30#作戦?
呑み会は樽のビールが空っぽになるまで続いた。
ロゼとゴウは初対面の仲間たちとも打ち解けるのが早かった。
リュウは、ロゼが自分の武勇伝に目を輝かせて耳を傾けているのが相当嬉しいらしく、酔っ払いながら実に楽しそうに喋り倒していた。
あれほどリュウとサキの伝記を読み込んでいたロゼからすれば、まさに夢のような時間だったのだろう。
無邪気に楽しんでいるロゼの姿を見ているだけで、俺の頬も自然と緩んだ。
ゴウはその社交的な性格も手伝ってか、ミズキやソーマと早くも打ち解けて話し込んでいた。
召喚者同士、元の世界の話でもしているのだろう。
たまに耳へ飛び込んでくる元の世界ならではの単語に、俺もふっと懐かしさを覚えた。
ルーベは挨拶もそこそこに、まるで気配を消すように荷台へ逃げ込んでしまった。
人見知りをするようなタイプには見えなかったが、人は見かけによらないのかもしれない。
サキはビール特有の苦味に嫌そうな顔をしながら付き合っていたが、途中で耐えかねたのか、小屋の裏手で体を洗ってくると言って席を外した。
さっぱりした顔で戻ってきてからは一切ビールに手を付けず、のんびりと宴の様子を眺めていた。
そんなこんなで俺たちは無事に再会を果たしたのだった。
楽しかった宴も終わりを告げ、明けた翌朝。
小屋の中には昨夜の賑やかさとは打って変わった、重く張り詰めた空気が満ちていた。
俺たちは床の地図を囲み、鋭い視線を落としている。
「じゃあ、状況を整理するわよ。私たちが今いるのはここ。そして、魔王が潜んでいるのがここね」
サキの白い指先が、地図上の二点を順番に指し示した。
「この最北端の城まで、ここから一気に直線で攻め込むわ。回り道は一切しない」
サキの静かで整った声が、張り詰めた空気をさらに鋭く研ぎ澄ませていくように感じられた。
「壁はどうするんだ? 確か北へ抜けるには三つの門があったはずだろ。どこを突破するか決めてあるのか?」
俺の問いかけに、サキは感情の起伏を感じさせない落ち着いた声で返した。
「門は通らないわ」
「……上空を飛び越えるのか?」
「違うわよ。壁そのものをぶっ壊すの」
サキは地図に描かれた巨大な壁の線を、指先でトンと軽く叩いた。
「……サキさん。それは無理だ。あの壁は魔力を強力に反発させるんだ」
真剣な眼差しになったロゼが静かに呟いた。
俺もかつてあの壁に直接触れているからよく分かる。
あれは通常の魔法や打撃でどうこうできる代物ではない。
「そうね。あの壁には極めて強力な反発術式が施されているわ。地中深くから張り巡らされているから、術式の解除も不可能なの」
壁を見てきたのか詳細なことまで語るサキは、どこまでも淡々と話を続けた。
「だから、壁を壊すしかないの。もちろん普通の魔力じゃダメ。無界魔力で壊すのよ」
「俺の無界魔力なら反発しないことは確認済みだ」
腕を組みながら壁に寄りかかっていたリュウが、当然のように言った。
「なるほどな……どの属性にも属さない無界魔力なら……」
「そう、壊せるの。門に配置されている大勢の敵勢力をすべて無視して先へ進めるわ」
サキは地図の壁の線から魔王の根城である城まで、スーッと指を一直線に動かしてみせた。
「……壁の突破は分かった。だが、その先はどうする?地図を見る限り、この直線状にある都市と城の手前の拠点には、確実にまとまった戦力が配置されているぞ」
俺は壁と魔王の城の中央に描かれている都市と、魔王の城のすぐ南に位置する場所を指先で突いた。
「突っ切るの」
「……なに?」
「だから、突っ切るのよ。言葉通りの意味ね。馬車二台で途中の都市も、城の前に立ちはだかる敵勢力も、すべて迎撃しながら一本道で突っ切るの」
瞬間、場は水を打ったように静まり返った。
俺はゆっくりと全員の顔を見渡した。
もしこの場にいるのがリュウ、サキ、そして俺の三人だけなら、俺はその無茶な作戦にも首を縦に振っていただろう。
「……ちなみに聞くが……ソーマ。あんたはどれくらい戦える?大勢を相手にどこまで立ち回れるんだ?」
不意に話を振られたソーマは、ゆっくりと地図から視線を外し、俺の目をまっすぐに見つめ返してきた。
「俺は攻撃には向いていない。どちらかと言えば、守る方が得意だ」
「……ミズキが攻撃、ソーマが防御。そんな役割分担でここまで乗り切ってきたのか?」
「そうだ」
俺はミズキの方をチラリと見た。
視線が合った途端、彼女はビクリと肩を跳ね上がらせた。
その瞳は、まだ見ぬ敵やこれから訪れる死闘への怯えに揺れている。
続いて隣のロゼとゴウへ視線を向ける。
二人は黙ったまま、俺の言葉を待っていた。
ロゼは絶対的な魔力量こそ多くないが、この世界でずっと冒険者として場数を踏み、戦闘を日常として生きてきた。
ある程度の修羅場なら持ち前の胆力で乗り切れるはずだ。
ゴウはどうだ。召喚者であり、圧倒的な魔力量と強力な雷魔法を持つ。
広範囲や多方向への攻撃もこなせるだろう。
……それでも、敵の全容や正確な戦力は未知数のままだ。
そんな状態で長時間の乱戦になれば、精神的にも肉体的にも疲弊は計り知れない。
「……危険すぎる。こんなものは作戦と呼べる代物じゃない……無茶が過ぎるぞ」
「こちらの総合戦力は決して低くないと見積もっているけれど?」
「魔力や単体の戦闘力だけを見ればそうかもしれない。だが、本格的な実戦や乱戦に慣れていない奴が多すぎる。この大乱戦を、全員が生きて城まで辿り着けるとは到底……」
俺は途中で言葉を切り、サキを強く見据えた。
ジッとこちらを見つめ返してくるサキの瞳の奥は、どこまでも冷徹に、そして静かに燃え上がっていた。
……そうか。
サキは最初から、犠牲者が出ることを織り込み済みで考えているのか。
確かに敵の本丸へ乗り込む以上、相応の危険が伴うのは当然だ。
仲間を捨て石にするような犠牲前提の作戦だけは、すぐに肯定出来るようなものでは無い。
だが、その疑念を今ここで口にするわけにはいかなかった。
言えばパーティー内に余計な迷いや揺らぎが生まれる。
極限の戦闘において、その僅かな揺らぎは確実に壊滅的な崩壊へと繋がるからだ。
「他に何かいい作戦でもあるわけ?それとも、また呑気に潜伏でもしてみる?」
サキの射抜くような視線を受け止めながら、どこか挑発的な言葉が耳に届く。
元々の俺たちの計画は、身を隠しながら極力戦闘を避けて城まで潜入することだった。
けれど、俺たちがこちら側へ攻め込んでいる事実が既に敵へ漏れていると分かった今、潜伏しながら進むなど現実的ではない。
もし潜伏中に足がついた場合、挟み撃ちの乱戦状態に陥れば、その被害は正面突破を試みた時以上のものになるだろう。
そう考えると、やはりサキの言う通り、力任せに正面突破して道を切り開くことこそが最も適切な選択肢に思えた。
「……」
それでも、言葉が喉に引っかかって出てこない。
「過去の魔王討伐だって、正面から堂々とぶつかっていったろ。結果、誰ひとり欠けずに勝てたんだ。今回も同じようにやればいいだけだろ」
リュウは俺が何に対して躊躇しているのかすら理解していない様子で、あっけらかんとサキの作戦を後押しした。
「……」
確かに、前回の魔王討伐も押し寄せる敵軍を正面からすべて迎撃して前進した。
だが、当時と今回とでは決定的に異なる点がある。
パーティーの総合戦力、そして布陣だ。
昔は仲間も多く、何よりルカという絶対的な回復役に回ってくれる存在がいた。
あの過酷な戦いを全員無事で乗り切れたのは、ルカの神がかり的な補助があったからだと言っても過言ではない。
翻って今のパーティーを見渡せば、高位の聖魔法を扱えるのは俺とサキくらいしかいない。そして回復魔法を苦手にしている俺以上に、サキの回復適性は低かったはずだ。
今の面々で組まれたこのパーティーは、よく言えば圧倒的な超攻撃型だが、一度その猛攻を凌がれ、強烈な反撃を受ければ一気に瓦解する脆さを孕んでいる。
本当に、このまま突っ込むしかないのだろうか。
俺の思考は何か他に打開策はないかと泥沼の中でぐるぐると策を探し続けたが、一向に決定打は見つからなかった。
「……少しいいかな?」
その時、静寂を破るようにロゼの声が小屋の中に響いた。
「いいわよ。何か名案でも思いついたかしら?」
サキは口元にうっすらと笑みを浮かべたが、その瞳の奥にある冷徹な光は変わらない。
「壁を破ったら、そのまま西北西の方角へ向かって進む」
ロゼが指し示した西北西の方角は、目的地である城から大きく逸れており、一見すると意図がまったく掴めない。
慎重に地図を指でなぞりながら説明を続けた。
「そして、ここだ。まずは全員でここまで辿り着く」
指を止めたのは、地図上では何も記載されていない空白の場所だった。
位置としては、かつてキャシュが守っていた門のさらに北側に当たる。
「……そこに辿り着いて、一体どうするつもり?」
不可解そうに首をかしげながら、サキはロゼの顔を覗き込んだ。
「おそらく、そこに城へと繋がる転移門があるはずだ」
真剣そのものの眼差しで、ロゼはサキの視線を正面から見返した。
「……転移門ねぇ……それ、確実な情報なの?」
「いや、10年前に一度確認しただけだ。今も機能しているかは、正直言えば賭けになる」
「ロゼッタのその不確かな賭けに、私たち全員の命を差し出せってこと?」
サキの冷ややかな一言に、場にいた全員が固唾をのんで息を呑んだ。
「意味もなく最北端の城なんかに陣取るほど、魔王幹部のヴァルグは馬鹿じゃない」
ロゼの語気には、確固たる信念と強い力がこもっていた。
「全方位から挟み撃ちにされないようあの立地を選び、万が一の際の逃走経路として転移門を確保しているはずなんだ。もし多方向からの敵に対処するだけなら、守りに適したこっちの北東の城を本拠地にしているはずだ」
そう言って、ロゼは地図の北東に位置する城を指差した。
確かにそこは、最北端の城と比べても地理的な防衛の利に叶っている場所のように見えた。
サキはロゼの説明を聞きながら、無言でじっと地図を見つめていた。
「確かに、この辺りの敵の配置は少し不自然だったわね。まるで何か重要なものを隠して守っているような、それでいて何もないと思わせるような……」
銀髪を耳にかけ直しながら、サキは独り言のようにぽつりと呟いた。
「わかったわ。ロゼッタの案に乗ることにするわ」
「ありがとう、サキさん!」
ニッと屈託のない笑みを浮かべるロゼに、サキも小さく笑みを返した。
「じゃあ、まずは壁をぶち破って、ここの包囲網を突破する。目指すは転移門……これで決定ね?」
サキは計画をまとめ上げ、全員の顔を順に見渡しながら念を押した。
誰も異論はないようで、重々しく首を縦に振っている。
「……なぁサキ。サキなら『奴隷の刻印』を解除できる……確か昨日、そう言っていたよな?」
俺は昨夜の宴の最中、魔王を討伐した後にソーマとミズキの刻印を解除する約束を交わしたことを思い出させながら、サキへ問いかけた。
「そうね。解除できるわよ。それがどうしたの?」
「……この転移門が存在する南側の門なんだが、そこは魔王軍に捕らわれ、奴隷の刻印を打ち込まれた奴が一人で守らされている」
俺はかつてキャシュと出会った門の位置を指で示した。
「一人?その人の名前はなんて言うの?」
「キャシュ・レスン。聖騎士団の四番隊隊長だそうだ」
「……バラディストリウス聖騎士団、『最強の矛』……!?おっさん、それマジで言ってるのか!?」
目を見開いたロゼが、驚愕の表情で俺を注視してくる。
「ああ、俺たちはここを通ってここまで来たから間違いない。キャシュの奴隷の刻印さえ解除できれば、あの門は無血開門できるはずだ」
サキは言葉を発さず、じっと俺の目を見つめたまま思考を巡らせていた。
「単純にキャシュを救ってほしいという話だけじゃないんだ。門を通って直接転移門を目指す別動隊と、壁を力任せにぶち破って敵の注意を全方向に逸らしつつ転移門で合流する主力隊の二手に分かれる」
サキはその提案を聞き、ピクリと眉をひそめた。
「転移門が到着してすぐに起動できる状態じゃない可能性も考えて動くべきだ。一斉に突撃して転移門の前で挟み撃ちになり、立ち往生した場合、そこから無理やり魔王の城へ直進するルートは負担が大きすぎる」
「なるほどね……トールにしては珍しく頭を使っているじゃない」
「……お褒めに預かり光栄です。それで、どうする?」
「……トールの案を採用しましょう。みんな、とりあえず出発の準備に取りかかってちょうだい」
サキの合図を受け、一同は静かに頷くと、それぞれの準備のために小屋を出て行った。
残されたサキは地図をゆっくりと畳み、俺の方へと向き直った。
「随分と変わったわね。てっきり、また呑気に潜伏しながら進もうなんて甘い案を押してくると思っていたわ」
「……俺ももう35歳だからな。そりゃあ少しは変わるさ」
「やめて、気にしてるんだから現実的な年齢の話は聞きたくないわ」
サキの眉間のシワを見て、俺は思わず軽く吹き出してしまった。
こうして、魔王討伐に向けた具体的な作戦は決まった。あとはただ、覚悟を決めて前に進むだけだ。
俺は腰に差した二振りの刀、シルラとカルラの柄にそっと手を添え、ゆっくりとサキに背を向けて小屋を後にした。




