10#憧憬?
俺はベッドから起き上がると、まだ完全に目覚めきっていない目を擦った。
窓から差し込んでくる朝の陽の光はどこまでも優しく、室内を穏やかに照らしていた。
昨日なんとかキャンディスの誤解を解き、酔いつぶれたゴウを背負って宿の二人部屋に泊まったのだった。
隣のベッドでは、ゴウが気持ちよさそうにいびきをかいてまだ寝ている。
俺は帯刀ベルトを身に着け、ギルドへ行く準備を進めた。
ミラから一体どんな話をされるのか、期待とも不安とも言えないような感情を抱えたまま、深い眠りから覚める気配のないゴウを部屋に残してギルドへと向かった。
ギルドの大きな扉を開けると、カウンターの前には既に鎧を纏い、大剣を背負ったロゼの姿があった。
「ごめん、待たせたか?」
「いや、私もさっき来たとこだよ」
ロゼは軽く笑って応じた。
「帰還早々申し訳ございません。では、奥の部屋にご案内します」
ロゼの隣に立っていたミラはそう告げると、ギルドの奥へと続く長い廊下へと進んだ。
俺とロゼは何も言わず、静かにミラの後に続く。
ギルドの奥へと足を踏み入れるのは、これまで一度たりともなかった。
またミラから直接何か言われるのかと思ったが、どうやら今回は少し勝手が違うようだ。
廊下を少し進んだ先にある部屋の前で、ミラが静かにノックをしてから中へと入る。
部屋の中は整った装飾や重厚な家具が置かれており、どこか格式高さを感じさせた。
ふと見ると、部屋のソファには一人の老人が腰掛けていた。
体格は小さく白髪の目立つその老人は、ゆっくりと立ち上がると、ニコニコとした穏やかな笑みを浮かべながら対面のソファに座るよう手で促した。
俺とロゼは、言葉もなくゆっくりとソファに腰を下ろした。
ミラは老人が座っていたソファの横に、スッと姿勢よく立った。
「トールさんとロゼッタさんですな。私、デカイ都市の冒険者ギルドのギルドマスターをしております、ブンブクと申します」
老人はゆっくりとソファへと腰を下ろしつつ、丁寧にあいさつをした。
「ギルドマスター……ですか」
ギルドの組織体制の詳しいところまではよく分からないが、マスターと言うくらいなのだから、ここでは一番偉い人物なのだろう。
「俺たちに何か用ですか?」
「用というよりは依頼ですな。魔王討伐の」
老人はにこやかにそう言った。話している内容はとても笑顔で語れるようなことではないのだが。
「今回はトールさんというよりは、ロゼッタさんにお願いしたいのです」
「私に……ですか?」
ロゼはポカンとした顔を浮かべながら、自分の顔を指さしている。
「そうです。ロゼッタさんが飛龍を討伐し、その実績によってAランクへと昇格したことは、イトューヒのギルドからすでに伝わっております」
ブンブクはニコニコとした穏やかな笑顔を崩さないまま、淡々と話を続けた。
「ここルーンメルカトーレ大陸の数あるギルドに登録されている冒険者の中でも、ローズバラン出身の高ランク冒険者はロゼッタさんしかおりませんのじゃ」
「ちなみに……それはどういう関係がありますか?」
俺は気になって尋ねた。
ロゼがローズバラン出身だというのは前から聞いていたが、それと魔王討伐の依頼がどう繋がるのか、いまいち意図が見えてこなかった。
「そうですな……正確には魔王討伐のサポートの依頼、と言うのが正しいかもしれません」
「……なるほど」
ロゼは目を細め、一人で納得したような顔で呟いた。
ちょっと待て。
俺が全く理解できていないんだ、置いていかないでくれロゼ。
「ローズバランは魔王信仰なんだ。有効的に交流しているのもここルーンメルカトーレ大陸の一部の国だけでな。かなり閉鎖的な土地なんだよ」
ロゼは俺の縋るような視線に気づいてくれたのか、丁寧に説明し始めてくれた。
「だから他の大陸とは全然違う、独自のルールや習慣がある。確かにローズバラン出身者が一人いるだけで、現地でスムーズに事を運べるかもしれないな」
ロゼの説明を聞いて、ようやく納得がいった。
直接魔王を倒せという依頼というよりは、現地特有の事情に詳しい冒険者にガイドやサポートを求めている、ということか。
「サポートの依頼ってのは分かったけど、サポートするのはおっさん……じゃなくてトールさんでいいのか?」
ロゼはブンブクへと顔を向け、率直に問いかけた。
「トールさんはイトューヒ国からの直々の依頼ですので、この件とはまた別ですな。ロゼッタさんにサポートしていただきたいのは、アルカライズ王国から派遣される冒険者へのサポート依頼ですじゃ」
「別の冒険者……ちなみに誰なんだ?」
ロゼの質問はさらに続く。
「アルカライズ王国が誇る、Sランク冒険者の三人ですじゃ」
「な……なにッ?!」
ロゼは急に立ち上がり、驚愕の声をあげた。勢い余って膝がソファの間のテーブルに少し当たり、ガタッと大きな音を立てる。
「わ、私がSランク冒険者と魔王討伐に行くのか?!」
「ほっほ。そういう依頼になりますな」
「すっげぇ……まじか……こんなことあんのかよ……」
ロゼは目を輝かせながら、興奮気味にぎゅっと拳を握りしめている。
俺は確か今の登録だと最低ランクのFランクから昇格してEランクだから……Sランクともなると、冒険者としては相当上の存在だ。
「ちなみにおっさんも魔王討伐に連れて行ってもいいのか?」
ロゼは興奮のせいか、俺の呼び名もしっかり「おっさん」へと戻っている。
「ほっほ。もちろん構わんよ。ロゼッタさんのパーティーとSランク冒険者のパーティーが合流して、ローズバランに向かってくだされ」
ブンブクは笑顔を絶やさず、自分の長く伸びた白い顎髭を優しく撫でた。
「……あ、待てロゼ。俺、アルカライズ王国には入れないかも……」
「なんかあったのか?」
ロゼは不思議そうにこちらを見詰めてきた。
俺をこの世界に再召喚した国が、確かアルカライズ王国だ。
召喚された際に魔王討伐の依頼を断り、召喚者であるリュウやサキと共に一悶着を起こして脱走してきた経緯がある。
そんな信用も何もない俺が同行していれば、サポート依頼どころではなくなる可能性がある。
「ほっほっほ。トールさんが召喚された際の大立ち回りのことは、こちらにも届いておりますよ」
ブンブクは実に楽しそうに笑いながら、俺の方を見た。
「トールさんは現在、イトューヒ王国の預かりという扱いになっております。ですから今回の件に関して、過去の失礼は不問とすると伺っておりますぞ」
俺はホッと胸を撫で下ろし、肩の力を抜いた。
「ただし、王への謁見にはロゼッタさんのみの出席とさせてほしい、とのことですがな」
ブンブクは変わらず愉快そうに笑っている。
許された……というよりは、完全にイトューヒ王国の預かりという立場があるからこその対応だろう。
リアの庇護がこうして遠く離れた場所でも俺を助けてくれているのだと思うと、胸の奥が熱くなった。
「アルカライズ王国にてSランク冒険者が待っておりますので、本日中にはそちらへ向かって頂けますかな?」
「あぁ!任せろ!」
ロゼは力強く拳を握りしめ、ガッツポーズを作った。
「ほっほ。頼もしいですな。報酬などの詳しい話はミラから聞いてくだされ」
俺とロゼはブンブクに一礼し、ミラと共にギルドマスターの部屋を辞した。
「Sランク冒険者!めちゃくちゃ緊張する!まじでヤバい!」
廊下を歩く最中、ロゼは語彙力を崩壊させながら、大興奮した様子で俺に話しかけてくる。
「Sランク冒険者って、やっぱりそんなに凄いのか?」
「今は世界に12人しかいないんだぞ!そのうちの三人と会えるなんて……マジで夢みたいだ」
ロゼはまるで子供のように目をキラキラと輝かせていた。
その心底嬉しそうな表情を見ていると、俺までつられて笑いが込み上げてくる。
カウンターに辿り着くと、ミラは受付の中に腰を下ろし、先程の依頼の報酬について説明を始めた。
「今回の報酬は金貨20枚。そして、成果次第ではロゼッタさんをSランクへ推薦する権利が与えられます」
「私が……Sランク?」
提示された金貨の額よりも、ロゼはその言葉に心底驚いているようだった。
「はい。推薦という形なのは、先日Aランクに上がったばかりですので、短期間で連続してランクが上がることを周囲に警戒されるのを避けるためです」
短期間での連続昇格によって変な不審感や嫉妬が生まれるのを防ぐためだろうか。
他になんらかの政治的な理由があるのかもしれなかったが、俺は口を挟まず静かに耳を傾けていた。
「はー……急展開過ぎて私、頭がついていけてないや」
ロゼがぽかんと空中を見詰めている。
完全に思考回路がショートしてしまったようだ。
「まぁ、ロゼが満足する報酬ならいいんじゃないか?」
「するする!そうだな!よし、準備しよう!早くいこう!!」
逸る気持ちがダダ漏れになっているロゼの様子に、俺はつい吹き出してしまった。
じゃあ、宿でまだ爆睡しているゴウを起こして出発の準備を……
「待てロゼ。その前に大切な用事がある」
「……なんだ?」
俺の制止に、ロゼは一転して真剣な顔つきになり、俺をじっと見つめてきた。
「……先に銭湯に行かせてくれ」
「おっさん、ほんっと風呂好きだな……」
ロゼは緊張の糸が切れたように、呆れつつも軽く笑った。
「あ!私もいっとこうかな……Sランク冒険者と会うなら……」
ブツブツとロゼが思案するように呟いている。
誰かと会うから身だしなみとして風呂に入るなんて、ロゼと出会ってから初めて聞いたセリフだった。
それほどSランク冒険者というのは、ロゼにとって強い憧れであり、高嶺の花のような存在なのだろう。
Sランク冒険者か……リュウやサキくらい強いのだろうか。
彼らの実力はまだ分からないが、俺もまだ見ぬ力を持つ冒険者たちへの微かな期待を胸に抱いたのだった。




