3#特訓?
魔王討伐の話をしてからのロゼは、本当にうるさかった。
というよりは、俺の過去や勇者パーティーについての質問が止まらなかったのだ。
勇者ユーイチの人となりを事細かに聞きたがり、あの伝説は本当なのかだの、聖剣は今どこにあるのかだの、矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。
もし俺の世界で宮本武蔵が現代に復活して、隣に座っていたら、俺だって同じように質問攻めにしてしまうかもしれない。
そう思えば無理もないか。
覚えている範囲で昔話を話してやると、ロゼはその度にまるで当事者になったかのように感動した声を荒らげる。
こうやって自分の生きてきた軌跡をこんな風に喜んでもらえるのは、話していて素直に嬉しくなる。
「あ。ロゼ。今日野営でもいいか?」
「街にも辿り着けると思うけど……なんかあるのか?」
ふと問いかけた俺に、ロゼが首をかしげる。
俺は手綱から視線を外し、彼女をまっすぐ見据えた。
「魔王の元に行くまでに……ロゼの力の底上げをする必要がある」
その言葉の意図を察したのか、ロゼがゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。
「……わかった。おっさん、頼むぜ」
ロゼは強い。Bランク冒険者……いや今はAランクか……他のAランクの冒険者がどれくらいの程かはわからないが、かなりの腕前を持っている。
だが、それはあくまで一般の基準と比べたらだ。
実際に魔王と対峙した経験のある俺だからこそ、はっきりと分かる。
今の実力のまま魔王の元へ連れて行けば、彼女は間違いなく死ぬ。
ロゼを死なせないためにも、ここからの底上げは絶対に避けて通れない必須条件だった。
夜にはまだ少し早い、夕日が茜色に染まりかけて沈みゆく頃合い。
俺たちは川沿いに広がる見晴らしのいい野原に、今日の野営地を構えることにした。
馬車から降りた俺たちは、それぞれ固まった体をほぐすように大きく伸びをする。
「特訓って、具体的に何するんだ?」
ロゼは慣れた手つきで馬を馬車から外し、近くの頑丈な木に手綱をしっかりと括り付けていた。
「時間もあまり無いからな……やることは2つだけだ」
俺は首を左右に曲げ、ゴキゴキと心地いい音を鳴らす。
「……なにすればいい?」
「よし。そこに立ってろ」
馬から少し離れた開けた場所に立つロゼに向かって、俺は歩み寄る。
距離にして、お互いの剣が届かないくらいのわずか2歩分ほどの間隔を空けて向かい合った。
「気合い入れろよ、ロゼ」
俺は射抜くようにロゼの目を見つめた。
その真剣な気配を察し、ロゼの目にもグッと力がこもる。
次の瞬間、俺は体内の魔力を解放した。
圧倒的なまでの「聖」と「魔」が入り混じった尋常ではない魔力量が、凄まじいプレッシャーとなってロゼへと直接放たれる。
そのただ事ではない魔力量をまともに受け、ロゼの目が恐怖と驚愕で大きく見開かれた。
押し寄せる重圧に耐えかねて、奥歯をギリッと鳴らしながら必死に踏ん張っている。
だが、立っているのもやっとという状態で、数秒が経過したところでロゼは耐え切れずに後ろへドサリと尻もちをついた。
「……5秒だな」
荒い息を吐きながら、ロゼは地面に手をついて肩で激しく息をしている。
「まずは、格上の敵が放つ圧倒的な魔力量に慣れること。これが1つ目だ」
「……これ、どれくらい耐えられればいい?」
冷や汗を流しながら問いかけてくるロゼに、俺は淡々と告げる。
「この状態のまま、俺と普通に会話ができるようになることだな」
その条件を聞いたロゼは、信じられないものを見るような顔で顔を上げ、驚愕で目を丸く見開いていた。
「果てしなさそうなゴールだな……」
地面に手を突きながら、ロゼはゆっくりと立ち上がろうとする。
「いや、そうでもないぞ。ロゼならすぐできるようになる気がする」
俺はロゼに向かって手を差し伸べた。
「……ほんとかよ」
「あぁ。こんなもんただの慣れだ。ロゼはそういう感覚的なこと、得意だろ?」
「……頭使うよりは得意かもな」
俺の手を掴んで立ち上がりながら、ロゼはニヤッと不敵に笑った。
「それで、もう1個はどんな特訓なんだ?」
「よし。剣を構えてみろ」
ロゼは背負っていた重厚な黒の大剣を引き抜くと、姿勢を低くしてしっかりと構えた。
「これでいいか?」
「あの飛龍を倒した時の必殺技……なんだっけ……あの派手なやつだ」
「烈火豪火灰燼斬か?」
「そうそれ!相変わらずややこしい名前だな……じゃなくて、あれをぶち込む時と同じ要領で魔力を込めてみろ」
「……わかった」
ロゼの体内から魔力が湧き上がり、高まっていくのが肌で感じられる。
その魔力が緩やかに膨らみ、最高潮まで溜まったのを確かめた。
「よし。そこでストップだ。もう解いていいぞ」
ロゼはふぅと息を吐き、体に込めていた力を抜いて魔力を散らした。
「ロゼは魔力を溜めて攻撃を繰り出す時、体のどこに魔力を集中させてる?」
「……どこに?考えたこともなかったな……」
「ロゼの魔力は、特定の部位じゃなくて体全体に漠然と溜められてるんだ。それじゃせっかくの魔力が散ってしまって勿体ない」
「わかった!!腕か!腕に魔力を込めればいいんだな!」
何かを掴んだように、ロゼは目を輝かせて胸を張った。
「惜しい!!腕じゃない。正解は剣だ」
「……剣?」
「まあ、腕ってのも間違いってわけじゃないんだが……一番いいのは、剣自体を自分の身体の一部だと思えるくらいに魔力を巡らせることだ。これができるようになれば、ロゼの剣は何倍にも強く、鋭くなる」
「何倍……」
ロゼは嬉しそうに目を見開くと、自分の手のひらをじっと見つめた。
「それでそれで!私はまず何をすればいいんだ!?」
「たぶん、最初からいきなり剣に込めるのは無理だと思う。だからまずは……俺の手を握れ」
「こうか?」
ロゼは思い切り俺の手を掴み、がっちりと握手をするような形になった。
「……ちょっと痛い……もうちょい力を抜け」
「あ、ごめんごめん」
ロゼは照れくさそうに軽く笑って謝った。
「よし。さっきの必殺技の魔力を、繋いでる俺の手に向かって流すような感覚で溜めてみろ」
「わかった……やってみる」
ロゼは繋いでいる俺の手に向け、必死に魔力を込めていく。
その密度が少しずつ上がり、魔力の高まりが頂点に達したと思った瞬間、溜めきれなかった魔力が一気に飛散して空気中に霧散した。
「……うん。魔力のコントロール自体は上手いな。こっちの特訓の方が案外早く身につきそうだ」
「……でも、これ……めちゃくちゃ疲れるな……ただ力任せに込めるのとは訳が違う……力の使い方が根底から全然違うぞ……」
「まぁ、これも慣れだ。ロゼの得意な領域だろ」
「慣れ、か……」
ぽつりと呟いたロゼは、まだ繋がったままになっている己の右手を、どこか不思議そうな眼差しでじっと見つめていた。
「ってかおっさん!まずは見本見せてくれよ!」
「見本か……俺はロゼみたいに溜めて打つような技はあまり持っていないんだが……まぁ、やってみるか」
俺はロゼの手をそっと離すと、数歩下がって腰の刀「シルラ」を静かに抜いた。
ロゼの大剣に負けず劣らず、刃が夕日を浴びてギラりと鈍く輝く。
俺は体内の魔力をゆっくりと解放した。
そして、その魔力を一点、シルラの刃へと集中させて収束させていく。
「……わかるか?」
ロゼは目を見開き、息を飲むようにしてその刀身をじっと見つめている。
「……わかる。おっさん……あんた、まじですげぇな……」
「今更だな」
俺はニッと笑って、シルラを鞘へと滑り込ませた。
「いや……今まで動きが速すぎて気付かなかっただけだ……本当にすげぇよ……」
面と向かってそう素直に褒められると、なんだかくすぐったくて照れる。
「あ、ちなみに申し訳ないんだが、一つ言っておくことがある」
俺は姿勢を正し、ロゼに向き直って告げた。
「俺、当時の勇者パーティーの中で一番魔力量が低かったからな」
「……は?」
「だから、俺の魔力量くらいは普通に受け止めてもらわないと困るんだ」
「……そりゃまた、なんというか……魔王ってのは本当に規格外なやつなんだな……」
想像以上のスケール感に叩き落とされたロゼは、引きつったような苦笑いを浮かべた。
決戦の時までに、まだ時間は残されている。
それまでに少しでもロゼが強くなってくれることを、俺はただ信じるしかなかった。




