19#桜花?
進めども進めども深い森は続いていた。いい加減、木ばっかりの景色にも飽き飽きしてきた。
日の出と共に出発したはずなのに、もう日はテッペンまで登っている。
全ての食料や飲み物は馬車に置いてきたのが痛かった。
川なども見当たらないため、飲まず食わずの進行が続いていた。
「……最悪なケース言っていい?」
ミーナは肩で息をしながら呟く。
「……だめ。餓死とか考えたくない」
「……自分で言ってるじゃん」
俺たちはたまに会話をして、お互いの元気の度合いを確認していた。
会話の内容自体はどうでもよかった。
行く宛ても無かった俺たちは、昨日のあの魔力が強い方へと歩き続けていた。
敵地の奥にいけばいくほど何かあるだろうという、大雑把な計画だった。
これが吉と出るか凶と出るかは運任せだ。
「ねぇ……あともうちょっと歩いたら休憩にしない?」
「そうするか……さすがに疲れてきた……」
俺はミーナの提案に同意した。
どこまで歩けばこの森を抜けられるのか分からない。
ゴールの見えない道は体力はもちろんのこと、精神もガリガリと削られていっていた。
そろそろ休もうかと思った、その時だった。
パッと視界が開けた。やっと木以外の景色が目に飛び込んでくる。
「……一生森を彷徨うかと思った……」
ミーナはその場に、力が抜けたようにへたり込んだ。
周りは小さな崖のようになっていて登ることは難しそうだが、道はまっすぐ先へと続いている。
小さな峡谷のような道だ。
「この先を抜けたら街とかあると嬉しいんだがな……」
俺は座り込んでいるミーナに手を差し出した。ミーナはその手を掴み、よろりと立ち上がる。
「水貰えるならなんでもいい……」
随分と弱気なミーナにくすりと笑い、俺は再び歩き出した。
「やっと来たか!」
突然、頭上から野太い声が響き渡った。
俺は驚いて上を見上げる。
崖の上に上半身半裸の凄まじい筋肉を誇る男が立っていた。
「……変態か?」
「……たぶんそうね」
ミーナが心底訝しげな表情で上を見上げている。
「変態ではない!」
男は否定の言葉を叫びながら、崖から豪快に飛び降りてきた。
凄まじい衝撃音と共に地面に着地した男は、ドヤ顔を見せつけながら親指で自分を指さした。
「俺は魔王軍トロール部隊部隊長のグレートだ!」
魔王軍……その言葉を聞いた瞬間、疲れ切っていた頭が鋭く働き始めた。
ミーナも同じだったらしく、疲労の色を消して杖を持つ手にグッと力を込める。
「しかし、なぜお前がここにいるのだ? あー……トールとやら」
「ん? 俺?」
グレートはビシッと一直線に俺を指さしてきた。
「そうだ! あのリルラベーラがミスするなど初めてだぞ!」
「何を言ってるのかさっぱりわからん……」
「まぁ良き良き……ところでお前ら、魔王軍に入らんか?」
グレートは無駄に爽やかな笑みを浮かべて質問してきた。
「入ると言ったら……」
「入るわけないでしょ? あんた頭の中まで筋肉なの? もうちょっと考えたら? あ、筋肉しかないから無理か」
冷たい目と、それよりも冷たい言葉が峡谷に響く。
ミーナ……歩き続けた極限の疲れのせいか、めちゃくちゃブチ切れている……
「そうか……残念だ。もし俺がお前らを殺せなかった時は、叩き起して無理やり魔王軍に入れるからいいさ」
グレートはパチンと指を鳴らした。
峡谷に綺麗な破裂音が木霊する。
直後、崖の上から次々と巨体を持ったトロールたちが姿を現した。
「ふっ……驚いたか? 俺はトロールを従えている」
「いや……お前、自己紹介の時、トロール部隊の部隊長って自分で言ってたぞ……」
「そうか?! しまった、ここで驚かせてカッコつける作戦が……」
グレートは悔しそうな顔をして、地踏みを鳴らした。
分かった、こいつは変態じゃない……バカなんだ!!
俺は悔しがるグレートを完全に無視して、谷の上のトロールたちを見渡した。
しかしトロールの数がかなり多いのは厄介だ。
ざっと数えても20体はくだらない。
全員で一斉に襲ってこられると、さすがに厳しいかもしれない。
どう攻めるか……と、考えた瞬間。
「天に坐す聖なる光よ。我が魔力を導とし、無数の輝きを天へ昇らせよ。空を覆いし白き光よ、今こそ地上へ還り、邪を穿つ聖なる雨となれ──《ホーリー・レイン》」
気づくと隣のミーナは、既に高速で詠唱を完了させていた。
数多の光線がミーナの杖から一斉に放たれる。その光線は天へと勢いよく登り、大きな弧を描いて地上へと降り注いだ。
谷の上のトロールたちに、次々と光線が突き刺さる。
悲鳴を上げながら倒れるものや、たまらず逃げ出すトロールまでいた。
「悪いけど、今むしゃくしゃしてんのよ私。纏めてぶっ飛ばしてあげるわ」
ミーナの言葉が終わると同時に、光の雨もやんだ。
先ほどまでいた大量のトロールは、一匹たりとも残っていなかった。
「さすがSランク。頼りになるわ」
「トールも早く本気出してよね。さっさと終わらせ……」
ミーナが最後の言葉を吐き出す前に、空中にこちらへと跳躍してくるグレートの姿を捉えた。
俺たちとグレートの距離は、目算でも50mはあったはずだ。
あの距離を一回のジャンプで飛んできたというのか。
「くッ……」
ミーナは慌てて、先ほど見せた白い光線を一筋放った。
詠唱を挟まない速攻の魔法。
鋭いスピードの光線が真っ直ぐグレートに向かって飛んでいく。
「はっはー!!」
グレートは左腕を大雑把に振り払うだけで、その光線を力任せにかき消してしまった。
「一発で死んでくれんなよ!」
大きく右拳を振り上げながら、隕石のようにこちらへ落ちてくる。
ミーナは咄嗟の魔法を放ったばかりで、次の身動きが取れずにいた。
俺はすぐさま二刀を鞘から抜き去る。
「天魔無碍流『偏』」
対極の魔力が激しく反発し合う。
グレートの巨大な拳と俺の二刀が重なった瞬間、周囲の空気が爆ぜるほどの衝撃波が発生した。
吹き飛ばされそうになる身体を、足に力を込めてなんとか耐え切る。
グレートも身体こそ持ちこたえてはいたが、ぶつかり合った右拳が大きく上空へ弾かれていた。
この隙は逃さない。
俺はシルラによる袈裟斬りの斬撃で、心臓ごと切り裂く勢いで刃を振り下ろした。
しかし、振り下ろした刀はグレートの肩にくい込んだまま止まった。切り裂けない。
「やるね」
グレートは弾かれていた右拳を、そのまま俺へと叩き込もうと追撃の態勢に入る。
足先に鋭く魔力を込める。
横にいたミーナを素早く抱き抱え、刺さったシルラを無理やり引き抜くと、後ろへと跳んで間合いを取った。
元いた場所にグレートの凄まじい拳が叩きつけられる。
まるで地鳴りのような振動が足元を大きく揺らした。
「ちょっと! 降ろしてよ!」
抱えられたミーナがジタバタと腕の中で暴れている。
「お前……めちゃくちゃ強いな……ただのバカだと思って悪かったよ」
俺はゆっくりとミーナを地面に降ろしながら呟いた。
「なーに、気にするな。男はバカなくらいが丁度いいもんだ!」
グレートは肩から血を流しながらもニッと笑い、拳を前に突き出してファイティングポーズをとる。
こいつの身体を覆っている魔力のせいで、刀が思うように通らない。
あの時の飛龍より硬いんじゃないか、こいつは……
「あの魔力は……無界魔力ね……」
ミーナは杖を前に突き出しながら、ポツリと呟いた。
「魔法はある程度掻き消されるだろうな……俺が前衛でサポートする」
「トールが前衛なのにサポート? ちょっと、どういう……」
「難しく考えんな。いつも通りぶっ飛ばせ」
俺は一旦、二刀を鞘に仕舞い直す。
「……どうなっても知らないわよ」
ミーナは両手で握りしめていた杖を天に掲げた。
「天に満ちる聖光よ。我が意志を無数の閃きへと変えよ。瞬く間に天を駆け……」
ミーナの魔法詠唱が合図だった。グレートが地を蹴り、まっすぐこちらに向かって突っ込んでくる。
狙いは詠唱中の魔法使いであるミーナだろう。
「天魔無碍流一刀居合『線』」
突っ込んでくるグレートに向かい、俺も超高速度で地を蹴り抜けた。
お前の突進のスピードも合わせれば、威力は倍増する。
胴体を真っ二つにする勢いで、一閃の刀を抜き放った。
「ふん!!!」
グレートは右腕を突き出し、強引に刃を受け止めた。
丸太のような極太の腕が刀の威力を押し止める。
肉が切り裂ける手応え。
しかし、一刀居合の神速の斬撃は途中で完全に止まってしまった。
俺の居合でも腕の一本すら斬り落とせないとは……
化け物か、こいつは……
「肉を切らせて!骨で勝つ!!」
グレートは止められた右腕を支えに、空いた左腕を高く振り上げた。
「……逃れるすべてを撃ち抜く神罰の雨となれ──《セレスティアル・ボルト》」
俺の横を雷撃に似た魔法が高速で横切っていき、グレートの振り下ろされかけた左腕に直撃した。
白い稲光が空気を破裂させながら爆散する。
遠慮の無い、いい魔法だ。
「天魔無碍流『桜』」
グレートの右腕に深く刺さったままのシルラを左手で逆手に掴み直し、そのまま強引に引き抜くように切り裂く。
腕ごと切り落とすまでには至らないが、グレートの鮮血が勢いよく周囲に飛び散った。
振り抜いた瞬間にすかさず身を屈め、後ろから迫る次なる雷撃を最小限の動作で避ける。
雷撃は吸い込まれるようにグレートの胴体にぶち当たり、再び激しい爆煙を巻き起こした。
その隙を逃さず、身体を急速回転させながら右手でカルラを抜き放ち、一閃の斬撃を叩き込む。
グレートの胴体に深々と刃が食い込む。
斬撃が当たった絶妙なタイミングで、俺は即座に身体を横へと逸らした。
逸らした俺のすぐ横をすり抜け、後ろから放たれた雷撃の魔法がグレートの胸元へ直撃する。
一撃でぶった切れないのなら、何度でも切り裂くまでだ。
後ろから絶え間なく放たれるミーナの魔法の流れを肌で感じ、グレートの巨体の動きを完全に読み切りながら、最適かつ最速の斬撃を連続で叩き込んでいく。
宙を舞うグレートの血飛沫が、峡谷の空を赤く染め上げていった。
まるで演舞のような連続攻撃は留まるところを知らないようだった。
6発目の魔法が直撃した瞬間、15回目の斬撃が血飛沫を舞散らせた瞬間、グレートの目がぐるりと白目を剥いた。
いや、まだ終わってはいない。
こいつは、死に際に必ず反撃してくる。
俺は逆手に持ち直したシルラを、力任せにグレートの腹部へ深く突き刺した。
肉を貫通する確かな手応えを感じると同時に、瞬時に低く身をかがめる。
俺の頭上を越えて、ミーナの放った最後の雷撃がグレートの顔面へと直撃した。
爆散する魔法による硝煙が立ち込める中、グレートの膝がガクリと地面についた。
俺はグレートの肩を軽く蹴り飛ばす反動で、腹に刺さっていたシルラを素早く抜き取り、後方へと跳んでミーナの横へと並び立った。
「……見事……だ」
グレートは掠れた声でそう呟くと、大地を揺らしてその場に力尽きるように倒れ伏した。
周囲に静寂が戻る。
ミーナも連続魔法の反動からか、その場で座り込んだ。
なんとか勝てた……ギリギリだった。
こんなにも強いやつが、これから先も出てくるのかと思うとゾッとした。
ただ一つだけ言わせてくれ。
「骨を断つ、だバカたれ……」
俺は肩で息をしながら呟いた。




