17#消失?
ロゼはボロボロの身なりの男から咄嗟に距離を取ると同時に、背中から大剣を勢いよく抜いた。
「おっさん!!どうする!!」
ロゼの切羽詰まった声に俺はハッとした。
敵の異常さに飲まれている場合ではない。
「一旦戦闘態勢を取る!!だが深追いはしない!!」
俺は叫びながら御者台から飛び降り、シルラとカルラを同時に抜き放つ。
その瞬間、ボロボロの服装の男へ向けて神速の斬撃が放たれた。
ゲッコウの刀が男の胴体とマントを容赦なく真っ二つに切り裂いていく。
ちぎれ飛ぶ男の顔は、それでも笑顔のまま一切変わらない。
「……手応えが……ありません……」
ゲッコウの困惑した呟きと同時に、切られた男の身体が霧のように薄れて消えていく。
ゲッコウは刀を構え直し、鋭い視線で辺りを見渡す。
一体何が起こっているのか、おそらくここにいる誰もが正確には理解できていなかった。
「ゴウ!!魔力を解放しろ!!!全体魔法でここら一帯を……」
俺は指示を叫びながら、気付いた。
ゴウの魔力がまったく探知出来ない。
あれだけ魔力を抑えるのが苦手だったゴウの魔力が、探知出来ないわけがないんだ。
俺たちが乗ってきた馬車の荷台から、あの男がゆっくりと降りてきた。
相変わらず、あの気味の悪い笑顔を顔に貼り付けたまま。
「俺の名前はトールだ……お前の名前は?」
俺は無意識で力を入れすぎて握りしめていた刀の柄の握りを、意識的に少し緩めた。
「お前。嘘つきじゃない」
男は不気味なニヤつきを変えないまま、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
こいつ……シンを消した時も嘘つきがどうとか言っていた。
嘘をつくのが何かのトリガーなのか?いや、ただの憶測に過ぎない。
もっとしっかり見極めなくてはいけない。
「俺は正直者だからな」
俺は苦笑しながら言い返した。
決して会話がしたいわけではなかった。
なんとか一瞬でも隙を作りたかったのだ。
直接的な戦闘をしてこないタイプは、俺がもっとも苦手とする相手だ。
例え泥臭くても、やれる事はなんでもやる。
「リルラベーラ。俺はリルラベーラ」
男の声は少し上ずっている。
心無しか楽しそうだなとすら思える。
「リルラベーラ。それがお前の名前か?」
『封』を打つか? いや、こいつからは『魔』の魔力が嫌というほど溢れ出ている。
おそらく効果は薄い。
「リルラベーラだと……」
ロゼの顔が見る見るうちに変わっていく。
その表情は、驚きとも恐怖とも取れるものにみえた。
「お前がリルラベーラのわけがあるか!」
ロゼは大剣を下ろしたまま、ズカズカと男に向かって歩いていく。
完全に我を忘れている。
「ロゼ!!!」
「あの子の名前をお前み……」
男の目の前まで進んだロゼの姿が、一瞬でかき消えた。
いつものようにすぐ近くで感じていたロゼの魔力が、どこにも存在しない。
無意識に俺の身体からおびただしい程の『魔』の魔力がドッと溢れ出る。
感情が抑えられない。
あの子を殺してみろ。
俺が必ずお前を殺してやる。
ダメだ、落ち着け。
冷静になれ。
ここでブチ切れても何もならない。
消えただけだ。
まだ全員生きている可能性だってある。
ここで冷静になれなきゃ負ける。
「ゲッコウ!!俺が時間を稼ぐ!!ミーナを連れて逃げろ!!」
叫んだ声は届かなかった。
横にいたはずのゲッコウの気配すら、既に消えていた。
ゲッコウが放っていた魔力の残りさえ辿れないほど、いつの間にかいなくなっている。
そもそもいたのかすら怪しいほどに。
このまま全滅なのか。
最悪の展開が頭を過ぎる。
俺が底知れぬ絶望に飲まれかかったその時、声が聞こえた。
「天を満たす聖なる光よ。我が祈りに応え、その輝きを一条に束ねよ。邪を焼き、悪を滅する裁きとなれ。白き光よ、祈りの収束と共に、眼前のすべてを貫き穿て──《セレスティアル・レイ》」
後ろの馬車から荷台の布を吹き飛ばしながら、凄まじい『聖』の魔力がこもった白い光柱が放たれ、男を直撃した。
その光柱は数秒かけ次第に小さくなっていく。
「トール!無事なの?!」
ミーナは半壊した荷台から飛び降りながら叫んだ。
「無事だ。助かった、ミーナ」
俺はミーナの方をチラリと確認してから、すぐに男へと視線を戻した。
ミーナの放った強烈な魔法で吹き飛んだ男は、地面に大の字になって倒れている。
「あれを受けてまだ身体を保ってるとか、生意気」
ミーナはそう吐き捨てると、手に持った金属の杖にさらに深く魔力を込め始めた。
魔法攻撃ならなんとか効くことが分かった。
これでなんとかなりそうだと、ほんの一瞬だけ気が緩んだその時だった。
ミーナの方へ視線を向けると、いつの間にかミーナの目の前にあの男が立っていた。
魔法はまだ次の詠唱にすら入っていない。
考えている暇なんてなかった。
「天魔無碍流一刀居合『線』」
最速の斬撃で一撃のもとに殺す。
一瞬で間合いを詰めた。
渾身の力で刀を振り切る。
あとはそれだけだった。
俺の意識は、そこでぷつりと途絶えた。




