24#通信?
タシから飲食物を調達したあと、俺たちは『壁』から離れ少し南下していた。
どうもタシから話を聞くと、このまま壁沿いに進むとかなり大きな要塞のようなものが続くらしく、ロゼやシンたちがいる可能性は薄いとのことだった。
それよりも南東にあるテーブルスの街で情報を集めた方がいいと言われた俺たち二人は、その教えに従って歩を進めていた。
途中で一日の野営を挟んで夜を過ごした。
やはり日が暮れ出すと魔王の魔力は濃さを増すようだ。
そして朝方になると少しずつ薄れていくのも、毎日変わらない。
何か理由があるのかは今は何も分からないが、このルーティンはずっと変わらないようだった。
簡易的な朝ごはんを食べ、俺たちは街道を歩き続けていた。
「シン達とはずっとパーティーを組んでるんだっけ?」
「そうね。冒険者ギルドの依頼は基本的にシン達とこなすわよ。でも私、基本はアルカライズ王国のユミル教の寺院で仕事をしてるから、ほんとにたまによ」
歩きながらミーナの話を聞いていた、まさにその最中だった。
ふと、不思議な感覚に襲われた。
魔力そのものを身体に流し込まれているような、特有の異物感。
足を止めて辺りを見渡すが、特に変わったものは見当たらない。
魔力探知も展開してみるが、周囲に人影は一人としていなかった。
「なに? どうしたの?」
警戒して周りを伺う俺を、ミーナが不思議そうな顔で覗き込んでくる。
「久しぶりね、トール」
声が聞こえた。いや、頭の中に直接声が響いてくる。この感覚には覚えがあった。これは通信魔法だ。
「……誰だ?」
「え?私?ミーナだけど……大丈夫?」
俺の呟きに、目の前にいるミーナが即座に反応する。
「私よ、サキよ。なに?二人なの?あんたの相棒のロゼッタだっけ?その子?」
「サキか!久しぶりだな!なんだよ、どこにいるんだよ?」
「だからミーナだって!ほんと大丈夫!? しっかりして!」
正面のミーナが青ざめた顔で俺の肩を激しく揺さぶってくる。
「ち、違うミーナ落ち着け!今、通信魔法で昔の仲間と……」
「ミーナ?……あんた、今Sランクといるの?」
「そうだよ。ってか今サキはどこに……」
「直接頭に声を届ける通信魔法なんて、聞いたことないわよ!精神攻撃でもされてるの!?しっかりしてトール!」
「大丈夫だってミーナ!俺はまともだ!ちょっと落ち着いて……」
「トールは昔から変わってるわよ? まともと言われると少し考えちゃうわね……」
「待ってくれサキ、今は……」
「トール!私はミーナ!!気をしっかり持って!!」
場は完全に混乱に陥っていた。
ミーナは俺が精神異常をきたしたと勘違いし、回復魔法を展開しようと杖を構え出している。
落ち着いてサキと話せるような状況じゃない……まずはミーナをなんとか落ち着かせて、説明しないと……
俺は楽しそうに話しかけ続けてくるサキを一旦無視して、ミーナに事情を説明した。
通信魔法に関して半信半疑の様子だったが、とりあえずは落ち着いてくれたようだ。
俺たちは街道のど真ん中から木陰へと移動し、木の根元に腰を下ろした。
「悪かったな、待たせた。ってかサキ、絶対面白がってただろ?」
「バレた?テンパってるトールは実に味があるわね」
楽しそうに笑うサキの声に、俺は軽くため息をついた。
「それで急にどうしたんだよ?俺は今、色々と忙しいんだが」
「魔王討伐でしょ、知ってるわよ。私たちも今、ローズバラン大陸にいるの」
「……魔王討伐は一度断ったんじゃなかったのか? ってか『私達』っていうのは、他に誰がいるんだ?」
「それはお互い様でしょ。隣にリュウもいるわよ。あとは他の召喚者が二人ね。……いや代われないわよ電話じゃないの。……出来るわけないでしょ……あんたの魔力じゃ無理」
何か最後の方は俺へじゃなく、周りの誰かに話しかけていた気がする。
大方話のワード的に、リュウが俺にも話させろとか言ってるんだろう。
「もしかして、その二人の中に『ゴウ』って名前のやつはいるか?」
「……ううん、違うわ。それってあんたの連れてきたお仲間?」
ゴウの名を口にしたからか、ミーナが希望に満ちた目でこちらを伺ってきた。
俺が黙って首を振ると、ミーナは失望したように顔を伏せた。
一瞬でも仲間たちの無事が確認できたと思い喜んでしまった分、今の落胆は激しいだろう。俺だって同じ気持ちだ。
「……まぁ、そうだ。それで、用件はなんなんだ?」
「魔王討伐に協力してほしいの」
「……珍しいな、サキが俺に頼み事なんて」
「そうね……ちょっと読みが甘かったわ。たぶん今回の魔王……私たちが以前倒した魔王より強いわね」
サキの読みはおそらく当たっている。
夜に漂う魔力の質と重圧から、俺も薄々は感づいていた。
「それで、どう? 協力してくれるとありがたいんだけど」
「……俺は構わないが、こちらからも交換条件がある」
「なによ。愛ならあげられないわよ?」
サキの抑えるような笑い声が聞こえてくる。
声だけだが、楽しそうにからかうような笑みが目に浮かぶ。
「違うよ……俺の仲間……四人が行方不明なんだ。そいつらを探す手助けをしてくれるなら協力する」
「四人も行方不明なの?……まぁなにがあったかはまた聞くとして……トールの仲間か……」
サキからの返答はすぐには返ってこなかった。
仲間探しというワードに再び目を輝かせ、こちらを見つめるミーナと目が合った。
俺が軽く頷いて見せると、ミーナは胸の前で両手を組み、祈るようにじっと返事を待っている。
「……いいわよ」
サキのあっさりとした返答に、俺は思わず目を見開いた。
「本当か!? まじで助かる!」
「ただし、私からも追加で条件があるわ」
「……なんだよ。俺には国なんてあげられないぞ」
「そんなのあんたに期待してないわよ。……魔王討伐に向かうメンバーは私が決める。足手まといを連れていけるほど余裕はないの」
「あぁ、それで構わない。受けてくれてありがたいよ……」
「よかった。じゃあどこかで落ち合いましょ。あんたの今いる場所なら……そうね……そこから東の方に大きな森があるから、そこに向かって。歩いて一日くらいで着くと思うわ。その森の中に私達が仮拠点にしてた一軒の小屋があるから、そこで待ち合わせにしましょ」
「わかった、東の森だな。探してみる。俺の居場所をちょこちょこ感知しておいてくれ。道を間違えてたら連絡してくれよ」
「あんた昔から極度の方向音痴だものね。わかったわ。じゃあ私たちも向かうから、またね」
余計な一言が聞こえた気がするが、それは無視するとして、サキはその言葉を最後に通信魔法を切ったようだ。
頭の中に感じていたあの異物のような感覚が、すーっと消えていく。
「……終わった。ごめん、待たせたな」
俺はミーナの方を向き、通信魔法が終わったことを伝えた。
「……それで、トールの仲間はなんて?仲間探し、手伝ってくれるの?」
「あぁ。なんとかなりそうだ」
「ほんと!?よかったぁ……」
大きな安堵の溜め息が、ミーナの口から漏れ出た。
「でも、トールの仲間が増えたところで、シンたちがすぐに見つかるの?」
「あいつ、魔力探知の広さが異常なんだよ。ほぼ大陸の中、丸ごと探知できるぞ」
「……は?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、ミーナがこちらを見ている。
こんなミーナの表情は初めて見たな。
「ちょ、ちょっと待ってよ……何者なの、その人……」
「あ、ごめん。それ言ってなかったな。サキだよ。過去に俺と一緒に魔王を倒した一人ね」
「だ……だい……」
「……だい?」
「……大賢者のサキ!?が今いるの!?ここに!?」
「……みたいだな」
驚き方が尋常ではなかった。
鳩に豆鉄砲どころではない。
優雅に朝ごはんを食べているところに、対戦車ミサイルをぶち込まれた時の鳩に近い。
「あ、リュウもいるってさ。同じく魔王を倒した仲間の一人」
驚きの声が上がらなかったので、ミーナの方を見た。
口をパクパクとさせている。
どうやら言葉にならないようだ。
これを酸欠の金魚のモノマネだよ、と言われたら、上手いなと言ってしまいそうだ。
「……私……会っていいの?」
「いいだろ、そりゃ。何かあるのか?」
「だって……そんな伝説の英雄と……なんにも手土産とかも無いし……」
焦りが限界突破したのか、変なところで悩み始めている気がする。
「……大丈夫だよ。そんなの気にする奴らじゃない」
そう言ってはみたものの、ミーナの焦りは一向に収まらず、サキとリュウの話を聞いてからずっとソワソワと落ち着きがない。
「……ってかさ……俺の時、そんな反応じゃなかったじゃん……」
「え?……だってトールの話って……地味なんだもん」
「……ゲッコウだけだよ……あんな良い反応をしてくれたのは……」
俺はゲッコウに刀を見せた時の嬉しそうな顔をしみじみと思い出した。
次に会った時は、もっと色々話してやろうと心に誓う。
「ごーめーん!怒らないで?」
「……怒ってない……へこんでるんだ……」
「ごめんって!ほら!今はトールの良さ、凄く分かってるから!ね?」
「……ありがとう……よし……行こうぜ……」
力なく立ち上がると、ゆっくりと東へと歩き出した。
後ろからついてくるミーナがひたすらフォローを入れてくるのが可笑しくて、つい笑みが零れてしまった。
サキやリュウと久しぶりに再会できる嬉しさもあるが、今は何よりもロゼたちが見つかる可能性が跳ね上がったことが嬉しかった。
なんとか生きていてくれよ。
生きてさえいれば、サキが見付けてくれるはずだ。
そう……生きてさえいれば……
胸に浮かんだ不吉で嫌な考えをすぐに振り払い、俺はミーナに気にしていないと繰り返し伝えながら、ロゼ達の無事を祈らずにはいられなかった。
何もできない無力さを今は忘れ、俺はただ真っ直ぐに前を見据えた。




