26#月光?
「しかし、すごい量の物資だな」
俺はリュウたちが乗ってきた馬車の荷台から食料を降ろしていた。
「ルーベさんが色々と調達してくれるんですよ」
手伝ってくれているミズキも、せっせと馬車から調理器具などを運び出してくれている。
「俺は戦闘に参加できませんからね!こういう時くらいはお役に立ちますよ!」
降ろした荷物を解いて、手際よく夕飯の準備を進めるルーベ。
その手つきは目を見張るほど素早い。
「ルーベがいつも飯の準備をしてたのか?」
「そうですね。こういう雑用を引き受けるために、旦那に連れてこられていますからね」
手際の良さを見ていると、これまでかなりの数をこなしてきたことが手に取るように分かった。
「リュウに手伝ってもらったりはしないのか?」
「……旦那にやらせたら、そこら一帯を火事にしましたからね。それ以来、絶対に手出しさせてませんよ」
……例え話のような壮絶な実話をサラッと言うあたり、相当苦労してきたことが窺えた。
「トールさんも、ここらへんで大丈夫ですぜ!ありがとうございます!」
陽気な笑顔のまま、ルーベは本格的に夕飯の支度を始めた。
確かにこの手際を見せられると、逆に俺が手伝っては邪魔になってしまいそうだ。
少し後ろでは、ミズキが馬車から運び出した食料などを黙々と仕分けている。
「……さっきは辛いこと聞いて悪かったな……」
「え?」
振り返ったミズキは、キョトンとした顔で俺を見つめた。
「いや……さっきの魔王討伐の話だよ」
「あ……いえ……私こそごめんなさい……まだ、どうしても慣れなくて……」
「急に召喚されたんだろ? 仕方ないさ。俺もできるだけ力になるから、何かあったら何でも言ってくれ」
じっと顔を覗き込まれる。また何か変なことを言ってしまっただろうか。
「トールさんって……サキさんやリュウさんと昔からの知り合いなんですよね?」
「え? あぁ、そうだな……小学校から中学まで一緒だったからな」
「……なんで、そんなに優しいんですか?」
「……ん? いや、どういうことだ?」
意図の分からない質問に、俺は困惑して首を傾げた。
「……いえ……だってあの二人……すごく怖いから……」
「……リュウとサキが?」
「はい……」
あの二人を怖いと思ったことなど一度もない俺は、なんて返事をしたらいいのか心底困ってしまった。
「あー……ひと回りも歳が違うから……とかか?」
「いえ、そうじゃなくて……言葉遣いとか……行動とか……」
「そういうことか」
たぶんサキの冷めた言葉遣いや、リュウの他人に対するつっけんどんな態度のことを言っているのだろう。
「……あの二人も昔はもっと普通だったよ」
「……そうなんですか?」
若干疑っているような顔を浮かべている。
「俺らが最初に召喚された時かな……俺らの世界の普通のままじゃ生きていけなかったんだよ」
「……」
「元の世界にいた頃の周りにする当たり前の気遣いとか……優しさ見せてる暇なんてなかった。それこそ生きるため……元の世界に戻るために必死で強く立ち向かわないとダメだったからな……」
「……そう……ですよね……」
たぶんその頃の俺たちと今のミズキは同じ気持ちを感じてくれているはずだ。
「言葉遣いは悪いかもしれないが、中身は優しい良い奴らだから。あまり気負わなくていいからな」
「……はい」
ミズキはどこかホッとしたような笑顔を見せてくれた。
少しでも分かってくれてよかった。勘違いさせたままだとあいつらも苦しいだろうしな。
「おーい!!ルーベー!!飯まだか?おせーぞ!」
「もうちょい待ってくださいねー!」
小屋の中からのリュウの怒声に目の前のミズキは肩をビクッと動かし、ルーベは間髪入れずに返事をしていた。
「……やっぱり……慣れるのはもう少しかかるかも……」
……リュウ……今お前のフォローもしてんだ……大人しくしとけよ……
俺は軽くため息をつくと、それを見たミズキは少し微笑んだ。
「そういえばミズキは武器使わないのか?魔法使い?」
「いえ私はこれを使います」
そう言うと荷台に上半身だけを突っ込み、ゴソゴソと何かを探し出した。
あまり見てはいけない体勢のような気がして俺はミズキから目を逸らした。
「あった。これです」
その言葉が聞こえて振り返ると、金の装飾が美しい弓があった。
「弓を使うのか」
ミズキの性格からして遠距離を好む戦い方をするだろうと予想はしていたが、魔法ではなく弓だったことに驚きを隠せなかった。
「はい。私高校の時、弓道部だったんですよ。……とはいっても全然勝手が違いますけど……」
「それでもすごいよ。ちょっと試しに何か打ってみてくれないか?」
過去の仲間に弓を使うヤツはいなかった。
いや最初の方はいたのだが、弓の使い勝手の難しさと、同じ遠距離でも魔法と比較するとどうしても威力が劣るので使わなくなっていった記憶がある。
「わかりました。いきますよ」
ミズキはそう言うと小屋から離れるように少し歩いた。
「ミズキ……矢は……」
「矢はいらないんです」
その言葉と共に弓を引き絞る前の動作、弓をゆっくり上へと掲げる。
そして下ろしていく動作に合わせ、弦を引き絞る。
その瞬間、物理的な矢の代わりに魔力の矢が現れ、パチパチと音を立てながら弦に番えられた。
矢を離すような指を開く動作と共に、魔力で作られた矢は凄まじい勢いで木へと向かっていく。
向かっていく矢に、更に魔力がまとわりつく。まるで魔力が渦を巻くように。
木に当たった魔力の矢は、大きな大樹の半分を削り取った。
「……すごいな……魔力の矢か……魔法……じゃないのか?」
「魔法ではないみたいです。実は……私もよく分かってなくて……」
そう言うと、ミズキは照れたように笑った。その笑顔は年相応の自然な笑顔に見えて、少し安堵した。
「さすが召喚者だな。強いのは分かったよ」
「トール!」
小屋から飛び出してきたミーナの声に、俺は一瞬ビクリとした。
「す、すまん! バタバタし過ぎた」
「違うわよ! 見つかった! 見つかったのよ! ゲッコウが!」
「本当か!」
嬉しそうでもあり、泣きそうでもある複雑な表情をしたミーナが大声を上げた。
「早く来て! サキさんが呼んでるの!」
俺はミーナに駆け寄り、一緒に小屋の隅に座っているサキの元へと向かった。
「やっぱり属性を四つも持ってる人は探しやすかったわね。たぶん合ってると思うけど、二人はそばにいて」
サキはゆっくり立ち上がると、俺とミーナにそう言った。
「俺たちがいる必要あるのか?」
「あるのよ。個人間の通信魔法なんて一般的じゃないの。そんな中、どこかからか話しかけられて『あなたを助けたいの!』なんて伝えてみようものなら、すぐに警戒されるわ」
確かに、サキから通信魔法で連絡が来た時、俺は知っていたから驚くことは無かったが、ミーナのような反応になるのは予測がついた。
「私たちがいることでなんとかなるの?」
「まぁ見てなさい」
サキはそう言うと魔力を練り出した。
七つの属性の魔力が複雑に絡み合う。
魔法の詠唱を発するが、言葉が分からず何を言っているのか分からない。
サキの使う魔法の中にロストマジックと言われる魔法が多々あるが、そのロストマジックの詠唱は俺には理解できないものばかりだ。
詠唱が終わると、ゆっくりサキが口を開いた。
「……私はトールとミーナの仲間のサキと言います。今、遠くからゲッコウにだけ聞こえるよう話しかけています。今、話せる状況にありますか?」
サキが話した言葉は目の前の俺たちに向けられていないことは分かっているが、いつ見ても変な感じだ。
無線イヤホンで話してるのか独り言なのか判断に迷うような時に似ている。
「……はい……そばに二人います……いえ、これは私としか話せません…………はい…………いえ、髪の色は茶色ですね、赤ではありません……」
話の流れがよく分からなかった。ミーナも不思議そうな顔を浮かべ、固唾を飲んで見守っている。
「……はい…………分かりました……ねぇミーナ」
突然呼ばれたミーナは、驚きで少し目を見開いていた。
「ゲッコウとミーナだけが知っているようなことを教えて」
「んー……私たちだけしか知らないこと……あ! フレデリアの街の酒場で、隣の席の女の子……確かミズールって名前の子にゲッコウがだる絡みしながら終始口説いていたけど、最終的にはこっぴどくフラれてた話をしてあげて!」
……なんていうエグいエピソードを話すんだこの子は……もっとなんかあるだろ……一緒に依頼をこなした時の話とかもっとさ……。
サキは軽く頷くと話し出した。
「ゲッコウ……あなたがフレデリアの街の酒場でミズールという女の子に……え?…………そう。わかってくれてよかったわ」
絶対これ途中でゲッコウが慌てて止めたな……。
「……それでこちらまで来てほしいのですけど…………なるほど……わかりました…………また連絡します」
そう言うと、サキの魔力が収束していく。
「どうでしたか!? ゲッコウはなんて!?」
不安そうに両の手を組み、祈りながらミーナは尋ねた。
「……怪我をしていて動けないみたい。一週間ほど身を潜めているから心配はいらない、お前だけでも無事でいてくれて何よりだと伝えてくれと、伝言を受けたわ」
「そんな……」
目に見えてショックを受けている。無事がわかり、再びすぐに会えると思って安心した分、落胆は大きいのだろう。
「じゃあ次いくわよ。探す人の名前と属性を教えて」
淡々とノルマをこなし終わっただけの人かのような、無機質な言葉。
よく言えばクールなのだろうが、今のミーナには少し刺さりすぎる。
「……あなた……」
「ミーナ!……次はシンだ。属性は聖、火、雷だ」
「……わかったわ。Sランクのシン・ディバン……ね。この人も探しやすそう。じゃあまた集中するから。ご飯の準備だけお願い」
サキはそう言うと、また座り込み意識を深く集中させていった。
隣で唇を噛み締めるミーナの肩を軽く叩いた。
「……探してくれてるのを邪魔するのも悪いから、少し外にいかないか?」
「……いいわよ」
その言葉を聞き、後ろからついてくるミーナの気配を感じながら、俺は静かに外に出た。
外ではルーベとミズキが夕飯の準備をしている。
それを横目に見ながら、少し離れた場所へと移動した。
「……よかったな、ゲッコウが見つかって」
ミーナはその言葉に反応することなく、木の根元に腰掛けた。
「……そうね……」
心配と怒りが混じった複雑そうな顔を浮かべながら、小さく答えた。
いつも気の強いミーナも、こういうときはまるで子供のようだと思うと少し可笑しく、つい微笑んでしまった。
「ゲッコウなら大丈夫だ。全員が見つかったら、一緒に探しに行こうか」
「……ありがとう……」
俺はミーナの隣に腰掛けた。
風が心地よく顔を撫でていく。
上手くいかない事ばかりだが、ゲッコウの無事が確認できたことを今は安堵しよう。
俺は隣の彼女の分まで、残りの三人の無事を祈った。




