29#久々?
ロゼは俺たちが今いる場所からすぐ南にある、ローズバラン大陸でも比較的大きな都市に潜伏していたらしい。
まさかそんな人目につく場所に潜んでいるとは、俺もサキも思いもしなかった。
だが、よくよく考えてみればロゼはこのローズバラン大陸の出身であり、土地勘もあれば魔王信仰についての理解も深い。
それを思えば、俺とミーナのように息をひそめ、身を隠しながら移動する必要など最初からなかったのかもしれない。
こうして無事が確認できて冷静さを取り戻してみると、色々と頭が回るようになる。
自分では意識していなかったが、俺は相当焦っていたのかもしれない。
「そろそろ着きそうね」
サキが片手に本を抱えたまま、夜の闇が広がる森の方をぼんやりと見つめた。
いつもなら夕飯も食べ終え、あとは各自横になって寝るだけの時間だ。
だが、「今すぐそっちに行く!」と聞かないロゼを「明日の朝にしなさい」と説得しきれなかったサキは、こうして俺と二人並んでロゼとゴウの到着を待つ羽目になっていた。
他の仲間たちは、すでに小屋の中や馬車の荷台で体を休めている。
「悪かったな、サキ。仲間捜しを手伝わせて」
俺は隣に立つサキへ静かに声をかけた。
「ホントよ。私がいなかったら、こんなに早く見つけられてないんだからね? もっと感謝してほしいわ」
「感謝してるよ。まじでな」
その言葉を聞くと、サキは本から目を離し、ジロジロと疑うような視線をこちらに向けてきた。
「……珍しく素直じゃない」
「いつも素直だろ」
「よく言うわよ。私の立てる作戦に、いつもあーだこーだ文句を言っていたのは誰だっけ?」
「そりゃサキがいつも、人の気持ちってやつを無視するから……まぁ、いいか」
サキは昔から頭が切れた。
この世界の長ったらしい呪文の詠唱だって、誰よりも早く暗記してみせた。
俺なんて今でもたった一つしか覚えられていないというのに。
いつの頃からだったか、冷徹なまでに合理性を追求するサキとぶつかることが多かった。
「……楽しかったわね。あの頃は」
「そうか? 俺は今だって十分楽しいぞ」
サキのジトッとした眼差しが俺を射抜く。
「あんた、悩みなんて何一つなさそうだもんね」
「やかましい。人並みに抱えてるわ」
「イトューヒの王女様のこととか?」
「……だからなんでそれ知ってんだよ」
「ひ・み・つ。あ、そろそろ来るわね」
サキはニヤリと意味深に微笑むと、そっけなく森の方へと向き直った。
秘密ってなんだよと毒づきながらも、俺もつられて深い闇の広がる森へと視線を向ける。
意識を研ぎ澄まし、魔力探知を周囲に広げてみる。
確かに、見覚えのある懐かしい魔力の気配がこちらへ近づいてきていた。
胸の奥で高鳴る鼓動を感じながら、俺は逸る気持ちをぐっと抑え込んだ。
光が少しずつ近づいてくる。
おそらく松明の光だろう。
いや、光の存在自体は分かるのだが、近づいてくるスピードがあまりにも早すぎる。
左右上下へと縦横無尽に揺れる光が、どんどんこちらへと迫ってくる。
距離が縮まるにつれて、ガチャガチャと激しく響く金属音も大きくなってきた。
敵か?魔力を読み誤ったか?
俺が身構え、腰のシルラの柄に手をかけたまさにその時、森の暗闇から猛スピードの鎧が弾みをつけて飛び出してきた。
「おっさん!」
長い赤毛を夜風に靡かせ、大声で叫ぶその女の子は、俺の直前で土煙を上げながら急ブレーキをかけて止まった。
隣のサキは目を見開いて硬直している。
この突如現れた珍しい生き物が一体何者なのか、じっと見定めているようだった。
「……ロゼ……無事でよかった」
「おっさんもな!ほら!」
満面の笑みを浮かべ、勢いよく右手を差し出してくるロゼに、俺はそっと手を握り返した。
その瞬間、ロゼの魔力が腕を通じて流れ込み、俺の右腕のあたりでピタリと波打つように止まる。
「……驚いたな。見違えたぞ……」
最後に会った時とはまるで別人のような、精密極まる魔力操作。
俺は驚きを隠しきれなかった。
「だろ!? ずっと練習してたんだよ!」
得意げな表情から覗く無邪気な笑顔が懐かしく、俺も思わず笑みがこぼれた。
「トールがほっとけないって言ってた理由、少し分かったわ」
隣でロゼを上から下までまじまじと観察していたサキが、ぽつりと呟く。
「……その声はサキさん!?凄いな!伝説の人だ!こんな綺麗な人なのか!」
「……素晴らしく良い子じゃない、トール」
キラキラとした尊敬の眼差しを向けてくるロゼに対し、サキは実に満足そうな満面の笑みで深く頷いていた。
こいつがこんな笑顔を見せるなんて珍しいな……
「そういえばロゼ……ゴウと一緒にいると聞いていたんだが、あいつはいないのか?」
「……あ、しまった!……確認してなかった」
慌てて後ろを振り返るロゼの視線の先、森の深部でふっと光が灯った。
松明の炎ではなく、雷魔力特有の青白い独特の発光が周囲を照らしている。
徐々にその光が強くなり、人影の姿が判別できるほど近くまでやってくると、パチパチという放電音と共に光が収まっていった。
「……ロゼッタさん、いきなり走り出すのはズルいっすよ……」
背中に相変わらずのでかいハンマーを背負ったゴウが、それに負けず劣らず巨大な木の樽を抱えて姿を現した。
「ごめんって!ほら、そこらへんに置いといて!」
息を切らしたゴウは、抱えていた木の樽を俺のすぐ隣にどさりと置いた。
「お久しぶりです、トールさん……と、サキさん……ですかね?」
「ゴウも無事で何よりだよ」
「初めまして……だけど、これ何?」
ゴウからの丁寧な挨拶に返しつつ、サキは目の前の明らかに不自然な巨大樽をジロジロと凝視している。
「あ、これっすか。これ、ロゼッタさんが……」
「ふふふ……おっさん、喜べ!」
ロゼが不敵な笑みを浮かべ、夜の森に響き渡るような大声を張り上げた。
「持ってきたぞ!ビール樽をな!」
「なに!?マジか!?よくやった!!」
ビールという悪魔的な魅惑の単語を聞いた瞬間、俺はロゼに負けず劣らずの大声を張り上げていた。
「だろ!? 一回野営でパーッとビール呑んでみたかったんだよ!」
「え?俺、そんな事のために街からビール樽抱えてきたんですか?魔王討伐に必要な物って言ってましたよね?」
呆然とした顔のゴウが、信じられないものを見るような目でロゼを見つめている。
「言ったよ。ビールは魔王討伐に必要だろ」
「ロゼはいい事言うな。やっぱ分かってるわ」
二人向かい合って力強く頷く俺とロゼを、ゴウは心底冷たい目で見つめていた。
そういえばゴウはビールが苦手だったはずだ。
きっとあんな顔をしているのは、苦手なビールを延々と持たされて心身ともに疲れたからだろう。
「あなた、結構苦労してそうね」
「……いえ、そんなには……たまーに二人についていけない時があるくらいです」
「じゃあ開けようぜ!走ったから喉乾いてるんだ!」
そう言うと、ロゼは樽に歩み寄って勢いよく右腕を振り上げた。
「あ!ちょっと待てロゼ……!」
俺の制止の声は虚しく響き、ロゼの拳が樽の上蓋を粉砕した。その瞬間、松明の光に照らされたビールの豪快な噴水が出来上がった。
「うわー……」
全員がぽかんと口を開けて、その噴水を見上げている。
天高く吹き出すビールなんて初めて見た。
当然、近くにいた俺たちは全員頭からビールまみれだ。
「……ふふ……あっはっは!」
泡まみれで呆然と見上げるロゼの顔を見て、俺は耐えきれずに爆笑してしまった。
笑う俺と目が合うと、ロゼも笑い出した。
ビールにまみれながら、何がそんなに面白いのか、俺たちの笑いは止まらなかった。
「最悪……めちゃくちゃビール臭いんだけど……」
「なんかすみません……」
静かに怒りを滲ませるサキに、関係ないゴウが申し訳なさそうに謝っている。
「なんだよ?なんかあったのか?」
馬車の荷台から、寝起きの目を擦りながらリュウが顔を出した。
「いや、仲間がビール持ってきてくれてよ!一緒に呑もうぜ!」
「なに!?マジか!ちょっと他の三人も叩き起こしてくるわ!」
そう言うと、リュウは焚き火のそばで転がっていたルーベを容赦なく叩き起こしながら、再び荷台の中へと戻っていった。
「はー……久しぶりにこんなに笑ったわ……」
俺は目元についたのが涙なのかビールなのか分からないものを、袖でぐっと拭った。
「私もだ!久しぶりだな、おっさん!」
「ほんと、久しぶりだな。またよろしくな」
豪快に笑うロゼの姿は、俺の記憶にあるロゼと何ひとつ変わっていなかった。
「よろしく!ってか聞いてくれよ、色々あったんだよ……ゴウの奴なんて、敵に寝返ろうとしたりしてさ!」
「いや、あれは正体不明の魔法にかかっていてですね……!」
慌てて弁明するゴウと、ジト目で煽るロゼを見つめながら、俺は優しく微笑んだ。
「呑みながら教えてくれよ。転移された後に、どんなことがあったのかをさ」
「だな!」
小屋の前では、叩き起こされて眠そうに目を擦る三人と、酒だ呑み会だと大騒ぎするリュウが、手際よく食料を引っ張り出していた。
力強く頷くロゼの笑顔を見つめる。
本当に無事でよかった。
言葉にならないほどの安心感が、全身の隅々まで暖かく満たしていくのが分かった。
こんな浮かれた気分はいつ以来だろう。
すぐ酔っ払って潰れてしまわないように気をつけないと。
宴が始まったら、久しぶりのビールを味わうこと以上に、ロゼとゴウの無事と再会を祝して盛大に乾杯しよう。
そう心に決め、俺はロゼへ温かな笑みを返した。




