18#聖女?
「起きて!トール!」
あともうちょっとだけ寝かせてほしい……なんか疲れた……
俺は聞こえてきた声から耳を背けるように、ゴロリと寝返りを打つ。
いや待て……寝てる場合じゃないだろ。俺は戦闘中だったはずだ。
意識が急速にハッキリしてくると、俺は弾かれたように飛び起きた。
目の前にはミーナがいる。
「あいつは?」
ミーナは無言で首を横に振った。
辺りを見渡すが、先ほどまでいた広場のような場所ではない。
どこか深い森の中のようだ。
俺もミーナも消されて……いや、あれは転移だったのだろうか。
腰の刀を確認する。
シルラとカルラがそこに無事存在しているのを手触りで認識すると、少しだけ落ち着いた。
「すまん……だいぶ寝てたのか俺は?」
「全然起きないんだもん。死んでなくてよかったわよ」
ミーナは呆れたように軽くため息をついた。
「ここがどこか分かるか?」
「全然。とりあえず転移されたみたいだけど……そんな魔法聞いたこともないわね……」
転移魔法。
確かにそんな魔法は、500年前の過去においても聞いたことがなかった。
もしそんな芸ができるなら、この世界でえっちらおっちら馬車に揺られて旅をする必要なんてない。
「……まぁ現に今、全然違う場所にいる……とりあえず動くか」
俺は意識を集中させ、魔力探知で周囲の状況を探る。
だが、近くに誰かがいるような気配は感知できなかった。
夕方と言うには少し遅く、もう今すぐにも日は沈みかけそうな弱々しい陽が木々の間から差し込まれていた。
夜がくる。
何とか場所を把握して、みんなと合流しないといけない。
「適当に進むしかないか……」
俺が呟くと、ミーナは「そうね」と短く返事をした。
ゆっくりと森を突き進む。ミーナが後ろから遅れずについて来ていることを確認しながら歩みを進めた。
ロゼは無事なんだろうか……俺のようにどこかへ転移されているだけであってくれればいいのだが、答えの出ない思考はただ不安を募らせるだけだった。
しばらく進むが一向に森を抜ける気配は感じない。
いよいよ日も完全に沈み、辺りは濃密な暗闇へと包み込まれていく。
後ろのミーナを振り返ると、彼女は両手で杖を握り締め、何やら呪文を詠唱していた。
「天に宿る聖なる輝きよ。我が魔力を灯火とし、迷いなき白き光を顕現せよ。闇を退け、我らの行く先を照らせ──《ライトオーブ》」
その詠唱が終わると、ミーナと俺の間の空間に、野球ボールほどの大きさの白い光の玉がふわりと浮き上がった。
「便利な魔法だな」
「トールも『聖』属性なんだから、少しは戦闘以外の魔法も覚えた方がいいわよ?」
「……詠唱が長すぎるんだよな……」
俺は苦しい言い訳をした。
回復魔法ならまだ無詠唱で扱えるのだが、それ以外の魔法はいまいち感覚が掴めず、しっかりと詠唱を挟まないと、俺には使えないことに対する言い訳だった。
先に進もうかと思った、その瞬間だった。
周囲をおびただしい『魔』の魔力が覆っていく。
俺の魔力ではない。
即座にシルラの柄に手をかける。
ミーナも杖を持つ手にぐっと力が入っていた。
徐々に濃くなっていく魔力濃度。
しかし、これといって目の前に何かが現れたり、襲いかかってきたりする訳ではなかった。
「……これ……どこから発してるの? トールわかる?」
ミーナが不安そうに辺りを見渡す。
俺は集中して魔力探知を試みたが、この莫大な魔力を発している元を探し当てることは出来なかった。
そんな訳がない。
魔力探知は得意な方ではないが、それでも気配を凝らせば1km圏内くらいなら把握できるはずだ。
ということは、この魔力を発している奴は、ここからかなり離れた場所にいる。
それにもかかわらず、俺たちの周りを纏う魔力量は、まるですぐ目の前にでもいるかと錯覚するほどに圧倒的だった。
「……トール」
ミーナはギュッと杖を握り締め、少し不安そうな顔をして俺に近づいてきた。
最悪の推測だったが、状況から考えてこれしか思い当たらなかった。
「魔王の魔力か……」
信じられないほどの魔力量。
おそらく近づけば近づくほど、その尋常じゃない魔力を直接肌で知ることになるのだろう。
「……この状態で進むのは危険だな……」
俺はミーナを見た。周りを覆う重苦しい魔力にあてられて、少し参っているように見える。
「俺が見張りをするから休んでいいぞ」
俺は大きな木の根元に腰を下ろした。
「何言ってんのよ。二人で休むのよ」
ミーナは俺のすぐ隣に、肩が触れ合うほど密着して座ってきた。
近い……距離感がバグっているんじゃないだろうか、この子は……
と、内心で疑問に思った直後、ミーナの静かな詠唱が始まった。
「光を司る聖霊よ。我が魔力を礎とし、聖なる結界を織り成せ。いかなる刃も、いかなる魔も、この領域を侵すことを許すな──《サンクチュアリ》」
俺たちの周囲を囲むように、薄く光る膜のような壁が出来上がった。
「……結界か。さすがだな」
昔、あいつもよく使っていた気がする。
この結界の温かい気配に、少しだけ懐かしさを覚えた。
「苦手だしこれくらいの大きさしか出せないの。もうちょっとこっち寄って」
ミーナはグイッとさらに身体を寄せてくる。
結界のおかげか、周囲を覆っていた『魔』の禍々しい魔力も届かなくなった。
「この結界はどれくらい持つんだ?」
「一日くらいは余裕で持つわ。さっさと寝てしまいましょ」
そう言うと、俺たちは言葉を置いた。
静寂の中、ミーナの体温と、結界から優しく放たれる『聖』の魔力だけが心地よく伝わっていた。
「ねぇ……ユミル様の事おしえなさいよ……」
さっきまでさっさと寝ろと言っていたはずのミーナが急に話しかけてきたので、俺は思わず小さく吹き出してしまった。
「なによ!変なこと言った?」
「いや、なんでもないよ」
笑いながらそう答えた。
ただ、彼女が口にした『ユミル様』という人物がいまいちピンとこなかった。
「……申し訳ないんだけど、そのユミル様って誰のことなんだ?」
「はぁ?!トールの仲間だったんでしょ?!ユミル教の教えを作った聖女ユミル様よ!」
聖女……ユミル様という名前にはまったく聞き覚えがなかったが、『聖女』という言葉には心当たりがあった。
「もしかして、夕見 瑠花のことか?」
「……なにそれ、ユミル様の本名?」
そうか、ルカのことか……それなら合点がいく。
戦闘こそからっきしだったが、『聖』の魔力量の凄まじさはもちろん、精密な魔力コントロール、分厚い魔導書を丸暗記するほどの記憶力、そして何より誰よりも優しかった。
あのルカの話だというのなら、なんとなく繋がってくる。
「誰よりも優しかったもんな……あいつ」
「あいつじゃない! ユミル様!」
なんで俺が怒られているんだ……
ルカは元カノだ。
とは言っても、この世界に初めて召喚される前に付き合っていたというだけの話だ。
今思うと子ども同士の付き合いで、好きだのなんだのといった感情もろくに理解していなかった頃のこと。
異世界に来てからはお互いの道が離れていき、いつの間にか自然消滅していた。
嫌いになったわけではなかったが、当時はこの世界で生き伸びることに必死だった。
離れていく心の距離なんて気にする余裕すらなかったのだ。
「……魔王討伐の旅路で、色んな人たちを救ってきたんでしょ?」
「そうだな……ルカは……じゃない、ユミル様は傷ついた人を絶対に放っておけない性格だったからな」
ルカの回復魔法に何度助けられたか、もう覚えてもいない。
「憧れるわね……」
「ミーナはユミル様に憧れてユミル教に入ったのか?」
「そうね……物語に出てくるユミル様はすごくカッコよかったんだもん」
ミーナの目は、まるで幼い少女のように輝いていた。
「でも私、回復魔法がどうしても苦手だったの。気付けば攻撃魔法ばかり得意になっちゃって、周りからはユミル教の破戒僧なんて呼ばれる始末……」
ミーナは分かりやすく、大きなため息をついた。
「私なんかが憧れても、結局は夢で終わるのよね」
「そんなことないと思うぞ」
俺はぶっきらぼうに答えた。
「……なんでそんな言い切るのよ」
「ルカが聖女って呼ばれてたのは、回復魔法が凄かったからとか、人をたくさん助けたからじゃないよ」
「……そうなの?」
「どんな時でもあいつは前を向いて、笑顔だったからだよ。俺らはその笑顔に励まされた」
「笑顔か……」
ふわりと笑った顔のルカをぼんやりと思い出した。もう顔はうろ覚えだが、笑顔が可愛かったことだけはハッキリと覚えている。
「だから、破戒僧でも聖女って呼ばれる日がいつか来るんじゃないか?」
「うるさい!」
ミーナが肩越しにグググッと力を込めて俺を押してくる。
「おい、結界から出ちゃうから! ごめんって」
「……分かればいいのよ」
押すのを止めたミーナは、ふぅと小さく一息をついた。
「ほら、さっさと寝るわよ。明日はみんなと合流するために早く行動するんだから」
「はいはい……おやすみ、ミーナ」
「おやすみなさい。ありがとう」
小さなお礼と共に、ミーナはそっと目をつぶった。俺もミーナに寄り添うようにして目を瞑る。
笑顔のルカを思い出す。
いつも真っ直ぐ笑いかけてきてくれた、あの顔を。
きっとまたどこかで再会したとしても、彼女のことを再び好きになることはないだろう。
でも、あの時は確かに本気だったのだ。
きっと過ぎ去ってみないと分からないものもある。
俺はルカの笑顔では無く、リアの愛おしい笑顔を思い浮かべながら、ゆっくりと深い眠りへと落ちていった。




