4#結婚?
昨日から始まった特訓は、夜遅くまで続くことになった。
街中ではおいそれと俺の魔力を解放するわけにはいかないため、野営のこの機会を利用して、魔力圧に慣れる特訓をメインでみっちりとおこなったのだ。
最後の方はロゼも必死に食らいついて耐えていたが、それでも伸ばせた時間はわずか10秒ほど。
目に見えてわかりやすくガッカリと肩を落としていたロゼに、俺は「まだ初日なんだから仕方ない」と正直な気持ちを伝えた。
だが、本人はどうにも納得がいかないような表情を浮かべたまま、しぶしぶといった様子で眠りについたのだった。
そして翌朝。
俺が朝ご飯の準備をしている最中も、ロゼは俺の手を強引に握りしめ、「この魔力の流れはどうだ!?」と何度も何度も確認を求めてくる。
実際、ロゼの魔力コントロールの筋はかなりいい。
たった一日で、驚くほどコツを掴み始めていた。
「とりあえず、ご飯を食べてからにしてくれ……」
俺はあくびをかみ殺し、眠い目をこすりながらロゼに告げた。
パンと卵を焼き、干し肉を齧る質素な朝ご飯だが、こういった野営ならではの食事は嫌いではなかった。
ロゼはパンを口に頬張りながらも、「これはどうだ!?」「いや、こうか!?」と、ずっと俺の手を握って魔力コントロールの練習を続けている。
俺は半分呆れつつも、なんとか朝食を食べ終えた。
食後の荷物を素早く片付け、馬を滑り出させる。
昨日はロゼがずっと手綱を握ってくれていたので、今日は俺が御者台で手網を握ることにした。
さすがに馬を操っている時に手を握られるのは危ないので、「操縦中はやめてくれよ」と釘を刺すと、ロゼはシュンと分かりやすく落ち込んだ顔で「分かったよ……」と呟き、荷台の中へと引っ込んでいった。
そんなこんなで、俺たちはどこかのんびりとした空気のまま旅路を進め、以前飛龍を倒した思い出の街「ツクシ」へと到着した。
まだ日が沈むには早い時間だったが、焦って先を急ぐ必要もなかった。
というよりは、俺たちの頭の中はただ一つ、「ビールが呑みたい」という欲求でいっぱいだったのだ。
ロゼも「呑み会だ!!」と大はしゃぎで宣言し、今日の旅路はここで切り上げることに決まった。
リアの依頼達成で手に入った報酬の金はたんまりとあった。
だからというわけではないが、俺たちは一泊銀貨二枚もする、この街ではなかなかに高級な宿をとることにした。
宿の入り口で待っていると、重い鎧を脱ぎ捨てて身軽になったロゼがすぐにやってきた。
こうやって大剣も背負っていない、普段着の姿で見れば、ただの年若い女の子にしか見えないから不思議なものだ。
前回、リアと三人で訪れた思い出の酒場にまた行こうと話し合い、俺たちは夜の街へと歩き出した。
道中もロゼは俺の片手をしっかりと握り、「コツが分かったぞ……こうか!?」と、相変わらず真剣な顔で魔力コントロールの特訓を続けている。
そのストイックすぎる姿に、俺は思わず小さく吹き出してしまった。
そんなこんなで目的地である酒場へと滑り込み、空いていたテーブル席に腰を下ろす。そしてビールジョッキを片手に、俺たちは勢いよく声を張り上げた。
「「乾杯!!!」」
「う……まい!!」
「だな!美味い!!」
「城で呑む高いワインも美味かったけど……やっぱり酒はビールに限るな!」
ロゼは心底幸せそうな顔で、喉を鳴らしながらビールを味わっている。
「そんで、肉盛り!あと適当につまみを二人前頼む!」
ロゼの大声が活気ある店内に威勢よく響き渡った。
「そういや城じゃビールは一度も呑まなかったもんな……なんだかすごい久しぶりに感じるよ」
「高貴な人らはビールなんて呑まないのかね……おっさんがリアと結婚したら、もう二度とビール呑めなくなるかもな」
ロゼは意地悪な笑みを浮かべ、ニシシと笑った。
「その時は……ロゼがビール樽を抱えて城まで届けてくれ」
「やだよ。そんなの道中で私が全部呑み干しちゃうに決まってんだろ」
くだらない冗談に、お互い顔を見合わせて笑い合った。
「しかし結婚か……私は考えたことも無いな……」
ロゼはテーブルに運ばれてきた大きな肉を頬張りながら、ぽつりと呟いた。
「恋人とか作らないのか?」
俺は気になってロゼに尋ねてみた。
そういえば、ロゼのそういった恋愛関係の話を聞くのはこれが初めてだった。
「んー……めんどくさい」
「……年頃の若い女の子が、めんどくさいとか言っちゃいけません」
「一度さ……六人程でパーティーを組んだことがあったんだ。そのうちの一人から『好きだ!』って告白されて、恋人ってやつになってみたことがあってさ」
「ほう!それでそれで!?」
「……おっさん、随分前のめりだな……まぁいいか。それで、別に好きってわけでもなかったんだけど、恋人ってのに興味があったから承諾してみたんだよ……」
「ほう……それでそれで?」
「めん……どくせーの!やれ休みはどこそこに行こうだの、魔物討伐の仕事の時だって前衛は私なのにやれ危ないだのもっと後ろに下がれだの言ってきてさ……一週間は我慢したんだけど、ついに限界が来て『私の好きにさせろ!』って怒鳴り散らしたら、いつの間にか別れてた」
……なんというか……実にロゼらしい話だなと、俺はビールを喉に流し込みながらしみじみと思った。
「……だから恋愛とか懲り懲りだわ……結婚てそれの上位互換だろ?絶対私には無理だわ……」
「まぁ結婚って色々難しいからな……俺も一度離婚してるし」
その一言を聞いた瞬間、ロゼは勢いよく呑んでいたビールをブッと豪快に吹き出した。
「はぁ!?おっさん、結婚してたの!?」
「……ロゼ……俺、顔から何からびちゃびちゃなんだが……まぁいいか……そう。昔な……いや、昔というか10年前くらいの話だな」
ロゼに「昔」なんて言い方をすると、500年前の勇者パーティーの時の話だと勘違いされそうだったので、慌てて「10年前」と言い直した。
「……なんで別れたんだよ。結婚したら幸せ!はいゴール!愛は見つかりました終わり!じゃなかったのか?」
「……たまにロゼが俺のことバカだと思ってるんだろうなーって感じるよ……まぁ……結婚なんて、もし幸せがゴールだとしたら、ただの通過点、中間地点のひとつに過ぎないよ」
「じゃあおっさんのその時の結婚は、幸せじゃなかったってことか?」
「んー……なんだろうな……別に辛いとか苦しいとかじゃなかったんだけど……なんかお互い噛み合わなくてな」
「ふーん……やっぱり難しいんだな……私には絶対無理だわ」
ロゼはジョッキに残っていたビールを一気に飲み干すと、「すみませーん!ビール二つ!」と店内に響く大声で叫んだ。
「じゃあおっさんは別にリアと結婚してもしなくてもいい感じか」
「……いや。それは……違う。結婚したい」
俺は自分の耳が急激に熱くなっていくのを感じながら、誤魔化すようにビールを煽った。
店員によって新しいビールが二つテーブルに置かれる。
ロゼは届いたばかりのビールをゴクリと呑みながら、ツマミで頼んだ野菜をボリボリと齧っている。
「なんでだよ。結婚はゴールじゃないんだろ?」
「……いや……それは……そうなんだけど……」
俺も新しいジョッキに手を伸ばし、一口口をつけた。
「……長く、一緒にいたいだろ……」
「なんで?」
ロゼは意地悪そうにニヤニヤしながら、必死に笑いをこらえている。
明らかに今すぐにでも大爆笑しそうな顔だ。
「……いや……好きだから……」
「乙女か!おっさんは!」
早めに我慢が限界突破したロゼは、テーブルを叩いて腹を抱えて大笑いし始めた。
「……やかましいわ」
俺は深いため息をつきながら、恥ずかしさを吹き飛ばすようにビールを一気に飲み干した。
「はー……笑った……まぁ良かったじゃん!愛がみつかってさ!」
「……あぁ。そうだな」
俺は力なく笑みを返し、目の前の肉を口に入れて頬張った。
あの時、リアと一緒に食べた「ガモッサ」の肉の味だ。
噛むほどに旨味が広がる、上質な赤身肉。
一緒に食べた時と同じ味のはずなのに、心のどこかがぽっかりと空いていて満たされない感覚……これは何なのだろうか。
楽しそうに酒を呑み、肉を頬張っているロゼの姿をぼんやりと見つめながら、俺は己の内心を自覚する。
ーー早く、リアに会いたい。
胸の奥を締め付けるような何かを振り払うように、俺は「すみません、ビール追加で!」と店員に向かって声をあげた。




