12#疑念?
俺とゴウは人通りの多い大通りを二人で歩いていた。
人の往来がとにかく激しく、まっすぐ歩くだけでも一苦労だ。
「何食べます?」
隣を歩くゴウは、キョロキョロと忙しなく辺りを見回しながら呟いた。
多くの飲食店が所狭しと建ち並ぶ通りは、どれも魅力的ではあるのだが、逆に選択肢が多すぎて悩みどころだった。
「この街の名物とかもよくわからんし、俺は何でもいいけどな……」
「あ! ここにしましょうよ!」
ゴウはそう言うやいなや、オシャレなオープンテラスになっている店へとスッと入っていった。
テラス席に座っている客たちがピザのような食べ物やパスタを口に運んでいるところを見ると、イタリアン風の店だろうか。
俺は少し気後れしながらも、ゴウの後についていくことにした。
というか、男二人で入るにはあまりにもオシャレすぎる店だ。
俺一人だったら絶対に選ばないだろう。
店員に二人だと伝えると、風が心地いいテラス席へと案内された。
俺とゴウが腰を下ろすと、店員は木で出来た重厚なメニュー表を運んできた。
「トールさん、俺こっちの字読めないんですよね……」
ゴウはボーッと木のメニューを眺めながら呟いた。
リアにこちらの世界の文字を一週間みっちり習った成果で、多少は読めるようになっていた俺だが、それでも完璧に解読するのは難しかった。
真剣にメニューを目で追っていると、明らかにピッツァと書かれている文字列に目が釘付けになった。
「……ピッツァって書いてあるな……」
「いいっすね!じゃあそれ二枚で!」
他の項目も……なんとか読める単語は多いものの、料理名からどんな食べ物なのかまでは想像がつかない。
「まぁ、あとは適当に頼むか……あ、ゴウも呑むか?」
「俺はちょっと遠慮しときます」
ゴウは近くにいた店員へ手を上げてこちらへと呼んだ。
俺はピッツァを二つとビール、ゴウ用の水、そしてメニューから適当に読み取れた料理を二つ選んで注文を済ませた。
「ってか、ほんとに付き合ってないんですか?」
ゴウは立ち去る店員に軽く頭を下げると、改めて真面目な顔で話しかけてきた。
「そうだよ。逆になんでそんなに信じてくれないんだよ」
俺は軽いため息を吐き出した。
「んー……二人の距離感ですかね。なんだか近いんですよね」
「距離感?」
「いつも隣にいません?」
そう言われれば……と、ゴウの言葉に納得しかけた俺だったが、すぐに思い直し、思い至った事実を口にした。
「そりゃそうだろ。二人で行動する時間が多かったからな」
ちょうど運ばれてきたビールを受け取り、俺は店員に軽く頭を下げた。
「元々ロゼは人と距離感が近いタイプなんだと思うよ」
「あー……確かに、人懐っこい感じしますもんね」
ゴウは運ばれてきた水に口をつけた。
「ちなみに、彼女さんもロゼッタさんのこと知ってるんすか?」
「知ってるよ」
「じゃあ、心配してませんでした?」
俺も冷えたビールを一口呑んだ。
「いや……されてないな」
「あんな距離感近い仲間がいたら、普通心配されません?」
リアからロゼに対して何か言われた記憶は無かった。
「……いや……特に何も言われてない……」
「あ、もしかして彼女さんとの付き合いが長いとか?」
「……まだ一週間くらい……だな」
「じゃあ絶対心配してますって! それくらい二人の距離感近いですもん」
ゴウは絶対に間違いないと言わんばかりの真剣な顔をこちらに向けてくる。
そうは言われても……あ。
俺はふと思ってしまった。
実は心配しているけれど、それを表に出さず隠している可能性。
そしてもう一つ……全く心配していない可能性。
それは別に俺のことが好きでも何でもないから、心配する理由すら無いという可能性。
俺は無言のまま、ビールを一口呑んだ。
待て待て、そんなわけが無い……
心配はしているけれど、俺のことを心から信用してくれている可能性だってあるはずだ。
そうだ、きっとそうに違いない。
リアとのやり取りを頭の中で何度も思い返していると、頼んだ食事がテーブルに運ばれてきた。
トマトのような赤い野菜とたっぷりのチーズが乗ったピザが二枚。
それに彩り豊かな生野菜のサラダと、サラミによく似た肉の盛り合わせだ。
「おぉ!めっちゃ美味そうですよ!いただきます!」
ゴウは俺の頭の中のうるさい思考などお構い無しに、出来立てのピザへと勢いよく食い付いた。
確かに人は、ふとした小さい行動や発言にこそ本心が出るものだ。
もしリアがロゼのことを気にしていたなら、言葉の端々に嫉妬や心配といった感情が滲み出ていたはずだ。
ただ、そういった言葉が無かったからといって、決してそう思っていないとは言い切れないのもまた人間というものだった。
俺はピザを一切れ手に取り、口へと運んだ。
「あ、美味いな」
焼きたてのピザを噛み締めながら、ビールを喉へと流し込む。
この組み合わせは、あっちの世界にいた時と変わらない最高のハーモニーを奏でていた。
モグモグと食べながら、ふとロゼはこのピザという食べ物を知っているのだろうかと気になった。
ビールが大好きな彼女のことだ、もし知らなかったら是非教えてあげなければと、俺の中で謎の使命感が湧き上がってきた。
「美味いっすよね!あ、俺サラダ貰っていいすか?」
「あぁ、遠慮なく食え」
ゴウは次々と目の前の飯を口へと運んでいく。つくづく若いってのは素晴らしいな。
そんなことを思いながらサラダの皿をゴウの方へ寄せていると、ピザを口に頬張ったゴウがニヤニヤとこちらを見て言った。
「ちなみに今、誰のこと思い出してました?」
ロゼだよ、なんてバカ正直に言おうものなら間違いなく話が拗れる。
俺は少し考えたフリをして口を開いた。
「彼女だよ」
「まぁ、今思い浮かべた人がトールさんの好きな人ってことじゃないですか? あ、サラダもうま! なんだろこれ、ドレッシング?が珍しい味……」
こいつ……急に深そうなことを言っておきながら、速攻で意識を食事へと切り替えやがった。
俺はサラダに夢中なゴウを横目に、さらにピザを食べ進める。
サラミのような肉にも手を伸ばし、口へと放り込んだ。
塩味の効いた濃い味付けと肉々しい旨味はまさしくサラミそのもので、驚くほどビールによく合う。
……ロゼもこれを知ってるのかな、とまたしても考えてしまった。
いや、これは単にビール好きな仲間として連想しているだけだ。
好きだの何だのという甘酸っぱい感情から来ているわけではない。
俺は頭の中で繰り広げられる自分自身とのやかましい問答を振り払うように、一気にビールを喉へと流し込んだ。
「めっちゃ美味かったー! 満腹だわ」
ゴウは満足気な笑顔を浮かべ、膨れた腹をさすった。
よほどサラダがお気に召したのか、俺が一口も手を付けていないというのに皿はすでに空っぽになっていた。
「……そりゃよかったな」
俺はまだ手元に残っているピザを口に運びながら言った。
「じゃあトールさん、ゆっくりしててください! 俺、このアルカライズ王国をちょっと観光してきます!」
そう言うと、ゴウは勢いよく席を立ち上がった。
「んぐッ……ちょっと待て……」
俺はピザを軽く喉に詰まらせてしまい、上手く言葉が出てこない。
「大丈夫ですって!しっかり魔力は抑えておきますから!また明日、朝イチにギルドで会いましょう!」
ゴウはイケメン特有の爽やかすぎる笑顔を残すと、返事を聞く間もなく風のように去っていき、あっという間に人混みの溢れる大通りへと消えていった。
俺は残っていたビールを急いで喉へと全て流し込んだ。
「おい!……あいつ……」
嵐のように去っていったゴウの背中があった方を睨みつけながら、俺は深々と大きなため息をついた。
この世界に来てから、こんなにもモヤモヤとした気持ちになったのは初めてだった。
料理は美味いし、目の前には冷えたビールだってある。
条件としてはこれ以上ないほど最高のはずなのに、俺の気持ちはどこか重く沈んでいた。
「携帯電話とか……あればなー……」
俺はサラミをひとつ口に放り込み、叶うはずもない無理な願いを独りごちた。
そう考えると、あっちの世界はどれだけ離れていてもボタン一つでいつでも連絡が取れる、本当に素晴らしい世界だったんだなとつくづく思う。
俺はとっくに空になっていたジョッキの存在に気づき、通りかかった店員に追加のビールを注文した。
残りのピザとサラミをつまみに、あと一杯だけ呑んでお終いにしよう。
改めて店内やテラス席の様子を見渡してみると、やはり仲の良さそうな男女の二人組が目立つ。
皆それぞれ、楽しそうに笑い合いながら食事と会話を味わっていた。
「……俺をこんなオシャレな店に、一人置き去りにすんなよな……」
去っていった既に見えないゴウの背中に向けて小さく呟きながら、俺は今日一番の大きなため息を吐き出した。




