23#青天?
「お酒、なんで呑めないの?」
「呑めないというより、美味しさが分からないんだもん」
「えー。めっちゃビール美味しいじゃん」
「特にそのビールが苦くて一番嫌!」
とりとめのない会話を交わしながら、俺たちは『壁』沿いの街道を横並びで歩いていた。
キャシュと別れてからひたすら歩き続け、野営で一晩を過ごした後にさらに歩を進めた。
道中、どこまでも果てしなくそびえ立つ『壁』に一度だけ触れてみたことがある。
触れた瞬間、自分の手が吹き飛んだのではないかと錯覚するほどの激しい魔力の反発を食らってからは、二度と触ろうとはしなかったが。
「街が見えてきたわね。どうする? 二人で入る?」
遠くに見えてきた街を見つめ、歩みを止めずにミーナが問いかけてくる。
「二人だと何かと目立つしな……俺一人で食料品だけサッサと買い込むさ」
ブレンダがいた農村と比べると、そこはかなり大きな街だった。
街全体を囲むように丈夫な防壁が築かれており、遠目からでもその入り口が確認できる。
検閲などがあれば厄介だなと思いつつ、俺たちは歩みを重ねた。
その時、どこからか激しい怒鳴り声が聞こえてきた。
声の出処がどこかと視線を巡らせていると、隣にいたミーナが俺の脇腹をちょんちょんとつついた。
彼女の視線の先へ顔を向けると、街道から少し外れた木々の側で、バカでかいリュックを囲んでいる三人組の姿があった。
「なんか揉め事かね……」
「関わってる暇なんてないわよ。無視、無視」
すかさず視線を前へと戻すミーナに合わせて、俺も正面を向き直す。
何の揉め事かは知らないが、確かに今の俺たちに関わっている暇も余裕も無い。
そう思った、まさにその矢先だった。
「まだ生きてんのか、タシ! さっさと勇者だかなんだか知らねーけど倒しにいけよ!」
……タシ。
その名を聞いた瞬間、俺は思わず足を止めた。
「なに? どうしたの?」
俺が突然立ち止まったことに気づき、ミーナも足を止めて不思議そうな顔で覗き込んできた。
先ほどの三人組の方を改めて観察する。
よく見ると、三人組が取り囲んでいる巨大なリュックは、どうやら人が背負っているようだった。
先ほどの角度からは、背負っている人物の姿が見えなかった。
まるで亀……いや、カタツムリだろうか。
何が詰まっているのかパンパンに膨らんだリュックは、遠目からはまるで別の怪異な生物に見える。
俺は少し思案してから、ゆっくりとその三人組の方へと足を進めた。
「ちょ、ちょっと!」
背後からミーナの慌てた制止の声が追いかけてくる。
三人組のすぐ近くまで足を進めると、俺は声を掛けた。
「これこれキミたち……亀をイジメてはいけないよ」
三人組が一斉にこちらを振り返る。
「……は? なに? 亀?」
中央に立つチャラそうな若者が、呆れたような不思議そうな顔で呟いた。
コイツら浦島太郎を知らんのか……と一瞬思いかけたが、異世界なのだから知るはずもないかと思い直した。
大した魔力も宿していない三人組をぐるりと見渡す。
「……とりあえず何で揉めてるかは知らないが、その男を解放してやってくれ」
チラリと、リュックを背負ったまま地面に座り込んでいる男に視線をやった。
小柄で少し小太りな兵士だ。
その頼りない顔立ちには不似合いなほど、身に纏っている鎧は白銀に美しく輝いていた。
「はぁ? おっさん何? こいつの知りあいなの?」
おっさん……久しぶりにそう呼ばれたことに対して怒りは湧かず、むしろどこか懐かしさが込み上げてきた。
「知り合いだよ。なぁ、タシ」
俺はリュックを担いだまま座り込んでいる男に声を掛けた。
こいつはおそらく、キャシュが言っていた部下の男で間違いないだろう。
それならば、ここで助けておいた方が後々都合がいい。
「……誰だよ、知らねぇよこんなヤツ」
しかし当のタシは、思いっきり俺を鋭い目で睨みつけながら吐き捨てた。
「……いやタシ、俺はな……」
「うるせぇ! 俺はバラディウストリス聖騎士団四番隊員だ! 誰の施しも受けねぇ! こんな奴ら俺一人で全員ぶっ飛ばしてやるんだよ!」
重いリュックを担ぎながら立ち上がろうとするタシだったが、荷物の重さに足が負け、再び盛大に尻もちをついた。
「なにが聖騎士団だよ。魔王様に負けて軍門に下った雑魚どもだろ」
三人組の嘲笑が、街道の木々に高らかに響き渡る。
「お前ら如きがバカにしていい名前じゃねぇんだよ! 今すぐぶっ飛ばしてやるからな!」
タシの威勢のいい怒声が応戦するが、未だにリュックを持ち上げられず、地面で不毛に踏ん張り続けている。
……どうしたものか。
どうやらこのタシという男、聖騎士団員としての誇りをかなり強く持っているらしい。
下手にここで俺が助け出すと、かえってプライドを傷つけて話が拗れるかもしれない。
だけど、どう見てもそこまで強そうには見えないんだよな……
「いい加減にしなさいよ! ベラベラうるっさいわね!」
誰よりもドデカい怒声が後ろから爆発した。
恐る恐る振り返ると、そこには鬼のような形相をしたミーナが立っていた。
「三人でよってたかって、一人を相手にベラベラベラベラと口喧嘩? 男でしょ、あんたら!?」
あまりの気迫に、三人組は完全にタジタジになっている。
「は、はぁ? お前らに関係……」
「関係あるかないかなんてどうでもいいのよ!」
「おい、俺は聖騎士団の……」
「だから何!? だったらとっととコイツらぶっ飛ばしちゃえばいいじゃない! だいたいそのリュックがデカすぎんのよ! まったく動けてないじゃない!」
ミーナの怒声の矛先は三人組だけに留まらず、助けようとしていたはずのタシにまで容赦なく飛び火していた。
三人組はお互い目配せをしながら、未だに怒声を浴びせ続けているミーナからジリジリと遠ざかるように距離をとっている。
ミーナの身体から魔力量が徐々に高まっていく。
「お、おい……どうする……?」
その魔力に怯んだのか、一人が完全に逃げ腰になっている。
……そうか! これはミーナの作戦か! 戦闘をせずにタシを助け出そうとしているのか。
三人組の一人が背中を見せて逃げ出した瞬間、残りの二人も後に続いた。手を汚すことなく相手を追い払うことに成功したのだ。
「ちょっと! 逃げる気!? あんたもなにぼーっと座ってんのよ、早く立ち上がってやり返してきなさいよ!」
「……ミーナ? 逃げたんだからいいんじゃないか? とりあえずちょっと落ち着いて……」
「なにが落ち着いてよ! 寄って集ってたかって弱いものいじめとか、ほんと見てて腹立つ!」
「誰が弱いだ! 俺は四番隊の……」
「四番隊ならさっさとやり返しなさいよ! あんたがジタバタしてるだけだから逃げちゃったじゃない!」
三人組がいなくなってもミーナの怒声は収まらなかった。
それどころか次はタシと言い合っている。
これは……たぶん作戦じゃないな。素でブチ切れているだけだ。
俺は二人の言い合いを横目で見ながら、そっと木陰に座り込んだ。
こういう時は気が済むまで話し合った方が……話し合いになっているかは分からないが、下手にちゃちゃを入れない方が身のためだろう。
あー……空が青いな……
どれほどの時間が経ったか分からないが、ようやく言い合いが終わりそうだった。
「何よ、あんたも話せば分かるじゃない。邪魔して悪かったわね」
「こちらこそ悪かったな」
巨大なリュックを地面に置いて立ち上がっているタシは、ミーナとしっかりと握手を交わしている。お互いにどこか爽やかな笑顔を浮かべていた。
なんだその、昔馴染みの戦友みたいな雰囲気は……
「……話、終わったのか?」
恐る恐る俺はミーナに話しかけた。
「え? うん。タシが私たちの食料とかも買ってきてくれるって」
「姉御の知り合いなら助けない訳にはいかないですから!」
タシはニカッと爽やかに笑うと、例のバカでかいリュックをその場に置いたまま、一人で軽快に街の方へと歩いて行った。
姉御とはキャシュのことだろうか。いやもしかしてミーナなのか?
俺が空を眺めてぼーっとしている間に、話が随分と進んでいたようだ。
「……ブチ切れてたから、もっと揉めてるかと思ったよ」
「……嫌いなのよ。大勢で一人をいじめてるのを見るの。昔を思い出すから」
「そっか……」
俺はそれ以上、その件について深く追及するのはやめておいた。誰にだって、他人には触れられたくない過去の一つや二つはあるものだ。
「タシが食料を調達してくるまで休憩!」
そう宣言すると、ミーナはドサッと俺のすぐ隣に座り込んだ。
「あいつはなんで、あんなバカでかいリュックを背負ってここにいたんだ?」
「キャシュはあの場所から動けないから、タシがお世話係をしてるみたいよ」
「そうか。門から離れられないと言っていたな……」
「さっき話してる時、タシが『俺はキャシュ様のためなら何でもするんだ!』って言ってたわ」
「へー……恋人なのか? あの二人」
「ううん。違うみたい」
じゃあ単純に、タシがキャシュに惚れ込んでいるだけなのだろうか。
まぁ、本当のところどういう関係性なのかは、本人たちに直接聞いてみないと分からないが。
「……トールは、魔王を倒したら何するの? まだ冒険者ギルドで依頼をこなすの?」
「んー……のんびりしたい……かな。しばらくはな」
リアの存在については伏せておいた。というか、魔王討伐後に自分がどのような立ち位置にいるのか、全く考えていなかったというのが本音だ。
イトューヒ王国で王になるのか……はたまた、今まで通り冒険者ギルドの依頼をこなす日々を送るのか……
計画性なんて欠片も無かったが、どうしても欲しかったものはもう見つかったのだ。
何も心配することなんて無かった。
「のんびりか……悪くないわね……じゃあ……のんびりしてる時でいいから……私が面倒くさい依頼を受けたりしたら……手伝ってくれる?」
ミーナは少し顔を俯かせながら、呟くような声で言った。
「当たり前だろ。すぐ行くよ」
「……ッ!! 約束したからね!」
そう言うと、顔を伏せたままミーナは勢いよく立ち上がり、あのバカでかいリュックの方へと歩み去っていった。
俺の言葉は安請け合いのような軽い調子だったかもしれないが、意図はしっかり伝わっただろうか。
背中しか見えず顔が覗えないため表情までは分からないが、きっとちゃんと伝わってくれていると思う。
ここ数日の付き合いではあるが、背中を預けられる仲間ができるというのは、素直に嬉しいものだな。
俺はミーナの背中から、ゆっくりと上空へと視線を移した。
あー……やっぱ今日も空が青いな……




