14#葛藤?
俺は御者台で揺られながら、手綱を握るロゼの隣でぼんやりと景色を眺めていた。
朝、冒険者ギルドに向かうと、既に到着していたロゼとシン達に軽く挨拶をした。
その後、少し遅れてやってきたゴウを連れて旅の荷物を買い込み、俺たちは今、ローズバラン大陸へと向かっている。
シン達のパーティーは俺たちのすぐ後ろを追うように、後ろの馬車に乗っていた。
ふと振り返ると、荷台ではゴウが呑気にいびきをかいて寝こけていた。
ゴウの性格から考えると、昨日の夜遅くまで夢中で観光していたのかもしれない。
先の長い旅路だし、わざわざ起こすのも可哀想なのでこのまま寝かせておくことにした。
「昨日はどうだった?」
俺は何気なく、隣で手綱を握るロゼに尋ねてみた。
「……緊張し過ぎてあんまり覚えてない」
ロゼは前を向いたまま、ボソッと呟いた。
「ロゼらしいじゃん」
「……うるさい」
俺がクスッと笑うと、ロゼは少し口を尖らせて不満げな顔をした。
「おっさんはゴウとのんびり過ごしてたのか?」
「いや……あいつ、一人でさっさと観光に行ってきますとか言って、俺を置き去りにしていったんだよ」
「マイペースだな、あいつ」
俺たちは、軽く笑い合った。
「……それで、魔王討伐の話は進んだのか?」
俺の言葉に、ロゼの目付きがガラリと変わった。
「ある程度の作戦は決まった」
「教えてくれ」
「魔王がいる城までの直接的な戦闘は避ける。城に到着したら総攻撃を仕掛ける。簡単に説明するとこんな感じだ」
俺は腰に差したシルラの柄を軽く触った。
「……敵の人数はわかるのか?」
「今把握している幹部と呼ばれるやつは二人。一人はナギって呼ばれている事しかわからない。もう一人はヴァルグ・ルビザール。こいつは熱狂的な魔王信仰者で『魔』の魔法に長けている。こいつは強いよ」
ロゼの手の中で、ギュッと手綱が軋む音が響いた。無意識のうちに力が入っているらしい。
「……知り合いか?」
「……私の幼なじみだ」
「そうか……」
馬車の車輪の音と共に、流れる景色が後方へと去っていく。
抱えている思いや過去はお互いに違うかもしれないが、次の戦いが決して一筋縄ではいかないキツイものになるということだけは、共通の認識として胸の中に落ちていた。
「ロゼが死なないなら、俺は何も言わないよ」
隣のロゼは、驚いたように俺の顔を見た。
「敵だからぶっ殺せとは言わない。でも、死ぬような事だけは絶対すんなよ」
俺はロゼから目を逸らし、遠くの景色に視線を向けた。空には雲がゆっくりと流れている。
「……おっさんは冒険者として優しすぎると思うよ」
ロゼは前に向き直り、小さく呟いた。
チラリと見たロゼの目は、いつもと違い、どこか儚げな光を帯びているように感じられた。
「……私が生まれたのは、普通の魔王信仰の家でさ」
ロゼはぽつりぽつりと、ゆっくりと話し出した。
「いつか世界を……魔王が統一する。世界の統一は魔王にしか無理なんだって、ずっと教えられてきたんだ」
俺は黙って、ロゼの言葉に耳を傾けていた。
「近所に住んでいたヴァルグも同じでさ。私が魔王だ!って木刀振り回しながらごっこ遊びで、よく二人で遊んでたんだ」
力無く小さく笑うロゼ。
「私が10歳の時かな……両親と一緒にアルカライズ王国まで来ることがあったんだ。なんで連れてこられたのかは今となっては覚えてないけどな……その時、勇者の伝記の話を初めて知ったんだ」
「勇者ユーイチの……俺たちの話か?」
「そう……衝撃だった。だって私達が聞かされていた伝記と、内容が真逆だったから」
ロゼの言葉に、かつての魔王との激闘や、そこに至るまでの長かった旅路がふわりと頭の中に蘇ってきた。
「勇者ユーイチの伝記は、魔王を倒して平和になりました、で終わってなかった。その後も各地の戦争で疲れきった人々を癒やし、各国を繋ぐために翻弄し、ローズバラン大陸すら世界の仲間として受け入れられるように動いていた勇者たち……」
そう。俺たちは魔王を討伐してから、すぐに元の世界に戻れたわけではなかった。
まぁ正確には、戻してもらえなかったのだ。
魔王がいなくなった後も、俺たちはそれぞれ各自で世界中を駆け巡り、各地で傷ついた人々を救い続けていた。
「私達の伝記は……深い恨みつらみと憎しみ……そして力による統一こそが全てだという教え、ただそれ一つだけだった」
「……それに疑問を持ったのか」
「……そう。私はその時に、心から魔王信仰が出来なくなったんだ……」
俺は出会ってから初めて、これほど悲しそうで、どこか今にも消えてしまいそうなロゼを見た。
「それから一年後くらいかな。親に魔王信仰をしていないことがバレて、そのまま家から追い出された」
「……辛かったな」
「魔王信仰者じゃなくなった私には、ローズバランで居場所なんてなかった。着の身着のままなんとかルーンメルカトーレまで辿り着いて……一人で生きてきたんだ」
まだ12歳そこそこの子供が一人で生きていくのは容易ではないことくらい、俺にだって痛いほどよくわかる。
「……頑張ったな」
「……うん。ここまで生き延びられたのは、本当に幸運だったよ」
ロゼはまた力無く小さく笑った。
「私は……今この瞬間も、魔王討伐が本当に正義なのか、よくわからないのかもしれない」
ポツリと溢れ落ちたその言葉は、まるでロゼが心の中で泣いているように感じられた。
「大丈夫さ」
俺も同じように、静かに呟いていた。
「どの道が正解なんて誰にもわからないもんさ。でも一つだけ言えるのは、自分が笑顔になれない道は絶対に間違ってるってことだ。自分自身が笑顔じゃないのに、周りを笑顔になんて出来るわけないからな」
俺はロゼの横顔をぼんやりと見つめながら語りかけた。ロゼは手綱を握りしめたまま、真っ直ぐ前を見つめている。
「それに、ロゼはもう一人じゃないだろ。俺もいるんだからさ。悩んでる時は一緒に悩むよ」
「……やっぱりおっさんは……冒険者として優しすぎると思うよ」
ロゼはグッと奥歯を噛み締め、溢れそうになる感情を抑え込むように口元を固く結んだ。
「まあ、冷えたビールでも呑みながら一緒に悩みたいって思うけど、それはちょっと贅沢かもしれないな」
俺のおどけた言葉に、ロゼは思わずクスッと息を漏らして笑った。
「確かに、呑みながらの方が話も弾みそうだ」
「あ、そういえばさ。ロゼはピッツァって知ってるか?」
「……なにそれ? 武器の名前?」
「ちげーよ! めっちゃビールと合う最高のツマミ。今度アルカライズ王国に行ったら一緒に食べようぜ」
「へー……肉より合うわけ?」
「んー……そこは甲乙つけがたいというか、どっこいどっこいかな」
俺とロゼは顔を見合わせ、さっきまでの重苦しい空気を払うように朗らかに笑い合った。
きっとこの子はまだ悩んでいるだろうし、この先も苦しむんだろう。
俺はその時、何の力にもなれないかもしれないということもわかっている。
だから、少しでも彼女の進む道が光で照らされるように、俺に出来ることは全力でやる。
きっと言葉にして伝えたら怒られるだろう。「バカにすんな、子供じゃない」って。もしかしたら拗ねて「もう帰る」なんて言い出すかもしれない。
すべての思いを言葉にして伝える必要なんてないんだ。
俺は俺の考えで動くだけだ。
彼女が心から笑顔になれる道を見つけられるよう、その手助けをする。
別に誰かに向かって誓うわけじゃない。
誰でもない。
俺自身の心に、そう誓う。




