7#日常
男に案内されたのは、村外れにひっそりと佇む質素だが手入れの行き届いた家だった。
「さぁ、入ってくれ」
男が扉を開けて先に入り、俺もそれに続いた。
家の中には、家事の手を休めたらしい一人の女がいた。
彼女は男の顔を見るなり、安堵と不安が混じったような表情で歩み寄ってくる。
「あなた……大丈夫だったの?」
「あぁ。すまない、この人のお陰でなんとかなったんだ。えーっと……」
男は俺の方を向き、感謝を込めて頷いた。
「トールといいます」
名乗った瞬間、俺は心のどこかで「しまった」と感じた。
この世界では、伝説として歴史の中に残っている勇者パーティの一員。
魔王討伐の英雄として、俺の名もどこかに残っているはずだ。
名が知れ渡っていれば厄介な詮索を受ける可能性もある。
しかし、女の反応は至って平穏なものだった。
「まぁ!トールさん!それは本当にありがとうございました。ささ、座ってください」
女は驚く様子もなく、むしろ客人をもてなす手際の良さで、中央のテーブルにある椅子へと俺を案内してくれた。
男も腰を下ろし、改めて礼を述べる。
「本当にありがとうございます、トールさん」
少しだけ拍子抜けした。
寂しいような気もしたが、裏を返せば、これほど気楽なことはない。
ただの旅人として扱われることの安心感を噛み締めながら、俺は木の椅子に腰を下ろした。
「お二人にも、急な訪問でお邪魔して申し訳ない」
「とんでもない!ワイバーンに比べれば、お客さんなんて大歓迎だよ」
男が笑いながら言う。
「俺の名前はライオット・ブライアだ」
男はそう名乗ると、穏やかに微笑んだ。
「あれは妻のマーゴットだ」
ライオットは、食卓に料理を並べるために忙しげに動き回る女を、優しい目で見つめながら言った。
「二人暮しなのか?」
「今はな。息子がいたんだが、都市部の方で働きに出ていってからはずっと二人暮しだ」
彼はそう言って、どこか遠くを懐かしむような笑顔を見せた。
その飾らない穏やかな表情を見て、俺は素直にいい笑顔だなと思った。
かつて、俺にも同じような時間があったはずだ。
結婚していたあの頃、家庭という場所に身を置いていた時、自分もこんな風に心から笑えていたのだろうか。
そんなことをふと考えてしまった。
「しかし、トールさんは強いな」
「いや大したことはないさ」
「その武器は...東方の武器かな?」
ライオットの視線が、俺の腰元にある二振りに向けられた。
「これは刀だな。こっちの方だとあまり見掛けないか?」
ライオットの問いかけに、俺はシルラの柄を軽く指先で叩きながら答える。
「刀か……こちらではあまり見掛けないな」
「そうか」
過去の魔王との戦いの最中には、大陸のあちこちで様々な流派の武器が交差していたはずだ。
それが今や「東の方の珍しい武器」という認識まで薄れている。
きっと武器など触る必要の無かった時代が長く続いたからかもしれない。
「さぁ、ご飯にしましょう」
マーゴットの声とともに、テーブルに料理が並べられた。
立ち昇る湯気は野菜の甘みと肉の旨味を孕んでいる。
質素だが、丁寧に煮込まれたスープは、空腹の胃にじんわりと染み渡る予感をさせた。
「トールさんも、ゆっくり召し上がってくれ」
ライオットがにこやかに促す。
「食事まですまないな」
俺は匙を手に取り、まずはスープを口に運んだ。
「……うまい」
思わず言葉が漏れた。
かつての旅路の記憶が脳裏をよぎる。
あの頃は野宿が常で、手に入る食材といえば硬い乾パンか、焚き火で炙っただけの肉。
味付けなんて塩が振ってあれば御の字だった。
それに比べ、目の前にあるのはスパイスの香りと食材の深みが溶け合った、完成された料理だ。
俺は言葉を失い、夢中で匙を動かし続けた。
「ゆっくり食べてくださいね」
マーゴットがその様子を温かい目で見守りながら、笑みを浮かべる。
「とても美味しいです」
俺が素直に伝えると、マーゴットは花が咲いたように嬉しそうに笑った。
夢中で匙を動かしていたせいか、気づけば皿は空になっていた。
食後の余韻に浸りながら、俺はテーブルの向かいに座る二人をぼんやりと眺めた。
ライオットが今日の農作業の出来事を話し、マーゴットがそれに相槌を打ちながら時折楽しげに笑い声を上げる。
彼らの会話には、特別な話題があるわけではない。しかし、言葉の端々から滲み出る信頼と、長年連れ添った夫婦ならではの阿吽の呼吸がそこにはあった。
きっと、どんな困難な日があっても、この二人はこうして食卓を囲み、顔を見合わせて笑い合うことで傷を癒やしてきたのだろう。
俺にも、あんなふうに互いの存在を認め合い、笑顔を送り合える相手ができるのだろうか。
「どうした?足りなかったか?」
ライオットが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
「……いや、なんでもない。あまりに食事が美味しくてね」
俺は慌ててそう誤魔化し、シルラの鞘を撫でた。
無意識に何かを考えている時、昔も同じ様に鞘を撫でていた気がする。




