13#月鈴?
日が沈み掛け、街がオレンジ色のベールを纏う頃、俺は宿のベッドで寝転んでいた。
観光にいったゴウのように街中を歩き回るのは、どうにも俺の性に合わなかった。
さっさと寝てしまおうかとこうしてゴロゴロしているのだが、昼間から続くモヤモヤが頭を駆け巡り、眠りにつくことすら出来ない。
ピザと共に呑んだビール二杯分程度では、今日の夢の世界へのチケットを買うことは出来ないようだった。
俺は寝るのを諦めて身体を起こした。
ロゼは今頃、王宮でシン達と楽しく豪華な食事をしているんだろうな。
リアはリアで、まだ忙しく王国の仕事をしているのかもしれない。
ゴウもきっと観光だなんだと、楽しんでいるんだろう。
どれも俺の勝手な想像だったが、俺一人だけがここでぼんやりとのんびり過ごしていることが、なんだか無駄で勿体ない気すらしてきた。
ベッドから降りると、ベッドサイドに置いていた帯刀ベルトを手に取り、腰に巻きつけて愛刀のシルラとカルラをしっかりと身に着けた。
別にこれから戦闘しに行くわけではないのだが、どうもこいつらが体に纏わりついていないと落ち着かないのだ。
部屋を出て鍵をしっかりと掛けたら、そのまま宿の外へと足を向けた。
夕暮れのオレンジ色に染まった街並みは、どこか哀愁を帯びた雰囲気で俺の姿すらもすっぽりと包み込んでいく。
特にどこへ行く宛てもなかったが、大通りをフラフラとあてもなく歩いた。
昼間と比べると人通りもかなり少なくなり、いくぶんか歩きやすくなっている。
そうして歩いていると、ふと小道の脇に佇む、小さな燈を灯した店が目に留まった。
まるでその優しい光に導かれるように、俺は自然と店の前へと歩み寄っていった。
入り口の脇には、小さく控えめな文字で書かれた看板が立てかけられている。
そこには「串焼き」とだけシンプルに記されていた。
看板から目を戻すと、実際に店の前には香ばしい肉の焼けるたまらない匂いが漂っている。
俺はすっかりその匂いに吸い寄せられるように、足を踏み出して店の中へと入っていった。
店内は狭く、奥に調理場があり、その向かいにカウンターが六席とテーブル席が一つあるだけの小さな店だった。
「……一人?」
調理場に立つ中年男性が、ぶっきらぼうな声で問いかけてくる。
「はい。座れますか?」
俺の問いかけに対し、中年男性は特に返事もせず、カウンターを指さすように腕をクイッと下げた。
見れば、カウンター席のちょうど真ん中に一人の女性が腰掛けていた。
中年男性の身振りは、おそらくカウンターに座れということだろうと察した俺は、一番端のカウンター席を選んで腰を下ろした。
「ビールと……何か適当な肉を5本、お任せで焼いてくれないか?」
調理場の中年男性にそう伝えると、彼は無言のまま奥の部屋へと引っ込み、すぐにビールを持ってきた。接客が苦手なシャイな人なのかもしれない。
俺は差し出されたビールに口をつけた。やっぱりビールの味はどこで呑んでも等しく美味い。
調理場で肉が焼けていく香ばしい煙をボーッと眺めていると、突然、一本の串が回転しながら目の前を通り過ぎていった。
何事かと驚いて横を見る。
「ご、ごめんなさい! 当たりませんでしたか!?」
一つ離れた席に座っていた女性が、とても慌てた様子で身振り手振りを交えながらこちらに声をかけてきた。
「大丈夫ですよ」
俺は苦笑いを浮かべながら答えた。
カウンターの端まで飛んできて転がった串を拾い上げると、その女性へと差し出した。
紺色のブラウスを羽織り、肩まで伸びた金に近い色の髪が、焦る動作に合わせて軽く揺れている。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい、当たってなくてよかった……」
女性は串を受け取ると、実に申し訳なさそうに何度も何度も頭を下げた。
俺は本当に気にしないでくださいと答え、軽く笑ってみせた。
その時、目の前にスッと香ばしく焼かれた串焼きが乗った皿が差し出された。
いつの間にか中年男性が調理場から戻り、カウンターの向こうに立っていた。
「ありがとうございます」
俺は中年男性に一声かける。彼は相変わらず無言のまま、すっと調理場へと戻っていった。
俺は皿に並んだ五本の串のうち、適当に一本を取って口へと運んだ。溢れ出す肉々しい旨味と、シンプルな塩焼きの繊細な加減がベストマッチしている。
「うまっ……」
思わず漏れた言葉と共に、すぐさまビールを流し込んだ。肉のジューシーな脂が、キンキンに冷えたビールで心地よく喉の奥へと流れていく。
「ふふ、美味しそうに食べますね」
隣の女性が、クスクスと軽く笑いながら話しかけてきた。
どうやら今の感嘆の独り言をしっかり聞かれていたらしい。
「いや、本当に美味しいですね、ここの串焼き」
食べ終わった串を皿の端に乗せ、俺も気恥ずかしさを隠すように笑顔を返した。
「旅の人ですか? ここら辺ではあまりお見かけしない顔立ちだけど」
「旅人……みたいなもんですね。今はデカイ都市の方に拠点を置いてます。とは言っても、そっちもまだ住み始めたばかりなんですけどね」
俺が苦笑い混じりに答えると、彼女は興味深そうに目を輝かせた。
「旅もいいわね……私、ルナベルっていうの。あなたは?」
「トールといいます」
俺は軽く頭を下げて名乗った。
「トールね。ちなみに、おいくつなの?」
「35歳ですね……ルナベルさんはおいくつなんですか?」
「ふふ、じゃあ私の方がお姉さんだわ。敬語なんていらないわよ」
ルナベルは悪戯っぽくにこやかに微笑んだ。
見た目の若々しさから、俺より年上だとは露ほども思わなかった。
「じゃあ……お言葉に甘えて。ベルって呼ぶね」
ルナベルは一瞬キョトンとした顔をしてこちらを見つめていたかと思うと、急に楽しそうに笑い出した。
何か失礼な呼び方でもしてしまったかと焦り、俺は慌てて言葉を重ねた。
「ご、ごめん、何か変だったか……?」
「あははッ!……大丈夫よ。そっちで呼んでくれた人が初めてだったから……なんだか嬉しかっただけよ」
ルナベルはまだ少し可笑しそうに身体を揺らしながら、手にしていたジョッキのビールをゴクゴクと喉を鳴らして豪快に飲み干した。
「ベル……いいわね。すごく気に入ったわ」
ベルは可愛らしくニコリと微笑んだ。
肩にかかる髪の隙間から覗く頬は、酒のせいかほのかに赤く染まっている。
「俺、ビールを追加で頼むけど、ベルもまだ何か呑むか?」
俺は自分の空になったジョッキをチラリと見せながら聞いた。
「そうね……あ! トールくん、アルカライズに来たのならフルーは呑んだ?」
フルー? まったく聞いたこともない名前だった。
「いや……呑んだこと無いな……それってお酒か?」
「そうよ! ビール好きならたぶん好きだわ」
そう言うと、ベルは調理場へ向かってフルーを二つお願いしますと声を張り上げた。
相変わらずマスターからの返事はなかったが、しばらくすると琥珀色の液体が満たされたジョッキが二つ、カウンターに置かれた。
そのうちの一つを、ベルは手際よく俺の席の前へと滑らせるように差し出した。
見た目は普通のビールと何ら変わらないように見える。
「じゃあ、いただきます」
俺はベルに向かってジョッキを軽く掲げ、一口口に含んだ。
しっかりとビールのコクや旨味を感じるのに、驚くほどスッキリとしていて呑みやすい。醸造方法を変えたビールなのだろうか。
俺は冷めないうちに残っている串焼きを頬張りながら、さらにフルーを流し込んだ。
「めちゃくちゃ呑みやすいね、これ!普通のビールと何か違うのか?」
俺は気になってベルへ尋ねてみた。
「実は私もよくわかんないのよね。でも、美味しいでしょ?」
ベルは可愛らしく微笑みながら、嬉しそうにフルーを呑んでいる。
華奢な彼女にゴツいジョッキが似合わないな、なんて思ったが、これが褒め言葉になるのかどうか分からなかったので、そっと心の中に秘めておくことにした。
皿の上に残っていた串焼きは、フルーの圧倒的な呑みやすさも相まって瞬く間に胃袋の中へと消えていった。
「美味かったー……教えてくれてありがとう、ベル」
「ふふ、口に合ってよかったわ。よかったらまた呑んでみてね」
そう言ってベルは席を立ち上がった。
帰る準備をするのかなと思って見ていると、ベルはブラウスやズボンのポケットに手を突っ込み、ゴソゴソと何かを探し始めた。
だが、探しても探しても目的のものは見つからないらしく、ベルの表情は次第に焦りを帯びていった。
「……俺も帰ろうかな……こちらの方と会計まとめてください」
俺は残っていたフルーを一気に飲み干して立ち上がり、無愛想な中年男性に声を掛けた。
中年男性はカウンターの上をチラリと見ると、ボソッと呟いた。
「銀貨4枚」
その言葉を聞き、俺は腰袋から銀貨をちょうど4枚取り出して差し出した。
「ご、ごめんなさい……奢ってくれるの?」
「うん。フルーを教えてくれたお礼」
串を飛ばしてしまった時と同じように申し訳なさそうな顔をするベルに、俺は笑顔を返した。
「……ありがとう」
ベルは少し照れたように笑い返してくれた。
二人で一緒に店の外へ出る。外はいつの間にかオレンジ色のベールを脱ぎ捨て、魔力によって灯された街灯が夜の街並みを優しく照らしていた。
「……トールくんは、まだアルカライズにはいるの?」
ベルは俺を少し見上げるようにして問いかけてきた。
「いや。明日には発つんだ」
「そっか……」
俺の言葉を聞くと、ベルは寂しさを隠すように小さく笑顔を向けた。
「家は近いの? 送っていこうか?」
「すぐ近くだから大丈夫よ」
「そっか……じゃあ、またどこかで逢えたら一緒にフルーでも呑もっか」
「そうね。その時は私が奢るわね」
俺たちは互いに笑い合い、それぞれの帰路につくために歩き出した。
夜風が、酒でほてった頬を心地よく撫でていく。
宿を出たときはあれほどモヤモヤとした気持ちだったはずなのに、不思議と今は晴れやかな気分だった。
俺は宿への道のりをのんびりと噛みしめるように歩いた。
色々あったが、なんだかんだでいい一日だったな。
今夜はぐっすりとよく眠れそうだ。




