7#仲間?
「美味い!」
俺はロゼが作った絶品のスープを口に運び、思わず唸り声をあげた。
野菜と肉がこれでもかとたっぷり煮込まれた熱々のスープだ。
俺たちが拠点にしていたデカイ都市まではもうあと僅かなため、買い込んでおいた食材をここで綺麗に使い切ってしまおうという算段だった。
「おっさんって、ほんといつも美味そうに食うよな」
ロゼはどこかしみじみとした様子で俺の食べっぷりを見つめ、答えた。
「そうか?ロゼが作る料理がめちゃくちゃ美味いからな」
「まぁ、そう言われると悪い気はしないな」
ロゼは照れくさそうに軽く笑うと、自分のスープを一口口に含んだ。
街道沿いで野営の準備を始めた頃はまだ日が高かったが、夢中で特訓を続けているうちにすっかり夜が更けていた。
魔力圧への耐性訓練は、何か大きなコツを掴んだのか著しい成長を見せた。
あれほど苦戦していた限界時間を、今や余裕で1分を超えるようになっている。
「おっさん、わかったぞ!流すのか!いや、私の魔力圧か!いや両方か!」
さっきまで、ロゼは興奮冷めやらぬ様子で自分の中に芽生えた感覚を必死に言葉にしていた。
この魔力を扱う感覚という奴は、どうしても個人差が大きい。
下手に俺のやり方を言葉で教えてしまうと、かえって感覚が狂って上手くいかなくなる可能性があったため、具体的なアドバイスができずにいたのだ。
さっきのゴウとの戦闘を見せたことで、自分なりのコツを掴んでくれて本当に良かった。
「しかし……こいつどうする?」
ロゼは馬車の横で未だに倒れたまま気絶しているゴウをチラリと見て言った。
あれからだいぶ時間が経つが、未だに起きてくる気配はない。
死んだんじゃないかと思って何度か腕を伸ばして脈をとってみたが、規則正しい脈拍があり、単に深く眠っているだけのようだ。
「どうするかな……起きてきて『まだ終わってねぇ!』とか息巻いて言い出したら、最高にめんどくさいな……」
俺は地面に転がるゴウを見つめながら、深々とため息をつく。
「召喚者?とかってやつなんだろ?それってなんなんだ?」
「俺や勇者ユーイチみたいに、違う世界から呼ばれた人たちのことだよ。……この世界じゃあまり一般的じゃないのか?」
「私は聞いた事ないな……勇者ユーイチの伝記の話だと、魔王が生まれたら自然と異世界から召喚されるものってなってたぞ」
どうやら、この世界では召喚者という存在そのものが、ほとんど知られていないらしい
あの時も確か、国規模の大規模な召喚魔法だかなんだかで強引に俺たちを呼んだはずだが……異世界からの転移という仕組み自体、一般市民には知らされていない国家レベルの秘密なのかもしれない。
その時、ゴウがうめき声をあげながらゆっくりと上半身を起こした。
「あ、起きた」
ロゼが肉をモグモグと頬張りながら、他人事のように言う。
「……あれ?俺……負けたのか……」
ゴウは頭を押さえ、まだ頭がボーッとしている様子だ。
「今、飯の途中だからな。いきなり襲いかかってくるとかやめろよ」
俺は温かいスープをゴクリと飲みながら、あらかじめ釘を刺しておいた。
「……俺にもくれ」
「やだよ。敵だろ」
ロゼはゴウの飯の催促をあっさりと一蹴した。
「なぁ……トール……さん」
ゴウはボソボソとした低い声で話しかけてくる。
「なんだ?」
「……俺を一緒に魔王討伐に連れていってくれ!頼む!」
ゴウはガバッと飛び起きるなり、勢いよく地面に土下座をした。
顔が良い奴は土下座をしてもどこか絵になるな……じゃなくて。
「ダメ」
俺は即座に短く答えた。
「なんでだよ!もうトールさんに手出ししたりしないからさ!」
「ゴウ……だっけ?弱いから死ぬだけだぞ?」
俺の容赦のない言葉に、ゴウはグッと唇を噛み締めて悔しそうに呻いた。
「魔王までの道のりで鍛えてくれ……俺は絶対に強くなる!」
俺はジーッとゴウの顔を見つめる。まっすぐ俺を見返してくるその瞳からは、人を騙すような悪意は感じられなかった。
「ゴウも召喚されて『魔王を倒してくれ』とか言われて、この世界に来た口だろ?」
「……そうだ」
「じゃあ別に、お前が魔王を討伐する義理も義務もないだろ。なんでそこまでこだわる?」
俺は空になった器をカツンと静かに地面へ置き、ゴウに問いかけた。
ここまで真剣なんだ。きっと何か深い事情があるのかもしれない。
俺は余計な口を挟まず、黙ってゴウの次の一句を待った。
「異世界転移して……魔王討伐するとか……なんかカッケーじゃん」
全然深い理由なんて無かった。
「……わかった、あんたバカなのか」
ロゼがどこか心底納得したように大きく頷く。
「うるせー!お前こそなんだバカ!」
「なんだと?!ってかあんた、歳はいくつだよ!」
「二十歳だよ!」
「私の一個下じゃねぇか!敬語使えクソガキ!」
言い合いを始めたゴウとロゼのやり取りをのんびりと眺めていた。
「頼むよトールさん!こんなんアニメでしか見た事無いんだよ!俺にも参加させてくれよ!」
「……アニメ?」
聞き慣れない単語に、ロゼは意味が分からないといった怪訝そうな顔を浮かべている。
「んー……別に俺は構わんが……」
俺の言葉を聞いた瞬間、ゴウはパッと表情を輝かせた。
「ロゼ次第だな」
ゴウは即座にロゼの方へと向き直った。
「……ロゼさん」
「ロゼッタさん、な」
「……ロゼッタさん……お願いします……俺を連れていってください」
ロゼは少し考える姿勢をとって答えた。
「……もう生意気言わないなら、いいよ」
「まじで!やった!!」
ゴウは子供のように飛び上がって喜んだ。
さっきまで気絶していたとは思えないほどの元気の良さだ。
歓喜の勢いに任せて、ゴウの膨大な魔力が周囲へブワッと無防備に広がっていく。
「あ、待て。俺から注文が一つある」
「何でしょうかトールさん!」
「魔力抑えて。さすがにそんな魔力量を垂れ流されたままじゃ、街にも入れないぞ」
「……抑える?やり方がわからないです……」
こいつ……魔力コントロールの基礎すら出来ていない状態で、あれだけの魔力と魔法を振り回していたのか。
「召喚者ってみんな、おっさんみたいな訳じゃないんだな」
ロゼは呆れた様子で口を尖らせている。
「俺だって最初はこんなもんだったよ。ゴウ、腹に力を込めるみたいに、自分の中の魔力を感じてギュッと抑え込んでみろ」
「……あ、あぁ……」
ゴウは深く目を瞑ると、全身にグッと力を込めた。すると、周囲を圧迫していた荒々しい魔力が、徐々に小さく収束していく。
「お!それそれ。なんだ、出来るじゃん」
「……トールさん……これ……結構キツいん、で……すけど……いつまでやればいいんですか……」
ゴウは腹をくだしている最中にトイレが見つからず、必死に耐えている時のような神妙な顔を浮かべ、プルプルと震えている。
「ずっとだ。なんなら寝てる時も、無意識で自然に抑えられるようになるまでだな。それが俺からの注文だ」
「……ずっと……」
ゴウの額からダラダラと冷や汗が吹き出してきた。
「……とりあえず、飯食うか?」
俺はゆっくりと立ち上がり、馬車の荷台から予備の器を取り出すと、鍋から温かいスープをたっぷりとよそった。
「ロゼ。あげていいよな?」
「いいよ」
ロゼは必死に魔力を抑え込もうとプルプル震えているゴウを、面白そうに眺めながら頷いた。
俺はスープが入った器とスプーンを、そのままゴウへと手渡す。
「……いただきます……」
ゴウはトイレを我慢しているような神妙な顔のまま器を受け取り、必死に魔力を抑え込んだ状態を維持しながら食べようと試みている。
「……なぁ、おっさん。こいつ、ほんとに連れてくのか?」
「んー……ちょっと悩むところだけど……根っからの悪いやつじゃなさそうだしな。とりあえずは連れてけばいいんじゃないか?」
俺は震える手でなんとかゆっくりスープを口へ運ぼうとしているゴウを見ながら答えた。
「私は不安だなー……」
ロゼは軽くため息を吐き、呆れたような目でゴウを見つめる。
「あ!美味い!」
ゴウが思わず感嘆の声を漏らした瞬間、ぐっと抑え込まれていた魔力が勢いよく周囲へブワッと漏れ出した。
「ゴウ……魔力、溢れてるぞ」
「あ……くぐぐ……が、頑張ります……」
我に返ったゴウは再び歯を食いしばり、必死の形相で魔力を抑え込もうと全身に力を込める。
……そんな状態でまともに飯が食えるわけがないということに、こいつはいつ気づくのだろうか。
「ほんとに大丈夫なのかな……」
ロゼは心底不安そうにぽつりと呟いた。




