8#帰郷?
隣のロゼは御者台で眠そうに欠伸をしながら、手綱を握り馬車を進めている。
「ゴウ。コツ掴んだか?」
俺は荷台で胡座をかきながら、目を瞑り集中しているゴウに話しかけた。
「……いや……全然……」
色々と試してはいるが、やはり難しいようだ。
昨日の野営の時も、寝ぼけて不意に発したゴウの魔力にロゼが何度も飛び起きていた。
今日ロゼがやたらと眠そうなのは、間違いなくこれが原因だった。
「ふぁ〜……魔力を抑えるのって、そんなに難しいか?」
ロゼは目を擦りながら、欠伸混じりに言った。
「俺らの元いた世界には魔力が存在しないからな。魔力を扱うっていう感覚自体が、最初は感覚として分からないんだよ。これも慣れでコツさえ掴めば、すぐなんだけどな……」
俺はチラリと荷台へ視線をやる。
ゴウは胡座から座禅へ、さらには座禅から体育座りへともがき、色んな体勢を試しながら必死に魔力を抑えようと頑張っている。
「そういえば、ゴウはどこの国で召喚されたんだ?」
「シュトルダイブ大陸の……グラスレグリエーション王国……です」
……長い。覚えられんぞ、その国名。
「あー。グラスから来たのか。だからハンマーか」
ロゼは一人納得したように頷きながら呟いた。
「なんか関係あるのか?」
「グラスの城にはお抱えの鍛冶師がいるんだ。それがドワーフの腕利きでな。そのドワーフがハンマーを作るのが得意だって、聞いた事がある」
「へー……ってか、ドワーフとかいるんだ……」
俺は素直に感嘆の声をあげた。
初めて召喚された昔の旅でも、俺は人間としか会った事が無かったのだ。
「人間以外だとドワーフやエルフがいるぞ。ただ、自分の領地から滅多に出てこないし、人間と仲が良い奴は稀だけどな」
「そうなんか……いずれ会ってみたいもんだな……」
「……髭もじゃの……ちっさいおっさんでしたよ……」
今度は正座に体勢を変えたゴウが、プルプルと震えながら小さく答えた。
「……いや……ドワーフよりエルフに会いたくね?」
「あー……確かにそれは……ちょっとあるかも……」
男としての本音がつい漏れた俺に、ゴウも心から同調するように深く頷いた。
「あいつら怖いぞ?淡々と話詰めてくるし無表情だし……」
ロゼは何か嫌な思い出でも払拭するように、小さくブルッと身震いした。
「ロゼはエルフと交流があったのか?」
「……まだローズバランに住んでた時だけどな。昔のことだよ」
そう言うとロゼは再び小さく欠伸をして手綱を操り、ほんの少し馬車のスピードをあげた。
「もうそろそろだな、デカイ都市も」
「そうだな!やっと帰ってきたーって感じするよ」
ロゼは嬉しそうにパッと表情を華やがせた。
約1ヶ月に及ぶ長旅だ。
久しぶりの拠点への帰還に、俺も少しテンションがあがってくる。
「……そんなでかい都市なんですか?」
荷台で耐えていたゴウが、不思議そうに口を挟んできた。
「違う違う。俺も最初は勘違いしたんだけど、デカイ都市っていうのがそのまま都市の名前なんだよ」
「変わった名前ですね……」
ゴウがぽつりと呟くと、再び魔力を抑え込むために全身にグッと力を込めた。
「肉汁には行くだろ?……あと、ミラにも無事を報告しないとな!」
「そうだな。キャンディスも元気にしてるかな」
俺たちの早く帰り着きたいという気持ちが伝わったのか、馬車のスピードが自然と少しあがった。
ここからデカイ都市までは目と鼻の先だ。
このペースなら、日が完全に落ちる前には辿り着けるだろう。
オレンジ色に染まるデカイ都市の中を、ゆっくりと馬車を進めた。
まずはギルドへ俺たちの無事を報告しに行こう。
依頼の完了報告自体はイトューヒのギルドで済ませているので、俺たちが無事であることはすでに伝わっているはずだが、直接伝えたほうがミラも安心するだろう。
俺たちは馬車をギルドの前に停め、中へと足を踏み入れた。
久しぶりのギルド内は、相変わらず活気と喧騒に満ちあふれていた。
この変わらないいつもの光景を目にして、俺は「帰ってきたんだな」と強く実感した。
「ミラ!ただいまー!」
ロゼは大声をあげながら受付へと歩いていく。
カウンターの奥には、いつものようにミラの姿があった。
ロゼの元気な声に気づき、ミラがこちらへと視線を向ける。
次の瞬間、ミラは勢いよく立ち上がると、カウンターを出て、こちらへ一直線に走ってきた。
ミラは勢いのまま、思い切りロゼに抱きついた。
ロゼの身につけた鎧がガチャガチャと金属音を鳴らし、響き渡る。
「お二人が……無事で……無事でほんとに良かった……」
ミラは整った綺麗な顔を涙でぐちゃぐちゃに濡らしている。
不意打ちで抱きしめられたロゼは、かなり動揺した様子で手を上へ泳がせた。
「ミ、ミラ!急にどうしたんだよ?」
「……あんなめちゃくちゃな依頼に行かせてしまって……ほんとに申し訳ございませんでした……トール様も……ロゼッタさんも……」
ミラはロゼからゆっくりと体を離すと、ボロボロと大きな涙をこぼしながら、深々と頭を下げて深く腰を曲げた。
俺とロゼは顔を見合わせた。お互いキョトンとした顔をしていたが、次の瞬間にはフッと笑みがこぼれていた。
「依頼の内容もリアのことも秘密だったんだろ?ミラさんは何も悪くないよ」
「おっさんの言う通りだ。それに、こうやって無事に帰ってきたんだ!それでいいじゃん!」
「……はい」
ゆっくりと顔をあげ、ミラは涙を袖口でそっと拭った。
「……二人とも、おかえりなさい」
「「ただいま」」
俺たちは顔を見合わせて笑い合った。
きっと、リアを無事に送り届けるための裏事情を知りながら俺にあの依頼を打診した時も、ミラなりに様々な葛藤や重圧があったのだろう。
こうして無事に笑顔で帰ってこれて、本当によかった。
「……トール様」
「どうした?」
まだ目元を赤く濡らしたままのミラが、急に真剣な眼差しでまっすぐこちらを見つめてきた。
「後ろの方は……トール様のお仲間ですか?」
ミラはチラリと俺の後ろに立っているゴウへ視線を向けた。
「そうだ。……たぶん」
「なんだか曖昧ですね……」
ミラは少し考えるような仕草を見せ、目を小さく細めた。
「本日はまだ、どこかへ旅立たれたりはしませんか?」
「そうだな。久しぶりの帰還だからな……今日はこのデカイ都市でゆっくりしていこうと思ってるよ」
「では……明日の朝イチに、ロゼッタさんと共にギルドの方まで来てもらえませんか?」
ミラは少し声のトーンを落とし、静かに言った。
「……俺は構わないぞ」
「私も別にいいよ」
「帰還早々申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
ミラは再び深くお辞儀をした。
ゴウがいる手前、ここでは何か言いにくいこと……あるいは、彼には聞かせられないような重大な頼み事でもあるのだろうか。
「今から肉汁酒場に行くけど、ミラも行くか?」
ロゼはそんな不穏な空気など全く感じ取っていない様子で、明るくミラを酒場に誘った。
「……いえ。お誘いはとても嬉しいのですが、まだ仕事が残っておりますので」
ミラは軽く微笑んだ。その笑顔は可愛らしくもあり、美しくもあった。
……未だにこの人の正確な年齢は不詳だが。
「じゃあミラさん、また明日な」
「はい。お待ちしております」
俺たちはギルドの賑やかな喧騒を背にして、表へと出た。
「じゃあ、行くか!」
俺はロゼの方に向き直って言った。
「行こう!肉汁酒場!!」
「……なんスかそれ」
ゴウの困惑気味な呟きをあっさりとスルーし、俺は逸る気持ちを抑えることなく馬車へと乗り込んだ。
向かうはいざ、馴染みのあの酒場へ。




