22#門番?
「大丈夫か? 喉乾いてないか?」
「うん。大丈夫。さっき水飲んだばっかりだし」
うだるような暑さの中、俺たちは街道を進んでいた。
ブレンダが見送ってくれた村を出発してから三日が経っていた。
魔王の住む城、名を『グランデニス』という場所に向かって歩き続け、今に至る。
未だにはぐれた仲間には会えていない。
グランデニスまで辿り着けたとしても会える保証は無かったが、俺たちは進み続けるしかなかった。
「そろそろ『壁』が見えてくる頃かしらね」
「この坂道を登ったら見えるかもな」
ミーナの言った『壁』。
ロゼから聞いた話だと、ローズバラン大陸は北と南で分けられているらしい。
壁のように高い防壁で大陸が分断されており、南側と北側を繋ぐ門は三箇所しか無いとのことだった。
そのうちの一つ、一番西側の門を俺たちは目指していた。
グレートが教えてくれた道も、おそらくこの門を潜る道だ。
「門っていうくらいなんだから、間違いなく魔王軍も人を置いてるでしょうし、戦闘は避けられないわよ?」
「なんとか魔王軍のフリをして通り過ぎる……」
そう口に出してはみたものの、おそらく難しいだろう。
成りすますにしても魔王軍の情報が無さすぎる。
グレートやリルラベーラのように上半身半裸になれば、もしかしたら……いや、絶対に違う気がする。
坂道を登りきると、遠くにどこまでも続く防壁が見えた。
かなりの高さだ。飛び越えて何とかできる高さではないことが一目で分かる。
「すっご……いつの時代からあるのかしらね」
歩きながらミーナの呟きが耳に入ってきた。
目の前に見える門は、この距離からでもかなりの大きさがあった。
本当に開くのか怪しいレベルの巨大さだ。
「ミーナ。いつ戦闘が始まってもいいように準備だけはしておけよ」
「任せといて」
歩きながらミーナが頼もしく返事をする。
近づくにつれて、巨大な門がもたらす圧迫感が逃げ場もなく迫ってきた。
「誰もいないわね……」
ミーナの言葉に俺も辺りを見回すが、予想に反して本当に一人たりとも姿が見当たらない。
「……絶対、大勢いると思ったんだけどな……」
そう呟きつつも、俺はふとリルラベーラの時のことを思い出して気を引き締め直した。
あの時も予想を思い切り裏切られたのだ。
もう二度と気は抜かない。
さらに近づくと、巨大にそびえ立つ門の前に誰かがぽつんと座り込んでいるのが見えてきた。
「……いるな」
俺の言葉に、ミーナも杖を握る手にぐっと力を込めた。
近づくにつれて、その姿が鮮明になっていく。
女性が一人。純白のシャツにズボンというシンプルな装いだ。
「止まれ」
凛とした声が街道に響き渡った。
声の主は、ゆっくりと立ち上がる。
手には一振りの剣。
ロゼほどの身の丈を超える大剣ではないが、それでもデカい。
俺たちは一定の距離を保ったまま足を止めた。
女性は鋭い目つきでこちらを射抜くように見つめている。
驚いたのはその容姿だった。
スラリと背が高く、あまりにも顔立ちが整っている。
ウルフカットの茶髪が風になびく様は、どこかのモデルでも連れてきたかのような立ち姿で、思わず息を飲んだ。
「通行証を見せろ」
女性が淡々と声をあげる。
「すまない、通行証は忘れてきてな……どうにか通してもらうことはできないか? 俺たちは魔王様に会いに行かなくちゃいけないんだ」
俺はそう口にしながら、ゆっくりと歩み寄ろうとした。
「……そうか。敵だな」
女性は一切表情を変えることなく、スラリと剣を抜き放った。
「ここに通行証など存在しない」
なるほど、上手い手だな。
質問そのものが、敵かどうかを炙り出すための罠だったというわけだ。
剣を構える女性。その可憐な容姿からは想像もつかないほど、微塵も隙の無い完璧な構えだった。
「待て。通行証がいらなくなったのを知らなかったんだよ。ここに来るのが久しぶりでな」
「ほう……面白いことを言う。私は三ヶ月もここにいるが? それよりも前の話だと言うのか?」
「そうだ。半年前くらいかな。通るための通行証を作ってもらったんだよ」
「ふむ……」
女性は剣を少し下ろし、考えるように顎に手をやった。
「判断が付かないな……この場合は敵になるのかどうか……いや、疑わしきは敵だろうな……」
俺の適当な発言に、女性は思いのほか真剣に長考している。
これは上手く乗せれば、戦闘せずに通れるかもしれない。
「いや……二振りの腰の刀……男の方はトールか」
女性は考えるのをやめたのか、こちらを見つめながらぽつりと呟いた。
俺の事を認識しているのか。
ということは、俺の存在が敵としてすでに割れている可能性が高いのかもしれない。
頭の中で、やはり戦闘は避けられないという覚悟がよぎる。
「そちらの女性の名前は?」
今まで無言を貫いていたミーナに対して、キャシュと名乗った女性は質問を投げかけた。
「ミーナ・ライム」
静かな声で名前を告げるミーナ。
あのリルラベーラの時のように、名前そのものが何かのトリガーになる可能性を警戒してか、偽名は使わなかったようだ。
「驚いた……ユミル教徒の破戒僧か」
「……だから何よ。随分情報通じゃない」
「ということは、アルカライズ王国も動いているのか……なるほど……情勢が変わるな……しかし……」
彼女は再び顎に手を置き、一人でブツブツと呟き始めてしまった。
「……なんなの、この人……」
ミーナが呆れたように小声で漏らす。
確かに何なんだ。
門番かと思ったが、敵だと分かっているはずの俺たちに攻撃を仕掛けてくる気配すら見せない。
「あぁ。すまない、申し遅れたな。訳あってここで門番をしているキャシュ・レスンだ」
そう言うと、キャシュは先ほどまでの凛とした表情を緩め、ニコリと微笑んだ。
「……トールです」
そのあまりにも自然な笑顔につられて、俺も思わず名乗ってしまった。
「待って……キャシュ……あなた、もしかしてバラディストリウス聖騎士団の……」
ミーナのハッとしたような表情から、声が漏れ聞こえた。
「そうだ。第四番隊隊長を務めるキャシュ・レスンだ」
「う、裏切ったってこと?!」
甲高い驚愕の声が街道に響き渡る。
ミーナが杖を前に構えるのとほぼ同時に、強い魔力の高まりを感じた。
「落ち着け。訳あってと言っただろ」
キャシュは突然、白いシャツの胸元を右手ではだけさせた。
その素肌には、タトゥーのような黒い模様が刻まれている。
なにかおしゃれの類なのだろうか。
「……奴隷の刻印……」
青ざめるミーナの口から、悲痛な呟きが漏れ出た。
俺は聞き覚えの無い言葉に、内心で首を傾げた。
「裏切ったわけではない。……まぁ、結果的に裏切ってはいるが……本意ではないんだ」
「……話すことは制限されていないってこと?」
「そうだ。私が制限されているのは、ここから離れないこと、そして魔王の敵に対して門を通さないこと。この二点だけだ」
「……酷い……」
深刻そうな表情を浮かべるミーナと、どこか飄々としたキャシュの顔が実に対照的だった。
奴隷の刻印とやらはよく分からないが、話の流れから察するに、恐らく人を強制的に支配下に置く何らかの禁忌の魔法なのだろう。
「よく分からんが……もしそれを破るとどうなるんだ?」
俺の問いかけに少し間があって答えが返ってくる。
「死ぬだけだよ」
キャシュのどこまでも落ち着いた声が、静まり返った街道に重く落とされた。
「待て……ってことは俺たちがここを通ったら……」
「そうだ。私は死ぬ」
キャシュはごく当たり前の話をするように答えた。
まるで辛いものを食べたら水が飲みたくなる、くらいの軽やかさで聞こえてしまうほどだった。
「それでも通るか? 私だって死にたくはない。もし強行突破するのであれば、申し訳ないが全力で相手させてもらう」
一瞬だけ、全身の肌を刺すような冷たい魔力が静かに立ち昇る。
ミーナが俺の顔を伺うように見てくる。
その目が何を言いたがっているのかが分かってしまうのは、ここ数日共に旅をしてきたからだろうか。
「……その奴隷の刻印とやらは、解除できないのか?」
「出来ない。私の刻印と対になっている物をなんとか奪えれば……いや、それも難しいだろうな。そもそも何が対になっているのかすら分からないのが現状だ」
「……他の道に行こう、ミーナ」
「……うん」
俺の答えに、ミーナは小さく安堵したような表情を浮かべた。
この先を無理やり進んだところで、ロゼたちが確実に見つかるという保証もない。
目の前にある命を奪ってまで突っ切るべき道だとは、到底思えなかった。
「なぁ、キャシュ。ここには俺たち以外、誰も来てないのか?」
「来ていないな。久しぶりの客だよ、キミたちは」
「……そうか」
「もしかして……キミたちは、あのリルラベーラに転移されてきたのか?」
キャシュは俺たちの顔を少し覗き込んできた。
「転移された仲間を探しているというのなら、この先にいる可能性は少ないな」
「分かるのか!?」
「これでも三ヶ月は魔王軍にいるんだ。多少の情報は入ってくるさ」
ニコリと微笑む美しい顔から出た言葉に、俺は久しぶりに希望の光を見出した心地がした。
「仲間が四人いるんだ! 何か分かるなら教えてくれ!」
「落ち着け、トール。リルラベーラの転移には法則がある。戦闘スタイルが魔法なら西へ、力なら東へ。この二つだ」
戦闘スタイルによって振り分けられている、だと。
ということは、大剣使いのロゼと武闘派のゴウは間違いなく東へと飛ばされているということか。
「じゃあゲッコウは間違いなく東ね……オールマイティにこなせる場合はどうなるの?」
問いかけたミーナの質問は、恐らく剣も魔法も高度にこなすシンのことを言っているのだろう。
「その場合は難しいな……中央の門付近……もしくは北の領地まで飛ばされているか……すまないが定かではない」
「……そう……」
「助かった、キャシュ。必ず救いに戻る。だから、もう少しここで耐えていてくれ」
俺の言葉に、キャシュは少しだけ目を見開いた。
「驚いた……私まで救ってくれるというのか、トール」
「当たり前だろ。ここで出会ったのも何かの縁だ。手は尽くすさ」
息が漏れるように、ふっと笑い出すキャシュ。
「そんなことを言われたのは久しぶりだよ。たまには良いものだな、人に守られるというのも」
「……隊長ってのも大変そうだな」
「なーに、英雄よりは楽さ」
キャシュの瞳には、包み込むような優しさと確かな強さが滲んでいた。
「ありがとう、本当に助かったよキャシュ。ミーナ、とりあえず東へ行こう」
「そうね! さっさと合流して、魔王なんてぶっ飛ばしに行くわよ!」
力強すぎるミーナの言葉に、俺は思わず吹き出してしまった。
やっと仲間との合流の道筋が、微かではあるが見えてきた。何も見えずに彷徨っていたさっきまでに比べれば、遥かに希望が湧いてくる。
「ただし、助けに行くなら早い方がいい」
せっかく湧いてきた希望を打ち砕くような、キャシュの冷静な声が重く落ちた。
「闇雲に転移させられているわけではない。転移先で待ち構えているのは、きっと相手の苦手とするタイプの敵だ。急いだ方がいい」
「……わかった、ありがとう」
すでにかなりの時間が経過している。
今さら急いだところで間に合わないのではないか――そんな暗い考えが一瞬頭をよぎったが、俺はすぐにそれを振り払った。
短く礼を言い、来た道を戻ろうと背を向けた時、後ろから再び声を掛けられた。
「もし『タシ』という男と出会ったら、攻撃しないでやってくれ。私の部下なんだ」
「タシだな。覚えておくよ、キャシュ」
俺はしっかりと返事をして、ミーナと共に歩き出した。目指すは東だ。
大丈夫。
ロゼも、ゴウも、みんな絶対に無事だ。
俺はなんの根拠もない願いを祈りながら、力強く一歩を踏み出した。




