15#無碍?
「野営もいいけど、やっぱりビールが無いのはちょっと辛いよな」
「まぁ、たまに呑むから美味い!って尚更思えるしいいんじゃないか?」
俺とロゼは向かい合って話していた。
俺の放つ魔力圧を受けながらでも、今では普通に雑談が出来るまでに上達している。
たまにグラリとロゼの身体がバランスを崩すように傾くこともあるが、もう膝から崩れ落ちて立てなくなるほどではなかった。
「……よし。魔力圧を受ける訓練は、だいぶ上達したな」
俺は全身に張っていた魔力を収めた。
周囲の空気を圧迫していた禍々しい魔力は、次第に薄れて消えていく。
「やった!コケなくなったのは素直に嬉しいな!」
ロゼは両手でガッツポーズをして、本当に嬉しそうに笑った。
「じゃあ、とりあえず飯にしようか」
俺がそう声をかけると、近くで鍋を囲んでいるシン達のパーティーとゴウの元へ、ロゼと共に歩いて向かった。
そして、輪になって座っているみんなの空いているスペースへと腰を下ろす。
ロゼも俺のすぐ隣に並んで腰掛けた。
「凄い魔力圧ですね……さすがトールさん。伝説は本当みたいですね」
シンは持っていた飯を食べる手を止めて、感嘆の声を漏らしながら話しかけてきた。
「俺なんてまだまだだよ」
俺は照れ隠しに軽く笑って答えた。
アルカライズを出てから馬車を走らせ、日も沈みかけた頃に俺たちは野営をすることに決めた。
ローズバラン大陸へと続く架け橋までは、ここからあと半日ほど進んだところにあるらしい。
まだ安全なルーンメルカトーレ大陸にいる間に、しっかり野営をして身体を休めておこうという話になったのだ。
俺たちとシン達のパーティーはそれぞれテキパキと野営の準備を終わらせ、さあご飯にしようかというタイミングで、ロゼが「先に特訓しようぜ!」と嬉しそうに言い出したため、先ほどの特訓に至ったというわけだ。
「……対極者であれほどの魔力量とは……恐れ入ります」
ゲッコウは俺をじっと睨みつけるようにしながら静かに話す。
睨まれてはいるが、そこに敵意はない。
単純に元々の目付きが悪いだけなのだろう。
「そんなに褒められても何も出ないぞ……あ、刀見るか?」
「ぜ、是非!」
急に目を大きく見開くゲッコウに、俺はシルラとカルラを帯刀ベルトから外し、丁寧に手渡した。
ゲッコウはそれを受け取ると、少年のように目をキラキラと輝かせながら俺の二本の刀をじっくりと眺めている。
「あの手を繋ぐ訓練みたいなのはやらないんですか?」
ゴウがパンをガブリと齧りながら尋ねてきた。
「そっちの訓練は飯を食ってからにするよ。俺はとりあえず腹が減った……」
そう答えながら、器に入った野菜と肉のスープを一口含む。
いつものロゼの味付けとはまた違うが、このスープもなかなか美味い。
「手を繋ぐのが、一体どうして訓練になるわけ?」
隣に座っていたミーナが、どこかぶっきらぼうな調子で口を開いた。
「魔力を溜めたり流したりする訓練だ。ロゼの場合は大剣まで魔力を溜める……その前段階の訓練だな」
「へー……じゃあ私にもやってみてよ」
ミーナは右手をすっと差し出してきた。
早く飯を食いたかったのだが……ここで無下に断って気まずい関係になるのも避けたかったので、俺はしぶしぶその手を握った。
「じゃあ繋いでる手に魔力を溜めて」
そう言った瞬間、爆発的な『聖』の魔力が俺の右手に集まった。
かなりの練度だ。
一瞬手が焼け焦げたのではないかと錯覚するほど、力強い魔力だった。
「……じゃあ、その魔力を俺の右腕まで流してみて」
緩やかに溜まった魔力が、そっと流れてくる。それは俺の右腕付近でぴたりと止まった。
しっかり魔力をコントロール出来ている証拠だ。
「……完璧。俺がミーナに教えることは何もないよ」
俺はゆっくりと右手を離した。ミーナは少し誇らしげな顔をして、自信ありげな笑顔をこちらに向けた。
「トールから見て、私はどう感じた?」
ミーナは少し漠然とした質問をぶつけてきた。
「そうだな……魔法職だから魔力を溜めるのはすごく上手い。でも、回復魔法の溜め方じゃなかったな。たぶん攻撃魔法の方が得意だろ?」
ミーナは俺の言葉に、少し驚いたように目を見開いた。
「そんなことまでわかるの?」
「まぁ、なんとなくだけどね」
俺はパンをガブリと齧った。
街で食べるフワフワのパンも美味いが、この旅の途中で食べる少し硬めのパンも結構好きなんだよな。
「トールさん。500年前の魔王復活の時も世界はこんな感じでしたか?」
向かいに座るシンは、静かで小さな声で問いかけてきた。
「……いや。全然違う。俺たちの時は、どこもかしこも争いで溢れかえってたよ。少し歩けばすぐに襲われたし、溢れ出している魔物の数も今とは比較にならないくらい多かった」
「現在、魔王の勢力は大きな戦争へ向けて準備を進めているようです」
どこか確信めいたシンの言葉は、おそらく王宮などで得た信頼に足る情報に基づいているのだと思われる。
「……ってことは、俺たちが昔倒した魔王と、今の魔王は全くの別人って線が濃いのかもしれないな。あまりにもやり方や戦略が違いすぎる」
「そうなりますね……魔王復活……ではなく、更なる魔王の誕生……これが正しいのかもしれません……」
一度しか対面していないから、細かい思考まで正確にわかるわけじゃない。
だが、あの傲慢で強い自信に満ち溢れていた魔王を、俺は知っている。
あいつがこんな悠長に下準備を進めるようなタチではないことも。
「まぁ、これ以上ここで考えてもわからないか……行けばわかるだろ」
俺はぽつりと独りごちると、器に残っていたスープを最後の一滴まで飲み干した。
「トール殿……こちら、実に見事な刀ですな」
いつの間にかすぐ隣まで寄ってきていたゲッコウが、感動を噛みしめるようにして、ゆっくりと刀を返してきた。
俺は立ち上がってそれを受け取ると、腰の帯刀ベルトへと丁寧に刺し直した。
「……是非……天魔無碍流の技を、一目見せてはいただけないでしょうか」
「ん? いいぞ」
俺とゲッコウは焚き火の輪を一度離れ、少し離れた開けた場所まで移動した。
後ろの輪の方からは、みんなが楽しそうに何かを話している声が賑やかに聞こえてくる。
「天魔無碍流の基本となる心得は、一応知ってるのか?」
「はい。確か『力ではなく技』。そして二極者……特に対極者のために作られた流派。通称『弱者の剣術』」
「そうだ。……ってか、よく知ってるな……」
俺は素直に感嘆の声を漏らした。
ロゼなんて天満無限流と間違えて覚えていたほどで、この世界の現在に俺の話はしっかりと伝わっていないのが普通なのに、ここまで正確に理解しているのは素直に凄かった。
ゲッコウはギロリとこちらを睨みつけてきたが、これはたぶん照れている顔だ。
なんだか少しずつゲッコウの扱い方がわかってきたぞ。
「子供の頃から……トール殿に関係する伝記をしっかりと読ませていただきました」
「ゲッコウは二極者なのか?」
「いえ……残念ながら、私は七大属性のうちの四つが使えます」
いや。それ残念どころか当たりだからな。
「じゃあ……『封』でも見せるか……」
俺はシルラとカルラをスッと抜き放つ。
そして二本の刃を静かに十字に構え、ゲッコウへと向けた。
「天魔無碍流『封』」
自分の中の『聖』と『魔』の魔力を代わる代わる両の刀に乗せ、連続してゲッコウへと叩き込む。
『聖』と『魔』を交互に、そして連続して身体の外から浴びせられると、身体が誤反応を起こす。
仕組みは単純だ。なぜ誤反応を起こすかまではよく分からないが……
相手が『聖』と『魔』のどちらかの魔力を持っていると、効果はかなり薄くなるのも難点だ。
「……これは……体内の魔力が上手く練れません……」
「地味だろ? こんなんばっかりなんだよ、天魔無碍流ってやつは」
俺は苦笑いを浮かべながら、二本続けて刀を鞘へと納めた。
「いえ……とても高度な魔力コントロールを必要とする流派なのが、よく分かります」
ゲッコウは自分に掛けられた『封』を解く方法を探すように、体内の魔力の練り方を色々と試している。
「魔力コントロールこそが天魔無碍流の基礎であり、それが全てって感じだからな」
「トール殿は、奥義も会得しているのですか?」
「……奥義のことも知ってるのか?」
「天魔無碍流の伝記に載っていた程度ですが……」
ゲッコウは少し眉をひそめ、顔をしかめた。
「正直、人間が会得するのは不可能だとしか思えない奥義でしたので、少し興味があり覚えておりました」
「……今も使えるかは、まだ試してないな」
「……なんと」
ゲッコウは驚きで大きく目を見開いている。
「あ、あれを会得したというのですか?!」
「昔な? 今も出来るかはわからんよ。もう20年も前の話だし……」
俺はゆっくりと焚き火の方に向かって歩き出した。
「……天賦の才ですな」
俺の横を歩くゲッコウは、感嘆を込めてポツリと呟いた。
「あんまり褒めても、本当に何も出ないぞ?」
俺は苦笑いを浮かべた。
「これがお世辞なら、拙者ももう少し人付き合いが得意だったと思われます」
その真面目な言葉に、俺は思わず吹き出して笑ってしまった。
怖い目付きをしているが、根は案外面白い奴のようだ。
確かに、再召喚されてから一度も奥義を放とうとしたことはなかったな。
今度また一人で練習がてら試してみるか。
俺は空いていたロゼの隣に腰を下ろしながら、揺れる炎を見つめてぼんやりと昔のことを思い出していた。




