ手伝ってくれたらいいよ」
じっとこちらを見つめてくるリュウの瞳は冷たく、私の全てを見透かそうとするかのように射貫いてくる。
「トールからよろしく頼まれてんだ。ロゼッタちゃんが死んだら、俺があいつに怒られるんだけど」
「大丈夫。私、死なないから」
私は大剣を肩に担ぎ直し、二人を追い越して遠くの景色を見据えた。
「可愛い顔してんのに、意外と頑固だな……わかったよ。五分任せる。もし危ねーと思ったら、そこで即終わり。それでいいな?」
「上等」
私は挑むような笑みを返した。
出来ないことを出来ると言っているわけじゃない。
出来る確信があるから口にしたのだ。
大剣を握る手にぐっと力がこもる。
「そろそろ来るな」
遠くの方から、地鳴りのような響きと共に敵の小隊が見え始めてきた。八十……いや、百人は下らない人数だ。
「ほんとにいいんだな?まじで死んだら俺がトールに怒られるんだけどな……」
「心配すんなって。おっさん優しいから、ちゃんと許してくれるよ」
「あのな……まじで無理だと思ったらすぐ止めるからな!」
「それでいいよ。リュウさんはのんびり後ろで見てて」
「……昔のトールの女バージョンみたいな奴だな……わかったよ!まじで無茶すんなよ!」
吐き捨てるように言うと、リュウはゴウを引き連れて引き返し、壁の跡地の方へと向かっていった。
私は大剣を構え直した。
おっさんも言っていたし、私自身もずっと同じことを思っていた。
やるときはやる。
それが私だ。
立ち上る土煙が次第に大きくなり、敵の騎馬や兵たちが猛スピードで近づいてくる。
あれこれとごちゃごちゃ考えるのは苦手だ。
ローズバラン大陸を飛び出したあの時から、何も変わっちゃいない。
立ち塞がる壁も運命も、全て力でこじ開ける。
私には、それしか出来ないからだ。
大剣の柄を固く握り直し、刃へ一気に魔力を流し込んでいく。
さあ、開戦だ。




